第65話 (偽)彼女さんと幼馴染ちゃんと金髪ギャルさんはディベートがしたい
みんなにとっては待ちに待った、俺にとっては待てれば待てるほど嬉しかった体育祭。その日を明日に控えた金曜日の放課後。クラス全員が残っている教室の中には、ピリピリとした空気が流れていた。
なぜなら、まさに今、年に数回しかないという学級会議が行われているからだ。
黒板に大きく書かれた議題は『文化祭の出し物について』。
体育祭の前日にするような議題では無いと思うのだが、文化祭委員であるコロ助が、今年は本気で優秀賞を貰うと張り切ってしまい、代休明けの火曜日から準備を始めることになってしまったのだ。
それはともかく、コロ助を久しく顔を見ていなかったような気がするのは俺だけだろうか。ちゃんと毎日学校には来ているはずなんだけどな。彼は笹倉を影で支えることに徹しているから、存在感を消しているのかもしれない。
コロ助が本気を出したら、きっとウォ〇リーより見つけにくいぞ。
「これまでの話し合いから、出し物の候補はこれらに絞りたいと思う。何か異議はあるか?」
彼の言葉に声をあげる者はいない。だが、逆に賛成だと唱える者もいない。みな、周りの様子を伺っているのだ。なぜなら――――――――――。
「では、それぞれの意見を聞くため、希望の出し物が同じ者同士で集まってくれ!」
団結力を必要とする体育祭の前日に、このクラスは3つの勢力に分断されてしまったのだから。
コロ助の指示を受けて、クラスメイト達はそれぞれに動く。友達と意見を合わせたり、どこにしようか迷っている者もいるようだったが、全員の動きが止まった時には、総勢31人のちっぽけなクラスという世界の中でも、その力の差は歴然としていた。
「ふっ、一目瞭然ね」
笹倉立案の『売店派グループ』、人数は14人。
他のグループよりも多くのクラスメイトの指示を集める上に、何の食べ物を売るかはまだ未定なため、その無限の可能性に託した者も多いと思われる。
「そっかぁ〜♪こっちもいいと思うんだけどな〜♪」
唯奈立案の『屋台派グループ』、人数は11人。
『売店派』が食べ物を売るのに対し、こちらは祭りでよく見かけるようなヨーヨーすくいや射的などをする予定らしい。
童心をくすぐられる提案と、用意をすれば当日に行う作業が少ないということでも、ここに参入した者は少なくは無いと思われる。
「ご、5人だけ……だめなのかな……」
そして、早苗と演劇部の栗田さんが立案の『演劇派グループ』、人数は早苗が嘆いた通り5人だ。
演劇は練習、準備、後片付け、その全てが大変なものになるため、あまり好まれなかったのだろう。確かに俺もできれば楽な方が嬉しい。
演技を見るのと自分でやるのとでは大違いだからな。
早苗と唯奈には悪いが、俺は笹倉側につかせてもらう事にした。別に笹倉だからって訳じゃないぞ?
今年の文化祭では、儲けた分の金額がクラスに返還されるという仕組みになっているため、出来るだけ小遣いを蓄えておきたい俺は、最も人が集まりそうな食べ物派を支持することにしたのだ。
確かに屋台も人が集まりそうだが、やってくる人の割合に保護者層が多いことを考えると、ヨーヨーすくいで客をゲットできるとは到底思えない。
それなら、『とりあえず』の気持ちでも手を出せる食べ物を売った方が確実だろうからな。
ただ、この学級会議では、人数が多いからと言って決定する訳では無い。それぞれの意見を聞いた上で、最終的にこのクラスにとってやるべきことは何かを導き出すのだ。
これから行われるのは、それぞれのグループの長たる者たちが代表して行う『学級ディベート』。
つまり、彼女らのその一言一言がクラスの運命を定めることになり得るのだ。
ちなみに、今のは
とにかく、俺はあくまでも売店派の一員なので、笹倉を支えるグループの一人として、彼女を見守ることにする。
他のグループもそれぞれのリーダーを励まし、その背中を押してあげている。グループ同士の団結力はすごいんだけどな……これが体育祭前日のバラバラ感だとは誰も思えないだろう。
中央に3人の頭が集まり、教室が静寂に包まれる。そんな中、コロ助が淡々と注意事項を述べ始めた。
「では、リーダーによる学級ディベートを始めさせていただく。相手を故意に傷つけることのないように、意味のあるものにしてください。では、スタート!」
コロ助の合図で、一番初めに口を開いたのは笹倉だった。
「私から言わせてもらうけれど、私のグループの支持率は、あなた達のグループよりも高いわね。その時点で、クラスにとっていい結果を導くのは売店派に決まっているわ」
彼女がそう述べると、唯奈が「そんなことは無いよ〜♪」と横槍を入れる。
「考えてみてよ〜?あやっちのグループのメンバーは14人。委員のコロっちを差し引いても、残りの16人は反対をしていることになるんだよ〜?」
コロっちというのは、おそらくコロ助のことだろう。彼は委員として進行役をしているため、どこのグループにも所属していないからな。
でも、言われてみれば確かにそうだ。グループの人数としてはトップでも、それに反対しているほか勢力の人数を合わせれば、その数は半分を超える。
その状況では、支持率が高いとは到底言えないだろう。
「そうね。でも、それは唯奈や小森さんのグループでも言えることよ。半数どころか3分の2が反対している屋台派と、クラスのほとんどが反対している演劇派。それに比べれば圧倒的だと言えるわよね?」
笹倉は心をグサグサと刺してきそうな、冷酷な声と視線で他の2人を突き放した。普段は仲のいい笹倉と唯奈だが、バックに仲間の想いがあることもあって、容易に手加減はできないのだろう。
「あ、あの!」
そんな張り詰めた空気の中、彼女は手を上げた。
「何か意見があるのかしら、小森さん」
早苗は笹倉の問いに大きく頷く。俺の陰に隠れていた弱虫なあいつが、こんな大勢の前で自分の意見を言えるようになったなんて、なんか感動しちゃうな……。まあ、緊張しすぎて両手あげちゃってるけど。諦めて投降する犯人みたいになってるぞ。
だが、この緊張感の中、誰かがそれを注意することも出来ず、おかしなことをしていると気付いた早苗は恥ずかしそうに両腕を下ろした。そして深呼吸をした後、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「私はお金とか成果とか、そういうのじゃなくてね……」
想いを絞り出すようにスカートの裾を握る早苗。
「やっぱり……みんなで何かを頑張りたい……かな……」
少しはにかみながらそう言った彼女。背後にいる4人の仲間たちも、うんうんと頷いている。
さすがの笹倉もその言葉に心を打たれたのだろう。
「そうね……あなたの言う通りだわ……」
と、しんみりとした表情を見せた。
「笹倉さん……それなら……!」
早苗の顔に期待の意が見えた。だが、その瞬間――――――――――。
「でも、それとこれとは別。みんな、最優秀出店賞は私達が頂くわよっ!」
どんでん返しで気合いの掛け声。その言葉に火をつけられた笹倉の支持者達は、椅子から立ち上がって盛り上がる。
「……」
早苗もこれには下唇を噛んで、心の内の気持ちを堪えている。
「笹倉さんは意地悪最低すっぽこおばばですっ!べぇーだっ!」
やっぱり堪えきれずに舌を出して悪口……。こんな姿も、初めの頃の2人に比べれば微笑ましいくらいだ。
「ふふ♪負けちゃったかな〜?ま、やるなら本気でやらせてもらうけどね〜♪」
唯奈もヘラヘラとしつつ、背後で見守っていてくれた仲間たちと共に、密かに闘志を燃やしていた。
まあ、予想とは違った結末だけれど、これはこれでハッピーエンド……なのかな?
今からでも文化祭が楽しみだ。
本当はそんなことよりも、明日の体育祭を気にするべきなんだろうけど。
ちなみに、後でコロ助から教えて貰ったらしいのだが、全くの別種であれば、クラスに迷惑のかからない範囲に限って、2つ目の出し物も許可を貰えるんだとか。
演劇は出店ものでは無いため、他の組と時間を調整した上でなら、やっても問題は無いらしい。
それを聞いた早苗は心底嬉しそうに飛び跳ねていた。
てか、そういうルールがあるなら先に言っておいてくれよな。ディベートの意味を見失いそうだ。
それにしてもこいつ、そんなに演劇好きだったのか?……いや、みんなと頑張れることが嬉しいのか。
早苗は本当に、驚くほどに早く成長していく。それが幼馴染としてとても嬉しくて……ただそれだけのはずなのに、同時に寂しさも感じてしまっていることに、俺は密かに戸惑っていた。
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