夏休み最後に海に行こう編

第30話 俺達は海への準備がしたい

「いつまでで寝るんだよ、起きろ!」

「……んぇ?」

 夏祭りから2日が過ぎたある日のお昼、俺は自室で早苗を叩き起していた。なぜなら、今日は笹倉たちと海で必要なものを買いに行く日だから。

 早苗は昨日の夜、俺の部屋に侵入すると、『明日置いていかれたら嫌だから、今日は一緒に寝る!』と言って布団にまで侵入してきたのだ。言っても聞かなそうだったし、もう眠くて抵抗する気も起きなかったから放っておいたのだが、朝起きたら、彼女が俺のパジャマの中に頭を突っ込んでいたのには、さすがに驚いたな。

 なんかわからんが、へその横辺りに噛み付かれた跡みたいなのが残ってるし……。

「おーい、起きろって」

「むにゃむにゃ……あおくんちゅーしよぉ……」

「いつまで寝ぼけてんだよ、早く起きろ」

「えへへ♪あおくん、サボタージュはコンポタージュの事じゃないよぉ〜?むにゃむにゃ……」

「……夢の中の俺、馬鹿すぎないか?」

 夢の中のことだけど、なんかムカつくな。特に早苗に言われてるところが。

「おーきーろ!」

 俺は彼女の頬をぺちぺちと叩いてやる。あ、なかなか柔らかいな。癖になりそうな触り心地だ。

「あおくんったら……そんなところ、触っちゃやーだよぉ〜♪むにゃむにゃ……」

「おい!?夢の中の俺は、一体お前のどこを触ってるんだ!?」

 何故か無性に気になる……!というか、馬鹿で変態って終わってるだろ。仕方ない、最終手段を使うか。

「なあ、起きないと置いてくぞ?」

 俺がそう言い終わるが早いか、早苗は飛ぶように起き上がった。

「た、ただいま目覚めましたぁ!!!」

「よし、顔洗ってこい」

「らじゃー!」

 早苗は元気に返事をすると、小走りで部屋から出ていった。ウキウキしているのは俺も同じだからいいんだが、ひとつだけ言いたいことがある。

「人のベッドでヨダレ垂らすなよ……」

 一部分だけベトベトになったシーツを見て、俺はため息をついた。海に行く前にしなきゃいけない洗い物がひとつ増えたな。



 俺と早苗が待ち合わせ場所に着くと、笹倉と千鶴は既に到着していた。笹倉は清楚という言葉が当てはまりそうな夏ファッションに身を包み、小さめの鞄を斜め掛けしている。紐の部分が胸を強調しているように見えるが、これはわざとなのか?それにしても、千鶴と一緒に立っていると美男美女カップルにしか見えないぞ。悔しいぜ……。

 でも、笹倉が遅刻しないなんて珍しくないか?

「早いな、そんなに楽しみだったのか?」

 そう俺が聞くと、笹倉はぷいっとそっぽを向いて。

「違う。普通と急行を乗り間違えて早く着いちゃっただけよ」

「そうなのか……」

 ちょっと期待したんだけどな。

 俺が肩を落としていると、千鶴が「あれ?」と首を傾げる。ちなみに、今日の彼は男の格好をしている。バレている俺と早苗はともかく、笹倉はまだ知らないからな。そこは控えたのだろう。

「笹倉、さっき普通に乗ってきてなかったか?」

「……余計なこと言わないで貰えるかしら」

「は、はい……」

 文字通り余計なことを言ってギロリと睨まれた千鶴は怯える猫のように体を小さくする。

 しかし、俺はふと思う。

「千鶴、それを知ってるってことは、お前は笹倉よりも先に来たのか?」

 千鶴はその質問に対して、あはは♪と笑うと、大きく頷いた。

「俺、楽しみすぎて早く来すぎちゃったんだよ~♪」

 この男、素直だな。どこかのクールビューティさんにも見習ってもらいたい。ま、そこがいいところでもあるんだけど。

「とりあえず、店を見に行くか」

 雑談はここで切り上げて、本題に向かおうと俺は話を変える。笹倉も「そうね」と言って頷いた。どこか安心しているように見えるのは気のせいだろうか。

 千鶴と早苗も了解したのを確認して、俺達は笹倉の調べてくれた店へと向かった。

 前の冥土喫茶のことがあるから、彼女が調べたというのはちょっと心配だが、今回は普通の店であることを信じるしかないと、願いながら歩いた俺であった。


 駅からそう遠くないところにあるその店には、徒歩数分で到着した。その外観を見た俺の反応はというと、「なんかすごいな……」だった。

 千鶴も早苗も、笹倉までも同じ反応をしている。それもそのはずだ。

「本当にここなんだよな?」

 思わずそう聞いてしまうほど、ほかの建物と雰囲気が違いすぎるから。

「……ええ、間違いないはずよ」

 調べ直しているんだろう。スマホの画面と目の前の建物を見比べながら、笹倉は頷いた。

 でも、この建物が浮き輪やら空気入れやら、海やプールに関するものを売っている店だとは到底思えない。だって―――――――――。

「いや、マ〇ドやん!?」

 俺は堪えていた言葉をついに口にした。

 まず、外観が某有名ハンバーガーチェーン。店名が『Monica』だからか、やたらと大きいMの文字が取り付けられているところを見る限り、偶然では済まないレベル。

 100人に聞けば、98人はあの店の名前を思い浮かべるだろう。あと2人はモ〇バーガー信者だろうな。俺的にはどっちも美味しいからいいんだけど。

 俺の声を聞いてか、店の中から女の人が飛び出してきた。ただ、Mよりも彼女の方が数倍インパクトが強かった。

「あ、うちの店に用?」

「あ、は、はい……」

「いらっしゃーい!ほら、入って入って!」

 そう手招きする彼女を一言で表すとするなら、まさに『ガングロギャル』。腕も足も顔も、肌の全てが黒くなっている。どんだけ日サロに通ったんだよ。

 俺たちは若干怯えながらも、『Monica』へと入店した。

「みんな、そんなに怯えなくていいんやで?取って食ったりはしないからなぁ〜多分♪」

 思わず「多分かい!」とツッコミたくなってしまう。それを知ってか知らずか、満足そうに笑う彼女の胸元にはネームプレートが付けてある。名前は店名と同じモニカ。本名かどうかは分からないが、何となくモニカっぽい顔をしていると思うのは、俺だけだろうか。

 というか、唯奈のような白ギャルという類とは、やっぱり違うんだな、黒ギャルって。近くにいるだけで、どこから来るのかわからない圧迫感と息苦しさを感じる。

「今日は何を探してるん?」

「あ、えっと……海に行くので、そこで必要そうなものを……」

 我ながらオドオドしすぎだとは思うが、こんな人と話すのは初めてだから仕方がない。ただ、勇気をだした返事を彼女はいとも簡単にスルーして……。

「うわぁ!お姉さん、肌めっちゃ綺麗やん!」

 モニカは笹倉に抱きつく勢いで詰め寄った。流石の笹倉も、いきなりのことに驚いた表情をしている。

「どーやったらそんな綺麗になるん?教えてぇや!」

「あ、えっと……基本的なケアをしっかりとしていれば……」

「そーやなぁー!うちもそんなふうになりたいなぁ!お姉さん、肌交換してや!」

「え、あ、無理です……」

「あははは!ジョーダンやジョーダン!お姉さん、おもろいわぁ〜♪」

 何故か1人で大笑いするモニカ。笹倉が俺の方を振り向きながら、「この人嫌い……」と目で訴えてくる。安心しろ、俺も同じだ。

 モニカは、やっと笑いが納まったかと思うと、今度は早苗の顔を覗き込み始めた。

「あんた、かわええ顔してるなぁ〜」

「んぇ!?」

 突然のことにこちらも思考停止。超近距離にあるガングロさんの目を見ることも出来ず、目を泳がせている。

「背もちっちゃくて、わんちゃんみたいな可愛さがあるわぁ〜♪」

 不覚ながら、モニカの言葉に心の中で頷いてしまった。ちなみに千鶴も隣でもろに頷いている。でも、早苗はそう言われたのが嫌だったのか、恥ずかしかったのか、俯いたまま言った。

「わ、私は背が高い方がいいです……。好きな人にちゅーできますし……」

 若干顔を赤らめて言う早苗に、モニカは頬を抑えて悲鳴に近い歓声を漏らす。

「きゃぁぁぁぁ!お嬢ちゃんかわいすぎるやろぉ!え、好きな人おるん?だれだれ?」

「ひ、秘密です……」

「えぇ!教えてくれてもいいやろぉ?誰にも言わんからさぁ〜」

 しつこいガングロに心が折れたのか、早苗はゆっくりと右腕を持ち上げ、俺の方を指差した。まあ、そうなるわな……。千鶴、肘で脇腹を小突くな。地味に痛いんだから。

「えぇ〜?この割と普通なお兄さん?この人より、こっちのイケメンさんの方がええんちゃう?」

 おい、モニカ。俺よりも千鶴がいいだと?…………悔しいが認めざるを得ないな。こいつイケメンだし。女装癖を除けば、完璧なイケメンし。

 ただ、早苗はその言葉が気に入らなかったらしい。両手をぎゅっと握って、振り絞るような声で言った。

「千鶴くんよりも、あおくんのほうが何百倍もイケメンだもん……心が……」

 やっぱり顔は違うんだな。うん、知ってた。けど、改めて言われると、ちょっと悲しいなぁ……。おい千鶴、泣くな。顔は俺よりイケメンって言われてるんだからさ。

「そうですよ、碧斗くんは見た目はともかく、中身は優しくて気遣いのできるできた人間です。見た目だけで判断されるのは、私としても気に入りませんね」

 そう毅然とした態度で言い放ったのは笹倉。お前までそんなふうに言ってくれるとは……。なんか嬉しいな!相変わらず顔はダメらしいけど。

 2人から言い返されたモニカは、さすがに気まずそうな顔をして頭を下げた。

「あはは……ごめんな!そうやんな、男は見た目が全てやない。うちもそれはよう分かっとる!こんなかわいいお姉さんとお嬢ちゃんに愛されとるんやもんな。お兄さん、大したもんや!」

 そう言って大笑いしながら俺の肩に手を置くモニカ。その後ろで笹倉が「あ、愛され……!?ち、ちが……いや、違うくは……」と、彼女の中の何かと葛藤していた。

 ちなみに早苗はと言うと……。

「んへへ♪愛してますよ〜♪」

 頬を緩ませながらニヤニヤしていた。今は触れない方が良さそうだ。

「そうそう、お兄さんたち、何を探してるんやっけ?」

 思い出したように聞いてきたモニカに、笹倉は鞄からメモを取り出すと、「日焼け止めとか、浮き輪とかかしらね」と伝える。

「そうやなぁ〜日焼け止めはあっちの棚で、浮き輪は店の奥にまとめておいてあるわ」

 自由奔放に見えて、意外と店のことはしっかりとしているらしい。商品の配置だったりも綺麗に整えられているし、掃除だって行き届いている。人は見かけによらないというやつか。

「じゃあ、俺は日焼け止めはいらないから、浮き輪を見てくるよ」

「俺もいらないかな」

「私は家にあるから買わなくて大丈夫!」

 千鶴と早苗も俺に便乗して浮き輪の方へと歩き出す。笹倉はどこか不満そうに俺を睨んで……。

「碧斗くんは一緒に見てくれるかしら?」

 そう言って服を掴んできた。

「なんだ、寂しいのか?」

 少しからかうようにそう言うと、笹倉は表情ひとつ変えずに「違うわよ」と答え、棚の上を指さした。

「脚立を使わないと届かないところにあるのが見たいのよ。でも。1人じゃちょっと怖いでしょ?抑えていて欲しいのよ」

「そういうことか、いいぞ」

 俺は頷いてから、脚立を棚の下まで移動させて支える。笹倉が恐る恐るという感じでゆっくりと脚立に登った。目の前で彼女のスカートがひらりと揺れる。その瞬間、俺はこの行為がどれだけ危険かということに気が付いてしまった。

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