第45話 (偽)彼女さんは俺と○○したい

 舞台に並んだ5人の水着女子達。それを司会の隣から眺めるのは、なかなかに壮観だ。

 一人減っているのは、あの足の綺麗な飯仲 水夏さん(さっき名前を思い出した)が辞退したからだ。彼女もなかなかの美人さんだったが、笹倉たちには叶わなかったらしい。賢明な判断だと思う。

 もちろん、なかなかに影の薄い唯奈や、負けを認めた千鶴が頑張って参加している姿の方が、俺は好きだけどな。頑張る女の子って可愛いし。

「では、最終種目の前に中間発表と行きましょう!はい、ドーン!」

 大人氏さんの合図とともに、舞台に取り付けられているスクリーンに、それぞれの点数が表示された。


 笹倉 彩葉 2504点

 小森 早苗 2447点

 山猫 千鶴 2003点

 瑞樹 唯奈 1945点

 御嶽原 真凜 2822点


 俺はその結果を見て息を飲む。さすがは御嶽原先輩だ。1種目目、2種目目と連続で1位をとり、笹倉でさえも敵わない領域に立っているのだ。隣に立つ塩田は、少し誇らしそうな顔をしている。

「塩田、これで勝った気になるなよ?」

「ははっ、そんなつもりは無いけど……やっぱりまり姉には誰も叶わないよ」

「そんなことは無い!」

 俺は思わず条件反射でそう口にした。

「お?秘策でもあるのかな?彼女らが逆転できる何かが」

「ああ、あるに決まってるだろ!俺の彼女と幼馴染を舐めんな!」

「べ、別に舐めてないんだけどなぁ……」

 俺の異常なテンションに塩田が若干引いているが、そんなことは気にしていられない。だって、次の種目は完全に彼女らの魅力そのものが鍵になってくるから。

 大人氏さんが持つ台本を覗き見……ではなく、うっかり見えてしまった俺は、頭の中で『秘策』を練っていた。逆転するにはこれしかない……と。



 最終種目は『アピール』だった。舞台の真ん中に立ち、自分の紹介をする。たったそれだけの簡単なお仕事……ではあるものの、こういうのが一番難しいこともまた事実だった。

 今度のポイント制は分かりやすく、観客達はそれぞれ10ポイントを持ち、アピール終了後、気に入った人に持ち点の中から好きなだけの点数を入れることが出来るというものだった。

 全員にポイントを振分けることもできるし、誰にも入れないことだって、ルール上は問題ない。観客としてはどうかと思うけど。

 ポイントを手にした観客は約200人、合計2000ポイントだ。逆転の可能性は充分にありうる。

「がんばれ!」

 俺がそう声をかけると、4人が力強く頷いた。



 アピールはポイントの低い順から行われるルールだ。つまり、1番手は唯奈ということになる。

 他の4人は舞台袖に待機し、彼女だけが姿を見せた。ステージ中央に置かれたマイクスタンドの前に立った彼女は、緊張気味の頬をセルフでほぐし終わると、これで準備万端と言いたげにこちらを一瞥した。

 第一声を発する前の、息を吸う音がスピーカーから聞こえてくる。

「瑞樹 唯奈、17歳!アピールを始めます!」

 彼女の、いつになく真剣な表情が印象的だった。


「以上です!ありがとうございました!」

 唯奈が頭を下げると、観客達は一斉に拍手をする。

 内容としては、比較的真面目なものだった。母親の営む服屋のお手伝いをしているだとか、料理が得意だとか、コミュニケーションを取るのは得意だとか。

 特に目立って良かったと言えるものは無いが、ギャル風の見た目とのギャップに胸をときめかせるマッチョもチラホラいるらしい。

 彼女が舞台袖へと見えなくなると、入れ違いで千鶴が現れた。



 千鶴のアピールが終了した。彼は最後まで『女』を貫いていた。立派だと思う。まあ、女子の水着コンテストなわけだし、そこに参加している時点で男だなんてバラせるはずがないんだけどな。

 そんなことを考える俺の目には、千鶴と入れ違いでステージに立ち、緊張気味の表情を浮かべる早苗が映っていた。

「アピール……アピール……」

 彼女が目を泳がせながら呟く声がマイクに拾われてしまっている。どうやら、自分のアピールポイントを必死に探しているらしい。そんなに悩まなくても沢山あると思うのだが、自分ではなかなか気付けないものなのだろうか。

「がんばれ」

 波の音にもかき消されてしまいそうな小さな声でそう言ってやると、不思議と聞こえたらしい彼女がこちらを見て頷いた。

 彼女と俺との距離は4~5m。聞こえるはずがないとは思うが、人は時に不思議な力を持つからな。きっと、彼女の不安な気持ちが無意識に心の救いとなる声を拾い上げてくれたのだろう。

 俺の言葉に勇気づけられた早苗は胸に手を当てて深呼吸をする。

「私、小森 早苗は」

 そこまで言ってもう一度深呼吸。そして、大きく息を吸うと、観客達を見つめ、そして―――――。

「あそこにいるあおくんのお嫁さんになるのが夢ですっ!」

 叫び声に近い声量でそう言って俺を指差した。

 一言目に突然のお嫁さん宣言。空を見上げていたマッチョ達もさすがにザワついていた。

「おいぃぃぃぃ!何言ってんだ!?」

 俺も我慢できずに早苗の元へと飛び出してしまった。アピールポイントなのかどうかも分からないことを言った、おバカな彼女の肩を掴んで、無理矢理こちらを向かせる。

「公衆の面前で間違ったこと言うなよ!」

「間違ってないもん!……えへへ♪」

「大間違いだ!」

 彼女の額に軽くチョップを入れてやるが、どうやら触れられることが嬉しいらしく、ずっと頬を緩ませている。くそ……可愛いじゃねぇか……。

「あのな、俺はお前を嫁入りさせるつもりなんてないぞ?」

 多分……と心の中だけで続ける。

「じゃあ、あおくんが婿入りするの?」

「そういう意味じゃねぇよ!」

 そのコントのようなやり取りに、観客たちは和みと面白さの二つの意味で笑い声を零した。偶然にも、早苗の人気度をあげることが出来たらしい。

 ただ、これに黙っていられない人物がいた。

「私の彼氏を勝手に婿入りさせるなぁぁぁぁ!」

 そう叫びながら舞台袖から弾丸のごとく射出された笹倉だ。彼女は俺と早苗との間に飛び込むと、俺に引っ付こうとする早苗を引き剥がし、代わりに彼女自身が体を寄せてきた。

 やけに彼女の息が切れているのは、舞台袖で『やっちまったぁ……という顔をしているスタッフさん達のせいだろう。おそらくだが、飛び出そうとしていたところを引き止められていたんだと思う。

 ただ、彼氏関係の女の子は強かった……と。まあ、偽だけど。

「碧斗くんの彼女は私です!それに婿入りさせるのも私です!」

 あ、俺は婿入り決定なのね。別にこだわりはないけど、なんとなく嫁入りして欲しいかもなぁ……。

 心の中でそう呟きつつ、笹倉の横顔を見る。ほんのりと頬が火照っていて、勢いに任せて言ってしまったんだろうな、ということが容易にうかがえた。

 早苗は突然のことに動揺して、舞台の端で尻もちをついたまま動けなくなっている。

 そこで俺はふと思い立った。今なら作戦が上手くいくのではないかと。クールな彼女が恥じらいの表情に変わる瞬間を、観客の皆さんにお届けできるのではないだろうか。

 思い立ったが吉日というだろう。俺は勇気を出してすぐに行動に移すことにした。

「さ、笹く――――「碧斗くん!」……は、はい!」

 俺の勇気は虚しく散った。彼女に呼ばれ、情けない声で返事をしてしまう。だが、そんなことを後悔する余裕はなかった。

 だって、笹倉がさらに顔を赤くして、上着をぎゅっと握りしめていたから。明らかに何かを伝えようとしていた。

「碧斗くん、その、えっと……」

 彼女が真っ赤な顔で俺をじっと見つめてくる。そして、なかなか踏み出せなかった1歩を、勇気を振り絞って踏み出した。

「わ、私たちが付き合っている証明をしましょう……?」

「しょ、しょうめ―――――――っ!?」

 俺が証明とは何かを聞き返すよりも先に、それは触れていた。後頭部に手を回され、引き寄せられた先は彼女の顔。何かを考える余裕も無かった。


『気がつくと、俺の唇と笹倉の唇が触れ合っていた。』


 頬にされた時とは全く違った感触。柔らかくて、温かくて、すごく幸せな気持ちが心の中にぶわっと広がっていく。そんな不思議な感覚だった。

 彼女の唇が俺から離れた時には、お互いに耳まで真っ赤になってしまっていた。

「さ、笹倉……お前……」

 恥ずかしさと照れのせいで、目を合わせることすら出来ない。

「ふ、不意打ちは卑怯だろ……」

 俺が片手で口元を隠しながら言うと、笹倉は斜め上を見上げながら、呟くように言った。

「あ、碧斗くんだって不意打ちしたもの。そ、そのお返しよ……」

 し、したっけ……?記憶にはないが、彼女が言うならしたのだろう。その仕返しなら、文句は言えまい。そう自分を納得させた。

 だが、俺は見てしまった。

 真っ赤な顔のままの彼女が、俺のほうをチラッと見ると、意地悪な笑みを浮かべながら舌をぺろっと出した瞬間を。

 あ、俺……不意打ちなんてしてないんだな。そう察してしまった。観客達の温かい拍手を浴びながら、俺は舞台を後にする。察したところで恥ずかしいのは変わりない。恥じらいの表情を公開したのは、俺も同じだったわけだ。



 舞台裏にて。

「関ヶ谷の言ってた秘策ってキスのことだったんだ?」

 からかうように聞いてくる塩田を軽く睨む。

「ち、ちがう……ことも無いんだよな……。でも、予定なら頬にキスのはずだったんだけどな。しかも俺から……」

「あはは、君が思っているよりも、恋路は進んでるみたいだね」

「そ、そうなのか……?」

 楽しそうに頷く塩田。ちゃんと進んでいる方向が前ならいいんだけどな。でも、しばらくは笹倉と会う度に、キスの感触がフラッシュバックしそうだ。

 ああ〜!幸せすぎて辛い!

 幸せな悩みの辛さというものを、俺は今日、身をもって思い知った。


 その後、コンテストを見に来ていた記者によってキスシーンが報道され、その新聞を手に大和さんが笹倉の両親に報告に行くことになるのだが、それはまた別のお話である。

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