第22話 金髪ギャルさんは俺を連れ出したい

『ねえ、あおと!』

『ん?さあや?どうしたの?』

 慌てたように走ってきた彼女が、僕の前で立ち止まって肩で息をしている。

 彼女は少し落ち着かせると、顔を上げて、ゆっくりとした口調で言った。

『前にすきっていってくれたよね?』

『う、うん……』

 僕は照れくさくなって目をそらす。でも、彼女は逸らした視線の中に割り込んできて……。

『じゃあ、私のこと忘れないでね』

『……うん!絶対忘れない!』

『またね、あおと』

 彼女が笑顔で手を振った瞬間、辺りが真っ暗になって、車の走り去るような音だけが聞こえてきた。




「…………あ?夢か」

 目を覚ました俺はベッドから体を起こし、時計を確認する。

「9時か……今日は何するかな……」

 今日は笹倉も早苗も、何か用事があるということで出かけているらしい。宿題も終わらせちゃったし、そろそろ詰んでたゲームの処理でもするかな。

 とりあえずベッドから降りて、パジャマから部屋着に着替える。それから1階に降りて顔を洗い、寝惚け眼をさっぱりさせた。

 朝ごはんはどうしようか、あんまりお腹すいた感じしないなぁ〜なんて思っていると、静かな家の中にインターホンの音が響いた。

 ピンポーン♪

 俺は「はーい」という返事をして、玄関に向かう。こんな朝から一体誰だろうか。

 ピンポーン♪

「はいはい、今開けますよーっと……あ、唯奈さん」

 玄関の扉を開くと、真っ先に目に入ったのは太陽の光を受けてキラキラと輝く綺麗な金髪だった。俺の知っている金髪なんて唯奈さんと千鶴、それとあともう一人くらいしかいないし、体格的にも彼女の名前が反射的に浮かんできた。

「よっ!部屋着姿のあおっち激写〜♪」パシャパシャ

「ちょ、勝手に写真撮らないでくださいよ」

「事務所の許可は取ってあるからさ〜♪」パシャパシャ

「いや、どこにも属さない一般人なんですけど!?」

「気にしない気にしない!減るもんじゃないんだしさ〜♪」パシャパシャパシャパシャ

「あんたはエロオヤジですか……」

 俺がそう言うも、今度は動画を起動して俺を撮影し始める彼女。

「ていうか、なんで敬語なの〜?前は普通に話してくれたのにさぁ〜」

「いや、それは……色々思うところがあって……」

 実のところ、俺は唯奈を見ると無性に敬語を使いたくなってしまう。別にそう強制されたとかそういう類の呪いだとか、そんなおかしなものではなくて、小さい頃によく行っていたパン屋さんのお姉さんが彼女によく似ているから、というだけだ。

 俺は幼いながらにも、「偉いね〜」と褒められたいがために敬語を頑張って使っていた記憶がある。

 その名残なのかはわからないが、今でも彼女を前にすると敬語になってしまう。前は笹倉がいたから比較的リラックスしていたが、今は彼女とふたりきりの状況。意識するのも疲れるし、唯奈程度の敬語じゃ無理があるな……。

「正直、唯奈さんと話すのは敬語の方が楽ですし、こっちでいいですか?」

「まあ、いいけど、なんか照れるね〜♪」

 そう言って鼻の頭をかく彼女。やっぱりあのお姉さんと似てるんだよな。話し方とか性格とか、そういう所は全く違うけれど、ふとした動作が似ていたりすると、つい思い出してしまう。

 まあ、他人の空似ってやつだろうけど。

「……で?どうしてここに来たんですか?ポッキーでも粉々にしに来たんですか?」

「いや、それ4月頃のあおっちやないかーい!」

「ノリノリですね、さすがに引きます」

「あれ?なんかあおっち冷めてない?唯奈お姉さんが温めてあげちゃおっかなぁ〜♪人肌で♡」

「結構です」

「キッパリだなぁ!かっこいいぃぃ!」

 なんなんだろう、この人。いつにも増してテンションが高い。ついに本物のギャルに目覚めたんだろうか。頭を悪くすると言われているギャル菌病を発症してしまったんだろうか。一応マスクつけておこうかな……。

「寝起きなんですよ、ちょっと静かにしてください」

「あー、それは失敬失敬。じゃ、上がらせてもらうね〜♪」

「いや、なんで!?」

 当たり前のように我が家に踏み込んでくる彼女を力ずくで止める。そして入りかけている体をしっかりと玄関の外に押し出して……。

「なんでって……遊びに来たんだし、上げてくれないと無駄足になっちゃうし……」

「遊びに来たって……俺達そんなに親しくないですよね?」

 俺がそう言うと、唯奈は「えぇ〜」と不満の声を漏らした。

「もう友達だと思ってたのに……しくしく……」

「そりゃ、友達ならそれでいいですけど、普通こんな朝から男の家に来ます?」

 それに、しくしくって口で言うのもかなり胡散臭い。

「とりあえず帰ってもらえます?やる事あるので」

 もちろん用事なんてひとつもないが、彼女を家に上げるのはまずいだろう。笹倉にバレたら何言われるかわからないし、帰ってもらうには多少の嘘はつかなくては。

 だが、俺の言葉を聞いた瞬間、彼女の目が怪しく光った気がした。

「じゃあ〜、これはどういうことかにゃ〜?」

 ドヤ顔でスマホを差し出す彼女。そこには昨日の俺と笹倉とのメッセージやりとり画面のスクショが映っていた。

「昨日、あやっちから教えてもらったんだけど〜あおっち、今日何もすることないんだって……ね?」

 まさか、ここまで根回しをしているとは……。というか、普通こんなところまで調べるか?何、俺のこと好きなのか?そんなわけないか。ってか、笹倉もなんでスクショ送っちゃってるんだよ……。

 見られて困るようなことは写っていないっぽかったが、こういうのを見られるのはどこか恥ずかしい。

「あおっち、あやっちのこと気にしてるなら心配いらないよ〜?の許可はとってあるからさ♪」

 彼女が画面を切りかえてRINEを開くと、笹倉と唯奈のやり取りの画面が表示された。そこには……。

『明日、あおっち借りてもいい?』

『ええ、構わないわよ』

 バッチリ事務所笹倉からの許可が下りていた。これはもう断る材料が無い……まさにお手上げ状態だ。

「ささ、お出かけするから早く準備してね〜♪」

「ちょ、俺の意思は!?」

「無視無視〜♪」

「ひどっ!?」

 その後、部屋に連れていかれ、無理やり着替えたばかりの部屋着を剥ぎ取られた俺は、渋々外出向きの服に着替えた。

 着替える時くらいは部屋から出ていって欲しかったのだけれど、言っても聞いてくれなかったし……。せめてもの抵抗として背中を向けて着替えたはいいものの、その間に本棚を観察したり、机の下を探ったり、色々と部屋の中をいじられた気配がした。

「……っ!?き、着替え終わりましたよ!」

 そっと振り返ると、ベッドの下を覗こうとしている彼女の姿が目に映り、その行動を慌てて止めつつ、ズボンのチャックを閉める。

「お?待たされましたっ!」

「はいはい、お待たせしました……」

 何か変なものを見られてたりしないよな?妙にニヤニヤしているのが気になるが、これ以上の被害が出ることの無いように、俺は彼女の腕を掴んで部屋から連れ出した。

「はぁ……あんまり荒らさないでくださいよ」

「いやぁ、男の子の部屋って初めて来たからさ〜♪ちょっとワクワクしちゃって……」

『初めて』というワードにドキッとしつつ、「なんだか意外ですね」と言う言葉を漏らす。

「あおっちってさ、私のこと遊んでる女だと思ってる?」

「え、あ、いや……遊んでるとまでは……。ただ、男友達は多いイメージはあるって感じですかね」

 俺がそう答えた瞬間、彼女がどこか影のある表情をしたように見えた。ただ、それは見間違えかと思うくらい一瞬のことで、瞬きをした後、そこには変わらず明るい表情の彼女がいた。

「まっ、とりあえず行こうか♪」

「ちょ、どこに……って痛い!引っ張らないでぇ!」

「私、握力60あるからね〜♪ふふっ♪」

「その細い腕のどこにそんな力が!?いててて!」

「嘘に決まってるっしょ♪痛く感じる所を掴んでるだけだし、これなら抵抗できないでしょ〜♪」

 こ、この女……何者だ……!?

 ……そう言えば、今のクラスになってすぐにした自己紹介で、彼女は将来の夢を『マッサージ師』って言っていたような……。

 だからか!的確に痛いツボを押してくるその技術は練習の賜物なのだろう……。

「って、普通に痛いからもうやめて!?ちゃんと着いてい来ますからぁぁぁ!」

「逃げそうだからだめでーす♪」

 こうして俺は連行されたのであった。

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