第25話 ヒロインたちは俺と○○がしたい

 今日で夏休みが始まって3週間と1日が経過した。

 俺の学校の夏休みは7月の下旬から始まって、9月1日まで。日数にして40日弱。

 気が付けば、夏休みの過ぎた日数よりも、残りの日数の方が短くなっていることに密かに驚きつつ、いそいそと宿題をやっている早苗を眺めている今日この頃。

 外からは、虫取りに行くのであろう少年たちの元気な声が聞こえてくる。あんな時期、俺にもあったな…………いや、無かったか。虫を捕まえて何が楽しいんだか、俺には今でも謎のままだ。

 虫の気持ちを考えてみろよ。

『あ、美味しい樹液があるぞ〜♪いただきま…………ぎゃぁぁぁぁ!アミでつかまえられたぁぁぁ!逃げたいのに……カゴに入れないでぇぇぇ!』だぞ?

 そして、捕まえたことで満足した彼らは、特に世話をすることも無く、大半の虫たちを餓死させてしまう。なんと恐ろしいことだろうか。

 って、変なこと考えすぎか。俺も暑さにやられているのかもしれないな。

 俺は立ち上がると、鞄から財布を取り出してポケットに入れる。

「早苗、暑いしアイスを買ってこようと思うんだが、なにか要望はあるか?」

「ええ!私も一緒に行きたい!」

「またそうやって宿題から逃げようとする……。お前の魂胆は見え見えだぞ?」

「むぅ……コンビニデートできると思ったのに……」

 不貞腐れている早苗に「じゃあ適当でいいな」と言って部屋を出る。なんだよ、コンビニデートって。ただの買い物じゃねぇか。



 最寄りのコンビニは住宅街を抜けたあたり、学校までの通学路沿いにある。全国チェーンなだけあって品揃えもよく、季節にあったスイーツなんかを置いてたりもする。

 俺は店に入ると「いらっしゃいませ!」という店員さんの声を受けながら、一直線にアイスコーナーへと向かった。

 アイスケースの中を覗いて、俺はうーんと唸る。

 あれも良さそうだし、こっちのも魅力的。種類が多すぎてすぐには決められそうにもないな……。

「どれにしようか……」

「私はこれがいいわね」

「そうか?じゃあ俺も同じのに……って誰!?」

 俺は二人分のアイスをカゴに入れようとして、慌てて振り返る。俺はそこで見知った顔を見つけた。

「そんなに驚くことかしら?」

「笹倉か……。急に声かけられたらそりゃ、驚くだろ」

 彼女は、半袖ショートパンツという露出多めな姿で立っていた。彼女は腕を後ろに回して首を傾げる。

「でも、私に会えて嬉しいんじゃないかしら?」

「まあ、嬉しいんだけどさ……」

「だけど……?その続きを聞かせてもらえるかしら?ふふっ」

 笹倉は微笑みながら俺にグイグイと体を寄せてくる。先日の唯奈とのカラオケの日以降、前よりも彼女の行動が積極的になったような気がする。

 思い出すとやっぱり恥ずかしくなってくるな……。いくらなんでも『暗い顔をさせたくないんだ』は無かったよな。今更照れても遅いんだけど……。

「はいはい、笹倉さんに会えて嬉しいです。これで満足か?」

「ええ、大満足よ」

 そう言って笑う彼女に、俺はふと疑問に思う。

「ところで笹倉、こんなところに何をしに来たんだ?」

「んー、碧斗くんと同じ理由じゃないかしら」

「アイスを買いに来たってことか。でも、最寄り全然違うだろ?」

「ついでに碧斗くんの様子を見に来ようかなと思っただけよ」

「俺はアイスのついでかよ……」

 ちょっぴり肩を落として。

「嘘よ、アイスの方がついで。暑いから買って行こうと思ったの」

 そんな優しい彼女に俺は元気を取り戻す。

 自分でも思う、感情が忙しい奴だなって。

「早苗のはどれがいいかな……」

「小森さんも来てるの?」

「ああ、宿題くらい自分の家でやればいいと思うんだけどな」

「まあ、あの子もあなたのことが好きなんだものね。仕方ないとは思うわ」

 そう言って頷いた彼女の言葉に俺は引っ掛かりを覚える。

「あの子……も?」

 と言うからには、他にも誰かいるってことだよな。それってもしかして――――――。

 俺は笹倉の顔を見るが、彼女はレジの方を見ていて表情が見えない。まあ、そんなはずないか。単なる言い間違え、もしくは偽彼女としての演技の一部かだろう。

「あいつのは無難にバニラでいいだろ」

 俺はそれまでの考えをかき消すようにそう呟いて、バニラソフトをカゴに入れた。



 俺は3人分のアイスの入った袋をゆらゆらと揺らしながら、笹倉と並んで家に帰る。

「私の分までありがとう」

「ついでだったからな。150円くらいは気にするな」

 正直、彼女が嬉しいと思ってくれるなら、文字通り安い買い物だ。アイスが溶けてしまっては元も子もないし、俺たちは早足で歩いた。

「ただいま〜」

「失礼します」

 俺が二階にいるはずの早苗に帰ったという合図をすると同時に、笹倉は礼儀正しく挨拶をする。だが、早苗の声は聞こえない。

 不審に思い、そっと階段を上って自分の部屋のドアを開けた。

「早苗〜!大丈夫…………か?」

「…………あ。。。」

 バタン!

 俺は彼女が鼻に当てているものが何なのかを認識すると、すぐにドアを閉めた。

「ど、どうしたの?」

 笹倉が驚いたように聞いてくる。でも、俺にはこの一言しか言えなかった。

「見てはいけないものを見た気がする……」


 隙あらば勝手に部屋の中を嗅ぎ回るのはやめてもらいたい。前だって、そのせいでエロゲを一緒にプレイするハメになったわけだし。

「あおくん、何を怒ってるの?すぅーはぁー、えへへ♪」

「いい加減俺のパンツの匂いを嗅ぐのはやめろぉ!」

 ずっと犬のようにクンクンしている彼女の手からそれを取り上げてポケットにしまう。後でタンスに戻しておこう。

「あー、私の元気の源がぁ……」

「お前は変態かよ」

 幼馴染の元気の源が自分のパンツって……なんか複雑な気持ちだな。沢山あるから1枚くらいくれてやってもいいんだが、笹倉の手前、そういう軽率な行為はできない。

「小森さんにあげるなら、私にも1枚貰えるかしら。彼女が幼馴染に負けていては、面目が保てないもの」

「もっ……いや、どっちにもやらねぇよ!?」

 もちろんあげます!と言いかけて慌てて止める。こんな話ばかりしてたらボロが出そうで怖い。そろそろ話題を変えよう。

「そうだ!アイス、これで良かったか?」

 俺は袋からアイスを取り出して早苗に渡す。

「ソフトクリーム!……ってちょっと溶けちゃってる……」

「それはお前が余計なことしてたせいで、時間とられちゃったからだろうが」

「あおくん、人のせいにするのは良くないなぁ〜」

「お前にだけは言われたくない」

 つい最近、社会科教師のせいにしてたばっかだろうが。

「不満なら取り替えてやろうか?」

 俺は彼女に自分のアイスを差し出す。

「でも……溶けてるの食べてもらうのも悪いし……」

「そんなこと気にするなって。ほら、やるから」

 押し付けるように洋梨のアイスを渡し、代わりにソフトクリームを受け取る。

「うーん、それなら……はい!」

 早苗は少し考えたあと、袋を開けると「ひと口あげる!」と言ってアイスを差し出した。

「いいのか?」

「うん!買ってきてくれたお礼もあるし!ほら、あーん♡」

 俺は少し照れながらも、控えめにひと口食べる。その瞬間、洋梨のスッキリとした甘さが口の中に広がり、癖になりそうなもちっとした食感が顎を喜ばせる。控えめに言って、すごく美味しい。

「うまいな!」

「ほんと?じゃあ私も……あっ、おいしい♪」

 早苗もアイスにかぶりついて、頬を緩ませる。ほっぺが落ちそうとはまさにこのことを言うんだろうな。

「人の彼氏とイチャイチャと……」

 気がつくと、笹倉が眉間にシワを寄せて早苗のことを睨んでいた。そしてアイスの袋を破って取り出すとひと口自分で食べて――――――――。

「わ、私のも食べてっ!」

 まるでプロポーズする時の花束のように差し出してきた。自分で食べてから差し出してきたってことは、か、間接キスを望んでるってこと……だよな?

「え、遠慮なく……」

 あえて彼女の食べた箇所にかぶりついた。

 味はもちろん変わらない。でも、さっきよりも美味しく感じるのは、笹倉のだからだろうか。

 アイスが冷たい分、顔が余計に熱く感じる。笹倉も同じ気持ちなのか、時計を確認するふりをしながらそっぽを向いている。

 ただ、それを見た早苗は黙っていなかった。彼女はほっぺを膨らませると、もう一度俺にアイスを差し出した。

「私ともしよ?」

 なんだろう。頬を赤らめて首を傾げる彼女が、微妙にエロく感じてしまう……。

「い、いただきます……」

 俺はそのアイスをひと口……。

「じゃあ、私ももうひと口!」

 飲み込むより先に笹倉がアイスを差し出す。

「私ももっと!」

 早苗も負けじと差し出す。俺の手にはドロドロになり始めたソフトクリームが握られたままだ。

「ちょ、さすがにそんなには……」

「「食べてっ!」」

「…………はい」


 結局、2人のアイスのほとんどを俺が食べることになり、ほぼ3人分を食べた俺は、翌朝、冷えからくるとてつもない腹痛に襲われ、苦しい思いをしたと記しておこう。

 まあ、いい思いをした分が返ってきたと思えば、悪い気はしない。…………いや、するけどさ。

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