第44話 俺は(男)友達の気持ちを受け入れたい
救護室から戻った俺は、既に始まっているコンテストの2種目目を見に、指定の場所へと向かった。
2種目目というのが、『回転棒ジャンパー』という競技らしい。その競技名から大体は予想できるが、本当のところは確かめない限りはっきりしない。
そう思い、マッチョの大群をかき分けて最前列へと出た俺が目にしたのは、予想通りの光景だった。
グルグルと海面と平行に回転するビニール製の円柱。それを、そびえ立つ円柱の上でぴょんぴょんとジャンプして回避しているのは、6本のうちの4本に立つ笹倉、早苗、千鶴、御嶽原先輩の4人。どうやら、唯奈とあともう一人、誰だっけ?えっと……とにかく足の綺麗なあの人は既に落ちたらしい。
どういう基準でポイントをつけるのかは分からないが、最後まで生き残った人が優勝候補になるのは間違いない。
4人は海に弾き落とされまいと、必死に円柱を避け続けている。もうかなりのスピードで回っているのだが、大丈夫だろうか。ビニール製で柔らかいはずだから、万一にも怪我をするようなことはないとは思うが……。
俺の心に心配の念が芽生えた直後、千鶴がジャンプに失敗した。その瞬後、高速回転する円柱が彼の腹部に直撃。押し出されるように彼は飛ばされ、海へと姿を消した。救命胴衣は付けているので溺れることは無いと思う。ウィッグが流されないかだけが心配だ。
残るは3人、涼しい顔で飛ぶ笹倉、汗を垂らしながら頑張って飛ぶ早苗、真顔で飛び続ける御嶽原先輩。これは誰が勝ってもおかしくない状況だ。
「ふぅ……結構楽しかったよ」
「おお!?いつの間に帰ってきたんだよ……」
気がつくと、千鶴が隣で体を拭いていた。ウィッグも無事だ。ベランダから落ちた時は取れたのに……留め具を頑丈なのに変えたんだろうか。
「俺、優勝は出来ないと思う。ここまであの3人にボロ負けしてるんだし」
「そ、そんなことは……」
『ない』。そう言ってやろうと思ったが、やっぱりやめた。彼は確かにあの3人とは圧倒的な差がついている。ここで情けをかけた所で、結果が出た時の彼の悲しみを増やしてしまうだけだ。
だからこそ、俺ははっきりと言ってやることにした。
「ああ、無理だろうな」
千鶴は「だよね」といいつつ、やっぱり表情を曇らせた。少し心が痛むが、こればかりは仕方がないことだ。
ただ、俺も彼をただ傷つけたいだけでは無い。
「でも、頑張ったんなら仕方ないよな」
「……え?」
「そうだろ?頑張った結果なら、誰にも責める権利なんてないし、それを認められるのが家族や友達だろ?」
「あはは……ただの小さな水着コンテストなのに、やけに真剣なコメントだね……」
千鶴はそう言って曖昧な笑顔を見せた。
「あたりまえだ。俺は友達として、おまえの成功も失敗も見てきたからな。お前の力を一番認めていると自負してるくらいだ」
自信満々に言った俺の姿を見て、彼は堪えきれなかった笑みを漏らす。
「変な自信持つなよな!はははっ」
「いいだろ?友達なんだからさ」
「ああ、友達だもんな!」
「早苗のことも応援してるぞ?がんばれ!」
「ああ……その事なんだけどさ……」
千鶴が少し言い淀む。
「どうかしたのか?」
「えっと……うん、あのな碧斗、1回しか言わないからちゃんと聞いてくれ」
千鶴は心を決めたように頷くと、俺の目を真っ直ぐ見つめてきた。
「俺、お前のことが好きかもしれない」
腰に巻いた布の裾を握りしめているその姿は、まさに勇気を出して告白した女の子。
「……え?今なんて……」
だからこそ、俺は彼の言葉を受け入れられなかった。
「い、1回しか言わないって言ったじゃんか!」
「ご、ごめん……上手く飲み込めなくて……」
「いきなりだったもんな、ごめん」
そう言って軽く頭を下げる千鶴。なんだかこちらが申し訳なくなってくる。
「ちなみになんだが……それは友達としての好きではないってことだよな?」
恐る恐る聞くと、彼は首を縦に振った。
「もちろん、ライクじゃなくてラブだ……って、こんなこと言わせんなよっ!」
照れたように顔を赤くして俺の肩をペシッと叩いた。やだ、かわいい。
「悪い悪い。ってことは、早苗のことはどうなんだよ。まさか好きじゃなくなったってことじゃ……」
「いや、そういうわけじゃないんだ。小森のことは前と変わらずずっと好きだ。でも、碧斗のことも好きなんだよ」
「そ、そうか」
俺の心の中には2人の自分がいた。彼の告白に困惑している自分と、早苗をまだ好きだという言葉に安心している自分だ。
「好きな人が2人。俺って変なのか……?」
だが、彼の不安そうな顔を見てしまえば、気持ちは自然とひとつに固まる。
「いいや、変なんかじゃないぞ」
千鶴を安心させてやるためだけに出た言葉なんかではなかった。
「もちろん浮気をするのはおかしいことだ。でもな、心の底から想う相手が2人なら、それは浮気じゃない。本気なんだよ」
自分のことを好きと言った相手にこんなことを言うのは、なんだかむずがゆいが、それでも彼の本気の気持ちをへし折ってしまうなんてことは絶対にしたくない。
俺はこいつと本気で向き合ってやりたいんだ。
「俺もまだわからないんだ。碧斗と小森、どっちかにするべきなのか、今のままでいいのか……」
俺だって、笹倉と早苗の間で揺れることは時々ある。早苗を異性として意識してしまう機会が増えたからな。
だからこそ、千鶴の気持ちは理解出来る。
「ああ、その気持ちはよくわかるぞ。でも、お前は今のままでいいんだ。気持ちに嘘をつく必要なんてない。好きなら好きでいいんだよ」
俺はそう言って、さりげなく千鶴の頭を撫でてやる。この際、こいつが男か女かなんて関係ない。自分を好きだと言ってくれている人の性別なんてどうでもいいんだ。大事なのは気持ちなのだから。
「俺は好きと言って貰えて、正直嬉しかった。ありがとうな」
そう言って微笑むと、千鶴の顔にも笑顔が戻ってきた。
「どういたしまして!にひひ♪」
やっぱりこいつは笑っていた方がいい。このはにかむような笑顔は、人の心を癒してくれる。それは紛れもなく彼の才能で、絶対に無くしてはならないものだ。
「……ん?」
俺が密かに感極まっていると、千鶴がそっと俺の手を握ってきた。彼はこちらと目を合わせようとはしない。だが、かすかな指先の震えを感じれば、彼がどんな気持ちで握ってきたのかが分かってしまう。
「♪」
そっと握り返してやれば、ご機嫌に笑みを零す。本当に、イケメンでいてくれないやつだとつくづく思わされる。けれど、千鶴はそれでいい。ありのままの彼が、目の前にいる彼なのだから。
「いつか、お前が全部さらけ出せるようになればいいな」
俺がそう言葉を零すと、千鶴は小さく頷いた。
「好きなことを隠すのは辛いから……」
そう言って俺の方をちらっと見る。俺も彼をちらっと見てやると、目線が合ってしまう。少し照れくさい。
「好きな人のことも……ね?」
やっぱり可愛いやつだ。
俺が不覚にも心をときめかせた直後、砂浜に悲鳴にも似た声が響いた。
「きゃぁぁぁ!助けてぇぇー!」
早苗だ。ふと目をやると、何故か回転する円柱に掴まって、一緒にグルグルと回っている。
「ちょっと、小森さん!?そんなことされたら飛びにくいのだけれど!?」
さすがの笹倉もこれには慌てていた。人ひとり分の重量がプラスされた円柱は、さらに遠心力を持ち、スピードを上げていた。
笹倉もしばらくは粘っていたが、足が上がらなくなったらしく、早苗と一緒に海へと突き飛ばされてしまう。
結果、この種目の勝者は汗一つかいていない御嶽原先輩となった。どんまい、笹倉。
この後、結果に納得がいかない笹倉が早苗を正座させて、顔に水鉄砲で水をかけていた。可愛い仕返しだと、こっそり動画に収めておいた。これはきっと家宝になるだろう。
家に帰ったら、すぐパソコンにコピーしよう。
密かにそう決めた俺であった。
そんな俺たちの耳に聞こえてきた、まもなく最終種目が始まるとお知らせする声。
参加する彼女らはもちろん、俺までも緊張しつつ、舞台へと向かった。
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