第49話 (偽)彼女さんは俺と(体育祭の)七不思議を確かめたい

 今日は始業式だ。多くの人が、過ぎ去った日々を懐かしみつつ、久しぶりに顔を合わせる仲間たちと楽しく話をしながら、二学期という密度の濃い世界へと羽ばたく日だろうと思う。

 夏休み中部活がなかったり、俺のような帰宅部の生徒は特に、久しぶりの制服に少し浮ついた気分になるかもしれない。授業はかったるく感じるが、こういう時ばかりは学校が楽しみに感じるものだ。

 クラスメイトの小さな変化なんかもあって、新学期は色々と新鮮だしな。


 だが、時にこの考えに共感できないという人もいる。ある人は2度目の8月31日を思い描き、ある人は『宿題?それ美味しいの?』と現実逃避をする。そしてある人は、「あおくんのお嫁さんになるから勉強はいらないもん!」と家を出ることすら拒んだ。本当に困りものだ。

 確かに『俺の嫁』という就職先の採用条件は、『俺を好きでいてくれること』ではあるが、出来ればその他の就職先も探して欲しい。なるべく嫁じゃなくて会社の方で。

 駄々をこねる彼女にはとりあえず、「わがままな子の就職申し込みはご遠慮願います」と言い残し、一足先に小森宅を出た。もちろん松葉杖をつきながら。

「あら、おはよう」

「ああ、おはよう」

 迎えに来てくれるよう頼んでおいた笹倉が、既に塀にもたれながら待ってくれていた。

 ちなみに、黙っているとややこしいことになるのは目に見えているので、事前に『怪我が治るまでは早苗の家で世話になる』ということを伝えてある。

 一時的ではあるが、この同居という状況で早苗がマウントを取ろうとしないとも限らないからな。被害の芽は先に摘んでおくに限る。


「もう松葉杖には慣れたかしら?」

 通学路を並んで歩きながら、笹倉がそう聞いてきた。

「そうだな……まだ少し使いづらいけど、普通のペースくらいでなら歩けるようにはなったぞ」

「そう、なら良かった」

 笹倉はそう言って頬を緩ませると、「でも……」と言葉を続けた。

「でも、もうすぐ体育祭よ。その足では出られなさそうね……」

 そう、俺の学校の体育祭は毎年、二学期の頭に行われる。近くにある他の学校は一学期の最後に行われるのだが、この学校だけは二学期なのだ。

 その理由が、夏休みを利用して何かを準備するかららしいのだが、今年は一体何が披露されるのだろう。去年は確か、全教師のキレっキレのダンスだったっけ。どんなダンスだったかは忘れたが、校長が過呼吸で倒れたのだけは覚えている。今年はあまり無理させないであげて欲しい。

「ああ……無理して怪我が長引いても困るからな」

 俺がそう言うと、笹倉は少し肩を落とした。そして、突然こんなことを聞いてきた。

「体育祭の七不思議って知ってる?」

「体育祭の七不思議?」

「ええ、体育祭だけに通用する逸話なのよ」

 なるほど。学校の七不思議というのは聞いたことがあるが、体育祭限定版は初めて耳にした。まあ、あっても何ら不思議ではないだろう。七不思議と言いながら、7つも無かったり、あるいは8つ以上あったりするくらいだから。

 最近現れないから忘れている人も多いと思うが、『学校の七不思議』のひとつは『時々現れる謎の美少女ブロンドちゃん』こと千鶴だからな。知ってみれば不思議でもなんでもなかったわけだ。

 笹倉は、横断歩道の信号待ちで立ち止まった隙に鞄からメモ帳とペンを取り出し、スラスラと何かを書きこんでからそれを俺に手渡した。

 そこには縦に1〜7の番号が書かれていて、その横に文章が続いている。

「どれどれ……」

 俺はその文字の上に視線を走らせた。


『1,選抜50メートル走の男子1位と女子1位は永遠の愛で結ばれる。』


 俺が読み終わると同時に、笹倉が口を開いた。

「ほら、去年1位だった先輩2人は付き合ってるもの。信じる価値はあると思うわ」

 確かに実例があるなら信じられなくはないな。運動神経のいい2人なら、どこか共鳴するところがあるのかもしれないし。……と俺も思っていた。笹倉の「2年前のは最近破局したらしいけど」という言葉を聞くまでは。

 いや、永遠の愛はどこに行ったんだよ。

 俺は心の中でツッコミを入れつつ、一つ下の行へと視線を移す。


『2,大玉転がしでペアになった男女は、結婚すると子宝に恵まれる。』


「いや、俺たち高校生だよな?この迷信を信じるにはまだ早くないか?」

「将来の話だもの、今から願掛けをしていて損は無いはずよ」

「そういうもんなのか?」

「ええ、そういうものよ」

 笹倉が言うならそうなのだろう。俺は胸につっかえていた疑問を無理やり奥へと押し込んだ。

 信号が青に変わり、俺たちはまた歩き始める。


『3,ハチマキを巻くと、どんな女子も可愛く見える。』


「いや、もう迷信ですらないよ!?」

 思わず声を上げてしまった。周りの冷ややかな視線が痛い。俺はこほんと咳払いをしてから、もう一度笹倉に向かって言った。

「これ、迷信じゃなくてファッションの話だよな?確かにハチマキ巻いてると3割増くらいで可愛く見えるけど……」

「ええ、それこそが体育祭の魔法よ。普段ハチマキを巻いている子がいたら、彼女はきっと〇堂 守かサ〇ケね」

「いや、迷信じゃなくてマジックパワーになっちまってるぞ」

 てか、ハチマキ巻いてたら〇堂 守なのか。そもそも、彼らの額に巻かれてるのはハチマキじゃなくてバンダナと鉢金はちがねなんだけどな。

「てか、まともなのが無いな……。こんなじゃ信じるだけ無駄じゃないか?」

 俺がそう言ってメモ帳を笹倉に返そうとすると、彼女はそれを拒む。そして一番下、7つ目の七不思議を指差して言った。

「見て欲しいのはここなのよ」


『7,二人三脚で足を結んで1位になった男女は、誰にも邪魔されない恋愛ができる。』


「邪魔されない恋愛……か。なるほどな」

 つい頷いてしまう。まさに邪魔してくる奴がいるもんな。いくら前よりも関係が良好化しているとはいえ、早苗が俺を狙う限り、笹倉にとって彼女は邪魔者でしかない。

 その邪魔者がいなくなるのならそれ以上のことは無い、と考えるのは自然なことだろう。

「まあ、俺が出られないから七不思議を知ったところでどうしようもないってわけだ」

「ええ、残念だけれど諦めるしかなさそうね」

 笹倉がため息をついたところで、校門が見えてきた。

「まあ、体育祭は3週間後だろ?絶対に無理と決まったわけじゃないしな」

「そうだけど……」

「毎日牛乳飲めばなんとかなるだろ」

「……ふふっ、そうね。煮干しも付けておきましょうか。カルシウムたっぷりだもの」

「そうだな、さっさと治して七不思議の真相でも確かめてやるか」

 俺達は顔を見合わせて笑い、校門をくぐる。新学期の学校生活がまた始まった。


 そんな2人の後ろ姿を眺める影が2つ。

「七不思議だってさ……けけけ……」

「いい獲物みーぃつけた……くくく……」

 怪しく笑う2人。登校してくる生徒たちはそれを見ると、皆早足で校舎へと入っていった。



「遅れちゃうよぉ〜!……え?だ、誰ですか!?んぇ、ちょっと……た、助け――――――――」

 少し遅れて走ってきた早苗が、謎の2人組に捕まってどこかへ連れていかれた事実を見たものは、誰もいなかった。防犯カメラ以外には。

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