第38話 俺の(偽)彼女のツンデレ度合いが神すぎる

 8月29日、海2日目。

 俺は、海で水をかけあって遊んでいる早苗と千鶴(ブロンドちゃんモード)…………をじっと見つめ続ける咲子さんを眺めながら、大きなあくびをしていた。

 そんな俺の大きく開いた口に何かが放り込まれる。

「大丈夫?昨日、よく眠れなかった?」

 そう言って、開封済みのじゃがりぽを片手に俺の隣に座ったのは、相変わらず眩しいくらいに美しい体型の笹倉だ。

「ああ、色々あってな……」

 実のところ、昨日は千鶴の夜這いに対応していたため、ほとんど眠れていない。

 怒ると、その時はしゅんとして大人しくなるんだよ。でも、しばらくするとまた湧いてきやがる。ゾンビみたいなやつだ。

 咲子さんに言われたことを忠実に守ろうとしているのは、早苗の将来にも繋がることだから、やめろとまでは言わない。

 でも、まずは将来よりも、目の前にいる俺のことを見てくれてもいいんじゃないか?男の夜這いなんて、全く持って嬉しくねぇんだよな……。途中ちょっと負けそうになったけど(小声)。

 力的には千鶴の方が強いし、覆いかぶさられてしまえば、抵抗するのも難しい。そんな状態で、よく一晩を乗り切ったと思う。

 ゾンビ映画の主人公が、必死の思いで夜を越す。その大変さを身をもって理解した夜だった。

「疲れてるのにお願いするのも気が引けるのだけれど、海に入れるのも今日と明日でお終いだものね。私の頼みを聞いて貰えないかしら」

 笹倉は上目遣いでそう言うと、鞄からこの前買った日焼け止めを取りだした。

「お願いってまさか……」

 俺の頭にはとあるシチュエーションが浮かんでいた。アニメやライトノベルでありがちな、あのシーンが。

「ええ、そのまさかよ」

 笹倉がそう言った瞬間、俺の視線は無意識に彼女の柔肌へと移される。

 透明感のあるその肌は、焼かれるということを知らないのだろう。昨日もしっかりと日焼け止めを塗っていたに違いない。

 頼むということは、今は塗っていないということになるが、彼女はちゃんとらパラソルの日陰に入っているため、そこは問題ない。

 ただ、俺の気持ちに問題あり。大ありだ。

「ひ、日焼け止めを塗るってことは……えっと、その……肌に触れるということですよね……?」

 心が揺れすぎて、つい敬語になってしまう。

「ええ、もちろん。手袋を付けて塗るというのもおかしな話でしょう?そもそも、そんなものここにはないのだから」

 笹倉はそう言いながら、レジャーシートの上にうつ伏せに寝転んだ。俺の返事を聞く前から、塗ってもらう気満々だな。

「ちょ、やるなんて言ってないだろ……?」

 本心を言えば、ものすごくやってあげたい。断る理由なんてどこにもないし。でも、そんなことをして、俺の心臓が耐えられるかどうかが心配だ。今でもバクバクと激しく脈打っているというのに。

 …………あれ、なんか胸が苦しいな。恋の病ってやつか?

「って、何やってんですか!?」

 俺は思わず大声を上げてしまった。だって、マッチョにバックハグをキメられていたから。そのマッチョの正体は、他の誰でもない大和さんで……。

「はっはっは!楽しそうに話してるから、俺も混ぜてもらおうと思ってな!」

「だからって、抱きしめることは無いでしょ!?しかも、結構苦しかったですし……」

 俺の半ギレに、大和さんは笑いながら「ごめんごめん」と言った。絶対反省してないよな……。

「抱きしめるなら笹倉にしてくださいよ。大和さん、シスコンなんですから」

「おいおい、考えてみろ。俺が彩葉に抱きついたら、周りの人に通報されて牢屋行きだぞ?そうでなくとも、蹴りの1発じゃ済まないだろ……」

「た、確かに……」

 そのシーンを想像して、思わず同意してしまう。だが、当然笹倉に丸聞こえなわけで……。

「私がそんなこと、するように見えるのかしら……?ふふふ……」

 彼女はすぐに恐ろしい笑顔で詰め寄ってきた。見た目は普通の笑顔のはずなのに、何故か体が震える……。

「じゃ、じゃあ……俺は筋トレでもしてこようかなぁ〜……じゃあな!」

「あ!逃げやがった!」

 大和さんは全速力で逃走。後に残されたのは俺だけ。笹倉の静かな怒りの全てが俺へと向けられた。

「一旦海に沈もっか……ふふふ……」

 言ってることが普通に怖ぇぇよぉ……。

「す、すみませんでした……」

 俺は震える声で謝りながら、必死に頭を下げた。夏なのにすごく寒いなぁ……。



 怒っていた笹倉だが、無理矢理言うことを聞かせるなんて言うことはなく、とある提案をしてきた。

「碧斗くん、覚えてるかしら。あの時の約束」

「約束?いつのだ?」

「ほら、小森さんのテスト勉強を手伝った時の……」

 テスト勉強の時……んー、全く思い出せない。なにか約束してたっけ?

 俺が首を傾げていると、笹倉は「やっぱり覚えてないわよね」と笑った。

「あの時の碧斗くん、『なんでもする』って言ったでしょ?」

 そう言えば、そんなことを言ったような気がする。

「でも、あれは冗談だって……」

「でも、なんでもって言ったのは碧斗くんよ?」

「そ、そうだけど……」

「結局は誰かには塗ってもらわないといけないのよ?私、肌が弱いから、背中までしっかりと塗る必要があるの。自分じゃそれが出来ないから……」

 笹倉はそう言いながらもじもじと腰を動かす。なんか、ちょっとエロい……。

 でも、そういうことなら仕方ないよな。今、この場には俺以外に暇なやつはいないし。

「『なんでもする』のお願いをここで使わせて!お願い!」

 彼女のその言葉に背中を押され、俺は首を縦に振った。大和さんのおかげで心臓も落ち着いたし、これなら何事もなく、このリア充的イベントを乗り越えられそうだ。

 その瞬間の俺はそう思っていた―――――――。



「じゃあ、よろしくね」

 そう言って、羽織ものを脱ぎ、うつ伏せになった笹倉。俺は日焼け止めを手に出そうとフタを開ける。

「待って!」

 彼女の声に、俺は手を止めた。

「どうしたんだ?」

 俺がそう聞くと、笹倉は地面を見つめたまま、控えめな声で言った。

「その……紐を解いてから塗って欲しいの……」

「紐って、水着のか?」

「……」

 笹倉は無言で頷く。

「で、でも……紐を解いたら見えちゃうんじゃ……」

 何がとは言わないが、見えてはいけないものがポロリすることは確かだ。

「二学期から水泳の授業があるでしょ?紐のところだけ日焼け跡が残ると困るから……」

 確かにそうだ。俺でも、日焼け後がくっきりと残ったりすると、少し恥ずかしいかもしれない。女子なら尚更だろう。

「うつ伏せになるから大丈夫。見えないようにするから……」

 笹倉は顔だけを振り向かせて、こちらをじっと見つめてくる。その瞳が『お願い!』と言っているような気がして、俺は頷いて見せた。

「ありがとう」

 彼女は嬉しそうに笑うと、うつ伏せの姿勢へと戻った。念の為、荷物でしっかりと壁を作り直す。これで俺以外へのポロリは完全に防ぐことが出来る。

 俺は深呼吸をしてから、ゆっくりとちょうちょ結びされた紐を引っ張った。彼女の絶対領域なる部分を隠していた生地がいとも簡単に外れてしまう。

 ちょ、ちょっとやばいかもしれない……。

 俺は再度深呼吸をして、手のひらの上に適量の日焼け止めを出す。

「ぬ、塗るぞ……?」

 笹倉がコクリと頷くのを確認して、その綺麗な背中に手を伸ばす。緊張からか腕が震える……。

「んっ……」

 指が触れた瞬間、彼女の口から艶かしい声が漏れた。俺は反射的に背中から手を離す。

「わ、悪い……冷たかったか?」

「だ、大丈夫……続けて……」

「……わかった」

 俺は恐る恐ると言った感じで、さっきよりも慎重に彼女に触れる。まるで、割れ物を扱っているみたいだ。

 でも、確かに彼女の肌は簡単に壊れてしまいそうなほど繊細で、もっと触れたい衝動に駆られる反面、それに対する怖さというものも感じる。

「あっ……んん……」

 やはり冷たいのを我慢しているのか、彼女は吐息と声を漏らし続ける。でも、ここでやめるわけにはいかない。

 俺は手のひらに日焼け止めを追加し、再度笹倉の背中に触れる。

「ひゃうっ!?あ、碧斗くん……ちょっと……だめっ……!」

「悪いな。でも、途中でやめたら塗りムラが出るからな。続けさせてもらうぞ」

「え、ちょっ……んん~~~~っ――――!!」

 笹倉は悲鳴にも近い声を上げるが、俺はそんなことはおまかまいなしに、日焼け止め塗りを続行した。



 かなり緊張したが、終わったあとに残るのは、出処のわからない達成感、それと幸せの余韻だ。

「よし、終わったぞ……って、聞こえてるか?」

 俺は、うつ伏せになったまま、時折体をビクッと跳ねさせている笹倉を見下ろした。

 別に、俺は何もやましいことはしていないぞ?冷たい日焼け止めを塗り続けたせいで、こうなってしまったのだ。彼女の反応が可愛すぎて、ちょっと調子に乗りすぎてしまった。

 頬をつついてみても、反応はない。ただただ、妙な吐息を漏らすだけだ。

「ごめんな、笹倉」

 聞こえているかどうかはわからないが、一応謝っておいて、タオルをかけてやった。


 その後、気が付いた彼女にこっぴどく怒られることになったのは、言うまでもない。

 ただ、病みつきになったのか、お腹にも塗って欲しいと頼まれた時には、表情筋が溶けるかと思った。かわいすぎだろ……。

 てか、腹なら自分で塗れるはずなんだけどな。

 俺の(偽)彼女のツンデレ度合いが神すぎる……なんつって。

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