第41話 俺は細マッチョくんを思い出したい
「よっ!」
そう気さくに声をかけてきたのは唯奈だった。
「よっ!じゃないですよ。なんでここにいるんですか?」
「あおっちのことを追いかけてきたんだよ〜♪」
「……え?」
この人が俺を追いかけてきた?それってつまり……。
「なんちゃって!冗談だよ〜♪友達と来ただけ〜♪ふふふ……期待した?」
「し、してないですよ!ちょ、ちょっとしか……」
「ちょっとはしたんだ〜?素直でよろしい!」
相変わらずテンションの高い人だ。そんな彼女は俺と話していた大人氏さんに目を向けた。
「あ、もしかして水着コンテストの人?」
「あ、はい!諸事情で人数が4人も足りなくなってしまって……」
そんな頭を抱える彼に、唯奈は思いついたように言った。
「なら代わりに私が出る!」
「「え?」」
俺と大人氏さんは思わず聞き返す。
「だーかーら!私が出るって言ってるの!もちろん、あやっち達もね♪」
「いや、笹倉たちは勝手に決めたらダメなんじゃ……」
「いいのいいの!さっきあおっちの様子見てくるって言ったら、『困ってたら助けてあげて』ってお願いされたところだし♪」
いや、多分意味が違うと思う。助けてあげてと言われたとしても、そこに笹倉たちの協力が必要になるとは思ってないんだろうな……。
かといって、困っている大人氏さんを見捨てるのも気が引ける。
「文句言われたら唯奈さんのせいにしますからね……」
「おっけ〜♪」
そう保険をかけてから、俺は4人分の出場用紙を記入した。
「――――――というわけで……ご都合はお悪いでしょうか……」
俺は笹倉達に事情を説明しながら、ごまをすりすり。唯奈にそそのかされ、大人氏さんのためにやったとはいえ、勝手にはかなりまずかったかもしれない。
蹴りの1発くらいなら……と覚悟していた俺だが、笹倉たちは意外とあっさり受け入れてくれた。それどころか、3人ともやる気に満ち溢れている。
「これで碧斗くんに誰が1番相応しいか、ハッキリするわね」
「あおくんは私のだもん!勝ったら貰うもん!」
「ゆ、優勝したら女を教えてもらう……」
各々目指すものがあってよろしい。優勝商品が俺みたいになってるのには、甚だ納得がいかないけど。
「じゃあ、私が勝ったらあおっち、一晩一緒に寝よっか♪」
唯奈までも便乗してきやがった。
「……は?」
「とにかく負けたくないから頑張るね〜♪」
「え、ちょ、今のはどういう……」
俺の横を通り過ぎる彼女が小声で言った言葉が、しばらく頭から離れなかった。
「今度は冗談じゃないからね」
その後、女同士の闘いの前にシャワーでも浴びてきたのか、びしょびしょになって戻ってきた唯奈が千鶴を指差して聞いてきた。
「あの可愛い子、誰?初めて見たんだけど……」
「あー、あれは――――――」
唯奈なら教えても問題ないだろうと、『絶対他の人には言わない』という約束をしてもらってから、全てを話した。
すると、彼女は目を輝かせて言った。
「男の娘じゃん!」
よく分からないが、彼女はそういうジャンルが好きらしい。その後、男の娘系アニメをめちゃくちゃおすすめされた。……まあ、今度見てみるか。
また1歩、ホモに近づいた俺であった。
笹倉、早苗、千鶴、唯奈の4人は、大人氏さんと打ち合わせをしに行っている。水着コンテストが開かれるまではまだ少し時間があるが、1人で海に入るというのも寂しい気がして、結局レジャーシートの上に寝転がって目を閉じていた。
「よお、関ヶ谷」
突然呼ばれ、上半身を起こすと、近くに立つ人影が見えた。だが、太陽の逆光でよく見えない。なんとかして見えないものかと目を凝らしていると、それに気付いてくれたのか、「あ、すまんすまん」と言って立ち位置を変えてくれる。
やっと顔が見えた―――――けど、誰だ?
「えっと…………」
「おい、もしかして僕の名前が出てこないとかじゃないよね?」
そう聞いてくる彼に俺ははっきりと返した。
「名前どころか、顔すら初見だ!」
「そんなことはっきり言うな!結構傷つくんだぞ!?」
名前はわからないが、なかなか面白いやつだということはわかった。ただ、俺の名前を知っていたわけだし、見た事はあるはずなんだよな……。
ていうか、知り合いにこんなイケメンいたっけ?優しそうだし、背も高いし、細マッチョだし……俺、べた褒めじゃねぇか。
なんだろう……こいつと一緒に道を歩きたくない感がすごい。絶対俺マイナスイメージになる……。
「ほら、同じクラスの
「……は?」
名前を教えてくれたらしいが、それで俺はピンと来ていなかった。だって、塩田と言えばデブ、メガネ、運動音痴の3冠代名詞だったはず。それがこんなイケメンだなんて……そんなおかしな冗談は顔だけに―――――――――。
「ほら、生徒証」
「本物かよ!?」
差し出された生徒証の写真と目の前の自称塩田を見比べる。確かに目元だったり口だったり、顔のパーツは全く同じに見える。だが、肉が落ちただけでこんなにもイケメンが生まれるというのか?人間って不思議だなぁ……。
「え、いや、疑って悪かった。その……かなり絞ったんだな……」
「ああ、僕ってデブ、メガネ、運動音痴、ブスの4冠代名詞だったろ?だから、夏休みを期に変わろうと思ってね」
彼は少し照れたように指先で頬をかく。何故か3冠が4冠に増えてるけど、そこは触れないでおこう。
「唯奈さんが手伝ってくれたんだよ、僕のダイエット。この旅行は彼女へのお礼ってことで、僕が連れてきたんだ」
「二人きりでか!?」
俺は思わずそう聞いてしまう。男子高校生とは、そういう話題には敏感な生き物なのだ。
急に詰め寄った俺に、苦笑いを浮かべた塩田は、首を横に振った。
「もちろん違うよ。まり姉と
まり姉というのは、ひとつ上の学年の先輩で、本名を
ミステリアスな雰囲気を持っていると、4月頃に噂になっていたが、その噂はいつの間にか消えていた。
彼女は文芸部と科学部を兼部しているらしいのだが、科学部には部員が彼女ひとりしかいない状態で寂しいらしく、時々幼馴染である塩田を誘って、一緒に部室で本を読みながら、ビーカーで沸かしたコーヒーを飲んでいるらしい。
俺の幼馴染とはまた違った種類の幼馴染がいるようで、微笑ましいの言葉に尽きる。早苗ももう少し本を読めば、御嶽原さんみたいな雰囲気を手に入れられるのかもな。まあ、半分諦めてるけど。
そして敬人というのは俺の知らない同級生らしい。特に耳にしたこともないから、語ることはひとつもない。ごめんな、敬人……。
心の中で謝罪しつつ、塩田の方へと視線を戻す。
「じゃあ、塩田も水着コンテストに出る唯奈を応援しに?」
「いや、その話はさっき聞いたところなんだ。びっくりしたよ、急に出場だなんて……」
「わかるぞ……急だったもんな……」
俺も結構驚いたからな。
「まあ、出ると言うなら、僕は本気で応援するけどね!」
そう言って拳をぐっと握りしめる塩田。
「もちろん俺も応援するぜ!」
同じく拳を握りしめ、互いにそれをぶつけ合う。
「「俺の(僕の)推しが絶対に優勝だ!」」
互いに闘志を燃やし、全力で応援することを誓った。この水着コンテスト……出場者だけの戦いじゃなくなってきたぞ……。
『まもなく水着コンテストが始まります!みなさん、海の家横の舞台にお集まりください!』
そのアナウンスが聞こえ、俺達はゆっくりと会場へ向かった。そっと鞄の中にスマホがあることを確認して。
スマホの容量はまだ大丈夫だろうか。今日はいい写真を沢山取らせてもらうとしよう。
俺は人知れず頬を緩ませていた。
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