第56話 俺はオカルトさんに七不思議を見せたい(中編)

「よし、ここだな」

 俺達は渡り廊下を歩いて、別棟に来ていた……のだが―――――――――。

「…………っ!?」

 別棟の3階にある理科室の扉を開いた瞬間、なにか白いものがこちらに向かって飛んできていることに気付き、慌てて体をひねってソレを避けた。おかげで脚がすげぇ痛い……。

 どうやら、扉を開くと発動するトラップだったらしい。こんな子供じみた罠にかかるわけ―――――。

「関ヶ谷さん、後ろ後ろ!」

「え?」

 結城にそう言われて振り返った瞬間、俺の鼻の頭にさっきの白いなにかがぶつかってきた。

「うっ……チョークの粉が入った袋かよ……」

 袋に紐がついているから、振り子の原理で戻ってきたのだろう。つまり、俺はまんまとあいつのイタズラに引っかかったと……。

『ふふふ、面白いものが見れたわね。ピエロみたいよ?顔洗っていったらどうかしら』

 誰のせいだよ……と心の中で電話の向こうの笹倉に突っ込みつつも、俺は実験用の机に備えつけられた水道に近付く。ここが水道のある理科室でよかった。

 そう思いながら蛇口を捻った瞬間―――――――。

 プシャァァァァァァァ!

「おわっ!?」

 俺目掛けて飛び出してきた水に驚いて、尻もちをついてしまう。

「だ、大丈夫ですか?」

 奏操さんを背負ったままの結城が、慌てて駆け寄ってきて、蛇口を締めてからハンカチを差し出してくれる。

「あ、ありがとう……」

「いえいえ♪それにしても、愉快なお化けですね♪」

 結城が楽しそうに笑っているからまだいいが、これはお化け要素あるのか?犯人を知っているからなのか、俺には子供のイタズラにしか見えない……。

 そもそも、こんなトラップは予定にないからな。予定にあるのは、この教室の隅にある人体模型に細工をしておくということだけで……。

『少しはホラーっぽく、涼しくなったかしら?』

 やかましいわ!涼しい通り越して寒いんじゃ!

 理科準備室にいるであろう笹倉が、悪い笑顔を浮かべているのを想像すると、半分イラッとして半分ニヤけてしまうが、ここはしっかりとしないといけない。

 この状況でそんな顔していたら、確実にヤバいやつだと思われるし。結城にだけは絶対に思われたくない……学校一のヤバいやつにだけは。



 結城にハンカチを返した俺は、人体模型の方に視線を送る。

 笹倉は与えられた仕事はちゃんとするやつだ。こんなにふざけまくっていても、きっとちゃんと仕掛けはしてくれているはず。

 そもそも、さっきから俺達の状況が見えているということは、人体模型の目の部分に小型カメラを設置してあって、笹倉の持っているタブレットに映像が映されているということだ。

 ならば、もうひとつの設置物であるスピーカーも取り付けてあるはず。

 俺はそう確信して、イヤホンをコツコツと叩いた。その直後、人体模型の方から声が聞こえてくる。

『そこにいるのは誰だい?』

 まるで幼い子供のような声。変声機能付きのスピーカーなので、これが笹倉の声だとバレる心配はない。

「ん?関ヶ谷さん、何か言った?」

 結城が俺の方を見て首を傾げる。

「いや、何も言ってないけど?でも、あっちの方から聞こえた気がするなぁ……」

 俺は(自称)迫真の演技で人体模型の方を指差した。

「そう……?もしかして、4つ目の七不思議ですかね?」

「そうかもな」

 4つ目の七不思議とは、その名も『やけに陽気な人体模型』。笹倉には不似合いだと思ったのだが、彼女がどうしてもやりたいと言うので任せてみたのだ。

 一応、簡単な台本は作って渡してあるのだが、果たして上手くやってくれるだろうか。

 そんな俺の心配をよそに、人体模型はさらに声を発する。

『もしかして、結城さんかな?それと関ヶ谷くん?』

「え、わっちの名前がわかるんですか!?」

 驚いたような声を上げて人体模型へと駆け寄る結城。いつの間にか奏操さんは椅子に座らされていた。

『もちろん!だって、いつも授業を受けに来てくれるでしょ?普段は話さないけど、見てるんだよ?』

 人体模型は楽しそうにそう言って笑った。

「へぇ〜!そうなんですね!」

 結城はうんうんと頷きながら、ポケットから取り出したメモに何かを書き込んでいる。こっそり覗いてみると――――――――。

『人体模型、実はショタボ』

 何書いてんだ、こいつ。

『でも、こんな夜中に何しにきたんだい?忘れ物?』

 人体模型がそう聞いてくる。当たり前だが、表情を変えずに話すのが、思ったより怖いな。

 でも、そうじゃない。なんなんだろう……さっきから感じるこの違和感は。

 俺はじっと人体模型を観察してみる。見た目は特に違和感はない。

「いえ、そうじゃないんです。七不思議について調べようと思って……」

『そうだったんだね!普段は話し相手がいないから寂しいんだけど、君たちが来てくれて、今日はいい日だよ!』

 …………あ!わかった!

 俺はやっと違和感の正体に気がついた。声を発しているスピーカーが、口元ではなく、何故か股間部分に取り付けられているのだ。

 これはわざとなのか事故なのか。出来れば後者であってほしい……。

 結城は鈍感なのか、そんなことには一切気付かず、ひたすら人体模型の目を見て話をしていた。

「そう言って貰えると嬉しいですね!……あ!ここに来たことは誰にも言っちゃダメですよ?」

『了解!誰にも言わないって約束するよ!』

 なんだか、人体模型と仲良しみたいになっちゃってるな。まあ、それはそれで何よりなんだけど。

 でも、このセリフが来たってことは、もうお暇する時間ってことだ。

「じゃあ、結城。もうそろそろ―――――――」

『結城さん。もし良かったら、ボクの話を聞いてくれないかい?誰にも話せなくて困ってたんだよ』

 ――――んん!?そんなセリフは予定されてないぞ?

「もちろんいいですよ!満足するまで話しましょう!せっかくの機会ですから♪」

「ちょ、結城……そんな時間は無いって……」

 やっぱり笹倉は予定通り進ませてくれなかった。俺をからかっているのか、困らせようとしているのか。

 そんな彼女を止めようと、俺は結城の肩を叩くが、振り返った彼女の目は微かに潤んでいた。

「人体模型さんは普段、誰とも話せないんですよ?せっかくなんですから……だめですか……?」

 な、なんだろう……結城がすごく『いい子』に見える……。

「だ、ダメって言うか……」

 俺もさすがにこれを切り捨てることが出来ず、歯切れの悪い返事をしてしまう。だが、そこに漬け込むのが人体模型、もとい笹倉だ。

『ダメじゃないんだって!やった♪』

「良かったですね!人体模型さん!」

「いや、ちょ……はぁ……少しだけだぞ?」

 嬉しそうに喜ばれてしまえば、さすがに今更止めることも出来ない。俺は、諦めて近くの椅子に腰掛けた。結城もその隣に座る。

 それを確認した人体模型は、相変わらず陽気な口調で話し始めた。

『じゃあ、話させてもらうね!これは、ボクがまだ人間だった頃の話なんだけど……』

 あ、元々人間だったっていう設定なのか。納得していいのかはわからないが、結城が楽しそうに頷いているところを見るに、オカルト的にはありがちなのだろう。ただ、今の一言で俺は悟った。

 この話、『少しだけ』じゃ終わらないだろうな……と。

 そんな俺の心の内を知っているかのように笹倉から、可愛らしい猫が『2時間コースで!』と言っているスタンプが送られてきた。ほんと、勘弁してくれよ……。



 だが、意外にも人体模型の話はわずか15分で打ち切られた。この時間に長話はさすがに辛かったようで、笹倉がうたた寝してしまい、人体模型が喋らなくなってしまったのだ。

 なんだか、恋愛話をしながら間接的に俺の悪い所を言われて続けていたような気もするが、気のせいということにしておこう。いや、しておいて下さい。

「人体模型さんもおねんねの時間ですね♪」

 そう言って人体模型にカバーを被せてあげる結城から、少し母性を感じてしまったことは内緒だ。

「んぇ……?ここはどこですか?銭湯ですか……?」

 やっと目を覚ましたものの、まだ寝ぼけている奏操さんは結城に支えてもらいながら、俺達は理科室を後にした。

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