二学期 前半編
第48話 幼馴染ちゃんは俺をお助けしたい
海から帰った俺は、右足の骨に入ったヒビのせいで、8月31日を家のベッドの上で過ごすことになった。
松葉杖が無ければ、とてもじゃないが歩けない。左腕の骨にもヒビが入っているため、一人暮らしでどうしようもない俺は、一日中早苗に助けてもらうことになってしまった。
彼女も海で泳いだせいで日焼け止めが落ちてしまい、肌が真っ赤になっていると言うのに申し訳ない……。それでも笑顔で俺の助けを自ら進んでしてくれる彼女には、やっぱり頭が上がらなかった。幼馴染は今日も尊いです。
だが、用がある度に呼び出すのも気が引けるし、明日からは学校があるのだから、自分でも動けないといけない。
日が暮れた頃、そういう旨の言葉を俺が零すと、早苗は思いついたように言った。
「じゃあ、私の家に泊まればいいよ!そしたらずっと傍にいられるし、お母さんも助けてくれるはずだもん!」
彼女は『名案だ!』と言わんばかりに満面の笑みをうかべた。正直、俺自身もそう思う。家が遠い笹倉や千鶴には頼めないから。しかし、それでもやはり懸念はある。……咲子さんだ。
隣といえども、一応『家と家』として別れていた空間。彼女もさすがにこちらに踏み込んでくることは無かった。
ただ、俺があちらへ踏み込めば、話は変わる。小森家は咲子さんの有利なフィールド。家というシールドがない上に、こちとら怪我人だ。もし何かあれば、俺は逆らうことが出来ないだろう。
「いや、やっぱり悪いから遠慮しとこうか……」
「そう言わずに!お母さんも喜ぶから♪」
そう言って俺に松葉杖を手渡す早苗。その喜びは多分、お前が思っているのとは違う喜びなんだよな……。
踏み込めば最後、婚姻届にサインするまで出られないかもしれない。ただ、キラキラとした目で見つめてくる早苗に、「無理」とは言えなかった。
幼馴染に甘いのも、困りものだな……。
「お、お邪魔します……」
早苗に支えられながら、小森家の玄関をくぐる。俺の声を聞き付けてか、咲子さんが玄関近くの扉を開けて顔を覗かせた。
「あら、碧斗君。怪我は……ごめんなさいね、私が着いていながら……」
彼女は俺の姿を見て、申し訳なさそうな目をした。この人にも、意外とちゃんとしたところがあるらしい。
「いえ、この怪我は自分の不注意のせいですし。咲子さんは何も悪くありませんよ。自己責任ですから」
「そう言ってくれるのはありがたいけれど、やっぱり碧斗君のお母さんに申し訳ないわ。何かお詫びをさせてもらわないと……」
その言葉を聞いて、「ここだ!」と言わんばかりに早苗が口を開いた。
「お母さん!あおくん、今日からしばらくこっちに泊まるから!ご飯とか、洗濯とか、出来ないことが沢山あるから助けてあげないと!」
「まあ……そうね!お詫びも兼ねて、碧斗君のために働きましょうか!」
咲子さんはうんうんと頷きながら、「お母さん力を見せちゃうわよ〜♪」と張り切っている。まあ、この様子なら俺も安心出来そうだ。
「早苗、私はご飯と洗濯を担当するから、あなたはお風呂の世話を頼むわよ!」
……ん?お風呂の……世話……?
なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がするんだが……。
「あの……お風呂の世話っていうのは……」
俺が恐る恐る咲子さんに質問すると、彼女は澄ました顔で言った。
「もちろん体を洗ってあげたり――――――「あ、やっぱりいいです」……そうかしら?今の碧斗君には必要だと思うのだけれど……」
言葉を遮られたことが少し不満なのか、咲子さんは不貞腐れるように呟いた。
「大丈夫です、左足と右腕は使えますから。お風呂くらい1人で入れますよ」
「そう言わずに……せっかくのチャンスよ?もう二度とないかもしれないわよ?」
「なんのチャンスですか!求めてませんよ!」
「よし、分かった!見られるのが恥ずかしいなら、早苗には目隠しをしてもらうから!これで恥ずかしくないでしょう?」
「いや、色んな意味で危なくなってますよね!?」
目隠しをした美少女幼馴染に体を洗ってもらう。って、どんなエロゲーシチュエーションだよ……。
それで早苗が足を滑らせて骨を折ったりなんてしたら、さすがに笑えないので丁重にお断りさせてもらう。咲子さんは残念そうな顔をしていたけど、出来れば体だけじゃなく、精神の方も気遣ってもらいたい。この家に来て10分も経っていないと言うのに、もう気疲れしてきたぞ……。
「わかりました、じゃあ、必要なことがあったら言ってちょうだいね?碧斗君のためなら、小説の原稿提出の期限を破ってでも助けるから!」
「いや!仕事を優先してくださいね!?」
この人は本当に常識外れだ。いや、世間知らずと言うべきか。その世間知らずで常識外れな人は、鼻歌を歌いながら部屋へと戻っていった。
俺は思わずため息をつく。少し立っているのがキツくなってきた。
「早苗、布団とかあるか?横になりたいんだけど……」
「んー、布団はあるけど……あおくんには私のベッドで寝てもらうつもりだよ?起きるのも楽だろうし!」
確かに、布団だと起き上がることさえ出来ないかもしれない。早苗には迷惑をかけるが、ここはお言葉に甘えさせてもらうとしよう。
「悪いな、そこまで気を遣わせちゃって」
「ううん、気にしないで!」
早苗はそう言って笑うと、先に靴を脱いで上がり、俺の靴を脱がすのを手伝ってくれる。脱がし終わると、俺を支えて2階に上がり、彼女の部屋まで連れていってくれた。
扉の前に立つと、彼女は何かを思い出したかのように「あっ!」と声を上げ、「少しだけ待ってて!」と言って先に部屋へ入っていってしまった。
扉の向こうから微かに聞こえる音と、「これはあっちで……これはあっち……」という声から、おそらく片付けをしているのだろう。幼馴染なのだからそんなことを気にしなくても……と思うが、彼女も女の子だ。だらしないところは見せたくないのだろう。
「お、おまたせ!」
そう言って部屋から出てきた彼女の額は少し汗ばみ、頬はほんのり赤らんでいた。どれだけ散らかっていたのだろう……。
手招きしてくれる彼女に従い、俺はゆっくりと部屋の中に踏み込む。そう言えば、最後に早苗の部屋に入ったのはかなり前になるんだもんな。そう考えると、少し緊張してきた。
背中側で扉が閉まるのと同時に、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「け、結構変わったんだな……」
早苗も久しぶりに部屋を見られて、少し照れているらしかった。モジモジとしつつ、小さく首を縦に振る。
「ま、前は……その……あれだったでしょ?」
「ああ……確かにあれだったな」
前に部屋に来た時は、部屋の中はピンクだらけだった。薄ピンクの壁紙に、ピンクっぽい家具。俺の前では明るい彼女だが、普段はやはり大人しい性格だ。ピンクピンクしているものを好んで取り入れるような性格ではないことを、俺は誰よりも理解していた。だからこそ、あの時はこう呟いたのだ。
『お前らしくない部屋だな』
ただ、聞いてみれば、そんな部屋になったのは俺のせいで、早咲 苗子の小説を読みながら、『女の子らしい部屋って、見てみてぇなぁ……』なんて呟いたのを聞いてしまったものだから、急いで模様替えをしたらしかった。
確か……半年前くらいだったっけ。あれと今の部屋を比べれば、やはりこちらの方がいいと思える。
落ち着いた薄いベージュの壁紙。明るめの茶色を主とした勉強机やタンス。フローリングの床の上に敷かれたもふもふしていそうなピンクのカーペット。
これは模様替え前にもあったやつだな。周りが落ち着いていると、ワンポイントみたいになっていて、逆に良く見える。不思議だ……。
「いいと思うぞ?この部屋は結構好きだ」
俺がそう言うと、またダメ出しをくらうのかと不安そうな表情を浮かべていた早苗の頬が緩んだ。
「えへへ♪自由に使っていいからね〜♪あ、でもタンスは開けちゃダメだよ?」
「ああ、わかった。さすがにそのプライベートは覗かねぇよ」
千鶴の時の失敗もあるしな、と心の中だけで続け、俺は遠慮なくベッドに腰掛けた。松葉杖があっても、片足で立っているのは結構疲れる。俺は思わず、ふぅ……と息を吐き出した。今寝転べば、すぐにでも眠ってしまいそうだ。
「あ、ご飯もう食べれる?昨日の余り物しかないんだけど……」
早苗は少し申し訳なさそうに言うが、もちろん問題なんてない。俺は大きく首を縦に振って見せる。
「分かった!じゃあ、持ってくるね!」
早苗はそう言って部屋を出ていった。
彼女はきっとすぐに戻ってくるだろう。足を伸ばしたいし、少しだけなら寝転んでも問題ないよな。
そう判断した俺は、俺のよりも少し柔らかめなベッドに身を委ねた。個人的に硬い方が好きだと思っていたが、柔らかいのも意外と寝心地がいいな……。
でも、枕が少し硬すぎる。頭が全然沈みこまないし、なんだか硬い板のようなものが中に入っているような――――――――――え?
ふと、何かが脳裏を過った。
もしかして……あれがこの枕の中にあるんじゃ……。
枕を触ってみれば、明らかに暑さ2センチ弱の板のようなものが入っていた。最近、また俺の部屋からとあるものが消えたのだ。この形状は、それとよく似ている。
俺は中身を確かめるべく、枕のチャックを開き、中に手を突っ込んだ。それと同時に、早苗が部屋に戻ってくる。
「あおくん、おまた…………せ……」
「早苗……、これは何かな?」
「そ、それは……その……」
俺が手に持っているものを認識した途端、彼女の視線が泳ぎ始めた。これは確信犯で間違いない。こんな場所に隠してあるってことは、さっき慌てて片付けたのはこの類か……。
俺がギロッと睨んでやると、早苗は青ざめた顔でこういった。
「ま、また一緒にプレイしたいなぁ……なんて……」
「そうだな、一緒に――――――って、できるか!エロゲを何回持ち出したら気が済むんだお前は!」
「うっ……ご、ごめんなさい……」
持っていた枕を投げると、見事早苗の顔に命中。ちょっと痛かったのか、鼻の頭をさすりながら涙目で謝った。
やっぱりこの家にいる限り、俺は安心出来ないかもしれない。早く治さないとな……。
俺は頭を抱えてため息をついた。
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