第23話 金髪ギャルさんは俺の話を聞きたい
結論から言うと、俺が腕を掴まれたまま連れていかれた場所、それはカラオケボックスだった。
最寄り駅近くのカラオケボックスに着くまでずっと腕を掴まれ続けた俺は、早めに抵抗することをやめ、半ば引きずられるように割り当てられた部屋へと入った。
「ささ、歌うぞ〜♪」
「は、はい……」
カラオケボックスの部屋というのは、照明も暗く、外からは意識的に覗かない限りは見えずらい。そんな場所に二人きりというのは、やはり健全な男子高校生であれば意識してしまうもので……。
「あれれ〜?あおっち、もしかして緊張してる?」
広いソファーであるにも関わらず、やたらと体をくっつけて座ってきた唯奈は、俺の膝に手を置きながら顔を覗き込んでくる。
「い、いや……してませんけど……」
「あ、目逸らした〜♪ふふふ、隠さなくていいよ〜?緊張するのが当たり前だからね〜♪」
なんだろう。心の中を覗かれているような、そんな変な感覚だ。
「えっと……それじゃあ歌いましょうか」
俺は照れたことを隠すためにマイクに手を伸ばすも、そのマイクは唯奈に奪われてしまう。
「1番手は私〜♪いいでしょ?」
「いいですけど……」
まあ、順番は正直どうでもいい。彼女の注意が俺に向かなければ、照れ隠しはできるはずだ。そう思っていたのだが―――――――。
「LaLaLa〜♪」
「な、なんでそんなに見つめてくるんですか……」
「LaLaLa〜♪」
「ち、近いですって……」
「LaLaLa〜♪」
「……」
ダメだこの人。何言っても俺を照れさせようとしてくる……。言わば小悪魔と言うやつだろうか。悪い人では無いと思うんだけど、からかわれるのはあまり得意じゃない俺からすれば、やっぱり心が落ち着かない。
「ふぅ、久しぶりに熱唱したぁ〜♪」
そう言ってソファに思いっきりもたれ掛かる彼女は、マイクを俺に渡して「あおっちの番だよ〜♪」と目を輝かせている。あれ、なんか期待されちゃってる?
俺は無難な曲を選択すると、唯奈と少し距離を空けるべく、腰をスライドさせる。まあ、すぐに着いてこられたから意味なかったけど。
俺はバクバクと騒がしい鼓動を落ち着かせるように深呼吸をして、歌い始めた。
最後の歌詞を歌い終わり、曲が停止する。採点は一応してあるが、目立っているものは特にない。平均くらいとだけ言っておこう。だが、唯奈さんは満面の笑みを俺に向けて。
「ブラボーブラボー♪いやぁ、良かったよ〜♪」
拍手をして俺を褒めてくれた。なんだか、ここまでされると照れるな……。
「そうですか?ありがとうございます……」
「いやぁ、あおっちの歌声に惚れちゃいそうだったよ〜♪あ、もう惚れてるかもしれないけどさっ♪」
「唯奈さんの歌声も綺麗でしたよ」
「そうかな?ありがとっ!」
そう言って笑う彼女。俺はその笑顔を見て、ふと思った。
彼女は純粋にカラオケを楽しんでいるだけなんじゃないか?
俺が恐れていることも、避けていることも、全部俺の勝手な妄想で、唯奈という人物は純粋にこの状況を楽しんでいる。
なら、俺も楽しまなくては誘ってくれた(無理やり連れてこられたんだけど)彼女にも失礼じゃないか?
別に、テンションを合わせるわけじゃない。無理をする訳でもない。俺も純粋に、彼女とのカラオケを楽しもう。
そう思った途端、上がっていた肩から力が抜けた気がした。
「ふふっ……よし!次は唯奈さんの番ですよっ!」
「お?やる気になってきたね〜♪じゃあ、私もそろそろ本気、出しちゃおっかな?」
マイクを受け取った彼女は、ブンブンと肩を回しつつ、曲を入力する。そしてメロディが流れ始めた……。
それから1時間ほど交互に歌った俺たちは、1度休憩することにした。今日で、2人でカラオケって言うのは、喉事情的にまずいということが分かった。
「何か食べ物、注文しますか?」
「あ、じゃあポテト〜♪」
「俺もそれにしましょうかね。じゃ、ポテト2つと……」
タッチパネルに入力して注文ボタンを押す。これで完了だ。最近の時代は便利になったもんだな。
注文タブレットを元の場所に戻すと、俺はため息をつきながらソファに身を委ねる。ため息と言っても、いい疲れ具合の時につくため息だ。
「ねえ、あおっち」
「どうした?」
相変わらず体を引っつけてくる彼女に、顔は動かさずに視線だけを送る。彼女の顔は見えない……というか、意図的に見えないようにしている感じだった。
「休憩してるだけって言うのもなんだし、何かお話してよ」
「お話って……幼稚園児じゃないんだから……」
俺はそこまで言って、彼女の声に元気が無いことに気がついた。歌いすぎで喉がやられたとか、そういう問題ではないと思う。
「……わかった。でも、つまらなかったとか言わないでくださいよ?」
「うん、ありがとう」
突然元気がなくなった理由は分からないが、無意識に元気のでそうな話なんてあっただろうかと頭の中を探る。
「そうだ、パン屋の女の子の話をしましょうかね」
この話は、あの唯奈似のパン屋のお姉さんから聞いた話だ。何度か聞いただけだから、うろ覚えな所もあるだろうが、元気が出る話だということは間違いない。俺はお姉さんがしていたように、ゆっくりとした口調で話し始めた。
『あるところに、『森野ベーカリー』というパン屋さんがありました。売れ行きはそれほどよくありませんでしたが、常連のお客たちは美味しいと言ってくれていました。
そのお店で働いているのは15歳程の少女でした。名前をむぎと言います。
元々の店長は彼女の父親でしたが、むぎが産まれる前に病で他界したと聞いています。店を継いだ母親も腰を悪くして、店に出られないことが多かったのです。
むぎは、学校に行く間も無く、せっせと働きました。いつからでしょう、パンを焼くことが楽しいと感じなくなったのは。』
「悲しいお話……?」
「まあ、続きを聞いていればわかりますよ」
不安そうな表情をする彼女をなだめ、俺はまた話を続ける。
『ある日のことです。見たことの無いお客さんが店にやって来ました。頬の傷が印象的な男の人でした。
「いらっしゃいませ!」
むぎは一生懸命挨拶します。お母さんから大事だと教えてもらったから。
男は会釈だけをすると店内を見回し、そして歩き回りました。木の床と靴底のぶつかるコツコツという音が、むぎの緊張を高めました。
男は店内を回り、むぎの前までやってきました。そして、両手を広げて言ったのです。
「ここからここまで、全部もらおうか」
そのセリフは漫画やアニメの中でしか聞かないものだと思っていたむぎは、固まりました。ですが、男は照れたように笑うと、
「……と言いたいところだけど、実はパン1つ分のお金しか無いんだ。君のおすすめをひとつ、貰えるかな?」
なるほど、ジョークだったのか。むぎは心の中で納得すると、陳列されているパンの中からひとつを選び、袋に入れて男に渡しました。
「おすすめの……メロンパンです……」
おすすめと言っても、気に入ってもらえる確証はありません。むぎは緊張で震える手で男に袋を渡します。
「ありがとう。これ、お代」
男はむぎにお金を手渡すと、店を出ていきました。むぎは手元を見て焦ります。そこにあったお金は、メロンパン2つ分のお金だったのですから。
慌てて返そうと店を飛び出すも、男の姿はもうどこにもありませんでした。』
「不思議な人だね」
「ですよね。でも、ここからが面白いんですよ」
話している間に届いたポテトをつまみながら聞いている彼女。俺も1本口に運んで、飲み込んでから話を再開する。
『男が店に来た翌日、常連のお客に加えて、初めての客が何人か来ました。どの客もメロンパンをいくつか買うとひとつをその場で食べ、「やっぱり美味しい!」と満足そうに帰っていきました。
やっぱりとはどういう意味なのでしょう。
むぎは考えましたが、結局答えは出ませんでした。
それから三日後、あの男がまたやって来ました。
お金を返そうと声をかけますが、受け取ってはくれませんでした。
男は今度はクリームパンをひとつ買って、店を出ていきました。また、2つ分の代金を払って。
翌日のことです。知らないお客さんがたくさん店にやってきたのは。
どのお客もクリームパンを買って帰っていきました。足りなかったぶんのお客さんには、別のパンの魅力を伝え、満足して帰ってもらうことが出来ました。久しぶりの繁盛に、むぎは喜びました。
『これでお母さんに手術を受けさせてあげられる』と。』
「やさしい女の子なんだね、むぎちゃん」
「ああ、1人で育ててくれた母親への想いに溢れた女の子だ。そして謎の男も…………これは聞いてからのお楽しみだな」
『またしばらくすると、男がやってきました。この人が来た次の日は、新しいお客さんがくる。その事にむぎも気がついていました。彼が何かをしてくれていることは間違いありません。なら、お礼を言わなければいけない。むぎはそう思って声をかけました。
「あ、あの……すみません……」
「ん?なにかな?」
背の高い男の人というのは、小さなむぎにとってとても恐ろしく見えました。でも、相手はきっと優しい人です。むぎは勇気を振り絞って聞きました。
「あなたが……この店のためになにかしてくれているんですよね?ありがとうございます……」
声の震えは消せなかったけれど、しっかりと言いきることは出来ました。むぎは恐る恐る、男の顔を見上げます。ですが、その瞬間、むぎは固まりました。
だって、男が泣いていたから。
男はそのままいくつかのパンを買うと、代金を払って店を飛び出していきました。今度は代金とピッタリの金額でした。
新しく来てくれたお客さんに聞いた話ですが、突然頬に傷のある男がパンをちぎって食べさせてくれて、あまりにも美味しいので店の名前を聞くと、むぎの店を教えてくれたらしいのです。
その話を母親にすると、母親は慌ててむぎに言いました。
実は、むぎの父親は病で亡くなったのではなく、離婚で疎遠になっていただけだったのです。そして、頬の傷というのが、彼と同じ特徴なんだとか……。
むぎは確信しました。
自分の父親が、店のためにパンの宣伝をしてくれたのだと。
そして2つ分の代金の意味は、2つ→倍→bye→またね。彼は密かにその約束をしていたのです。
つまり、最後に払ったのがピッタリの代金だったということは…………。
むぎは二度と会うことは無いであろう男に届けるつもりで呟きました。
「ありがとう、お父さん」と。』
「その後、むぎの店はさらに繁盛し、母親に手術を受けさせることが出来て、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
話し終えた俺は、ふぅ……と息を吐く。話しているとだんだんと思い出してきて、結構スラスラ話せたな。
そう思いながら、ふと唯奈の方を見てみると、彼女は目をうるうるとさせていた。
「いい話だねぇ〜ぐすっ……」
「そんなに感動しちゃいました?」
俺はスマホを取り出して、彼女の顔をパシャパシャと撮影する。今朝の仕返しだ。
彼女は恥ずかしそうに手で顔を隠すと、呟くように言った。
「もぉ、今はダメだよぉ……」
「っ……」
あれ、俺、今ドキってしなかったか……?弱々しい唯奈の姿に、ときめいてしまったような気がする……。気のせい……だよな?
「すみません、ちょっと調子に乗りすぎました」
ハンカチを手渡してやると、彼女はそれで目元と、涙のつたった頬を拭き、ニコッと笑う。
「ありがとう♪すごく元気になる話だったよ♪」
「……それなら良かったです」
俺は何故か、彼女の目を見て話せなくなっていた。それでも、彼女は俺の逸らした視界に割り込んでくる。
「ねえ、私もひとつだけ話をしてもいい?」
俺は無言で頷く。
唯奈は微笑むと、落ち着いた声で話し始めた。
「これは、ひとりの女の子のお話――――――」
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