第40話 俺達は砂の山でトンネルが作りたい
「いや、悪かったな。お前を選ぶことになっちまって……」
俺がそう言って頭を下げると、千鶴は「別に気にしてないよ」と言ってくれた。
「本当はお前を早苗と組ませてやりたかったんだけどな……」
「いや、むしろ碧斗と組めて助かったぞ?ほら、見張られてるからさ……」
千鶴が視線で示した方向には、腕を組んで気難しそうな顔…………いや、眩しいだけか。とにかく、目を細めてこちらを見ている咲子さんの姿があった。
確かに、千鶴が早苗と組んだとなれば、疑われ、砂の山を破壊しに来るかもしれない。あの人のことだ、やらないとは言いきれないからな。
本当に、俺の幼馴染ちゃんの母親が俺の計画の邪魔ばかりしてくる……。
「とりあえず、トンネルは完成させようぜ」
千鶴の言葉に俺は大きく頷き、トンネル(になる予定の横穴)へと手を突っ込んだ。スコップもあるが、そんなものを突っ込めば、一瞬で崩れてしまう可能性がある。こういうのは手探りでやるのが醍醐味ってもんだ。
指先の感覚からするに、もうそろそろ真ん中に到達しそうなのだが……。
「千鶴、そっちはどうだ?」
「ん?……あ、順調順調〜♪」
「そうか……?」
妙な間があったが、俺は特に気にすることも無く、掘り進めていく。
それから3分程経った頃。俺は眉間にシワを寄せていた。
気分的にはもう開通していてもおかしくない頃合なのだが、現状、砂の山にあるのはトンネルではなくて深めの窪み。
「千鶴、なかなか開通しないな……」
そう呟くが、返事がない。不思議に思った俺は、砂の山の向こう側を覗いてみた。
「……って、何寝てんだよ!」
「ん……んえ?あ、おはよう……」
寝惚け眼を擦りながら、千鶴は起き上がった。砂の上で寝たせいで、腕や横腹に砂がついている。
「おはようじゃねぇ!なんで俺だけにやらせてんだよ!」
「いや、それが寝不足で……。昨日あんまり寝れてないから……」
「それはこっちのセリフだ!俺こそ、お前のせいで寝れなかったんだからな?」
「ふふっ、今夜は寝かせないぜ……的な?」
「お前……女装癖のこと学校中にばら撒くぞ?」
「ごめんなさいそれだけは勘弁してくださいこの通りです」
ものすごい速さで土下座をする彼。もちろん言いふらすつもりなんてない。ただ、脅し文句としてはこれからも使えそうだな……ふっ。
「あ、碧斗がなんだか怖い……」
千鶴は俺の顔を見ながら、ぶるっと肩を震わせていた。
「よし、完成だ!」
ようやくトンネルが完成し、俺は大きく息を吐きながら伸びをする。ずっと低姿勢だったからか、肩や腰に負担がかかっていたらしい。
「ふぅ……ようやく終わったな〜」
そう言いながら額の汗を拭う千鶴。いや、お前何にもしてないだろ。
そんなツッコミを心の中だけでしつつ、視線を笹倉達の方へと向ける。どうやら、向こうは完成間近で砂の山が崩れてしまったらしい。
「もぉ……またやり直し……」
俺が気づかなかっただけで、さっきまでも何度かやり直しているっぽかった。さすがの笹倉も、ため息をつきながら額を抑えている。
「もう、コンクリートで固めた方がいいのかもしれないわね」
冗談なのか、本気なのか。それはわからないが、笹倉はまたトンネルを掘り始めた。反対側からは早苗が砂を掻き出している。
数十秒後、笹倉&早苗の砂山が崩れた。
「……」
「……」
2人の目からは、既に光が失われている。この遊びをやりたいと提案した2人の方が下手というのは、仕方ないことではあるが、少し皮肉めいているよな。ていうか、2人とも不器用すぎるだろ。
「もうこの遊びやだっ!」
ついには早苗がスコップを投げてしまった。俺はそれをキャッチして、バケツの中に入れておく。無くしたら弁償になるからな。
「私、もう飽きたっ!」
「お前は反抗期の中学生か」
ほっぺを膨らませる彼女の頭を撫でてやるが、機嫌が治らない。ただ、反抗期というワードを聞いて反応した人が約1名。こちらに向かって全速力で走ってきた。
「早苗!反抗期なの?お母さんに牛乳投げつけちゃうの?」
どんな心配の仕方だよ。
「んぇ……?な、投げないよ?」
早苗も戸惑ってるじゃねぇか。
「早苗、落ち着いて。ほら、深呼吸よ。そうそう、それから碧斗くんに抱きついて元気を補給しなさい」
彼女は言われるがままに俺の右腕に抱きつく。ショートな髪の毛がチクチクしてちょっとこそばゆい。
その様子を見た咲子さんは満足そうに海に浮かべられた浮き輪へと戻っていった。
まあ、早苗の機嫌が治ったならいいんですけど。
「むぅ……」
その代わり、今度は笹倉が不機嫌になった。そりゃそうだよな。俺も笹倉が大和さんに抱きついたら不機嫌に…………いや、ならないかも。
ただ、笹倉にとってこれは負けられない勝負。幼馴染ポジなんかには負けていられないと、俺の左腕に抱きついてくる。こちらはロングだからふわふわとあたってきて二の腕が気持ちいい。
「私の碧斗くんよ、小森さんは離れてちょうだい」
「違うもん!私のだもん!10年以上ずっと好きだったんだもん!」
「10年も好きだったのに、ずっと伝えられなかった臆病者は誰かしら?」
「ぐぬぬ……こ、このあんぽんたんっ!」
早苗……あんぽんたんは最後の最後に出る言葉だろ。それを言った時点でお前の負けだ。
心の中で彼女を哀れみつつ、久しぶりに聞く2人の本気の言い合いにどこか心が癒されていた。
でも、みんな忘れてないか?この輪に加われていない1人のことを。
「うぅ……あおとぉ……」
余程寂しかったのか、羨ましかったのか。目をうるうるとさせた千鶴が俺に歩み寄ってきた。そして、空いているスペースである胸に抱きついてくる。
あれ、こいつ女だっけ?
そう勘違いしてしまうほどに愛らしい行動。これはホモに目覚めてしまっても、仕方ないのではないか?胸がない分、さらに体を密着させられるし。
…………って、違う!俺が求めてるのはこれじゃないんだよ!うん、違う。違うんだけど…………何故か納得している自分がいる。
「碧斗くん、こっち見て」
「あおくん、こっち!」
「あおとぉ……こうしてると安心する……」
結果、千鶴に一番癒されました。俺も末期かもしれない。
美少女たち(千鶴も含む)に抱きつかれるのも幸せでいいが、夏の日差しの下では熱中症で倒れてしまう。俺は飲み物を買ってくると言って3人から離れることに成功。
離れ際に千鶴に「お前は早苗に抱きつくべきだろうが」と言ってやると、彼はモジモジしながらこう言ったのだ。
「俺……ちょっと目覚めたかも……」
あいつも末期だな。あんなにも早苗一筋だったのに、一体どこで間違えたのやら……あ、俺がタンスを開いた所か。
心の中で悔やみながら、ジュースを5人分買う。どうやら、5本買えば1本おまけしてくれるらしい。6本のジュースを両手に抱え、海の家を出る。
「あの、すみません!」
声をかけられて振り返ると、水着姿の頼りなさそうなお兄さんが立っていた。
「あの……僕、今日開かれる水着コンテストの司会進行を担当する
「は、はい……?」
水着コンテストなんてものがあるのか。笹倉が出たら優勝かもな……むふふ。
「あの、その……参加予定だった方が風邪を引いてしまいまして……4人、足りなくなってしまったんですよ……」
「4人もですか、大変ですね」
「そうなんです……そこでお伺いしたいのですが、参加して貰えそうな女の子、知りませんか?出来れば学生さんがいいのですが……」
「学生……そうですね……」
思い当たる人物は居るにはいるが、あの二人はそういうの嫌いそうだよな。あと1名は女の子じゃないし。大人氏さんには悪いが、ここは断らせてもらおう。そう思った時だった。
「あ!あおっちいたぁ〜!」
背後、笹倉達がいるであろう方向から聞こえてきたこの声は……まさか……!
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