第28話 俺は(偽)彼女さんと二人きりになりたい

「お、お久しぶりです……」

 やっちまったぁぁぁぁぁ!

 会釈をする俺の心の声は、まさにこんな感じだった。

「あら、碧斗くんじゃない。早苗がいつもお世話になってます、ふふっ」

 そう言って微笑むたこせんの屋台主の正体は、早苗のお母さんだったのだ。まさかの偶然に、俺はしばらくの間固まっていた。

 だが、早苗母はそんなことはお構い無しに、ペラペラと話し始める。

「今年から私も屋台を出すことにしたの。ダメ元だったけど、案外簡単にOK出してもらえたのよ?」

「そ、そうなんですか……」

 早苗母の話半分に聞き流して、その背後に目を向ける。屋台の奥で作業をしているのは――――――。

「あおくんもお祭り来てたんだ!」

 もちろん早苗だ。祭りらしく浴衣姿の彼女は俺を見つけると、火を扱っていることも忘れて飛んできた。危ないから落ち着いてくれ……。

「ああ……笹倉も一緒だけどな」

「だから、私の事誘わなかったんだ?ふーん……」

 どこか寂しそうな目をして俯く彼女。誘わなかったことは悪いと思うが、この祭りのご利益のことを考えると、やっぱり誘わなくて正解だと思う。可哀想だとは思うけど、彼女は今、店の手伝いをしている訳だし仕方ないよな。そう自分に納得させるように心の中で呟いて、笹倉と目を合わせる。

「じゃあ、俺達は行くからな。たこせんは正規の値段で売ってくれる場所で買うことにする」

 そう言って手を振った。これで早苗に乱入される心配はなくなる。そう胸を撫で下ろしたのだが……。

「早苗も碧斗くんと遊んできたらどう?」

 早苗母がそんなことを言い出したのだ。だが、早苗は申し訳なさそうな目をする。

「でも……店のこともあるし……」

 そうだそうだ!店の手伝いをしている限り、早苗はこちらには来れないはず!さすがに早苗母だけで回すのは無理だろうからな。

 だが、その早苗母は涼しい顔をしている。

「大丈夫大丈夫!もう店閉めるから♪」

「「「「「え?」」」」」

 早苗母の突然のトンデモ発言に、その場にいた全員が思わず声を漏らした。列に並んでたこせんを待っているお客さん達もだ。

「早苗のためなら私は鬼にでも何でもなるつもりよ!だから早苗……幸せを掴んできなさい!」

「……?はい?」

 当の本人はなんのことか理解できていないらしく、可愛らしく首を傾げているが、どうやら早苗母は本気らしい。作っていたたこせんを俺達に渡すと、「タダでいいから!その代わり早苗を……ね?」と脅しのようなことを言って、本当に屋台を閉じてしまった。なんのために屋台出す許可もらったんだよ……。

 まあとりあえず、パーティに早苗が加わった。どうやら、俺はこの強制イベントから逃げられないらしい。当初の計画は変更だ、祭りを3人で楽しもう。

 不満そうな目で早苗を見ている笹倉を見て、そう思った俺だった。



 歩きながら食べるというのは、大阪などでは『食べ歩き』と言って、食べ物が美味しく楽しく食べられるとも言われているらしいが、この辺りではあまりみかけることは無い。

 だからこそ、祭りで食べながら歩くのには抵抗があったのだが、やってみると案外楽しいし、美味しく感じる。

 早苗母がくれたたこせんの最後の一口を飲み込むと、俺は急に喉の渇きを覚えた。

「何か飲み物を買わないか?喉が渇いちゃってな」

「そうね、私も同じ気持ちだったわ」

 笹倉が頷く。それを見た早苗は、はっ!という顔をして。

「私も喉が……ごほんごほん……咳も……」

「じゃあ、病院に行こうか」

「ち、違うぅぅぅぅ!」

 優しく病院の方向を教えてあげたりなんてして。早苗には悪いが、タイミングさえあれば俺は笹倉と二人きりになるつもりだ。少しの時間でもいい、2人で祭りに来たという感覚を味わいたいんだよ。

「そうだ、早苗買ってきてくれないか?俺と笹倉はそこのベンチをとっておくからさ」

 俺がちょうど3人で座れそうなベンチを見つけて指差すと、早苗は目を細めて俺を睨む。

「私をパシリにするつもりなの……?」

「ちげぇよ!」

 いや、まあ違わないんだけどさ。

「飲み物を飲む間、座る場所は欲しいだろ?それをとっておく人は必要なはずだからさ」

「だったら、別に私が残る側でもいいんじゃないの?」

「早苗、お前知らない人が座ろうとして、『ここの席とってるんです』って言えるか?」

「…………言えない」

 やっぱりな。とっさに思いついた言い訳だったが、上手く騙せたらしい。ただ、それでも彼女的には引き下がりたくないらしく……。

「でも、私とあおくんが飲み物を買いに行くのでもいいと―――――――」

「今すぐ行かないと今後俺の部屋に出禁な」

「行ってまいります!」

 早苗はビシッと敬礼をして、人混みの中へと駆けて行った。卑怯な方法だとは思うが、これで少しの間は笹倉と二人っきりだ。俺はベンチに腰掛けて、大袈裟に息を吐く。

「小森さんのこと、そんなに疲れたの?」

 隣に座った笹倉が聞いてくる。

「ああ、あいつに悪気がない分、こうやって邪魔されることをむやみに跳ね除けることも出来ないからな……」

 俺が笹倉といい関係になろうと頑張った結果、早苗を傷つけることになってしまっては意味が無いし。俺にとっても後味が悪いだろうから。

「彼女のことを考えてる時の碧斗くんって、いつもとどこか違うのよね」

 笹倉が独り言のように呟いた。

「違う……?」

「ええ、私に向けられている何かとは違う、もっと真っ直ぐな何かがある気がする」

「そう、なのか……?自分じゃわからないんだけどな……」

 真っ直ぐな何か……か。

「そう言えば今日、祭りの最後に花火が打ち上がるらしいわよ」

「花火か、しばらく見てなかったな」

 最近は手持ちの花火くらいしか見ていない。花火のある祭りに来ることなんて、ほとんどなかったからな。小さい頃は母親とよく見に行ってたんだけどなぁ……。

 そんな俺の懐かしむ気持ちを察したのか、笹倉は

「一緒に見ましょうね」

 そう言って微笑んだ。

「ああ、もちろんだ」

 俺も笑顔で頷いた。



「小森さん、遅いわね」

 笹倉は心配しているのか、辺りを見回しながら言った。確かに彼女の言う通りだ。

 早苗が飲み物を買いに行ってから、既に20分が経過している。単に買って帰ってくるだけなら、ここまでの時間はかからないはず。

「何かあったんじゃ……」

 笹倉のその言葉で、俺の心臓は大きく跳ね上がった。もしも迷子であれば、電話をかけてきそうなものだが、彼女から電話も無ければメッセージも届いていない。

 つまり、それが出来ないような状況になっているのでは……?

 俺の考えはどんどんと頭の中を駆け回る。そして、行き着いた結論が……。

「誘拐、されたんじゃ……」

 女子高校生となれば、ある程度の抵抗はできるはず。そうは思いたいが、なにせ早苗は小柄だ。帰宅部の俺でも簡単に押し勝てるレベルで貧弱な彼女なんて、大人の男の人ならいとも簡単に連れ去られてしまうだろう。怖がりなあいつのことだから、いきなりのことに驚いて声も出せなかったんだろう。

 何よりも早苗は可愛い。誘拐されてもおかしくないレベルだと思う。

 そんなことは分かっていたはずなのに……。

 俺は思わず頭を抱えた。もし早苗に何かあったらどうしよう……。俺はきっと、その事を一生悔やんで生きることになるんだろう。

 俺の不安を感じ取ったのか、笹倉は俺の手を優しく握ってくれる。そして、俯く俺と目を合わせるようにしゃがむと、真っ直ぐな声で言った。

「彼女を探すわよ」

「……ああ」

 俺と笹倉は、効率のことを考えて、それぞれ別の場所を探すことにした。神社の敷地はかなり広い。俺は人混みの中をかき分けながら走った。

 早苗……無事でいてくれ……!

 そう、必死に願いながら。

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