第39話 幼馴染ちゃんと(偽)彼女さんは砂遊びがしたい
笹倉が元気を取り戻し、お腹にも日焼け止めを塗ってあげたところで、早苗と千鶴が海から上がってきた。ちょうど今から混ざろうと思っていたのに残念だ。
「なあ、碧斗」
「どうかしたか?」
千鶴は何故かモジモジしている。今更水着が恥ずかしくなったとかだろうか。そんなわけないか。
「あのさ……ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
彼はそう言いながら、俺の耳に口を近づけた。
「俺、どっちのトイレに入ればいいんだ……?」
そう小声で言った。
確かに、言われるまで思い至らなかったが、千鶴は男女どちらのトイレに入るべきなのだろうか。
前にオネエタレントの人が何かの番組で、似たような質問をしていた記憶がある。おそらく、そういう人達はみんな同じ問題を抱えて生きているんだろう。
そこに千鶴も含まれるわけだ。
これはかなり重大な問いのように思える。共用トイレがあれば、そこに入ればいいじゃないかという結論に至るのだが、生憎このビーチに共用トイレは無い。
つまり、トイレをするなら男子トイレか、女子トイレか、海でこっそりするかしかないのだ。
第三の選択肢はまず無いとして、見た目は女子、中身は男子という迷探偵的な秘密を持つ千鶴は、一体どちらに入ればいいのか。
「……って、普通に考えたらひとつしかないだろ」
良く考えれば……というか、よく考えなくても分かる。今の千鶴には女子トイレに入ってもらうしかないだろう。
法律的には犯罪だが、この見た目で男子トイレに入ったとなれば、彼の身に降り掛かる危険が容易に想像できてしまう。
それを考慮すれば、千鶴には苦渋の決断をしてもらうしかない。俺は心の中で謝りながら、「お前が入るべきは赤いマークの方だ」と告げた。
彼は一瞬驚いた顔をしていたが、それもそうかというように、トコトコとトイレへと歩いていった。
俺は心の中で彼の無事を祈りながら、その背中が見えなくなるまで見つめていた……。
千鶴が無事に帰還してきた所で、笹倉がとあるものを俺に見せる。
「それは……」
彼女が両手に抱えているのは、プラスチック製のスコップとバケツだった。幼稚園なんかに置いてあったやつだな。
「さっき、海の家で借りてきたの。子供っぽいけど、久しぶりに砂遊びでもしようって小森さんと話してて……」
笹倉は俺と千鶴の様子を伺いながら話す。どうやら、その子供っぽい遊びに、俺たちが付き合ってくれるかどうか心配しているらしい。
ならば、安心させてやるのが男ってもんだろ!
「久しぶりに砂遊びか、楽しそうだよな!」
「うんうん!童心に返って見るのもいいかもね!」
俺同様、千鶴も大賛成らしい。
それを知った笹倉と早苗の表情がぱっと明るくなった。やっぱり2人とも女の子だな。喜んでいる表情にすごく癒される。
これだけで夏休み中の疲れが全部吹き飛んでしまいそうなレベルだ。吹き飛ばないけど。
とりあえず、手始めに2対2に別れて、トンネルを作ることにした。砂の山を作って、両側からそっと砂を掻き出す。崩れたらまた初めから……。完成するまでそれを続けるのだ。
これが、単純なように見えて結構スリリングな遊びなんだよな。
だが、ここで小さな問題がひとつ。
「ペア分けはどうするんだ?」
俺が、ふと思い出してそう零した瞬間、笹倉と早苗の視線が同時にこちらを向いた。
ああ、そうだった……。
俺は心の中でため息をついた。こいつらの勝負はもう始まっているんだ。こちらをじっと見つめる2人の目は、『どっちを選ぶの?』と言っているようだった。
ここは千鶴のことも考えれば、笹倉を選ぶべきだろう。というか選びたい。かと言って、早苗の期待たっぷりな眼差しを無下にするわけにもいかない。
どう返事をするか悩むも、なかなかいい答えが出てこない。ここは素直に笹倉と言っておいた方が、早苗のためにもなるのかもしれない。
そう思った俺は、深呼吸してから口を開いた。
「ここは笹く――――「あおくん!」……ん?」
笹倉宣言をしようとした矢先、その声は早苗によって遮られた。どうやら何かを伝えたいらしい。だって、下唇を噛んでいるから。
「あ、えっと……私、あおくんを雇う!時給2000円で!」
こいつ、早速俺を買収しにかかってきやがった。
「この遊び、1時間もやらねぇだろ」
彼女側につけば、俺は実質タダ働きさせられることになるわけだ。ならば、金の問題という訳では無いが、笹倉側につく理由がひとつ出来たな。
「1時間未満だと給料なしになるんだが?どうするんだ?」
「え、えっと……その時はその時で……」
「ブラック過ぎんな!厚労呼ぶぞこら」
早苗に軽くデコピンをお見舞すると、彼女は「ふにゅぅぅ……」と言うなんとも可愛らしい声を上げて、その場にへたり込んでしまった。
そんな彼女の肩をポンポンと叩いた笹倉は、若干のドヤ顔で俺を見る。
「小森さん、そんな低額では碧斗くんは買えないわよ?」
彼女はそう言って、ニヤッと口元を歪ませた。そして、俺に体を寄せると、耳元で囁く。
「私と組んでくれたら、明日も日焼け止めを塗らせてあげるわよ」
「いや、お前がして欲しいだけだろ?」
思わずマジレスしてしまった。
まあ、確かに俺得な条件ではあるのだが、交渉の材料としてはちと首を傾げずにはいられない。
ただ、そんな笹倉を見て学んだのか、対抗心に火がついたのか、ヘタレ状態から復活した早苗は、さらに条件を出してくる。
「じゃ、じゃあ……!私は時給3000円出すもん!」
「お前はまたそれかい!」
今日の俺はツッコミ神に取りつかれているらしい。無意識にツッコミを入れてしまっている。
というか、時給上がっても、タダ働きなのは変わらないんだよな……。
「それなら私は時給3500円だすわよ」
ついには笹倉まで時給制に!?どうやら、どちらを選んでも、俺はタダ働きさせられるらしい。これが優柔不断の末路か。
まあ、遊びだから別にいいんだけど。
「じゃあ4000円!」
「私は4500円!」
俺の取り合いがデッドヒートし始め、彼女たちは止まれなくなってしまっている。どんどんと無意味に値段を釣りあげていく。俺は、競りにかけられたマグロかよ。
美少女2人が大声で金額を言い合っているその光景に、徐々に周りの人の視線が集まり始めている。
「5000円!」
「6000円よ!」
スマホを構える人もチラホラと現れ始め、このままでは2人がインターネットの晒し者になってしまうのでは無いか……。
それを危惧した俺は、慌てて2人を止めに入る。
「2人とも、もう終わりに――――「碧斗くん!」「あおくん!」……は、はい!」
だが、止められたのは俺の方だった。二人から同時に呼ばれ、反射的に背筋が伸びる。
「結局どっちを選ぶの?」「どっち……?」
「え、えっと……」
美少女2人から詰め寄られる場面。これってなかなか体験出来ることじゃないし、みんなの憧れだと思う。……でも、これだけは覚えておいてくれ。
相手が恋敵同士の美少女だと、すっごく怖いぞ……?
だって、こいつら目が笑ってないし。気を抜いたら骨抜きじゃなく、魂くらい抜かれるんじゃないかと思うほどだ。
「おわっ!?いってぇ……」
「あおくん……ふふ……」
「碧斗く〜ん?ふふふ……」
俺が砂に足を取られて尻もちをついても、彼女らは許してくれない。
こうなったら、もう第三の選択をするしかないだろう。俺は震える指先を彼へと向けた。
「あ、あいつにする」
「…………へ?俺?」
千鶴がすっとんきょうな声を上げた。
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