第51話 変人さんは俺に頼みたい
「早苗……追われてるって誰にだ?」
「そ、それは―――――――」
早苗が怯えながら、飛び込んできた扉の方を振り返った瞬間、廊下からぬるりと2つの影が姿を現した。
「けけけ……追い詰めたよぉ……」
「もう逃げないよね〜?ふふふ……」
その姿はまさに異質。2人とも黒いローブを羽織り、片方はフードで顔を隠し、もう片方は魔女帽子を深めに被っている。その割に、ローブの下には普通に女子用の制服が覗いていて、これが最先端のファッションだと言われてしまえば、一周回って信じてしまうかもしれないというくらいに、服のミスマッチングだ。
「ひぃぃぃぃ!さ、笹倉さんなら連れてっていいからっ!私だけは勘弁してぇぇぇぇ!」
早苗は捕まるまいと、あろうことか笹倉を生贄にすることを選んだ。これには笹倉本人も「……は?」と頬をひくつかせている。これは危険信号だ。
「早苗、落ち着け。こいつの顔をよく見てみろ」
俺は怪しい2人組のうちの1人に近づき、その大きな魔女帽子を取ってみせる。
「……あれ?見たことあるような……」
早苗は露になったその顔をよく確かめようと、人見知りも忘れてぐっと距離を詰める。怪しい人物の周りをぐるりと回りながら観察し、匂いをクンクンとして首を傾げ、突然しゃがんだと思うと、なんと彼女のスカートの中に顔を突っ込んだ。
「ほへっ!?」
突然の奇行に驚いた魔女帽の彼女は、腰が抜けたのか、変な声を出してその場に座り込んでしまった。
「あ!このおパンツの柄はまさに、
「どこで確認してんだ、お前は!」
本人だと確認しても尚、スカートに顔を突っ込み続ける早苗のお尻をペチンと叩いてやる。
「あふっ♡」
「変な声出すな!」
「えへへ♪もっと叩いても……いいよ?」
「言ったな?今度は容赦せずに思いっきり……って、しねぇよ?!」
ジト目で見つめてくる笹倉が視界に映り、慌てて準備していた腕を下ろす。早苗は叩いて貰えないことに不満そうな声を漏らしつつ、スカートから顔を出した。頬が秋の紅葉のように赤くなっている。
もしかしたらこいつ、ドがつくほどのMなのかもしれない……。
「それにしても、前会った時と雰囲気が変わってて、全然分からなかったですよ!」
パンツは相変わらずくまさんでしたけど、と早苗。
「せめて顔みたら思い出してやれよ……」
「あおくん以外は覚える必要ないもん!」
「嬉しいけど嬉しくない!」
早苗の頬のペイントを、濡らしてきたハンカチで拭き取ってやりながら、そんなやり取りをしていると、怪しい人物もとい結城がケラケラと笑った。
「いつ見ても……というより、前よりも仲良しになってますね〜」
「ああ、色々あってな……」
結城 りんごという人間は、控えめに言って変人だ。それはこの学校に通う人間ならば、その名を聞けば誰もが「えっ……」と表情を歪めるほど。
ゲームオタクで引きこもりがちな上に、不思議なことや怖いことが大好きで、現在部員2名のオカルト研究会に所属している。
もちろん、さっきのおかしな喋り方は全て演技だ。オカルト好き故に、時々勧誘がてら誘拐まがいな行為を行っているとは聞いていたが、まさかここまで大胆な犯行だとは思ってもみなかった。
「早苗は対人間の恐怖に弱いんだ。あんまり驚かすようなことはやめてやってくれ」
右頬のペイントが完全にとれ、今度は左頬へとハンカチを移動させる。冷たくて気持ちいいのか、早苗は頬を緩ませていた。
「はーい……チッ」
「おい、舌打ち聞こてんぞ」
結城は顔はいいのに、趣味と性格が残念すぎる。だから彼氏いない歴=年齢なんだとか。
俺と彼女に面識が生まれたのは、ちょうど去年の今頃、まだ夏の暑さが残っているくらいの時期だった。
『オカルトに興味はありませんか?』
彼女は、歩いていた俺と早苗を捕まえ、今とは正反対の純真な瞳でそう聞いてきた。もちろんその時は『興味無い』と答えて去ったのだが、その次の日も、そのまた次の日も彼女は勧誘を繰り返してきた。
さすがの俺も我慢の限界に達し、『1回だけ見学に行ってやるから、それで無理だったら諦めろ!』と言ってしまった。これがあの小さな事件に巻き込まれる原因だったんだよな……。
事件の内容については、また別の機会に思い返すことにしよう。少なくとも今は思い出すべきではない。
「てか、結城。お前、厨二病キャラは卒業したんだな」
前回顔を合わせたのは一学期の初めの頃だったが、あの時はまだ、『邪神が目覚める予兆がなんたらかんたら』と言っていたのだが、今ではすっかり落ち着いている。
「いやぁ、わっちももうそろそろ、そういうのは卒業かな……なんて考えたんですよ。中学の時の可愛い後輩が同じ高校まで追いかけてきてくれたわけですし」
結城はそう言って、ずっと隣に無言で立っていたフードの少女を示した。それにしても、独特な一人称、『わっち』ってのにはまだ慣れないな……。
「追いかけてきた……って、お前みたいなのをか?」
俺が疑問というのりも不思議という意味でフードの少女の方を見ると、彼女はチラッとこちらを見たあと、また俯いてしまった。
どうやら人付き合いが苦手らしい。気が付けば結城のスカートの裾を握っているではないか。知らない人が目の前に3人もいるのだから、無理もないだろう。背が低く、オドオドしている姿から、つい小動物を連想してしまう。
「ほら、
結城は新しいお隣さんに挨拶をする時の母親のように、優しい声でそっと魅音と呼ばれた少女の背中を叩く。
なんだ、いい先輩になってるじゃないか。人間やっぱり、自分が責任を取る側になると、自然としっかりしてくるもんなんだな。
一瞬見えた、ウィンクの意味が気になるけど。
「え、えっと……その……すぅ……はぁ……」
魅音は深呼吸をして、体の震えを落ち着かせる。そして、大きく息を吸うと、振っ切れたようにフードを外した。そして――――――――。
「わ、我が名は
そう大声で自己紹介をした彼女の顔は、真っ赤になっていた。クラスメイト達の視線がまたもこちらに集まり、俺まで恥ずかしくなってくる。
「結城、これは……」
俺が結城の方を見ると、その視線に気付いた彼女は親指を立てて笑う。
「厨二病キャラ、伝授しときました♪」
その瞬間、俺は反射的に松葉杖の先端で彼女のみぞおちを突いていた。
「ちょっと!?女の子に暴力なんて、あんた鬼ですか!」
「鬼はどっちだよ!奏操さんの人生を棒に振るわせる気か!」
俺がそう怒鳴ると、奏操は自分が原因で喧嘩が怒ったのだと思ったのか、「あわわ……」と慌てていた。全責任は間違いなく結城にあるから、心配なんてしなくていいのにな。
あと、早苗はちょっと羨ましそうな顔をするな。松葉杖を見つめるな。
「それに、手加減してるから痛くはないだろ」
俺がそう言うと、結城は少しの間自分のお腹をさすり、首を傾げた後、「確かに痛くない……」と呟いた。
確かめないとわからないって、どれだけ鈍感なんだよ。あと、早苗は残念そうな顔をするな。どれだけドMなんだよ。
「ところで、結城。なんで早苗を追いかけてたんだ?」
「え?ああ、美少女が居たら追いかけるのがあたりま――――――嘘です嘘です!勘弁してください!」
もう一度松葉杖を構えると、結城は慌ててペコペコと頭を下げた。そして、突然神妙な顔になって、こんなことを言ってきた。
「実は、助けて欲しいことがありまして……」
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