第64.5話 幼馴染ちゃんは俺とガラガラしたい

「ねぇねぇ、あおくん!」

 放課後、俺を呼びながら駆け寄ってきた早苗を見てみれば、手に何か紙のようなものを握りしめている。

「ん?なんだ、それ」

 何気なくそう聞いてみると、彼女は嬉しそうにその紙を目の前で広げてみせた。

「……福引券?」

 早苗が握っていたのは、俺達の最寄り駅前で行われている福引が出来る券だった。

 俺の言葉に大きく頷いた彼女は心底嬉しそうに、弾むような声で言った。

「さっき笹倉さんから貰ったの!期限が今日までって忘れてたからあげるって!」

「え、なんで笹倉から?」

 どうして彼女がそんなものを持っていたのだろう。俺が首を傾げていると、早苗はついに痺れを切らしてその場でぴょんぴょんと跳ね始めた。

「前にあおくん家に来た時、買い物して貰ったらしいよ?ねね!そんなことよりこれ引きに行こ!」

「あ、ああ……ちょ、押すなよ……って、鞄忘れてるぞ!」

 前しか見えていない幼馴染には困ったものだが、とりあえず帰り道に福引をやっている場所に寄ることにした。



「ささ、はやくはやく!」

「そんな急かさなくても福引は逃げないぞ?」

「景品は逃げるもん!できればいいものが欲しいでしょ?」

 早苗に背中を押されながら、たどり着いた福引屋。脚が痛いからあまり押さないで欲しかったが、彼女の楽しみという気持ちに水を差したくなかったこともあって、そこは我慢しておいた。彼女の気持ちもよくわかるし。

「いいものか、どんなのがあるんだろうな」

 俺は並べられている景品たちに目を向ける。

「婚姻届はあるかなぁ?」

「欲しいなら役所に行けよ」

 てか、福引で婚姻届貰って嬉しいもんなのか?そりゃ、好きな人と結婚できるってなら嬉しいのかもしれないけど……って、早苗にとってはそういうことになるのか?

「いらっしゃい!引きに来たのかい?」

 物陰から現れてそう声をかけてきたのは、50代くらいのおばちゃん。ヒョウの顔が描かれた服がかなり印象的だ。

「は、はい!ご、5枚あります!」

 早苗はおばちゃんの雰囲気に圧倒されているらしく、少し声が震えていた。

 確かにいきなりこんな人が出てきたら怖いのは分かる。でもな、早苗……ヒョウの目を見て話すんじゃない。言っておくがそっちはおばちゃんじゃないぞ。

 彼女に小声で注意すると、「わ、分かってるもん!」と言って、一瞬おばちゃんの目を見たが、またヒョウと目を見つめ始めた。

 人見知りも困ったもんだな。ヒョウなら目を合わせられるっていうのも謎だけど。

 おばちゃんは目を合わせて貰えないことに気付いていないのか、それとも気付いているけど何も言わないだけなのかは分からないが、早苗から福引券を受け取ると「じゃあ5回引いておくれ!」と言いながら、パンパンと手を叩いた。

「い、行きます!」

 通称ガラガラと呼ばれるそれの取っ手を握り、気合いを込める早苗。何を頑張るのかはわからないが、俺も一応「がんばれ」と声をかけておく。

 ガラガラ…………コロンッ。

 1回目――――――――――――白玉。

「いやぁ、運が巡ってきてないね!一回目はティッシュだよ!」

 おばちゃんはヘラヘラと笑いながら俺にティッシュを渡す。

「白……」

「早苗、そんな落ち込むなって。まだあと4回残ってるだろ?」

 俺がそう励ましてやると、彼女は小さく頷いて取っ手を握る手に力を入れた。

 2回目―――――――――――白玉。

「この福引は白が多いからねぇ〜。ティッシュ一丁だね!」

「う、うぅ……」

 おばちゃんが俺にまたティッシュを手渡す。その様子を見つめる早苗は、悔しそうに下唇を噛んでいた。

 3回目―――――――――――白玉。

 4回目―――――――――――白玉。

「ああ……二つ同時に出ちゃったね。白三昧!っ感じだねぇ〜」

 ここまで白続きなことに、おばちゃんも気の毒になってきたのか、苦笑いを浮かべながら追加で2つのティッシュを手渡した。

「あおくん……そのティッシュ、私だと思って使ってね……」

 悪い結果続きなことに心を砕かれたのか、生気を失った目でそう呟く早苗。

 いや、どんな気持ちで使えって言うんだよ。

「私の部屋のゴミ箱、丸まったティッシュでいっぱいにしちゃダメだよ?」

「どういう意味だよ」

「え、言っていいの?」

「……やめて頂きたい」

 このやり取りには、さすがのおばちゃんも顔を伏せていた。

 おばちゃん……いかがわしい内容に聞こえるかもしれません。でも、違うんです。うちの幼馴染は純粋な子なんです。決して保健体育で習うこと以外を知っているなんてことはないはずなんです。

 俺が現実逃避をしているうちに、早苗が最後のガラガラを回し始める。ラストガラガラだ。

 二周三周……なかなか出てこない。何故か緊張が高まってくる。そしてついに―――――――。

 ……コロンッ。

「でたぁぁぁ!」

 玉が転がり出ると同時に、早苗が歓喜の声を上げた。その大声に、通り過ぎようとしていた人達も足を止めてこちらを振り返る。

「そんないいものが出たのか!?」

 俺が驚いて覗き込んでみれば、白の玉の中に混じるそれは緑の玉。あれ?大したことないような……。

「おめでとう!5等だよ!」

 おばちゃんはそう言いながら、景品コーナーから何かを取って戻ってくる。

「はい、5等の景品!」

「ありがとうございます!えへへ♪あおくん、貰っちゃった!」

 満面の笑みで景品を受け取り、嬉しそうにそれを掲げる早苗。通行人たちがパチパチと拍手をしてくれる。なんと優しい世界だろう。

「でも、早苗。5等ってティッシュのひとつ上だろ?そんなにいい景品だったのか?」

 そう、緑色の玉は白玉の1つ上のランク。そんなに喜ぶようなものを貰えるはずは無いと思うのだが……。

「うんっ♪すごく嬉しい!だって……」

 早苗が「ほらっ!」と言いながら見せてきたそれは、誰もが知っているあの『ゼ〇シィ』。

「ほら!婚姻届もついてるんだって!1番欲しかったのが貰えたよ〜♪」

 まさか、本当に婚姻届があるとは……。そしてそれを本当に手にしてしまう彼女の運。恋する乙女の力は恐ろしい……。

「あおくん、祝福の鐘の音が聞こえるよ?」

「おばちゃんが鳴らしてる、ただの手持ちベルだ」

 まあ、彼女の恋が本気だからこそ、巡って来た運なのかもしれない。それはそれで嬉しくもあり、悩みどころでもあるんだよな。


 でも、寝起きで机の上に彼女の名前の書かれた婚姻届が置いてあるのを見つけた時は、目が冴えるほどの恐怖を感じた。

 さすがに気が早すぎるだろ……。そういう問題でもないんだけどさ。

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