第33話 (男)友達は幼馴染ちゃんの母親に気に入られたい
「早苗、笹倉、千鶴、起きろ」
車掌が海の駅への到着のアナウンスをすると、俺は眠ってしまっていた3人の肩を揺らして起こす。
長旅で疲れてしまっているんだろうから、もう少し休ませてやりたい気持ちはあるが、ここで降り過ごされては元も子もない。
目を覚まし、寝ぼけ眼を擦りながら電車を降りる笹倉と千鶴。咲子さんも降りたが、早苗が目を覚ましてくれない。
「ふへへ……♪
「どんな夢見てんだよ」
揺らしても頬をつねっても目を覚まさない彼女。車掌の急かすようなアナウンスに痺れを切らし、俺は彼女の背中と脚を支えながら、その小柄な体を持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。
早苗の荷物は咲子さんに持ってもらった。三日分の着替えと水着が入ってるから、結構重いと思うけど、まだまだ若々しい咲子さんなら大丈夫そうだ。
それどころか、お姫様抱っこ状態を見て、「このまま路地裏に連れ込んで間違いを犯すのかしら?」とか訳の分からないことを言っている。
そう言えば、早咲苗子のR18指定作品に、路地裏プレイとかいうシーンがあったような……。
小さい時に仕事について教えてくれなかったのは、そういうのを書いているからだったのかもしれないな。親がR18作品を書いてるなんて、子供なら誰だって知りたくはないからな。俺だったら病む。
なぜ18歳未満の俺が、R18指定の本の内容を知っているのかは、どうか察して欲しい。
ともかく、そのシナリオ通りに進む予定は無いので、いまだに寝言を言っている早苗を腕の中で起こす。
「んー、あおくんおはよう……」
「おはよう、よく寝てたな」
「うん♪あおくんが夢に出てきたから……」
そう言って笑う彼女。こいつの夢への俺の登場頻度、やけに多くないか?
「でも、夢より現実の方が暖かくて気持ちいいね♪」
おそらく、何気なく言ったんだろう。でも、俺の胸に顔を擦り寄せてくる彼女が愛らしくて、俺は不覚にも顔が熱くなるのを感じた。
「お、起きたなら降りろよ……」
「やぁだ〜♪もう少しだけこのままでいさせて?」
離れさせようとするが、早苗は俺の首に腕を回して離れようとしない。お前、母親が目の前にいるのに良くもそんな積極的になれるな……。
「早苗、お姫様抱っこがして欲しいなら、千鶴がしてくれるって言ってるぞ?」
俺は究極奥義『責任転嫁』を発動した。てか、千鶴のやつ、さっきからずっと無言だし……どうしたんだよ。
「お、俺!?あ、えっと……し、してやるぞ?小森……さん……?」
あー、なるほど……。妙に動きと喋り方がぎこちない彼の様子を見て俺は察した。こいつ、咲子さんがいるから緊張してるんだな。
千鶴からすれば、突然の好きな人の親登場。いいところを見せられなければ、付き合うことなんて出来なくなる。それで肩に力が入ってるんだな……。
でも、千鶴。もう手遅れだと思うぞ……。
そう心の中でため息をつくと同時に、咲子さんが俺たちの間へと割り込んできた。
「あなた……名前は?」
「ね、ねねねねねね猫!」
緊張しすぎて脳回路がまともに機能してない!?自分の名前すら言えないとは重症だな。
「……ねこ?」
咲子さんも首を傾げて周りを見回してるし。どこを探しても猫はいませんよ、海辺ですしなおさら。
「あ、いや、山猫千鶴です!」
「千鶴くんね……あなた、早苗に近づかないでもらえるかしら」
「「……え?」」
千鶴だけでなく、俺も思わず声を漏らす。
「だってあなた、チャラいもの。早苗に近づけたくないランキング第4位だわ……」
ため息混じりにそう告げる咲子さん。そう言われると、3位以上がなんなのか気になるな……。
「で、でも……」
「でもは無しよ。とにかく、金輪際早苗に近付くことを禁止します」
「……ぐふっ」
母親という立場からの命令。それは絶対的だ。それを受けた千鶴は、まるで右ストレートをクリティカルに受けたかのように、その場でパタリと倒れて動かなくなった。
「千鶴……?千鶴ぅぅぅぅ!」
この後、早苗の代わりに千鶴をお姫様抱っこして、宿泊先のホテルまで運ぶ羽目になったのは、また別の話である。
ホテルでは、2部屋予約してあり、隣同士の部屋だが、男女別々に分けることになった。当たり前といえば当たり前だけどな。
そのせいで、女性陣には先に海に遊びに行ってもらい、倒れた千鶴の様子見係を俺がすることになった訳だが……。
「大丈夫か?」
「……まだ頭が痛い」
そりゃそうだよな。もしも笹倉の親に面と向かってあんなこと言われたら、俺だってこいつと同じか、それ以上派手に散ると思う。
「碧斗は海、行ってていいぞ?俺ももう少し休んだら行くから……」
「そんな死にかけの面で言われても、はいそうですかって遊びに行けるかよ」
「……ありがとうな」
「どういたしまして」
なんだか、久しぶりに男同士としてまともな会話ができた気がする。やっぱこれだよなぁ……。
俺がそんなに感傷に浸っていると、千鶴がベッドから足を降ろす。
「行くのか?」
俺がそう聞くと、彼は力強く頷く。
「小森の母さんとは、まだ顔を合わせたばかりだし、俺のことをちゃんと知ってもらえば、気持ちを変えてくれるかもしれないだろ?俺はまだチャレンジしてないんだ。負けと決めるには早すぎるだろ」
そう言いながらシャツを脱いでベッドに置く彼。
「お前のそういう前向きなところ、好きだぜ?」
俺は応援の意味も込めて、親指をぐっと立ててみせる。
「好きとか……俺、お前と違ってホモじゃないから……」
「そういう意味の好きじゃねぇよ!てか、俺もホモじゃねぇし!」
本当に、最後までかっこいいままでいてくれない、残念イケメンなんだよな……。
照り輝く太陽、足裏に感じる白砂の温度、そしてどこまでも広がる青い海!
汗が滴り落ちるほど暑いが、そんなことは気にしない。男のロマンを感じる目の前の景色に、俺のテンションは上がりまくっていた。
「やっほぉぉぉぉぉ!」
「それを言うなら山でだろ?……おまたせ」
後ろからツッコミを受けて、俺はその声の方を振り返る。この声の主は千鶴で間違いない。
実は、千鶴に「準備に時間かかりそうだから、先に砂浜で待ってて」と言われ、一足先にこちらに来たのだが、意外と早く追いついたらしい。
「そんなに待ってな…………は?」
千鶴の姿を捉えた俺は、その場で思わず固まった。
「ちょ、お前……その格好は……」
両手を握りしめて、伺うような目でこちらを見る彼はなんと、タオルを腰に巻き付けたような、パレオと呼ばれる水着を身につけていた。
頭には麦わら帽子を少し斜めに被り、綺麗なブロンドのウィッグが風に揺られてキラキラと輝いている。
「お、おかしいか……?」
落ち着かないのか、時折水着の位置を治す素振りを見せたり、髪をいじったり……。その姿を、知らない人が見たなら、きっとこう思うだろう。
『めっちゃかわぇぇぇぇ!!!』
正直、俺も一瞬目を奪われた。だって、こいつ肌めっちゃ綺麗だし、身長高いのに細いし。胸以外はスタイル抜群と言っても過言では無いと思う。
「…………いいと思うぞ?」
「今の
「いや、普通に可愛いなと思ってな。思考が停止してた」
「ほ、ほんとか……?」
両手を後ろに回して、上目遣いで聞いてくる千鶴。実にあざとい。
「本当だ。自信もっていいと思うぞ?」
そう言ってやると、彼は「よしっ!」と小さくガッツポーズ。
喜んでいるならいいのだが、本当にこの格好で女性陣と合流するつもりなのだろうか。俺としてはすごく心配なんだが……。
「お前、その格好で咲子さんの前に出たらなんて言われるか……」
「それなら大丈夫だ」
千鶴ははっきりとそう言うと、パレオをヒラヒラとさせながら海のある方を眺める。
「俺の本当の姿はきっとこっちなんだよ。この姿でいる時は、自分の我慢してたこととかが全部飛んでいくような気がしてさ。すごい気持ちいいんだ」
その口調が俺には、まるで彼自身に言い聞かせるようなもののように感じて仕方がなかった。
「自分を偽ったまま気に入ってもらおうっていう気持ちが間違ってたんだ。俺は自分の全部を知ってもらった上で、好きにさせる。そう決めたんだ」
「千鶴……」
偽ったまま……か。それは俺も同じなのかもしれない。ボロが出まくっているとはいえ、好きだという本当の気持ちを笹倉に伝えたことは無いのだから。
伝えることを決心した千鶴は、本当に強くて、かっこいい人間だと思う。俺は素直に感心していた。
千鶴はそのまま俺の横を通り過ぎると、海を背にするように振り返って、満面の笑みを見せた。
「まあ、こういう場所で女装してみたいって言うのもあったんだけどな!」
「……お前らしいな」
彼の笑顔につられて、俺も自然と微笑んでいた。
最後にカッコつけない彼らしいかっこよさに、俺は心の中でエールを送っていた。
「そろそろ行くか」
俺がそう呟いて、遠くに見える女性陣達の方へと歩き始めると、千鶴も横に並んで歩いた。
少しだけ鼓動が早くなっているのは、久しぶりの海に気持ちが昂っているせいだということにしておこう。いや、しておいて下さい。
もう一度言っておくが、俺はホモじゃないからな?
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