第54話 オカ研さん達(+俺)は夜の学校に忍び込みたい

 翌朝、学校に着くなりすぐ、オカルト研究会の2人に七不思議特集の新聞を作ろうと提案した。もちろん、俺達が七不思議を再現するという点は覗いて。

 これだけ考えて断られたらどうしようと思っていたが、結城はあっさりとOKしてくれた。それどころか、「早くやろう!今すぐやろう!」と急かしてくるほど乗り気だった。

 いや、喜んでくれたみたいで嬉しいけど、朝に七不思議なんて現れねぇだろ。現れたところで、迫力も威厳もありゃしねぇ……。

 はしゃぐ彼女をなだめつつ、俺はポケットの中でスマホを操作し、グループに用意していた一文を送信した。


『今夜、計画実行だ』




 時計が午後10時を回った頃。俺は校門前で結城、奏操さんと合流した。

 計画上、俺は2人と共に行動することになっている。他の『七不思議役』の出るタイミングをこっそりと知らせるためだ。

 早苗に絵本を読んでやって寝かしつけ、小説を書くことに集中している咲子さんの目を盗んで家を出てきたのだが、いつ俺がいないことに気付くか分からない。

 早めに終わらせて、日が変わる前にはこっそりと帰りたいところだ。夜遊びをしていたなんて思われたくないからな。


 奏操さんは暗いのが怖いのか、結城の手を強めに握っている。俺も握ってあげようかと思ったが、通報されそうだからやめておいた。

「じゃあ、入りますか」

 結城はそう言うと、俺の方をちらっと見た。OK待ちといったところだろうか。もちろん、ここまで来てやめるなんてことはありえない。だから、俺は大きく頷いて見せた。

「よし、行くか」

 俺はそう言って、侵入経路である校門へと近づく。だが、ここで俺にとっての難所に気がついてしまった。

「門が……高ぇ……」

 昼間は校門が開いていたために、気が付かなかったが、校門が3m近くの高さだった。侵入経路と予定していた『校門を乗り越える』という行為が少し難しいかもしれない。片足を怪我している俺なら尚更だ。

 念の為、横にある扉のノブを捻ってみるが、もちろん内側から鍵がかけられていた。

「どうしようか……」

 計画外の問題に、俺が頭を抱えていると、奏操さんが右手を上げた。

「私に任せてください!」

 正直、意外だった。彼女はこういう場では俯いているだけのタイプだと思っていたから。だが、彼女の小さな体では、どう考えても向こう側へは渡れないだろう。

「出来るのか……?」

「はい!」

 やっぱり心配でそう聞くも、彼女は首を縦に振る。これほどまでに固い意思を持てるほどの自信があるらしい。結城もニコニコしているし、何か理由があるんだろうか。

「ですが……その松葉杖を少しだけお借りしてもいいですか?」

「え、あ、いいけど……?」

 俺が首を傾げながら松葉杖を手渡すと、彼女はぺこりとお辞儀をして、小走りで門から数メートル離れた。

「少し離れていてくださいね?では、行きます!」

 奏操さんはそう言うと、松葉杖を両手で握り、門に向かって走り出した。

「え、ちょ……えぇ!?」

 俺が驚いてしまうのも無理は無いと思う。

 彼女は助走の勢いを殺さないまま、松葉杖を地面に立て、それを踏み台にして飛び、校門を軽々と飛び越えてしまったのだ。しかも、両足で着地して怪我もなし。

 驚いている俺の顔を見たオカ研の2人は、堪えきれないとばかりに吹き出した。

「ぷっ!関ヶ谷さん、何その顔!」ケラケラ

「あはは!ちょっと面白いです!」ケラケラ

「え……ええ……?」

 俺がおかしいのだろうか。目の前で内気な後輩が、松葉杖を使って3m程の校門を軽々と飛び越え、両足で着地したんだぞ?これが驚かずにいられるか!

 混乱している俺に、良心的にも結城が説明してくれた。

「魅音は中学の時、陸上部で走高跳びをしていたんです。全国にも行くようなすごい人材だったんですけど……ね?」

 結城は奏操さんと目を合わせて苦笑いをする。

「車に轢かれそうな犬を助けようとして、右足を骨折。全国は辞退して、部活も辞めてしまったんですよ。『みんなの期待を裏切った』っていう罪悪感に追い詰められて」

「辞めたのか……そうか……」

 部活にすら入っていない俺でも、さっきのジャンプを見れば、彼女がどれだけ才能のある選手だったかくらい分かる。

 俺は、辞めたというワードにどこか『惜しいな』と感じている自分がいることに、どうしようもなく嫌悪感を感じた。

『惜しい惜しくないは、本人が決めることだ。才能があるからこの道に進むべきだ。そう決められてしまうことほど、本人にとって苦しいことは無い。』

 少し前に、誰かがそう言っているのを聞いて、ものすごく共感したからだ。

 奏操さんの方を見ると、少し落ち込んでいるようだった。

「まあ、辞めて後悔してないならいいんじゃないか?」

「……」

 落ち込んでいるままでは、これからの計画にも支障が出るかもしれない。それに、何より彼女のことが心配だ。

 俺は励ますためにも、少しおどけたような口調で言った。

「ジャンプすら出来ない俺からしたら、結城のジャンプ力だって羨ましいくらいだけどな〜」

 言い終わったあと、少しの間沈黙が流れる。あれ、俺何か間違えた……?

 だが、そんな心配も束の間。門の向こうから堪えるような笑い声が聞こえてきた。

「ふふ……そうですね。跳べない関ヶ谷先輩よりかはマシかもしれないです♪」

「……だろ?」

「はいっ♪」

 楽しそうに笑う彼女を見て、俺も結城と顔を見合わせて笑った。



 ひとしきり笑った後、俺は奏操さんにお願いする。

「じゃあ、とりあえず扉の鍵を開けてくれ」

「わかりました!」

 トコトコと扉に近づき、鍵をガチャリと開けてくれた彼女は、どうぞ!と扉の向こう側へ手招きしてくる。

 どことなく、昨日や今朝よりも表情が柔らかくなっているように見える。怖さが薄れてきているのかもしれない。

「なんとか入れた訳だが……これじゃあな……」

 入るのに手間取った分、少し巻いた方がよさそうなのだが、俺は目の前の光景を見て足を止める。

 道脇に立っている電灯も今は消えていて、ちょうど月が雲の影に隠れてしまったこともあり、校舎に続く道は暗闇の中。いつも見ているはずのものと同じとは、とても思えなかった。

 まだ暗闇に目が慣れていないこともあって、その闇がどこまでも続いているような気がして、気を抜けば飲み込まれてしまいそうとまで思えてしまう。

「関ヶ谷さん、スマホのライトを付けましょうそれぞれで足元を照らした方が安全ですから」

「そうだな」

 俺は言われた通り、ポケットからスマホを取り出す。それと同時に、結城達には見つからないようにこっそりとワイヤレスイヤホンの右耳用を取り出して装着し、グループトーク画面を開く。

 実は、笹倉、千鶴、唯奈、塩田には既に校舎内に入ってもらっている。後から入ってきて鉢合わせになれば、計画が台無しになっちゃうからな。

 彼女らも、もうそろそろ計画通りの配置につく頃だろう。初めに肝心なのは校舎に入った瞬間。ここは俺がメインの仕事だ。気合いを入れておかねば。


 3人それぞれがライトを付け、足元を照らしながら校舎へと進んでいく。暗闇も暗闇で恐ろしかったが、見えているのは見えているで怖いもんだな。もし突然なにかが飛び出してきたとしたら、俺は二人を置いて逃げる自信がある。松葉杖さえも捨てて。

 やっぱり恐怖には勝てん。

 まあ、これからその恐怖を再現しようとしている俺が言うのもおかしな話ではあるけどな。

 そんなことを考えていれば、すぐに校舎前にたどり着いた。だが、もちろん正面玄関は閉じられている。ならどうやって入るのか。

 校門まで頭が回っておらず、さっきは手間取ってしまったが、校舎に入れなければ意味が無い。そこはぬかりなく侵入経路を確保してある。

 学校から帰る前に、玄関横にある窓に細工をしておいたのだ。細工と言っても簡単なもので、鍵の先端に紐を括り付けて、それを二枚窓の隙間を通し、すぐ外にある植木に繋いだだけなのだが。

 学校の窓の鍵は、レバーのようなものを上に上げれば閉まり、下げれば開くようにできている。つまり、紐を上手く引っ張れば、レバーが下にさがり、窓が開くようになるというわけだ。

 俺は計画通りに開いてくれた窓から、校舎の中へと入る。思っていた通り真っ暗だ。

 少し緊張するが、ここからが本来の目的だ。結城が校舎に入って来ると、続いて奏操さんも恐る恐る入ってくる。

 その様子を確認してから、俺はポケットの中のスマホへと手を伸ばした。


 プルルルルル♪プルルルルル♪


「な、何っ!?」

「んぇっ!?」

 突然上の階から聞こえてきたいくつかの着信音に、結城と奏操さんは方を跳ねさせる。

「上の階から聞こえてきたみたいだぞ?」

 そう言って階段の方を指差した俺の口元は、微かにニヤついていた。計画の出だしが上々だと判断したからだ。

 そして着信音が鳴り終わると、俺は2人には聞こえないような小さな声で、イヤホンのマイクに向かって言った。

「七不思議1つ目、『聞こえるはずのない着信音』完了だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る