第34話 俺は幼馴染ちゃんを着替えさせたい
案の定、千鶴(女装Ver.)を目にした女性陣は、さっきの俺と同じように驚き、固まった。
だが、それは嫌なものを見たというような驚きではなくて、単にその意外さに目を丸くしているだけらしかった。少なくとも早苗と笹倉は。
早苗に至っては、千鶴が女装をすることを前から知っていたこともあって、「その格好も似合ってる!かわいい!」と楽しそうに眺めている。
突然のカミングアウトを受けた笹倉でさえも、「私より似合ってるかも……?」と、少し嫉妬の混じった視線を向けているくらいだ。
俺の幼馴染と(偽)彼女が、心の広い人間で助かった。だが、肝心の咲子さんからの反応が確認できない。彼女は先程から顎に手を当て、無言のままじっと千鶴を眺めている。
「さっきのチャラい千鶴くん……なのよね?」
やけに神妙な面持ちでそう聞く彼女に、千鶴は「はい!」と力強く頷く。その返事を受けても尚、咲子さんはまだ信じられないという顔をしていたが、もう一度、千鶴を足先から舐めるように観察すると、何かを確信したように頷く。
「ちょっと着いてきてもらえる?」
彼女はそう言って千鶴に手招きすると、俺たちから離れるように歩きだした。
「わ、わかりました!」
千鶴は元気よく返事をすると、不安の混じった目で俺の方を振り返りつつ、砂浜を歩いていく咲子さんを追い、駆けて行ってしまった。
あれ、あっちの方向って確か、『見通しが悪いから、男女でいると色んな意味で怪しまれますよ』とフロントのお姉さんが教えてくれた場所だったような……。ま、大丈夫か。千鶴に熟女趣味は無さそうだし。
残された3人は互いに顔を見合わせる。笹倉も早苗も、どうしようという顔をしている。千鶴の問題はもう彼自身に任せるしかないとして。俺としては、さっきからずっと気になっていることがあったのだ。こちらでも至急解決しなければならない問題が発生している。
笹倉は、俺がこの前選んだ白黒フリルの水着をしっかりと着こなしてくれていて、俺の要望通り、露出を控えるために薄い生地の長袖パーカーを羽織ってくれている。その事実を目の当たりにして密かに感激している所なのだが、それさえをも吹き飛ばしてしまいそうなくらいに、早苗のインパクトが強すぎる。
「なんでスク水!?」
なんと、彼女は胸のところに『さなえ』と書かれた、いわゆるスクール水着と呼ばれるタイプの代物に身を包んでいたのだ。
しかも旧型。破壊力は抜群だ。
「あおくんが喜んでくれるかなって……」
「どこに俺が喜ぶ要素があると思ったんだよ!」
「…………ぜんぶ?」
そう言ってあざとく首を傾げる早苗。いや、間違ってはいないんだけど、ある意味大間違いなんだよ。
正直に言って、俺はスク水が好きだ。横から見たフォルムだとか、こんの生地と白い柔肌のコントラストだとか。その全てが、完璧に計算されているのでは無いかと疑ってしまうレベルで美しい。
大人っぽいビキニなどとは、また違った魅力を持っていて、そこにロマンとエロスを感じてしまう。
だが、そんな感動に身を委ねている場合ではない。
「俺がスク水好きだなんて話、したことないよな?どこで情報を仕入れたのか、教えてくれるかなぁ〜?」
俺には思い当たる節がひとつだけある。本棚の裏に隠してあったはずのスク水グラビア写真集。あれが夏休みの間にどこかへ消えてしまっていたのだ。あれがないと、朝も起きられないくらいなのだ。至急回収しなくてはならない。
「あ、あおくん……なんだか怖いよ?ほら、スマイルスマイル……ね?」
「スマイルスマーイル♪くくく……」
「笑顔も怖いよぉぉぉぉ……」
早苗は涙目になりながら、迫り来る俺という恐怖から逃げようとするも、慣れない砂に足を取られ、そのまま顔からダイブ。見事に全身砂まみれになりましたとさ。
俺はそんな彼女に跨り、両手を後ろで交差させて捕まえる。
「はい、確保。グラビア写真集窃盗の容疑で逮捕。これより刑罰を執行致します」
「いやだぁぁぁぁぁ!」
抵抗する早苗をひょいと持ち上げて、俺は
笹倉には悪いが、しばらくの間荷物を見てもらうことになる。そんな不満そうな顔はしないでくれよ……。
帰りにアイスでも買って帰ったら、許してくれるだろうか。……俺が悪いわけじゃないはずなんだけどな。
海辺に建てられた簡易更衣室のシャワーで、手では払いきれなかった水着の中の砂を洗い流すついでに、俺は彼女に刑罰を執行することにした。
その内容とは、『着替え』だ。
さすがにスク水でずっと居させるわけにも行かないだろう。この姿の美少女と一緒にいるのは、周りの目もあってなかなかに恥ずかしい。本人はいまだに何が悪いのかわかっていないらしいけどな。
それまでは、打ち上げられた魚のようにぐったりとして俺に運ばれていた早苗だったが、俺に水着を選んで貰えるとわかった途端、嬉しそうに俺の隣をぴょんぴょんと跳ねながら歩き始めた。
選ぶだけでそんなに喜んで貰えるなら何よりだ。
彼女が跳ねる度に、生身の肩同士が触れ合って、変な感覚が脳に伝わるが、そこは意識しないようにして……。
「あおくん、はやくはやく!」
少しの時間さえ待ちきれないのか、一足先に店へと踏み込んだ早苗が高速で手招きをする。
そんな速度で手招く招き猫がいたら、客も逃げちゃうんだろうなぁ、なんてことを思いながら、俺も店へと入る。店員さんの「いらっしゃいませー!」という声が店の奥から聞こえた。さすがにあの金髪ギャルさんは出てこないけど。
「ねぇねぇ!どれが似合うと思う?あおくんが好きなのにする!」
「そうだな……早苗ならこれでいいんじゃないか?」
「それ子供用だよ!?さすがに入らないよぉ!」
そう言いながらも、対象年齢8歳から10歳の水着を鏡の前で体に当ててみる彼女。
そりゃ入るわけがないやろ、と心の中でツッコミを入れた。写真集の復讐の念も込めて、身長の低い彼女をからかってやったつもりだったのだが、当の本人があまりにも鈍感すぎて伝わらなかったらしい。
まあ、身長で馬鹿にするのは良くないよな。
そう思い直すきっかけになったということにしておいて。
「そうだな……早苗ならこれが似合うと思うぞ?」
そう言って俺が手に取ったのは、水色縦ストライプのビキニだ。下着の柄としてであればかなり攻めたラインだが(ストライプなだけに)、水着としてであれば、かなり落ち着いた方だと思う。その大人しさと清楚さを掛け合わせたような色と柄が、早苗にピッタリだと思った。
そして、何よりも上下それぞれの端についている、小さな1本の骨柄の刺繍。犬っぽい彼女にはこれしかないと、俺のなんかのセンサーがビンビンに反応している。詳しくはわからないけど。
てか、ビンビンってなんか意味深だよな。どう意味深なのかは言わないけど。
早苗は俺が選んだ水着を手に取ると、嬉しそうに笑った。
「私もこれがいい!あおくんが選んでくれた水着がいい!」
「喜んでくれたなら良かったよ」
「じゃあ、買ってくるね!……あ、お財布向こうに置きっぱなしだった……」
早苗は財布を取りに戻るために俺に水着を渡そうとする。だが、俺はそんな彼女を引き止める。
「ここは俺が払うぞ?」
「え、でも……」
「お前的にはスク水でも良かったんだろ?着替えさせるのは俺のわがままなんだし、俺が払うのは当然だろ」
俺がそう言ってポケットから財布を取り出すと、早苗は俺の顔をじーっと見つめてきた。
「ん?どうかしたか?」
不思議に思って聞いてみると、彼女は「えへへ♪」と楽しそうに笑う。
「そういう何気ない一言が、好きになっちゃう原因なんだぞ〜♪」
小柄な体で背伸びをしながら人差し指で俺の頬を「つんつーん♪」と突いてくる早苗。
「こんなことだけで好きになんてなるかよ。人間はそんな単純じゃねぇよ」
手を掴んでつんつんを止めさせると、彼女は可愛らしくほっぺを膨らませる。
「女の子って言うのは、時に難しく、時に単純。ややこしい生き物なのですっ!」
「そんなもんか?」
「うん!」
早苗は満面の笑みで頷いた。
「でも、どんな時もあおくんが好きって気持ちは変わらないからね!悩める時も、健やかなる時も!」
「お前は神父かよ!」
「いいえ、新婦です!」
「そっちでもねぇーよ!」
思わず大声を出してしまい、俺たちは顔を見合わせて笑う。
早苗といると色々と疲れる。でも、楽しいのは間違いない。素の自分で居られている気がする。
やっぱり幼馴染って偉大だな。
心の中でそう呟きながら、俺はレジへと向かった。
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