第55話 俺はオカルトさんに七不思議を見せたい(前編)
一足先に階段を上った俺は、震える足で必死に上ってくる奏操さんの手をさり気なく引いてやる。
怪我人より遅いとなると重症だ。結城を追いかけてきたとはいえ、よくそれでオカ研に入ろうと思えたよな……。
結城は、さっきは突然のことに驚いていたようだったが、さすがはオカルト好き。もう鼻歌なんて歌い始めているところを見るに、楽しくて仕方ないのだろう。
俺も夜の学校という新境地に心を躍らせているところだから、その気持ちはよくわかる。よくわかるんだが、鼻歌の内容が『世にも奇妙な(以下略)』のメロディじゃなくてもいいんじゃないか?
「へ、変な音楽が聞こえてきます……あぅぅ……」
奏操さんも怖がってるみたいだし、やめてあげて欲しい。本音を言うと、俺もちょっと怖いから。
俺は何も言わずに、結城の口を軽くつまんでやった。音楽の強制終了だ。
軽い反抗なのか、舌を出して指を舐めてきたから、本格的に口をひねってやった。次やったら、一生鼻歌を歌えない体にしてやろう。どこをどうすれば歌えなくなるのかは知らんけど。
鼻歌って、どこを使って音出してるんだろうな。
俺の中に新たな謎が生まれていた。
舐められた指を結城から奪い取ったハンカチで拭き、俺達は初めの目的地である職員室へと向かった。
職員室は今いる2階にある。広いのか狭いのか、他の学校の職員室を知らないから分からないが、他の部屋よりかは遥かに広い。
しんと静まり返っていて、いつもは先生たちが仕事をしたり、コーヒーを飲んだり、新聞を読んだりしている光景が伺えるのだが、もちろんこの時間には誰もいない。
電気も消えていて、まるで職員室の中だけ、時間の流れが止まっているかのようだった。
だが、ここの扉の鍵は既に開いている。いや、開けてもらっておいたのだ。
実は、この職員室のどこかに塩田が潜んでいるのだが、彼には『ピッキング』という趣味があるんだとか。もちろん、今まで開けてはいけないものを開けたことは無いし、自分で買ってきた鍵などを開くのが楽しいと言っていた。
今回はその趣味で培った能力を、職員室の扉の鍵へとぶつけてもらったわけだ。いやあ、塩田の将来が少し心配だけど、おかげで助かった。
ただ、もちろん彼の仕事はこれだけでは無い。職員室に来たのは、結城と奏操さんに2つ目の七不思議を見てもらうためなのだから。
俺は扉を開いて、暗い職員室へと入る。続いて結城と、結城のスカートの裾を掴んでいる奏操さんも入ってきた。
それを確認した俺は、右耳のイヤホンを爪先でコツコツと叩いた。これがみんなで決めた準備OKの合図だ。
結城達が近くにいる時に声で指示をすれば、バレてしまう恐れもある。だから、音での合図にすることにしたのだが、ちゃんと受け取ってくれるだろうか。そんな心配をしていたのだが、俺はすぐに、そんなものは無用だったと胸を撫で下ろす。
計画はちゃんと動き始めていた。背後の扉がバタンッ!という音を立てて閉まり、その直後、目の前の机からひとりでに辞書が落ちた。
普通の人がこれを見たら、泣いて逃げ出すだろう。だが、俺はこの仕組みを知っているから、怖さは微塵も感じない。事前に塩田には教えて貰っておいたからな。
今落ちた辞書には、箱の内側に強めの磁石を取り付けてあるのだ。そして、外側から細くて丈夫な糸が取り付けられた磁石をくっつけておいて、糸の反対側を塩田が握っておく。そうすれば、いつでも好きな時に、糸を引くだけで辞書を動かすことが出来るというわけだ。
しかも、糸をゆっくりと引けば、磁石同士が引き合って辞書を動かすことができ、勢いよく引くと、磁力が耐えられずに、糸に付いた磁石だけが塩田の元へと返ってくるという仕組みになっている。
磁石を回収することで、人為的な現象だバレることは無いし、糸に引っかかって『なんじゃこりゃ』となることもない。使っているのが黒い磁石と細い糸ということもあり、計画を知っている俺ですら、どこにあるのかは分からない。知らない人からすれば
、このトリックを暴くのは不可能に近いだろう。
存在を感知したところで、幽霊じゃないかと言えば乗り切れるし、塩田もなかなかにいい作戦を立ててくれたものだ。
俺は心の中で感心しつつ、反応が薄いと怪しまれるかもしれないので、少し驚いているふりをしておいた。
そして、オカ研の2人の反応を横目でちらっと見てみると――――――――。
「ボルターガイスト、キタァォァァ!」
「か、かかかか勝手にぃ……あわわ……」
実に正反対の反応を見せていた。結城は両手を上げて喜び、奏操さんはよろめいて壁にもたれかかってしまった。
だが、塩田の仕組んでいる七不思議はこれでは終わらない。
今度は、別の机に置いてあった紙の束がドサッと机横にあったシュレッダーへと落ちた。紙をバラバラにする大きな機械音が、夜の職員室へと響く。
「か、紙が勝手に……あわ……うぅ……」
恐怖値が限界を超えてしまったらしい奏操さんは、ガクッと膝から力が抜けたように、その場に座り込んでしまった。
それとは正反対に、結城はその音に大興奮し、切り刻まれていく紙を覗き込んでいた。
「うほぉぉ!大事なプリントが粉々にぃ!っと思ったら、この紙全部真っ白ですよ!このポルターさん、意外と良心的ですね!」
「そ、そうだな……」
まあ、大事なプリントなんて粉々にしたら、俺達はタダじゃ済まないだろうからな。そこはさすがに白紙にしてもらっておいた。
「てか、幽霊のことを気安くポルターさんなんて呼ぶなよ。雰囲気が壊れるだろうが」
「ポル〜?ポル〜?怖くないから出ておいで〜?」
「話聞いてた!?」
ポルターガイストをポルだなんて…………ちょっと可愛いじゃねぇか。
塩田も空気を読んだのか、このタイミングで椅子を動かしたり、コップを倒したりと、比較的緩めなポルターガイストを起こしてくれた。
その度に結城は大興奮。まだ2つ目だと言うのに、騒ぎすぎて息が乱れていた。
ちなみに、奏操さんは何も反応を示さなくなっていた。怖すぎて気絶してしまったらしい。
「もう終わりですかね?」
「そうみたいだな」
しばらく待ってみて何も動かないのを確認した俺達は、職員室を後にする。奏操さんは結城におんぶしてもらって、3つ目の七不思議の待つ場所へと向かった。
「これで七不思議は2つ確認できたんですよね」
廊下を歩きながら、結城がそう聞いてくる。
「ああ、そうだな」
1つ目が『聞こえるはずのない着信音』。グループ通話でみんなとのコミュニケーションをとるために、校舎に入ってすぐに電話をしたんだよな。無駄な動きをして怪しまれないためにも、行動を最短絡化しようとした結果、あの計画に至ったのだ。
個人的によくできたと思っている(ドヤ顔)。
それから2つ目がさっきの、塩田が起こしてくれた『職員室の暴れん坊』だ。暴れん坊の割に、暴れ度は低かった気がするが、後片付けまで彼に頼むことを考えれば、あれくらいがちょうどいいだろう。
塩田とのトークに『よくやった!』という犬のスタンプを送っておいた。
「七不思議の割に、案外あっさり見れるもんなんですね〜♪」
そう言って楽しそうに笑う結城は、どうやらこれまでの2つの七不思議を、自然な(?)怪奇現象だと信じて疑っていないらしい。純粋な奴で良かった。馬鹿なだけかもしれないけど。
「ふぅ……あと5つだ。頑張っていい新聞書こうな」
ちょうど階段を登り終えた所で、俺は結城にそう声をかけた。もうそろそろあいつが出てくる場所だ。俺は少し気合を入れる。
結城が大きく頷いたのとほぼ同時に、彼……いや、彼女は現れた。
コツ……コツ……コツ……。
無意識にそちらを見てしまうような、絶妙な足音を立てながら、俺達の目の前まで歩いてきたのは、七不思議3つ目、『ブロンドちゃん』だった。
「ぶ、ぶぶぶぶブロンドちゃん!?ま、まさか……本当に居たとは!!!」
触れられる距離に七不思議が立っていることに、結城はまたも大興奮。
もちろん、『ブロンドちゃん』の正体は千鶴だ。彼は元々時々現れる美少女として、七不思議に加わっていた。だから、今回もそのまま出てもらうことにしたのだ。
もはやリアリティなんて問題じゃない。本物なのだから。
「あ、握手してもいいですか!」
いつの間にか奏操さんを壁際に座らせて身軽になっていた結城は、目をキラキラさせながら両手を差し出していた。
「い、いいですよ……?」
千鶴も緊張しながらも完璧な美少女ボイスで対応し、差し出された手を優しく握った。
「うわぁ……!ブロンドちゃんさんの手、すべすべで柔らかくて温かくて……うへへ……ずっとなでなでしていたいくらいです♪」
「お前はエロおやじかよ」
感想がいやらしすぎる。
「あ、嬉しすぎて鼻血が……」
「興奮しすぎだろ。JKの自覚を持て、JKの」
「あー、そういう押し付け、良くないんですよ〜?」
「知るか。鼻血出してうへへとか言ってる奴はJK以前に人間として危ない。JKって言って貰えてるだけありがたいと思えよ」
「わかりましたよ〜だ……チッ」
「舌打ち2カウント目な。3カウントでパンツと交換だから覚えとけ」
「え……関ヶ谷さんのパンツなんていりませんよ……」
「俺が貰う側だ!!誰がパンツなんて渡すかよ……。てか、本気の嫌そうな顔だけはやめろ。ちょっと傷つくから」
俺と結城のそんなやり取りを終始苦笑いで見ていた千鶴は、「では、またお会いしましょう」と言って闇の中へと消えていった。
『結城さんにあげるくらいなら私が貰おうかしら、碧斗くんの脱ぎたてパンツ』という意味不明な発言が聞こえた気がするが、通信不良で届かなかったことにしておこう。ていうか、脱ぎたてなんて誰も言ってねぇよ。
結城とのやり取りで少々疲れたが、これで3つ目をクリアだ。ここまで難なく順調に進められている。
残すは4つ、次で折り返し地点だ。結城達のためにも、最後まで気は抜けない。
俺はまた気合いを入れ直し、奏操さんをおんぶし直した結城と並んで、次の場所へと向かった。
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