第52話 俺は変人さんとフードさんの居場所をを救いたい
「頼みたいこと?」
俺が聞き返すと、結城はゆっくりと頷いた。そして、ローブの内側から折りたたまれた1枚の紙を取りだして、それを俺に渡す。
その内容に目を通した俺は、思わずため息をついてしまった。
「そりゃこうなるわな……」
そこにあったのは、見るからに禍々しい字体で書かれた『廃部最終警告書』の文字。その下には小さな文字で色々と書いてある。これが国語のテストの文章なら、俺は諦めて寝るかもしれない。
呆れている俺の姿を見て、結城はオドオドしながらもう1枚の紙を取り出して見せる。
「えっと……実はね、夏休み前にも同じようなのを貰ってて……」
見たところ、確かに似たような書類だが、文章の内容が少しだけ違う。それに、禍々しい字体で書かれているのは『廃部警告書』という文字。『最終』の2文字がこちらには書かれていない。
「夏休み中に、部としてなにか成果を残せなければ、廃部も考えるって言われてたんですけど……」
「結局何も出来ずじまいだった……と」
俺が代わりに続きを言ってやると、結城は小さく頷いて、ため息をついた。
「どうして夏休み前、その書類を貰った日に助けを求めに来なかったんだよ。お前、遠慮するようなキャラじゃないだろ」
「いや、まあ、そうなんですけどねぇ……」
結城はまたため息をつくと、開き直ったように満面の笑みで、親指を立てながら言った。
「いけると思っちゃった♪」
「……」
こりゃもうダメだ。そう察した俺は、もう何も言わなかった。
笹倉が小声で、「馬鹿……いや、それ以上……」と呟いているのが聞こえた。俺も同意見だ。
夏休みに廃部回避の条件を満たせなかったことで、五日後の9月5日に廃部手続きが行われることになっている。つまり、残された猶予は4日間しかない。
無視された結城は、危機感が増したらしく、「だずげで……」と、女子としてあるまじき顔面を晒している。助けを求められたところで、俺にそれを受け入れる義理はないわけで、正直面倒なことには巻き込まれたくないし、見捨てる方が妥当だろう。
「まあ、廃部になった方がいいんじゃないか?お前もオカルトなんて捨てて、普通の女子高生に―――――――」
「関ヶ谷先輩、それは違います!」
俺が放った言葉は遮られた。奏操の声によって。
彼女はフードを深く被ったままだったが、その影からこちらを真っ直ぐに見つめているのは、何となく伝わってきた。
「オカルト研究会は、確かに人気がありません。書類に書かれているように、学校の評判を下げることにも繋がるかもしれません」
彼女の声は震えていた。それでも、伝えたいことはハッキリとしている。だからこそ、目を逸らさないのだろう。
「でも、あの場所は先輩と私を繋げてくれた場所です!私を救ってくれた場所です!先輩との思い出が、いっぱい……いっ―――――――ぱいに詰まった場所なんですっ!」
彼女はそこまで言うと、拳をぎゅっと握りしめて、大きく息を吸って――――――――。
「先輩から居場所を奪う人は、私が許しません!」
叫び声に近い声量でそう言った。教室に響いたその声は、しばらくして壁に溶けるように消えていった。教室がしんと静まり返る。
「……悪い、そうだよな。大事に思う人には、安心出来る居場所を作ってあげたいと思っちまうもんな」
俺は少し膝を曲げて、いつの間にか涙で濡れているフードの中の瞳を見つめた。
趣味や好きな物を否定されることが、どれだけ辛いことか。千鶴の悩む姿を間近で見た俺にはよく分かる。それなのに、軽い気持ちで彼女らのそれを否定してしまった。
自分の過ちに気付いた時には、いつも手遅れで、誰かを泣かせてしまっている。早苗の時もそうだった。
流させてしまった涙はもう戻らない。けれど、せめてもの罪滅ぼしがしたかった。
「廃部回避の手伝いを、俺にさせてくれないか」
だから、頼まれる側ではなく、頼む側になることにしたのだ。
「結城と奏操さんの居場所を守りたいんだ、頼む!」
「関ヶ谷さん……」
「関ヶ谷先輩……」
俺の言葉を聞き、互いに顔を見合わせた彼女らの返事は、もはや一択と言ってもいいものだった。
「―――――とは言ったものの、どうればいいのかさっぱりわからん……」
昼休み、早苗達と弁当を食べたあと、俺は相談をするために、千鶴を連れて食堂に来ていた。千鶴に「あそこにしよう」と言われた席に座る。相談賃として買ってきてやったりんごジュースをチューチューと飲みながら、彼はケラケラと楽しそうに笑った。
「さすがは碧斗、お人好しだね〜」
「ちげぇよ。あんなこと言われたら、手伝うしかないだろ」
「いや、そういうのをお人好しって言うんじゃない?」
千鶴は首を傾げているが、この程度でお人好しなら、みんなお人好しになってしまうだろう。まあ、奏操さんの純粋な瞳に負けたということにしておこう。
「とりあえず、どうしたら――――――って、おい」
相談のために来ているのだから、ひとつくらい案を貰って帰りたい。そう思いもう一度聞こうと思った矢先、机の上に置いていた右手の甲に温かさを感じる。千鶴の手の温もりだ。
「誰かに見られたら、俺はまたホモに逆戻りになるだろうが」
「俺はそれでも別にいいけど」
「俺が良くねぇよ!」
千鶴には悪いが、今は真剣に悩んでいる。彼が本気であろうと、この行動についていけるほどの元気が俺にはもう残っていないのだ。
「なんのためにこの席を選んだと思ってるの?」
千鶴に言われて意識してみれば、机の近くには大きな柱が立っていて、この席だけが周りから少し離れた位置にあることもあり、死角になっていた。
「この席で隠れてキスするカップルもいるらしいよ?……ね?」
「ね?じゃねぇよ!言いたいことはわかるけど、俺は絶対にこんな所でキスなんてしないからな……」
「じゃあ、ここじゃない場所ならいいの?1階の共用トイレとか?」
「そういう事じゃねぇよ!てか、ちょっとリアリティあるもん持ってくんなよ!」
1階の共用トイレって、まさか……いや、偶然だよな?実は笹倉とは偽恋人だなんてバレてない……よな?
内心焦りつつも、なんとかそれを顔に出さないように堪え、そっと千鶴の温もりの束縛から右手を解放させる。
「俺はなんのために相談しに来たんだよ……呼んどいて悪いけど、やっぱ1人で考えることにする。じゃあ、またな」
俺はそう言って席を立ち、出口へと向かう。
「碧斗!」
だが、すぐに呼び止められて振り返る。すると、千鶴が空になったりんごジュースの箱を投げてきた。俺はそれをキャッチしてため息をつく。
「俺はごみ捨て係か?」
だが、千鶴は首を横に振り、何かを口パクで伝えようとしてくる。
……ん?なんて言ってるんだ?倉?修羅?村?いや、どれでも意味不明だよな。俺はすぐには理解出来ず、投げられた紙パックをじっと眺める。
「……ああ!そういうことか!」
やっと理解できた俺は、急いで紙パックの『裏』を確認する。そこにはペンでこう書かれていた。
『学校の七不思議特集』
これはつまり、新聞を作れってことか?
千鶴の方をちらりと見ると、得意げに頷いていた。
「なんだよ、いい案持ってるじゃねぇか」
俺はそう呟いて、紙パックをゴミ箱に放り投げてから食堂を後にした。
よし、手始めに計画を練るとするか。
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