第31話 俺達は帰り道さえまともに進めない
「さ、笹倉!」
「な、何!?」
慌てて呼び止めた俺の声に、彼女は肩を跳ねさせて振り向く。
「いきなり呼んだら危ないでしょ!ただでさえ足元が不安定だと言うのに……」
「あ、いや、ごめん……」
笹倉を怒らせてしまった……。彼女はこの行為の本当の危険にまだ気がついていないらしい。
笹倉は今、スカートを履いている。脚立の1番上の段高さは約1m。その上に人が乗れば、腰の高さは自然と下にいる人の頭よりも高くなる。つまり、スカートの中身が下の人に見えてしまうわけで……。
俺は伝えることは諦めて目線を下に向けた。この方が彼女も自分の失態に気付かずに済むだろうから、ある意味1番の解決方法かもしれない。
もちろんスカートの中身を見たいかと聞かれれば、俺は全力で首を縦に振るだろう。俺だって男だ、そういうことにも興味はある。エロゲをベッドの下に隠してるくらいだからな。
でもな、それは『出来れば見たいなぁ』くらいの感情で、罪悪感の残る方法で見たいだなんてことを思ってはいない。俺は正式な方法(?)で見ることを望んでいるのだ。
まあ、立ち位置的に、覗いてるのがバレたら蹴りが飛んでくるのは目に見えている。顔に靴の跡がつくのも嫌だし、ここは紳士的に行こう。
そう心に決めた俺だったが、人生というのはそう上手くいくものでは無い。なんと、棚の奥の方まで手が届かなかったらしい笹倉が、脚立の上で小ジャンプし始めたのだ。
「ちょ、おい!危ないからやめろって!」
「あと少しで届くのよ、ちゃんと支えてて!」
「そ、そんなこと言われたって……」
この脚立、それにしても不安定すぎないか?さっきからガクガクギィギィ言ってるんだが……。
「笹倉、そんなに跳ねたらさすがに危な―――――」
バキッ!!!
……あっ。
脚立からは絶対に鳴ってはは行けない音が聞こえ、笹倉の体がガクッと傾く。
俺は咄嗟に手を伸ばし、落ちてくる彼女を受け止め……られなかった。そりゃそうだ。運動部ですらない俺には体幹など皆無。腕力も脚力も平均レベルの普通の男子高校生には、落ちてくる女子高生を支えることは、どう足掻いても不可能だった。
俺が彼女の下敷きになると同時に脚立が倒れ、店内に大きな音が響いた。どうやら、脆くなっていた脚立の脚が折れたらしい。その音を聞き付けて、店の奥にいたモニカ達が何事かとやってくる。
そして心配を―――――否、疑いをかけてきた。
「店内でそういう行為は遠慮してもらいたいんやけど……」
「してねぇよ!」
どうやら、モニカは思い込みが激しいらしい。俺に乗っかる笹倉を見て、アレを想像したんだろうが、こんな所でんなことするかよ。というか、どこでもしねぇよ!出来ねぇよ!(男子高校生の悲痛な叫び)
この後、モニカの誤解を解くのにかなり苦戦したことは言うまでもない。
おい、早苗も千鶴も。お前らはなんでシュノーケルゴーグルと浮き輪装備なんだよ。たのしそうでなによりだけど、ちょっとは助けてくれてもいいんじゃないか?
「もう行ってしまわれるんやな……」
「お前はどこの別れを惜しむ村娘だよ」
RPGなら『それでも行くのですね。では、こちらをお受け取りください。この村に代々伝わる聖剣です。『アオトはエクスカリバーを(以下省略)』みたいな展開になりそうな台詞だぞ。
ただ、ファンタジーに関西弁が似合わないことだけはよく分かった。
「あはは!やっぱりお兄さんはおもろいわ!ほな、また来てな!」
別に面白いことを言ったつもりは無いんだが、喜んでいるならそれでいいだろう。
「ああ、また来る」
大きく手を振ってくれるモニカに手を振り返しながら、俺達は店を出た。
結局、日焼け止めと浮き輪の他に、日除けのパラソルと砂の上に敷くレジャーシートを買った。
俺にとって必要なものもあるから量が多いのは仕方ないと思うが、それを全部俺一人に持たせるのはいかがなものかと思う。
「おい、千鶴。お前も少しは手伝えよ」
「えぇー!こんな細くてか弱い腕に荷物を持たせるなんて……サイテー!」
「お前はどこのぶりっ子女子だよ」
お前、腕は細くても力は俺より強いじゃねぇか。どこがか弱いんだよ。
「じゃあ、私が持とうか?」
俺を心配してか、早苗が文字通り手を差し伸べてくれる。だが、女子に荷物を持たせるのはあまり好ましくない。
それに、俺一人でも持てないような重さではないのだ。千鶴に渡そうとしたのも、楽をしている彼への当てつけのようなものだったりするし……。
「いや、大丈夫だ。こいつが持ってくれるからな。……な?」
目で『早苗にいいところ見せろよ』と訴えると、千鶴は渋々ながらも、浮き輪と日焼け止めの入った袋を受け取ってくれた。
「これは私が持つわ」
だが、その袋は笹倉によってすぐに奪われる。
「笹倉は持たなくていいんだぞ?」
「いいえ、私が持つわ。どこかの幼馴染と彼女との違いを明確にしておくためにね」
チラチラと早苗に視線を送りながら言う彼女。
「ただ、片手だけに重いものがあるとバランスが悪いわね。あら?こんな所に掴むのにちょうど良さそうなものがあるわね〜」
そうわざとらしく言うと袋を左手に持ち替え、空いた右手を空いている俺の左手とぎゅっと繋いできた。そして早苗に向かってドヤ顔。この表情と行動、まさに天使だな。
一方早苗はと言うと、両手が塞がり、手を繋ぐことが出来ない悲しみと悔しさから、両手を握りしめてぷるぷると震えていた。
だが、突然思いついたように表情を明るくすると、イタズラな笑顔で俺の背中側に回り込み、腰に腕を回して抱きついてきた。何かの柔らかい感触に、一瞬ドキッと胸が跳ねる。こいつも大人の女性っぽくなってきたらしい……。
「だーれだ♪」
「いや、それは目を隠してから言おうな?」
前言撤回、まだまだ子供だった。どこか安心している自分がいる気がする。だが、そんな安心は束の間。
「人の彼氏とイチャイチャと……」
笹倉は俺から早苗を引き剥がすと、俺が持っている袋から、2本あるうちの1本のパラソルを取り出して構える。
「私、小さい頃に剣道をやっていたのよねー。久しぶりにしたくなっちゃった。生身の人間に一方的に叩き込むのなんて、楽しそうじゃないかしら」
彼女の目は本気だ。これ以上イチャイチャしたら、このパラソルでボコボコにするわよ?とその目が言っている。
いつもの早苗なら、ここで「ひ、ひゃい……」なんてら情けない返事をして大人しくなるものなのだが、今日は違っていた。
早苗は袋に残っているもう1本のパラソルを手に取ると、震えながら笹倉へと構える。
「わ、私だって、昔はあおくんと○○ジャーごっこでいっぱい戦ったもん!剣の練習いっぱいしたもん!」
「その過去は口にするなぁぁぁ!地味に恥ずかしいんだよ!」
小さい頃の話って、聞かされるだけで恥ずかしかったりするだろ?そもそも、なんで関係ない俺が心にダメージ受けてんだよ!戦うのはお前らだろうが!
「なあ、碧斗。これ、止めた方が良くない?」
千鶴がそう聞いてくる。確かにそうだ。二人が怪我をしてはいけないし、買ったばかりのパラソルを壊されても困る。早苗も震えてるし、止めてやった方が良さそうだな。
そう判断した俺は早苗から無理やりパラソルを取り上げる。
「やっぱり危ないからだめだ」
早苗はおもちゃを取り上げられた子供のように悲しい顔をする。それにしても、こいつずっと震えてるな。
「そんな震えなくても大丈夫だぞ?笹倉は俺が止めるし……」
「ち、違うの……」
早苗は首をブンブンと横に振ると、一層大きく震え、叫ぶように言った。
「トイレに行きたいのっ!漏れちゃうぅぅぅ!」
「震えってそっちのかよ!」
限界が近いのか、顔まで青ざめ始めた早苗は、「い、行ってくるぅぅぅぅ!」と叫びながら通行人の間を走って近くのコンビニへと駆け込んで行った。
それを見ていた俺は思わずため息をついた。
「いつまで経ってもあいつは幼いな。ずっと変わってない」
まあ、幼稚園の時みたいにその場で漏らさなくなっただけマシではあるがな。
「はい、これ」
笹倉がパラソルを俺に返してくれる。
「いいのか?」
「ええ、なんだか拍子抜けしちゃって。怒る気も失せちゃったわよ」
「まあ、そうなるよな」
俺は受け取ったパラソルを袋にしまう。
「小森さんって不思議な子よね。普段はあんなにもおっちょこちょいで抜けてるのに、碧斗くんと向き合うと積極的で真っ直ぐになるんだもの」
「……言われてみれば、確かにそうだな」
この前の花火大会の時なんて、普段の彼女からは考えられないような積極的さを見せられたからな。
「恋の力、なのかもしれないわね」
笹倉はそう言って微笑んだ。そして、俺の左腕に抱きつくと、耳に口元を寄せて囁く。
「だからって、浮気は許さないわよ?」
そういたずらに笑う彼女の笑顔がすごく愛らしかった。
「浮気なんてする余裕なんかねぇよ。お前と荷物で両手が塞がっちまってるからな」
「まだ口が空いてるじゃない」
「じゃあ、お前で塞いでみろよ」
俺がツンと唇を突き出して見せると、笹倉は顔をみるみるうちに赤くしていく。
「ふ、塞ぐって……そ、そういう意味じゃないわよ!他の子を口説くの浮気ってことを……もぉ!碧斗くんって本当にバカね!」
「そ、そういう意味かよ……」
普通にキスのことかと思った。この勘違いは普通に恥ずかしい……。
互いに顔を赤くして目を合わせられない初々しい二人。そんな俺たちを眺めていた千鶴が呟いた言葉は、誰の耳にも届かなかった。
「俺だけずっと蚊帳の外なんだよなぁ……」
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