第60話 俺は彼女らに祝われたい
「「「「「おかえりなさい!」」」」」
「…………え?」
突然明かりがつき、聞こえてきたその声に、俺は驚いて振り返る。
そこには、笑顔でこちらを見る笹倉、早苗、千鶴、唯奈、それとケーキを抱える咲子さんの姿があった。
「え?みんな、用事があるんじゃなかったのか?」
俺がそう聞くと、笹倉が照れたように頬をかきながら答える。
「用事よ?何よりも大事な用事、それを今こなしてる最中なのだから」
まだ状況が呑み込めない俺は、頬を赤く染める彼女の姿に見蕩れてしまいそうになりながらも、咲子さんの方へと目を向ける。
「咲子さん、そのケーキは……」
「ええ、もちろん碧斗君のよ!お誕生日にはケーキが欠かせないものね♪」
咲子さんの言葉に、他の4人もうんうんと頷いている。なるほど、それは俺用の誕生日ケーキなのか。
「えっと、わざわざありがとうございます……?」
「あれ、あおっち不満だった?あ、白いのより黒いケーキの方が良かったとか〜?」
中途半端な俺の言葉に納得がいかなかったのか、唯奈がそう聞いてくる。でも、そういう問題じゃないんだ。
「いや、そうじゃなくてさ……」
歯切れの悪い返事に、とうとう笹倉が痺れを切らしてしまった。
「じゃあどうしたのよ」
「いや、ここまで準備しておいてもらって悪いんだけどさ……」
俺の言葉に、その場の全員が耳を澄ましていた。静けさの中、自分の心臓の音がハッキリと伝わってくる。言い出しにくいが、ここははっきりと言っておくべきだろう。来年のためにも。
俺は踏みとどまっていた1歩を、思い切って踏み出した。
「俺の誕生日、来週なんだけど……」
「「「「「…………」」」」」
ほら、やっぱり変な空気になった。だから躊躇したんだよな……。
「さ、咲子さん?確かに今日で間違いないと……」
「え、ええ!碧斗君の誕生日会は毎年今日行われていたはず……」
笹倉の疑いの目に、咲子さんは慌ててスマホのカレンダーアプリを開いて確認する。
「ほ、ほら!ちゃんと2年前の今日に印がついているわ!」
咲子さんはそう言ってみんなに画面を見せてくる。だが、彼女は気がついていない。必ずしも自分の誕生日に誕生日会をする訳では無いということに。そして、去年の俺のお誕生日会が存在しなかった理由に。
「あの、咲子さん?」
「な、何かしら……」
慌てふためく彼女に、俺はトドメの一撃を放つことになってしまう。どうか、無駄な殺生をお許しください……アーメン……。
「今日は俺の母さんの誕生日です。毎年俺のとまとめて開いてたんですよ?十数年も一緒にしてて、気付かなかったんですか?」
「ぐふっ……」
勘違いの主犯格である小森 咲子、ここに眠る。
まあ、誕生日会なんて、いつでもいいんだけどな。開いてくれたこと自体が嬉しいし。
そういう訳で、俺は彼女に蘇生魔法を唱え、生き返らせてあげることにしたのだった。
「なんで倒れてるのにケーキだけは死守してんだよ。意識高ぇな……」
そんな言葉をこぼしながら。
「でも、びっくりしてくれたみたいでよかったわね」
ケーキを口に運びながら、俺の右斜め向かいに座る笹倉がそう言って微笑む。
「そうだね、日付を間違えたこと以外は大成功だったね」
「うんうん♪これは、私たちの誕生日では、あおっちのサプライズが楽しみだね〜♪」
右隣に座る千鶴がりんごジュースの入ったコップを傾けながら言うと、彼の隣に座る唯奈が、意地悪な視線をこちらに向けてきた。まあ、ここまでしてもらってお返しをしないというのは、俺も気が引けるもんな。
ちなみに、千鶴はいつか見た、あの黒白のメイド服を着用している。咲子さんと早苗がいる手前、女装は強制なのだろう。
だが、いくら俺が職員室に寄っていたとはいえ、その服を取りに彼の家まで戻る時間はなかったはずだ。つまり、学校に持ってきていたということになる。彼もなかなか大胆になったものだ。
「わらひのはんひょうひは、ほんいんほほへほおふふはふあいふはひひでふ!」(私の誕生日は、婚姻届を送るサプライズがいいです!)
向かい側に座る早苗が、ケーキを詰め込んだ口をパクパクとさせて、奇妙な音を発する。口からケーキの破片がこぼれ落ちるのを見て、俺はウエットティッシュを取り出して、彼女の口元を拭いてやった。
「ケーキを口に入れたまま喋るなよ……。てか、婚姻届なんか送らねぇからな?」
口元を拭き終えると、散らかった欠片も片づける。そんな俺を見て、笹倉が目を見開きながら言った。
「あ、碧斗くん……今の意味不明な言葉が聞きとれたの……?」
確かにそれは他の誰もが思ったことだろう。でも笹倉、それは言わないでくれ。俺だって驚いてるんだから。時の流れって恐ろしい。
「ふふふ♪長い間一緒にいるから、私とあおくんは通じあっているんだもん♪」
やっとケーキを飲み込んだ早苗が、ドヤ顔でそう言う。その顔を見て、眉をピクリとさせる者がいた。
「時間なんて関係ないわよ。事実、碧斗くんの彼女は私なのだから」
そう言いながら、笹倉が立ち上がった。
またいつもの喧嘩に発展―――――――かと思ったのだが、状況はさらに酷かった。
「お、俺の方が同性だし、話せることも多いと思うんだけど……!」
なんと、千鶴まで食いついてきたのだ。いつもとは違った展開に、笹倉と早苗も一瞬戸惑ったらしい。だが、すぐに負けじと机から身を乗り出してきた。
「わ、私が1番、あおくんのこと知ってるもん!」
「私が碧斗くんのこと、1番知ってるわよ!」
「ぐぬぬ……」
女子の迫力に一瞬たじろいだ千鶴だったが、ここで逃げては男が廃るとでも言いたげに拳を握りしめると、持っていたフォークでケーキのてっぺんにあるイチゴを刺して、それを俺に向けて差し出してきた。
「あ、あーん!」
「え、いや、それは……」
これはさすがに躊躇する。俺だって、差し出された使用済みフォークに喰らいつけるほど飢えてはいない。だが、千鶴はじっとこちらを見つめてくる。食べるまで諦めるつもりはなさそうだ。
そんな彼の姿を見て、焦りを覚えたのだろう。笹倉と早苗もイチゴを差し出してくる。
笹倉は少し恥ずかしいのか、「く、口を開けなさい!」と目を合わせようとはしない。早苗に至っては、イチゴを口に咥えて、ほぼキスをせがんでいるような体勢だ。
「え、えっと……」
これは、イチゴを受け取る=一番に認定ということになるんだよな?気持ち的には笹倉のにかぶりつきたいところだが、他2人からの無言の圧力のせいで、踏み切れずにいた。
俺は、ニヤニヤしながらこちらを眺めている唯奈に、『助けて』という気持ちを込めて視線を送る。
それを察してくれたのか、唯奈は小さく頷いてからフォークを置くと、スっと椅子から立ち上がる。そして―――――――――。
「あおっちのイチゴちょーだい♪」
「おぃぃぃ!そうじゃないだろっ!?」
思わず盛大にツッコミを入れてしまった。こいつはいつも予想の斜め上を行く。いや、斜め下なのか?
結局、俺のケーキには、所狭しと合計6個のイチゴが乗ることになった。いや、なんで咲子さんまで渡してきてるんですか……。
俺がそう文句をつけるより早く、彼女は仕事部屋へと駆け込んでいった。どうやら、新しいシーンが浮かんだらしい。
次回作に期待してますよ、早咲 苗子先生。
密かに応援している俺であった。
翌日の放課後、誕生日会のメンバー(咲子さん抜き)でスーパーに行き、5個入りのイチゴを買って食べた。
「食べたかったなら、昨日自分で食べればよかったのに」と言ってやると、4人は口を揃えてこう返してきた。
「誕生日のイチゴは特別なんだよ」と。
俺はそういう面に疎いからよく分からないが、彼女らがそう言うならそうなのだろう。
これで晴れて17歳になった(誕生日は一週間後だけど)俺だが、唯一心残りがあるとすれば、これだろう。
「ロウソク吹き消したかったなぁ……」
いつまでも童心は忘れないのである。
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