第35話 俺は(偽)彼女さんを守りたい

「お待たせ〜♪」

 更衣室から出てきた早苗は、俺がプレゼントした水色縦ストライプの水着を身につけていた。

 うむ、スク水もいいが、こっちもなかなか……。

 ただ、近くにいると目のやり場に困るのは確かだな。夏の代償は大きいってか。

「じゃあ戻るか」

「うん!」

 案の定、俺の腕に抱きついてきた早苗は、惜しみなくそのボデーを密着させてくる。

「お前、笹倉に見られたらまたややこしく……」

「今だけだから♪」

 そう言って彼女はさらに強く抱き締めてくる。

 や、柔らかいな……。ちょっと暑苦しいが、左二の腕が幸せすぎる……って、こんなことしてたら早苗のペースに呑まれるだけだ!しっかりしろ、俺ぇ!

 首をブンブンと横に振って、気をしっかりと持ち直した俺は早苗を引き剥がす。

「やっぱりダメだ!」

「どうして?」

「ど、どうしてって……」

「ねぇ、どうしてどうして?私が抱きついたら、まずいことでもあるの?」

「あーもう!犬みたいに引っ付いてくるな!」

「がるるるるるるる!」

「本当に犬みたいになるな!」

 って、このやり取りに既視感が……。

「てか、まずいことしかねぇよ!ほら、もうあそこに笹倉が…………あれ?」

 俺たちの荷物が置いてある場所を指差して見るが、待っているはずの笹倉が居ない。暇だったから、近くの海で遊んでいるのかもしれないと思い、見渡してみるも、やはり見つからない。

「どこかへ行って欲しいのだけれど。邪魔よ」

「あ?そんな口聞いていいと思ってんのか?」

「ええ、いいと思ってるわよ」

「お前なぁ……」

 ふと、そんな会話が耳に入った。かなり遠くかららしいが…………あ、居た。

 笹倉が居るのは荷物からはかなり離れた場所。恐らくトイレにでも行っていたのだろう。

 そして彼女が話している相手は、180はあるであろう巨体の男。その肌はこんがりと焼けていて、筋肉ムキムキだ。まさにおば様達がキャーキャー言いそうな見た目をしている。

「ナンパか?」

 早苗も状況を理解したのか、ほんの少し肩を震わせている。そんな彼女を安心させてやろうと頭を優しく撫で、ポケットに入っていた財布とスマホを預ける。

 そして、その場で地面に手を付き、クラウチングスタートのポーズ。地面をぎゅっと握りしめて、思いっきり砂を蹴った。

「え、ちょっとあおくん!?まっ……もぉー、無茶だよ……」

 そんな早苗の声は、俺の耳には届かなかった。



 俺は口論になっている笹倉と巨体の男との間に滑り込むと同時に、笹倉の手を掴んでいた男の腕に体当たりして、笹倉を解放させる。

「大丈夫ですか、お嬢さん」

「あ、碧斗くん!?」

 突然の参上に驚いたのか、笹倉は目を見開いて俺を見つめている。

「あ?なんだこいつ」

 男の方はと言うと、不意打ちの体当たりで少しはよろけていたが、体勢を元に戻すと、俺を睨みつけてきた。

 正直言ってすげぇ怖い……。

 身長差カップルとか流行ってたけど、毎日こんなでかいのに見下ろされるなんて、彼女側も恐怖でしかないだろ。好きな人だったら大丈夫なのかもしれないけど……。

「いきなりぶつかってくるなんて、常識ねぇんじゃねぇか!?」

 男は怒りの声を上げるが、そんなことは知ったこっちゃねぇ!と握っていた砂を顔に向かってかける。

「ぶっ!てめぇ!ふざけんなよ!」

 視界を奪われた男の怒りはさらにヒートアップ。だが、見えていないため、俺を捕まえることは出来ない。

「笹倉!今のうちに逃げるぞ!」

 俺は彼女の腕を掴んで走ろうと引っ張る。

 ……だが、彼女はそれを拒んだ。

「ちょっと大丈夫!?」

 それどころか、あろうことか男の心配をし始めたのだ。顔についた砂を払い、優しく声をかける。

 俺は目の前で何が起こっているのか、理解できなかった。

「碧斗くん、なんてことをしてくれたの!」

「え、だって……笹倉がナンパされてたから……」

「‪ナンパ?何のこと?」

 笹倉は訳が分からないと首を傾げる。

「え、じゃあその人は……」

「彼は私のいとこの大和やまと兄さんよ」

「……え?」

 俺は想像もしていなかった答えに、おかしな声を出してしまう。

「い、いとこって……」

 俺は視界を取り戻した男、もとい大和さんの方を見る。その瞬間、俺は死期を察した。

 ああ、背筋が凍るってこういうことを言うんだな。

 そんなことを心の中で呟きながら、胸の前で十字を切る。キリストよ……ああ、アーメン。

 そして、俺は震える膝を地面につき、手も地面につく。そして、頭を砂にめり込ませるまでに下げて、叫ぶように言った。

「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁ!」




「碧斗くんったら、情けない顔しちゃって」

 そう涙目になりながら大笑いする笹倉。何もそんなに笑わなくてもいいだろ……。

「そうかそうか、お前が彩葉の彼氏ってやつか!」

 大和さんも、俺が買ってきたオレンジジュースを飲みながら大笑い。この人、怖い人かと思っていたが、実はかなりいい人だった。

 俺が笹倉の彼氏だと分かると、「なんだよ、知らない奴がカッコつけに来たのかと思ったぜ」と言って、不意打ちの突進も、砂かけの件も水に流してくれた。

 それはさすがに申し訳ないと俺が言うと、「じゃあ、店でオレンジジュースを買ってきてくれ。それでチャラだ!」とのこと。

 なんと心の広い人だろう。人は見かけによらないっていうのは本当だったんだな。

 俺の中に少しだけ尊敬の念が芽生え始めていた。

「ところで、大和さんはどうして海に?」

 早苗に買ってきたりんごジュースのパックに、ストローを刺して渡してやりながら聞くと、大和さんはオレンジジュースをグイッと飲み干して、「実は……」と話し始めた。

「おばさんとおじさん……つまり、彩葉の両親だな。2人に彩葉の彼氏がどんなやつかってのを見に行ってこいって言われちまってな」

 大和さんはそこまで話すと、深いため息をついた。

「でもな、俺が来たことが彩葉は不満らしいんだ」

「あー、だからさっき口論に……」

 なるほど……。確かに笹倉はさっきからため息ばかりついている。こんなにいいお兄さんだと言うのに、何が不満なのだろうか。

「こんなことになるなら、どこに行くかなんて教えるんじゃなかったわ……」

 そう言ってまたため息。俺と大和さんも、互いに目を合わせてため息をつく。

 ただ、早苗はいつもと変わらない様子で、両手で持ったりんごジュースをチューチューと吸いながら首を傾げる。

「笹倉さんはお兄さんの何が嫌なの?」

 純粋な疑問だった。笹倉は少し躊躇ったようだったが、「そうね……」と大和さんの方を見る。

「大和兄さんはね、過保護すぎるのよ。さっきだって、『ナンパされてないか?』って聞いてきたくせに、逆にナンパに間違われてるじゃない。こんなハプニングが会う度に続けば、嫌にもなるわよ」

 おそらく、笹倉の心からの叫びだろう。大和さんはそれを聞きながら、もう泣きそうになっている。

 この人多分、シスコンみたいなもんなんだろうな。

 笹倉のことが好きで、大事な従妹いとこだから守ってあげたいと思うけれど、いつも空回りしてしまうと……。

 今日の空回りは俺にも非があるからか、心が痛い。

 ごめんなさい、大和さん……。

「それに大和兄さんは……」

「もうやめてあげて!?」

 まだ続けようとする笹倉を慌てて止める。これ以上言ったら、大和さん疾走しちゃうから!泣きながら樹海に飛び込んじゃうから!

「うぅ……」

「大和さん、大丈夫ですよ!笹倉も本気で言ってるわけじゃないと思いますから!」

 俺は砂を涙で濡らす彼の背中を撫でてあげる。男の涙は貴重なんだぞ……。

「いいえ、本気よ?むしろ、まだ言い足りないくらいだわ」

「ぐふっ……」

「笹倉さん!?なんで追い討ちかけるようなこと言うの!?大和さん、しっかりして!あれ、息してない……だれか救急車呼んで!早く!」



 その後、大和さんは夕方頃、無事に意識を取り戻した。嫌なところを言われただけで呼吸停止するほどって、かなり重症のシスコンだな……。

 咲子さんと千鶴はまだ帰ってこないし……。

 初日から色々と問題起きすぎだろ!



 ――――――――って、あれ?待てよ……。

 よく考えたら俺、まだ海に入ってねぇじゃねぇか!!!

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