第43話 ヒロインズは俺に液体をかけられたい

 この水着コンテストは、全3種目の査定協議を行い、観客の投票制によって優勝が決められる。さっき知ったのだが、優勝者は商品として、『推薦者になんでも言うことを聞いてもらえる券』が貰えるらしい。

 法的強制力がある訳では無いが、頑張った女の子のお願いを断るなんてことはしないよね?という無言の圧力をかけられている気がしてならない。

 ていうか、そもそも推薦者になることすら知らされていなかったというのに、この仕打ちはなんなのだろう。俺としては、どうも納得がいかない。

 しかも賞品、コンテストの運営側は一銭たりとも出してないんだよな。きっとケチな社長なのだろう。

 そう心の中でため息をついていると、突然マイクを握らされた。

「は?」

 俺が困惑していると、渡してきた当人である大人氏さんは、ぐっと親指を立てて笑った。

「さっきの紹介、すごい良かったって評判だよ!だから、ぜひ続きもやってもらいたいんだけど……」

 なんだろう、すごく押し付けられている感が否めない。でも、褒められて悪い気がするほど、俺もひねくれている訳では無い。

「え、そ、そうですか?なら……」

 我ながら単純だと思う。でも、これも人助けのうちだ。

 俺は大人氏さんからマイクと台本を受け取ると、電源が入っているのを確認してから、声高らかに宣言する。

「出場者が出揃ったところで!第1種目、水かけ……?を始めさせて頂きます!えっと……」

 水かけとは一体なんのことかと、大人氏さんに聞こうと思ったが、彼は既に舞台袖に入ってくつろぎ始めている。そして聞こえていないとでも思っているのか、「これで楽ができるよ〜」とスタッフと談笑していやがった。どうせそんなことだろうと思ったよ!

 今すぐにでも文句を言ってやりたい所だが、観客の目からすれば、俺が司会だ。ここで投げ出すなんてことがあれば、出場者である笹倉や早苗達に迷惑をかけることになる。それだけは避けたい。

 俺は仕方なくマイクを握り直した。絶対にギャラ貰ってやるからな……。そう心に誓って。



「えっと……これが水かけ……」

 そう呟いた俺の手に握られているのはマイクではなくて水鉄砲。それも全長1m近くあるかなり大きめなやつだ。

「そうです!第1種目の『水かけ』では、推薦者の方には水鉄砲で、観客の皆様にはそれぞれお配りした100個の水風船で、透けやすいTシャツを着てもらった女の子たちに水をかけて頂きます!」

「いや、なんのために!?」

 俺が思わず突っ込むと、大人氏さんは相変わらずむかつく顔で右手の人差し指を横に降った。

「チッチッチ。関ヶ谷くんは分かってませんね〜。理由なんてひとつしかないでしょう!そしてその理由とは――――――」

「理由とは……?」

「―――――――」

 やけに長いタメに何故か緊張し、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。それと同時に、大人氏さんがドヤ顔で言う。

「もちろん、エロスのためですよ!」

「そんなことだろうと思ってたよ!」

 この人、本当に嫌い!振り回されっぱなしだし……。まあ、観客の笑いが取れたからいいんだけどさ。

「もちろんそれだけでは無いんですけどね。みなさん、女の子たちの足元に水槽があるのが見えますか?」

 大人氏さんに言われて見てみると、確かにそれぞれの足元に膝くらいまでの高さの水槽があった。

「最終的に、ここに入っていた水の重さがそのままポイントになるわけです!」

 なるほど……それは確かに面白いルールだ。水をかけようと思った相手に絶対にポイントをあげられる訳では無い。参加者の運や、ゴリマッチョ達の投球レベルにもよるって訳だな。

 これはなかなかに盛り上がりそうだ。

 少なくとも、その時の俺はまだそんな平和な気持ちを抱いていた。


 ――――――だが、水かけがスタートしたと同時に、ステージは地獄と化す。

「碧斗くん、たくさんかけてちょうだい!」

「あおくんの液体、ちょうだい!」

「あおっち、遠慮なくかけて♪」

「あ、碧斗!ひ、ひと思いに……」

 4人から俺の液体(意味深)を求められ、俺は少し躊躇いつつ、彼女らに銃口を向ける。そしてトリガーを引―――――。

「って、硬っ!?」

 水鉄砲が水でいっぱいだからか、トリガーが微動だにしなかった。

「おい!大人氏!どうなってんだよ!」

 クレーマーと化した俺が振り返って文句を言うものの、彼の姿はそこにはなくて……。また舞台袖でスタッフ(女)とイチャついてやがる。

 俺は諦めて、両手で水鉄砲を構えた。そして全力でトリガーを引く。よし、出たぞ!

 勢いよく飛び出した液体は、まず笹倉の胸元へとかかった。

「んっ……顔にはかけないでちょうだいね……?」

 そう若干の上目遣いで言う彼女。

 え、エロい……。本人はおそらくエロ発言をしたことに気がついていないんだろうが、俺を含める男共の心はがっしりと掴まれた。

 その天然エロ発言を聞いて、観客達は笹倉へと一斉に水風船を投げ始めた。

「きゃっ!ちょ、ちょっと!顔はやめてって言ったのに……」

 次々に飛んでくる水風船が、彼女のTシャツを濡らし、水着の柄が透けていく。こ、これは刺激が強すぎるのでは……。

 だめだ……彼女に水をかける度に、俺の寿命が減って言っている気がする。死因鑑定書に『キュン死』って書かれちゃうかもしれない。

 まだ死にたくないので、彼女のことは一度後回しにして、今度は早苗へと水をかけた。

「ひゃぅ……つ、冷たいよぉ……」

「そうか?」

 俺は自分の足に水を撃ってみるが、そんなに冷たくは感じない。

「お腹は敏感なのっ!だ、だから…足にして…?」

 そう言って足をもじもじさせる早苗。ちょっと意識しちゃうからやめて欲しい……。

 ただ、人間というのは不思議なもので、ダメと言われるとやりたくなるものである。俺は迷わず彼女のお腹へと水を発射した。

「あうっ……だ、ダメだってばぁ……」

 そう言って両手でお腹を押さえる早苗。その姿がウケたのかもしれない。観客達が今度は一斉に早苗のお腹めがけて水風船を投げ始めた。

「だ、ダメって言ったのに……ひゃぅぅ……」

 彼女も俺の安息の地ではなかったらしい。ずっとやっているとドSに目覚めそうなので、今度は千鶴へと銃口を向けた。

「なんでお前は口を開けてるんだよ」

 目の前で行われている彼の奇行に、俺は思わずツッコミを入れる。

「口にびゅっびゅっ……なんちゃって♪」

「……あ、はい」

 優しい俺は要望通り口にびゅっびゅしてやる。入っている液体は白く濁っていない、綺麗な天然水らしいから安心だ。それよりも、俺は彼の将来が心配だった。

 こいつ、ちゃんと男に戻れるんだよな……?

「……冷たっ!?今俺に水風船ぶつけたやつ誰だ……おわっ!?ちょ、俺になんの恨みが……」

 俺にぶつけても、もちろんポイントは入らない。それでもしばらくの間、俺めがけて飛んでくる水風船の雨は止まなかった。

 べ、別に優越感とか感じてないからな!?……た、多分だけど……。



 千鶴が満足するまで水をかけてやった俺の指は、硬いトリガーを引き続けたせいで限界寸前だった。だが、まだあと一人残っている。

「次は唯奈さんか……はぁ……」

「私だけ反応おかしくない!?」

 その反応は正しいと思う。けれど、今の俺にはそれに返す言葉を探すのすら面倒で……。

「唯奈さん勝たせたら、一緒に寝なくちゃいけなくなるんですよね?俺、水かける意味あります?」

「あ、あるよ!もちろんある!私を濡れさせたら、この豊満なバストが透けるでしょ!」

 どこが豊満なんだよ……と口にしたくなる衝動を抑えた俺は、ふと違和感を感じる。そう言えば、前に見た時よりも胸が大きくなったような……。

 もしかして唯奈は着痩せするタイプなんだろうか。それとも水着の下に何か入れて――――――――これ以上言ったら、全国の胸でお悩みの女子に消されそうだから黙っておこう。

 まあ、あの中身がなんにせよ、笹倉には劣る大きさだな。何を食べたらあんなに大きくなるんだろう。これを解明したらノーベル賞取れちゃうんだろうか。おっぱい大臣からご褒美貰えちゃうんだろうか。

 そんなことを考えていたら、また水風船を投げつけられた。頭を冷やせというメッセージだと受け取っておこう。

「まあ、不公平なのも嫌ですからね。一応かけてあげますから、一緒に寝るのだけは勘弁してくださいよ?」

「わかった!1発で我慢してあげる♪」

「あんまり意味変わってないんですけど!?」

「いいじゃんいいじゃん♪一回やったらハマるよ?あれは中毒性があるからねぇ〜♪」

「お、俺の貞操は笹倉のですからね!?唯奈さんには渡しませんよ!」

「あー、大丈夫大丈夫。渡されなくても奪うから♪」

 こ、この人本気だ……。目が完全に俺の股間を見つめているし……。

「ゆ、唯奈さんがその気なら、俺も水は絶対にかけませんからね!」

 俺はそう言って彼女に背中を向けた―――――その瞬間。大量の水風船が俺の顔面に命中した。驚いた俺は後ろによろけ、濡れたステージで足を滑らし、そのまま唯奈の水槽へと頭から突っ込んだ。

 その弾みで持っていた水鉄砲のタンク部分が外れ、残っていた水が全て彼女の水槽へ……。

 観客達は『1人だけかけないなんてかわいそうだろー!』とか、『びしょ濡れにしてやれー!』だとか、『彩葉をもっと濡れさせろー!』とか言っている。人の気も知らないで好き勝手言いやがって……。てか、最後の絶対大和さんだろ。

「ふふっ♪結局私に入れちゃったね〜♪」

 俺の体を支えながらそう言って笑う唯奈。このままでは彼女の思い通りになってしまう……。なんとしてもそれは阻止しなければ!

 そう意気込んだ俺の耳に、大人氏さんの声が聞こえてきた。

「関ヶ谷 碧斗くん、まだタンク3つ分の水が残っていますよ〜?早くかけちゃってください!」

「……『辛い』ってこういうことを言うんだろうな」


 結局、全ての水をかけ終わる頃には、俺の人差し指は全く動かなくなってしまっていた。なんか紫色になってるんだけど、取れたりしないよな?

 怖くなって救護室にダッシュしたのは、また別のお話だ。

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