第61話 幼馴染ちゃんと(偽)彼女さんは玉を転がしたい

 ついにこの日がやってきた。いや、やってきてしまったと言った方がいいかもしれない。

 俺が諸事情で最も懸念していた時間、その名も『体育祭種目決め』。

 6時間目のLHRロングホームルームを利用して、クラス内で誰がどの種目に出るのかを決定する場なのだが、怪我で出られない可能性大な俺は教室後方に固められた机や椅子の中に紛れるように、1人外れた場所でその様子を眺めていた。

 体育祭委員である男女1名ずつが進行を担当し、黒板に書かれた種目の横に、次々にクラスメイトの名前が刻まれていく。

 ちなみに、あの2人は恋仲にあるんだとか。これぞ、笹倉が言っていた『体育祭の七不思議』ってやつかな。俺には関係ないけど。

 不貞腐れながら机に突っ伏していると、それまで騒がしかった教室が、突然静まり返った。何事かと顔を上げてみれば、教室の中心で睨み合う影が二つ。

「そんな細い腕じゃ、玉なんて転がせないでしょ!笹倉さんは100m走がお似合いだよ!」

 そう言ってほっぺを膨らませる早苗。

「小森さんこそ、そんな華奢な体じゃ玉に転がされちゃうんじゃないかしら?100m走で頑張ってる姿を見てもらいなさいよ」

 笹倉も負けじと冷たい視線を向ける。

 黒板を見るに、女子の種目で空いているのは2箇所だけ。2人が取り合っている大玉転がしと、嫌がっているらしい100m走だ。

 突如始まった言い合いに、クラスメイト達も戸惑っているらしい。俺にとっては日常茶飯事だから、なんてことないんだけどな。

「私が大玉転がしにでるのよ!」

「私が出るのっ!」

 終わりの見えない論争にため息をついた体育祭委員の女子が、二人の間に入ってこんな提案をした。

「じゃあ、2人に玉を転がしてもらって、早かった方が大玉転がしに出るってことでいい?」

 その提案に2人は少し悩んだようだったが、最終的には首を縦に振った。

「……そういうわけだから、いいわよね?関ヶ谷くん」

「なんで俺に聞くんだよ」

 いきなりこちらに向けられた声に、反射的につっこんでしまう。だが、体育祭委員の女子は平然とした顔でこう言った。

「だって、2人の彼氏でしょ?」

「いや、語弊が過ぎるだろ!」

 2って、なんかすごい悪いやつみたいじゃねぇか。そう心の中で呟いたのだが、クラスのあちこちからは、「え、違うの?」、「公認の二股でしょ?」、「毎日家に入り浸ってるって噂も……」、「クソ、あの顔でかよ」というような声が上がっていた。

「おい、公認の二股ってなんだよ。俺は笹倉一途だっての!」

 そう弁解するも、クラスメイトたちは疑いの目を向け続ける。

「最近は唯奈ちゃんにも手を出したんだとか……」

「ええ、やぁねぇ……」

 お前らは井戸端会議のおばちゃんかよ。

 いきなり話題に飛び出してきた唯奈はというと、いつも通りこちらを見てニヤついている。本当にいい性格してるよな。

 でも、こいつら本当に噂好きすぎだよな。どこの誰がそんな根も葉もない噂を流しているんだか。

「てか、顔のこと言ったやつ、後で校舎裏に来いよ?松葉杖をケツの穴にぶっ刺してやるから」

 俺が(自称)ドスの効いた声でそう言うと、クラスメイト達は一瞬固まり、互いに顔を見合わせながらこう言った。

「「「「やっぱりホモだ!」」」」

 いや、ちげぇよ……。



 その後、放課後になると体育祭委員の2人と、笹倉&早苗は校庭に集合した。体育祭委員(女子)の提案通り、早い方が大玉転がしに出るということになったのだが、よくもまあ、玉を用意できたもんだ。

「私たちの愛の力で交渉したわ!」

「ああ、俺たちの愛の力だよな!」

 そんな風に見つめ合っている体育祭委員たち。リア充爆発しろとは、今の感情のことを言うんだろうな。シンプルにウザイ。

 そして、その場に俺が来ているのは、笹倉と早苗に頼まれたからである。早く帰って足を休めたかったんだが、頼まれたからには仕方ない。勝負の行方も気になるしな。

「じゃあがんばってくるね!」

「ああ、頑張れよ」

 張り切る早苗にエールを送り。

「どんな手を使っても勝つわ」

「フェアに行こうぜ。な?」

 悪い顔をする笹倉の手から、可愛らしい猫の写真を取り上げて。

 てか、この写真でどうやって勝つつもりだったんだよ。『あ、かわいい!』って足を止めるとでも思っていたのだろうか。笹倉……早苗は犬じゃなきゃ止まらないぞ?

 こっそり犬の写るチェキを手渡しておいた。勝負の世界とはこういうものなのだ。……多分。



 既に用意されていた青と黄色の大玉の前に立つ笹倉と早苗。こういう時は赤と青なのではないかと思うのだが、2人のイメージカラーっぽいからよしとしよう。

 青い玉の前に立つ笹倉、黄色い玉の前に立つ早苗。互いに火花を散らしながら、たまに手を添える。

 体育祭委員らもスタートの合図をするために、この時ばかりはイチャつくのをやめて真面目な顔になった。どうせなら恋人繋ぎもやめて欲しかったけどな。

「では、位置について!」

 その声に、笹倉と早苗の表情が引き締まる。

 そして―――――――。

「よーい、どん!」

 合図とともに、二つの玉が勢いよく転がり始めた。




 結果、勝利したのは早苗だった。

 運動神経では笹倉の方が明らかに上だし、負けることは無いと思っていたのだが、まさか、あの犬のチェキが足を引っ張ることになるとは思ってもみなかった。

 中盤までリードしていたのは笹倉だった。彼女は、早苗のレーンに犬のチェキを落とし、さらに勝利を確実なものにしようとしたのだ。

 まさかそれが敗因となるなんて……。

 チェキは早苗の玉に張り付き、それを見つけた早苗はなんとしても手に入れようとした。

 玉が1回転する度、彼女はチェキを手にするチャンスを得る。その事に彼女が気付くと、玉の回転はさらにスピードアップ。笹倉を追い越して、見事ゴールテープを破ったのだった。


「ワンちゃん可愛い……うへへ♪」

 チェキを掲げながら変な笑い方をする早苗を横目に、俺は笹倉に足を踏まれていた。しかも、怪我している方の足だ。悪意しか感じられない。

「碧斗くんはわざと私を負けさせようとあれを渡したのね」

「ち、違うわ!俺は勝ってもらおうと思ってだな……まあ、走ってる姿が見たかったってのもあるけど」

「ほら、やっぱり!この裏切り者っ!」

「いててててて!足踏むのはやめてくれ!」

 今日も俺の青春は平和です。



「もう2週間後なんだよな、体育祭」

 帰り道を歩きながら、俺はそう呟いた。

「治るかしらね、その脚」

 心配そうな声でそう言う笹倉。

「それが踏んできたやつのセリフかよ」

「そ、それは……負けちゃったからつい……」

 恥ずかしそうにそっぽを向く彼女は、やっぱり負けず嫌いなんだな。そんな所が可愛いと思ってしまったりして……。

「碧斗くん、どうしたの?そんなに見つめて」

 笹倉が不思議そうな顔で聞いてくる。

「あ、いや、なんでもない……」

「嘘よ。なんでもないって顔じゃないもの」

 彼女はお見通しとでも言いたげに胸を張る。

「どうせ、片づけで残らされてる小森さんのことでも考えていたんでしょ?ほんと、幼コンなんだから……」

「お、幼コン?」

「ええ。幼馴染コンプレックス、略して幼コン」

 真面目な顔でそんなことを言う彼女の姿に、思わず頬が緩んでしまう。

「ふっ、なんだよそれ」

 そんな俺を見て、笹倉も笑みをこぼした。そして、右手でそっと俺の頬に触れると、優しい声で囁いた。

「今みたいに、私のことだけを見ていて」

 オレンジ色に照らされた綺麗な笑顔に、俺の目は釘付けになった。

「……ああ、もちろんだ」

 彼女のやわらかい手を夕陽の温かさとともに包み込み、逃がさないようにしっかりと握りしめる。

 今の俺たちは、誰が見ても『偽物』だなんて思わないんだろうな。

 横を通り過ぎて行く人を見て、俺は心の中でそんなことを考えていた。

「偽物じゃないなら、俺たちってなんなんだろうな……」

「ん?」

 俺の言葉に首を傾げる笹倉。

「いや、なんでもない!ほら、帰ろう」

 そう言って松葉杖を使ってゆっくりと前へと進む。

 俺達だって、こうやってゆっくり進んでいけばいいんだ。答えなんて、またいつかにでも探せばいい。

 今はまだ、このままの関係で満足してるんだから。

「……って痛てぇ!足、わざと踏んだだろ!」

「ふふ、ごめんなさいね。あんまり真面目な顔ばかりするから、つい……♪」

 意地悪な笑顔を見せる彼女に、思わずため息をついた。やっぱり、本物と呼べる日はもう少し先になりそうだよな……。

 それより大丈夫かな、足。

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