第26話 (男)友達は幼馴染ちゃんにプレゼントしたい

「なあ、千鶴。あれから早苗との進展はあったか?」

 俺は隣を歩く千鶴(ブロンドちゃんVer.)に聞く。答えの予想はついてるんだけど。

「ううん、全く。というか、女装バレした日から1回も会えてないかな」

「まじかよ……」

 進展がないことは早苗の様子からも分かっていたが、会ってすらいないとは……。俺に言えることかも怪しいが、夏休みって男女の仲が深まる感じがするだろ?こいつらの場合、むしろ遠のいてないか?

 早苗のことだし、女装趣味があったからと言って疎遠になるようなやつではないのは確かだが、密かに会うのは気まずいと思っていないとも言いきれない。実際、俺がそれだったからな。

「まあ、その対策のためにゲーセンに来たんだし、小森の好みとか諸々、指導よろしくお願いします!」

 そう言って頭を下げる彼に、俺は「仕方ねぇな……」とため息をつく。

 彼曰く、早苗の好きそうなぬいぐるみを獲得してプレゼントすることで、いい印象を持ってもらおうという作戦らしい。そこはいいと思う。でも、気になる点がひとつある。

「千鶴。お前、早苗のためにここに来たんだよな?」

「そうだけど?」

「じゃあ、なんで女装してんだよ。あいつのためなら、気分的にも男の格好で来いよ」

 俺がちょっとキレ気味でそう言うと、彼はチッチッと指を振る。なんかムカつくな。

「それはより女子の気分になって考えれるようにと思ってだな。俺だって喜んでもらいたいんだよ……」

 千鶴は照れたように頬をかく。

 こいつ、やっぱり性格までイケメンだな。早苗のことをそこまで考えて行動してくれるなんて……。ちょっと感動してきたかもしれない。

「まあ、それよりもこの格好の方が碧斗をからかえて楽しいからなんだけどな〜♪」

「俺の涙を返せ」

 最後までイケメンでいてくれないところが、残念なんだよな。今は美少女(仮)だけどさ。


 俺たちは三階建てのゲームセンターに入ると、1階の設備には目もくれずに2階へのエスカレーターに乗る。

 この建物は、1階がアニメグッズの販売&ガチャガチャ。3階がメダルゲーム&音ゲー。そして、2階がクレーンゲーム&プリクラとなっている。

 俺たちの用があるのはクレーンゲームだけだからな。多くは無い小遣いを使いすぎないためにも、余計なものは見ない。これが俺流節約術だ。今考えたんだけど。

「どれがいいと思う?」

「そうだな……早苗が好きなものって、あんまり思い浮かばないかもな……」

「確かに。碧斗くらいしか思い浮かばないかもしれないね」

 あえてなのか、美少女ボイスで話す彼の言葉に、少し恥ずかしいが頷く。だからといって、俺をプレゼント!なんて言ってしまうと、千鶴とくっつける作戦が元も子もない。

 俺達はとりあえず2階を1周する。俺の足はとある台の前で止まった。

「これだ!」

 俺の声を聞いて、少し先を歩いていた千鶴が早足で戻ってくる。

「……確かに。これなら気に入って貰えそうかも」

 千鶴も納得したその景品は、犬のぬいぐるみだ。早苗は基本的に動物はなんでも好きなのだが、その中でも犬は特別好いていたような気がする。

 多分、どこか親近感でも湧いているのだろう。本人はその事に気づいてなさそうだけどな。

「よし!じゃあ、この台に決定!」

 千鶴はそう宣言すると、財布を取りだした鞄を俺に預け、500円玉を投入した。



「……おかしいなぁ」

 1000円を消費したところで、千鶴が焦り始めた。500円で6プレイできる台だから、これで12プレイだ。だというのに、犬のぬいぐるみは元の場所から少しも動いていない。

 アームがぬいぐるみを持ち上げる所まではするのだが、何度やってもその場に落としてしまう。

「まあ、クレーンゲームって言うのは確率があるらしいからな。一定回数で取りやすいのが回ってくるんだよ」

「そうなの?じゃあ、もう少しやってみようかな」

 そう言って、また500円玉を投入する千鶴。励ましのつもりで言った俺の言葉が、彼を地獄へと引きずり込むことになるとは、思ってもみなかった。



 1500円、2000円、2500円と消費が重なって行き、予算限界である3000円までの最後の500円玉を、苦しそうな顔で入れる千鶴。ちょっと涙出てきたかもしれん……。

 最後の6プレイということもあって、力みつつも慎重にボタンを押し、的確な場所にアームを下ろす。

 グッとアームがイヌの首と股を掴み、ゆっくりと持ち上げていく。

 いける……!

 そう心の中で呟き、希望を見出したのも束の間。ドサッと言う音と共に、無機質な箱の中で横たわる姿が目に映る。

 リプレイでも見ているかのように、同じ光景があと5回続いた。

「……諦めるしかないか」

 さすがに予算オーバーするわけにも行かないと、千鶴は台から手を離し、俺から鞄を受け取る。俺もそれに賛成だ。無計画に突き進んでも、待っているのは失敗か破産。

「小森へのプレゼントは店で買うことにする」

「ちょっと待ってくれ」

 俺は帰ろうとする彼を呼び止める。

「1回だけ、俺もやっていいか?見ているとやりたくなってきてな」

「まあ、いいけど……」

 3000円を浪費して意気消沈している彼は、虚ろな目で頷くと、近くのベンチに腰掛けた。

 それを確認してから、100円を入れる。中断していた軽快な音楽が鳴り始め、近未来的な効果音が聞こえる。

 俺はイヌの胴体寄りに位置を調整し、アームを下ろす。首がだらんとなっているイヌがホールドされて、ゆっくりと持ち上げられていく。ここまでは何度も見た光景だ。だが―――――――。

 ドサッ!

 何度も聞いたドサッとは少し違う。もう少し高めの位置から落とされたような音が聞こえた。

「……と、取れた」

「えぇ……」

 嬉しさよりも驚きの方が強すぎて、俺達は唖然とするほかなかった。

「えっと……千鶴にやるよ」

「いや、さすがに貰えないかな……。それは碧斗が小森にあげて。俺はまた別のものを探すからさ」

 少し切なそうに言う千鶴だったが、その言葉から早苗への思いやりを感じて、俺は素直に頷いた。


 その後、レースゲームやバスケのシュートゲームなどを遊んでから家に帰った俺は、言われたとおり早苗に犬のぬいぐるみをプレゼントした。

「あおくんのプレゼント!?わんちゃんだぁ~!ありがとう♪」と、満面の笑みでもふもふしている早苗が、とても愛くるしかった。

 でも、この笑顔がいつか千鶴に向けられると思うと、それを望んでいるはずの自分が、少しだけ揺らいだ気がした。

 これはきっと恋心とかじゃなくて、ずっとそばに居たペットや妹のような可愛らしいものが、手元を離れてしまう時の感情と一緒だ。

 正体不明のそれに無理矢理そう名付けて、俺は自分を納得させた。



 部屋で少し横になっていると、笹倉から電話がかかってきた。

『明日、空いてるかしら』

『空いてるけど、どうかしたか?』

『それは……』

 彼女が言いづらそうに言葉を止める。もしかして、悪い知らせとかだろうか。彼女の息を吐く音が聞こえて、不安が高まる。

『神社でお祭りがあるんだけど、せっかくだから一緒にどうかと思ったんだけど……』

『行かせていただきます!』

 少し食い気味に答えてしまった。夏祭りの存在なんてすっかり忘れていたし、予想外の嬉しいお誘いに、我ながら舞い上がってしまっても仕方ないと思う。

『そ、そう?じゃあ、時間とかはまた後で送るわね』

『わかった!』

 そう返事をして、通話が切れる。

 若干引かれていた気もするけど気にしない。俺はもう、それまでの妙な気持ちのことなんて、すっかりと忘れてしまっていた。

 それよりも、祭りとなれば雰囲気を大事にした浴衣か、それとも逆にラフな格好かで悩みはじめていた。

 夏祭りといえば、夏休みの中で一番と言っていいほど友情や愛情を深めてくれるイベントだ。それに、ここらの神社といえば、恋愛成就で噂の神様を祀っている恋稲荷神社だろう。あそこで開かれる祭りに二人で行った男女は、必ず結ばれるという噂がある。笹倉がそれを知って誘ってきたのかはわからないが、関係がいい方向に進むことは間違いないだろう。

 少しだけでも脳内シミュレーションしておくかと思うほど、俺はワクワクしていた。

 ただ、こういうことに限って思い通りにいくはずがないことを、その時の俺はすっかりと忘れていた。


 絶対に俺の恋路を邪魔してくるやつがいるんだもんな……。

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