第53話 俺はみんなに助けを求めたい

 食堂から校舎に戻った俺は、結城に学校の七不思議の内容についてをメモにまとめてもらった。

「どういうことをするの?」と聞かれたが、内容が固まったら教えてやるとだけ言って、自分の教室に戻った。

 普通なら大まかな内容くらいは教えてやってもいいと思う。むしろ、その方が準備やら計画やらを立てやすくなって、効率的になる。だが、相手が結城になるとそれは逆効果になるのだ。

 それは去年の今頃に起きた、あの小さな事件で痛いほどわかった。あれは、俺が彼女に計画を前もって教えてしまったからこそ起きたものだと言っても、過言ではない。

 彼女らの部活はオカルト研究会。オカルトというのだから、霊的な儀式を行うこともあるのだが、俺と早苗が見学に行った時、当時、奏操さんが入る前でぼっち部員だった結城は、ちょうどその儀式の準備をしていたのだ。俺が『オカルトなんだから、降霊術的なのやってくれ。その方がまだ見学のしがいがある』なんて言ってしまったから。

 フローリングの床、決して広いとは言えず、遮光カーテンも全て閉じてしまって、光の入ってこない部室の中で、彼女はロウソクに火をつけていた。それも、1本ではなくて大量に。

 暗闇に揺れる大量の小さな火。その光景は確かに綺麗だった。だが、やっている場所と、ロウソクの数が問題だった。

 所狭しと並べられたロウソク。彼女の周りには足の踏み場もない。もちろん、俺達も部室のドアを開けたまま、中に踏み込めないままだった。

 俺の存在に気がついた結城は、自分の周りの状況も忘れて、俺の方へと駆け寄ろうとする。慌てて止めようとしたが、もう遅かった。

 1歩目でロウソクを蹴って倒した彼女は、慌ててそれを立て直そうとしてしゃがんだ。そのせいで、スカートが別のロウソクに触れ、引火。

 結果、彼女のスカートは灰になった。

 俺が消化器を持ってきたからこそ、大惨事にならずに済んだが、早苗はしばらくの間、火が怖くて近づけ無くなったし、結城自身も、普段はスカートで見えないが、太ももの裏に一生消えない傷を負ってしまった。

 俺も約束の時間に少し遅れていったこともあって、悪くは無いはずなんだけれども、女子に傷を負わせてしまったことに、どこか罪悪感を感じている。もう少し早く行っていれば、あれくらいの運命は変えられたかもしれない。

 本人はかっこいい傷跡だと喜んでいたが、将来のことを考えると、痛々しい限りだ。


 とにかく、そういう事件があったからこそ、彼女には前もって計画を知って欲しくない。自分であれこれ準備をしようとして、余計に張り切ってしまうから。

 前回は傷程度で済んだかもしれないが、今度は何が起きるかわからない。偶然を当てにしてはいけないのだ。

 この考え方が果たして彼女のためになるのか、その答えは俺には導き出すことは出来ない。もっと失敗させて、もっと学ばせて、成長させるべきだという意見も、もしかしたらあるかもしれない。

 けれど、人生はたま〇っちじゃない。死んでしまったから新しいキャラを……というわけにはいかないのだ。

 何かあってからでは遅い。だから、その何かを起こさないようにしてやる。

 この考え方は間違っているだろうか。

 俺は過保護なのだろうか……。


「何深刻そうな顔してるんだ?」

 突然そう声をかけられて我に返る。

「あ、塩田。いや、ちょっとぼーっとしてただけだ」

 俺が慌ててそう返すも、塩田は眉をひそめる。

「なにか悩んでるのか?それとも考え事か?何かあるなら僕に相談してくれよ?海で競った仲じゃないか」

 ああ、そう言えば水着コンテストの時、俺と塩田はどちらの推しが勝つのか、競ってたんだっけ。結局俺の推しの笹倉が勝った訳だが……御嶽原先輩、元気にしてるかな。笹倉に分けてもらったお願い券で、一体何をお願いしたのだろう。少しだけ気になるな。

「いや、本当にそういうのじゃないんだ。わざわざありがとうな」

「いいってことよ!」

 塩田は元気にそう言って笑うと、突然俺の耳元に顔を近づける。そして、周りには聞こえないような小さな声で囁いた。

「もし悩みに困ってて鬱憤を晴らしたいって言うなら、夜の学校に忍び込むくらい悪いことをすればいいと思うぞ?俺も前はたまにしてたし……」

 前にって、おデブの時代にってことか。よくバレなかったな……。夜の学校に忍び込んで鬱憤を…………ん?

 俺はなにか引っ掛かりを覚えて首を傾げる。

 夜の学校に……忍び込む……。夜の学校に……忍び……夜の学校……っ!

「それだ!夜の学校だ!」

「ちょ!小さい声で言った意味なくなるだろ!」

 思わず大きな声を上げてしまった俺を、彼が慌てて抑えてくる。だが、閃いた俺の行動を止めることはもはや不可能だった。

「よし!塩田、明日の夜は空いてるか?御嶽原さんとの予定が入ってたりするか?」

「す、するわけないだろ!あの人は純粋なんだから……」

 この恥じらい様、分かってはいたが、塩田はやっぱり御嶽原さんが好きらしい。その恋、応援するぞ!でも、とりあえずは俺の頼みを聞いてもらうとしよう。

「なら良かった!是非とも手伝って欲しいことがある!」



 その日の晩、俺は笹倉、千鶴、唯奈、塩田をひとつのRINEグループに誘い、全員が参加したところで、メッセージを打ち始めた。

『塩田にはもう話してあるが、みんなに手伝ってもらいたいことがある』

 間を開けずに、すぐに返信が帰ってくる。

『オカ研のことよね?』

 笹倉からだ。話が早くて助かる。だが、唯奈はこのことを知らない。既読はついているのにメッセージが来ないことから、おそらくなんのことだろうと考えているのだろう。

 俺はとりあえず一連の流れを説明して、それからもう一度話を進めた。



『――――そういうわけで、オカルト研究会を救うために、七不思議特集の新聞で書くための七不思議を、俺達の手で再現しようと思ってる』

 …………。

 返事は来ない。

『無理なお願いだってことは分かってる。だから、強制じゃない。明日の夜、来れない人はグループを抜けてくれ。事情があっても無くても構わないから』

『リアリティを出すために、オカ研の2人には七不思議の再現については知らせずに、校内の探索をしてもらう。それくらいしないと、オカルト研究会が生き残れるような成果は得られないと思うから……』

 心の内の感情を素直に文字にして伝える。届けられているかは分からない。でも、俺は届いていると信じるしかない。だからこそ、俺は祈るような気持ちで送信ボタンを押した。

『オカ研を救うために力を貸してくれないか』


 しばらくの間、トーク画面は微動だにしなかった。

 さすがに夜の学校となると無理があるよな……。

 そう思って『やっぱり……』と打ち込んだ瞬間、メッセージがひとつ分、上方向にスライドされた。

『夜遅いんだから、終わったら家まで送ってちょうだいね?』

 さ、笹倉…………。

 俺は思わず口元を押さえる。感極まって声が出そうになってしまったから。

 そんな感情が静まる前に、またメッセージが届く。

『俺がそのネタ提供したんだから、それがどうなるかくらい、見届けないとね〜』

 千鶴……お前ってやつは……。

『お化け屋敷みたいで楽しそうだし、私も手伝うよ〜♪』

 唯奈も……。

『僕も学校で言った通り、手伝わせてもらう。力仕事は任せてくれ!』

 塩田……お前はやっぱり最後までイケメンでいてくれるキャラだな……。

『みんな……本当にありがとう……っ!』

 俺は感謝の言葉を送りながら、見える訳では無いのに、何度も頭を下げていた。

 本当にいい仲間を持ったな、俺。



 その後、みんなで細かいところまで計画を練り、それが終わる頃には、時計の針は夜中1時半を回っていた。

 早苗を誘わないのは、彼女が人為的な恐怖が苦手だからなのだが、メッセージを覗かれると着いて来たがるかもしれなかったから、彼女が眠りに落ちるまで、除き見を防ぐのが大変だった。

 こんな時のためにも、今度、覗き見防止加工付きのスマホ画面フィルムを買いに行くことにした。

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