第42話 俺達はヒロインズを応援したい
ビーチの白砂の上に作られたにしては、かなり立派なステージに着くと、既にたくさんの人が集まっていた。
「うわぁ……ちゃんと見えるか心配だな……」
ステージがある場所が、筋トレゴリマッチョの溜まり場近くだったこともあってか、見に来ている人の6割方がそういう系統の人だ。
「見えなかったらおんぶしてあげるよ」
塩田はおそらく優しさで言ってくれたんだろうが、この歳になっておんぶは恥ずかしい。しかもクラスメイトにだぞ?学校に行けなくなる。婿には行けるけど。
「いや、遠慮しとく」
そうとだけ言って、俺は背伸びをした。これならギリギリ見えるな。前のマッチョがもう少ししゃがんでくれたら…………って。
「大和さんじゃないですか!」
「……ん?あ、あお坊!お前も見に来たのか!」
「ええ、笹倉達がでますからね」
俺はそう言うと、スマホを取り出して見せる。
「おお!あお坊もその気だったか!俺も準備バッチリだぜ!」
そう言って大和さんが見せたのは一眼レフカメラ。
「そ、そんなの持ってきてたんですか!?」
「いや、さっき買ってきた」
「が、ガチですね……」
結構高かったろうに……。ていうか、この近くにカメラ売ってる場所なんてないだろ。わざわざ車を走らせたんだろうか。
「いやぁ、自転車で最寄りのトヨバシまで行くのはさすがに辛かったな。ほら、パンパンになってるだろ?」
「え、あ、まぁ……」
自転車は予想外すぎる……。ていうか、あんたの足はいつでも筋肉でパンパンだからわかんねぇよ……。
「あ、始まるみたいだぞ!」
大和さんはそう言うと、カメラを構える。意外と様になってるな。それを見て、俺もスマホのカメラ機能をONにして、ステージへと向ける。
その直後、大人氏さんが現れた。
「レディース&ジェントルメン、ボーイズ&ガールズ!諸事情により参加者はかなり変更されましたが、待ちに待った水着コンテストが、今!開催されます!」
そう言って彼が手を振りあげたと同時に、ステージ横から金色の紙吹雪が舞い上がる。掃除が大変そうだ。なんて考えてしまう俺は、きっとダメなんだろうな……。
「美しき水着ガール達に登場してもらう前に!まずはガール達の推薦者の方々に登壇して頂きましょう!どうぞ!」
推薦者とは一体なんのことだろう。俺が首を傾げていると、何故か大人氏さんと目が合った気がする。
「ほら、早く来てください!近藤 真弘さん!塩田 学さん!それと関ヶ谷 碧斗!」
「なんで俺だけ呼び捨て!?」
いや、突っ込むところはそこじゃない!俺は首を横に振って気を取り直すと、もう一度大人氏さんに向かって言った。
「推薦者になった覚えはないんですけど!?」
てか、推薦者として発表されるとか恥ずかしすぎるだろ!しかも、俺の場合4人分……?
「えー?なんて言いました?」
「き、聞こえてないだと!?」
結構大きな声で言ったつもりだったんだけどな……。
「もっと近くに来て言ってください!聞こえないです!」
そう言われてしまえば仕方が無い。観客達も騒いでるからな。聞こえなくても不思議ではないか。
俺は舞台に近付き、もう一度大きな声で言った。
「推薦者ってなんのことですか!」
「えー?聞こえませんねー?」
こ、こいつ……わざと聞こえないフリしてやがる……。
殴りたくなる衝動をなんとか抑え、深呼吸をする。こうなったら、耳元で言ってやるしかなさそうだ。それなら聞こえない振りはできないだろう。
俺はそう納得して、彼の元へ向かうべく、舞台上へ続く階段を上った。だが、その瞬間――――――。
「はい!こちらが推薦者の関ヶ谷 碧斗さんです!」
「は、嵌められた!?」
どうやら、彼は初めから俺を舞台に誘導するつもりだったらしい。俺はそれにまんまとハマったって訳だ。我ながら情けない。
「どんまい」
続いて舞台を上ってきた塩田に肩を叩かれる。今はその言葉が一番心にくるんだよな……。
てか、塩田が推薦した相手って誰だ?
「では、参加者のガール達に登場して頂きましょう!どうぞ!」
大人氏さんの合図で、参加者達が舞台袖から姿を現す。
「まず1人目!その歩き方は男も女も魅了する!チャームポイントは脚!
舞台を歩く参加者の紹介が行われ、真ん中に立った水夏さんは観客に向かって手を振る。確かに脚が綺麗な人だ……。
「続いて2人目の参加者!ギャルだけど優しい!でも、ポッキーゲームを邪魔したら許さないぞっ♪瑞樹 唯奈さん!推薦者は関ヶ谷 碧斗さんです!」
手を振りながら現れた唯奈は、俺の方をちらりと見ると、ピースサインを送ってきた。こっちじゃねぇ……観客にアピールしろよ。
てか、待てよ……なんださっきの紹介文は。あれ、俺が申込用紙に書いたやつじゃねぇか!
大人氏の野郎……『イメージを掴むためなので、そこの文章は使いませんから。本音を書いちゃってください!』って言ってたじゃねぇか!騙しやがったな……。
その大人氏さんはと言うと、こちらを見てニヤニヤしてやがる。こいつ、嫌いなタイプかもしれない。
「続いて3人目!ブロンドヘアーはトレードマーク!お胸が無いのは言わない約束!貧乳好きにはたまらない!山猫 千鶴さん!推薦者は……またお前かよ!関ヶ谷 碧斗さんです!」
「だ、誰が貧乳じゃぁぁぁ!」
そう言いながら飛び出してきた千鶴は、大人氏さんの肩をポコポコ。俺もそれしたいなぁ……箇所は脳天で、ポコポコじゃなくてボコボコだけど。
千鶴は念の為、性別を女ということにしてある。それを理解しているからか、千鶴もなりきってくれてはいるのだが、どこかあざといんだよな……。
まあ、観客が癒されてるからいいんだけど。
「あはは……可愛い攻撃ですね。お次は4人目!人数も折り返しです!盛り上がっていきましょう!」
大人氏さんの掛け声で、会場がさらに盛り上がる。司会がうまいのがまたムカつくんだよな……。
「ノッてきましたね〜!人見知りだけど慣れたらすごく人懐っこい!純心な瞳を持つ犬系美少女!小森 早苗さん!推薦者は……もういい加減にしろ!関ヶ谷 碧斗さんです!」
お前がいい加減にしろと言いたくなる気持ちを堪えて、元気に出てきた早苗に目を向ける。満面の笑みで観客に手を振り、そして俺にもちゃんと振ってくれる。
俺の書いた紹介文もいい味を出してるんじゃないか?早苗の頭の上に犬耳が見えるような気がするし。今度、幼馴染権限で犬耳カチューシャでも付けさせるか……。
「あと2人ですね!続いての参加者は……あれ、次の人の分だけ紹介文無いんだけど?え?無くした?何やってるんだよ!これじゃ困る……ん?あ、それいいね!よし、やってもらおう!」
大人氏さんは舞台袖にいるスタッフさんと何かを話し合うと、俺に近づいてきた。
「次の参加者さん、笹倉さんだから。君が紹介してあげて!」
「……はぁ!?」
「ほら、早く早く!」
「いや、なんでそっちの不手際の穴埋めを俺がしないといけないんですか!」
「観客の人たちも待ってるよ?早くしないと、怒っちゃうかも……」
舞台下に目を向けると、ゴリマッチョたちが『はーやーく!はーやーく!』とコールしていた。お前らは幼稚園児かよ。
心の中のツッコミはもちろん口にすることは出来ず、ため息に変わった。
「わかりました……」
「よし!ありがとう!書いてくれてた内容そのままでいいからね!」
大人氏さんは嬉しそうに頭を下げると、俺より一歩後ろに下がった。
「え、えっと……5人目の参加者です!その姿はまさにクールビューティの代名詞!けれど、時々見せる女の子らしさに惚れちゃダメだぞ♪笹倉 彩葉さん!推薦者は俺です!」
「な、なんで私だけ司会が碧斗くんなのよ……」
恥ずかしいのか、少し俯きながら登場した彼女。いきなり女の子らしさ全開だ。会場も一段と盛り上がった。さすがは笹倉だ。
5人が1列に並び、残るは塩田の推薦した人のみとなった。
一体誰なんだろう。そう思いながら舞台袖を見つめていた俺の目に映ったのは、予想通りであって、同時に予想外な人だった。
俺からマイクを受け取った大人氏さんは、一段と大きな声で言った。
「最後の参加者です!そのミステリアスな雰囲気に呑まれるな!5秒以上目が合ったら恋に落ちてしまうぞ!御嶽原 真凜さん!推薦者は塩田 学さんです!」
舞台袖から出てきたのは、紫色にも見えなく無い綺麗な黒髪の美人さん。
「こ、これが御嶽原先輩……」
こんなに近くで見るのは初めてだ。俺はつい呼吸をするのを忘れてしまっていた。
「まり姉、綺麗だろ?普段はメガネなんだけど、今日は気合い入ってるみたいだよ」
「こういうのに出るようなキャラじゃないと思ってたんだが……」
俺が呟くように言うと、塩田は「確かにね」と言った。
「まり姉はこういうのに出るタイプじゃない。でも……そうだね、思ってることは小森さんと一緒なんじゃないかな?」
「早苗と同じ……?」
俺が聞き返すと、塩田は小さく頷いた。
「……自分を変えたい。きっとその一心で勇気を出したんだよ」
『変えたい』。早苗は前にそう言っていた。今回出場したのも、そういう気持ちがあったからこそなのだろうか。
「小森さん、笹倉さんと関わるようになってから少し変わったよね。なんて言うか……彼女の住む世界が広がった感じかな」
同じクラスで、客観的に彼女を見ている塩田だからこそ言葉にできる感想。自然とそれに対して頷いていた。
俺はふと早苗に目を向ける。それに気付いた彼女は、こちらに向かって手を振ってくれた。だが、その脚はかすかに震えている。
こんなにも大勢の前に立つのは、俺でもさすがに緊張する。それでも彼女は、観客達をしっかりと見て、ちゃんと自分の足で立っている。
俺の背中に隠れていたあの頃から遥かに成長した彼女の姿がそこにはあった。
「ちゃんと変われてるじゃねぇか……」
「うん、彼女らはちゃんと成長してる。ボクらもこれで安心だね」
「そう、だな……」
心の中で疼くモヤっとした何かが、俺の答えを曖昧なものにした。
それでもコンテストは止まらない。
俺の気持ちを無理やり引きずるように、時間は前へと進んでいった。
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