第21話 (偽)彼女さんは俺と押し合いたい

※ちゃんと下の方まで読んでくださいね〜?

※R18じゃないよ!




「奥に……あぁ……」

 笹倉の吐息が聞こえてくる。それだけで俺の鼓動はさらに激しくなったように感じた。

「もう少し左……あと少し……そこじゃないっ……」

 彼女の指示通りにするも、上手くいかない。あの穴にこの棒を入れればいいだけなんだが……。

「碧斗くん、もしかして初めて?」

 彼女の言葉に俺は小さく頷く。

「そう……なら、もう少し丁寧に教えてあげないとダメだったわね。ごめんなさい」

 謝る彼女の息遣いは少し荒く、顔もほんのりと赤みを帯びていて、どこか色っぽかった。

「笹倉は初めてじゃないのか?」

「いえ、私も初めてよ。でも、下調べはしてきているから……」

 笹倉はそう言ってニコッと笑うと、「心配しなくていいから、もう1回やって見ましょうね?」と、俺の手を握った。

 彼女のおかげで緊張から解放された俺は、震えの治まった手で棒を握る。その先を10メートル先の穴に向けて――――――――パンっ!!!


「「入ったぁぁぁぁぁぁ!」」


 叫び声に近い喜びの声を上げて、俺たちは手を握りあった。周りで見ていた人たちも拍手を送ってくれる。

 もちろん、俺たちがしているのはえっちなことなどではない。そういうことを想像しちゃった人には、ちょっと反省して頂きたい。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 これは、俺が笹倉と二人でスポーツランドという運動施設に遊びに来ていた時のこと。

 屋上でカップル専用のイベントをやっているということで行ってみると、『棒穴入れ』という意味深な催しが開催されていたのだ。

 そのルールは簡単で、彼氏が10メートル先にある直径10センチの穴に、やり投げの要領で棒を投げ入れるというもの。5回挑戦できるうち、1回でも入れば豪華景品ゲットというものだった。

 これだけだと、カップルイベントの割に彼氏しか働いてないじゃないかと言われそうだが、彼女にもちゃんとした仕事がある。

 棒の先には小さな針がついているのだが、投げる前の10秒間、彼女は穴の手前にある風船を、長いホースに息を吹き込んで膨らますことが出来る。

 それを割った上で棒が穴に入れば、追加景品がゲットできるというわけだ。

 風船が小さすぎれば、風船に当てて穴に入れるのは難しくなるし、彼女の責任も重大という内容なのだが、笹倉はそこを難なく乗り越え、5回中5回とも、穴よりも大きい風船を作った。さすがに5回目にもなると、息も切れてきていたらしいが。


 問題は俺の方だった。単純に棒を投げる技術が乏しく、何度投げても棒が真っ直ぐ飛んでくれない。

 笹倉の応援のおかげで、最後の最後で穴に入れることが出来た。おまけに風船も割って。好きな人の応援の力は偉大だなぁ。

 オレンジ色の服を着た、イベント係のスタッフさんがカメラを持ってこちらに駆け寄ってきた。

「おめでとうございます!本日初の風船を割った上での穴入れ達成!記念におふたりの写真を飾らせてください!」



 その後、俺たちはエスカレーターに乗り、色々なスポーツを出来るエリアへとやってきた。

 階層図を見た感じだと、サッカーだったりバッティングだったり、色々な設備が用意されているらしい。

「笹倉はどれからしたい?」

「そうね……どれでもいい、かしら」

「どれでも……か……」

 小さい頃に母さんに何が食べたいかと聞かれた時に、なんでもいいと答えてよく、『なんでもいいが一番困るのよね』と言われていたことを思い出した。たしかに困るな。

「碧斗くんとなら、どれから遊んでも同じでしょうし」

「酷い言われようだな……」

 さすがにそこまで言われたら傷付くな。まあ、そう思われてるなら仕方ないけどさ……。

 ディスった本人は何故か首を傾げている。

「私、酷いことなんて言ったかしら?」

 …………これは重症だ。



「私、酷いことなんて言ったかしら?」

 難しい顔をしている碧斗くんを見て、首を傾げてみたけれど、やっぱり分からない。

『碧斗くんとならどれから遊んでも結局楽しいから、どれからでも同じよね!』という意味で言ったつもりなのだけれど、何か勘違いをされてしまっている気がする……。

 すぐにそれを伝えようと口を開いたけれど、彼の頭の後ろにソレが見えたことで、私は反射的に、思っていたものと別の言葉を発していた。

「あれにしましょう!」

「あれって……あれのことか?」

 碧斗くんが指差したものを見て、私は大きく頷く。

 下調べはしてきたつもりだったけれど、あんなものがあるなんて知らなかったわね。

 私の表情は無意識のうちに緩んでしまっていた。


「い、意外と高いんだな……」

「高いところは嫌いかしら?」

「そんなことも無いんだけどな……揺れるのはどうも苦手みたいだ……」

 そんな会話をしながら私たちが立っているのは、直径1mほどの円柱の上。普通にしていればなんともないのだけれど、少しでも動くとゆらゆらと揺れてしまうように出来ているらしい。

 私たちはそこで向き合うように立つ。そして、両手のひらを胸くらいの高さに構えて待機している。

 私たちはこれから『手押し相撲』をするのだ。

 自慢ではないけれど、去年のクラスで行われた男女混合手押し相撲大会では、私が堂々の1位。この遊び競技に必要なのは力の強さではなくて、その使い方。力を入れるべき時に入れて、抜く時には抜く。これを意識することを徹底すれば、男女の力差なんて屁の河童なのよ。

 私は碧斗くんの構え方を見て確信した。

 彼相手なら余裕だ、と。

 私は構える手に力を込めた。初めの1発で決める!

『準備は出来ましたね〜?では、スタート!』

 係の女の人がマイクでスタートコールをしたのと同時に、私は彼の両手めがけて突き出しを放つ。

 まさかいきなり来るとは思っていなかったのだろう。慌てた彼は、手を引っこめることも忘れてあわあわとしているだけ。私の攻撃はクリティカルヒット!円柱から落ちた碧斗くんは、ぼふっという音を立てながら、スポンジの海へ真っ逆さまだった。


「不意打ちは酷いだろ……」

「作戦だもの、禁止はされていないはずよ?」

「そうだけど……」

 思った通り、彼は不満そうな顔をしている。

「なら、もう一戦しましょうか?今度は不意打ち無しで」

「……よし、今度こそ勝つからな!」

 そう意気込んでいる彼を見て、私は思わず笑みを零した。


 他の客が少ないこともあって、待たずにもう一度円柱の上に立つことが出来た。

 私はそこで、碧斗くんの構え方が変わっていることに気がつく。先程までの素人じみたものではなく、まさしくそれは私のものと同じ構え方。この短時間でコピーしたというの?さすがは碧斗くんね。

 だけど……そんなのじゃ勝てない。だって、私のはクラスメイトの過半数を圧倒した腕前だもの。取ってつけたような刃じゃ、張り合いにもならないでしょう。その時の私は、愚かしくもそう思っていた。

『では、スタート!』

 女の人のコールで私は防御の構えをする。腕は後ろめに置き、力は軽く入れる程度。さすがに男の子の力と正面からぶつかれば、弾き飛ばされるのは私の方だもの。

 先手は碧斗くんからだった。私の両手めがけて攻撃の突き。

 自分よりも力が強い人が相手なら、『受け流す』ことが大切。

 心の中でその文章を唱えながら、彼と手のひらがぶつかる寸前に、私は両手を背中の後ろに引く。

「おわっ!?」

 私にかわされたことで体勢を崩した彼は、そのまま円柱から落ちた。また私の勝ちね。


 それでも諦めきれなかった碧斗くんは、また再戦を申し込んできた。もちろん受けたけれど、また私の勝ち。また彼が申し込んできて、私が勝つ。

 それを10数回繰り返した。

 さすがに係の女の人も『何回やんだよ』という気持ちがもろに顔に出ていて、頬が引き攣っている。ちょっと怖い……。

『ではすたぁと〜』

 明らかにテンションの低い声で言われたのも気になるけれど、私はもう、そんなことに気をとられている余裕はなかった。だって、回数を重ねる毎に、彼の実力が私に近づいてきているから。戦いの中で成長してやがる!って言うやつなのかしら。

『受け流す』、『受ける』、『受けさせる』。この3つのコマンドを頭の中に設置して、必要な時にボタンを押すように使い分けなければ、負けてしまう。私達はそこまで競り合っている。

 私は彼の攻撃を受け流す。少し体勢を崩し、前のめりになった彼は、元のスタンスに戻るために体に力を入れる。

 すると、自然と腕が伸びるのよ。そこが狙い目ね。力の入った腕では、受け流すことは出来ない。私はそこに渾身の突きを放つ。

 これが、『受け流す』と『受けさせる』の連続技。さすがにこれには彼も体を反らせて慌てている。

 それでも彼はなんとか耐えきった。

 次はどんな手で…………。

 思考を巡らせていた私は、ふと彼の顔を見る。私と同じく汗が頬をつたっている。息は荒く、一定のリズムで肩が上下している。そしてなによりも、こんな遊びでも本気でやってくれていると分かる、その真剣な眼。私は一瞬、それに見蕩れてしまった。

「…………あっ」

 気がつくと彼の手が私の手と触れていて、後ろに押し出される感覚が脳に伝わってくる。

「っ!?やっ!」

「おおっ!?」

 私は条件反射で手を引き、攻撃を受け流す。ここまで来ると、頭で考えるよりも先に体が動いちゃうらしい。もちろん、押していたものが無くなった彼はバランスを崩す。その体は後ろでも左右でもなく……私の方へと倒れてきた。

「あぅ…」

 彼の顔が私の胸へとダイビングした……と言えばいいのかしら。初めてのシチュエーションに、私はどうしていいかわからなかった。彼の体重が私にかかり、私の体も後ろへと傾いていく。

『落ちる……』

 そう感じた私は無意識のうちに――――――――



 彼の体を抱きしめていた。



 自ら胸に押し付けているみたいで変な感覚だったけれど、彼の体温のようなものが少しだけ感じられて、体から力が抜けた。

 私は彼を抱きしめたまま、円柱の上から落ちた。



 係の人が出した勝敗は、笹倉の反則負け。

 手押し相撲のルールなんて、詳しくは知らなかったけど、故意に手以外の部分に触れたら反則なんだとか。

 俺の足が離れるよりも先に、笹倉が俺の体に触れていたということらしいが、俺の顔ダイビングは反則じゃなかったんだな……。

 故意じゃないもんな。……恋だし、なんつって。

 それにしても、どうして笹倉は俺の体に手を回したんだろうか。落ちると思ったから咄嗟にしてしまっただけだろうか。

 でも、落ちる瞬間に彼女は、何かを言っていた気がする。聞き取れなかったけれど。

「お待たせ」

「おう」

 お花を積みトイレに行っていた笹倉が帰ってくると、俺達は次のエリアに向かった。

 隣を歩く彼女の、高揚したように赤らんだ頬が、俺の記憶の奥の方にこびりついて離れなかった。



 その後、俺達はサッカーでボールが顔に当たったり、バッティングで一球も打てなかったり、ボルダリングで人差し指を攣ったり、色々な設備で楽しんだ。そして帰り際、料金を払い、降りのエレベーターが来るのを待っていた時のこと。

「飾られちゃったわね」

「飾られちゃったな」

 俺達は、エレベーター横のボードに飾られている記念写真見上げながら、そう呟いた。それぞれに棒と風船を持って、満面の笑みを浮かべた俺と笹倉が写っている。

 ちゃった、と言う割には笹倉も嬉しそうな顔をしている。俺も人のこと言えないけどな。

 やたらと目立つフォントで書かれた『カップル』の文字。俺も、そして彼女もそこに意識が向いているんだろう。

「私達、偽物なのにいいのかしら」

「……いいんじゃないか?俺達以外から見れば本物なんだからさ」

 偽物というワードが心の深いところをグサリと刺さしてきたが、その痛みを表情には出さない。

 見上げられる写真に写る2人は、どこからどう見てもカップルそのもの。これからも2人で末永く幸せに暮らしていきましたとさ。そんなおとぎ話のようなナレーションがつきそうな1枚だ。

「ねえ、碧斗くん」

「なんだ?」

「私達のこの関係はいつまで続くのかしら」

 彼女の声が、どこか震えているような気がした。

「俺にはわからないな。まあ、笹倉がやめるっていうまでだろ」

 彼女が始めた関係なのだから、終わらせるのも彼女だろう。俺は勝手にそう思っている。

「じゃあ、やめるって言わなければ、ずっと続くのかしら。例えば、3年生になっても、卒業したあとも……」

「そうだな……。俺達が縁を切らない限りはずっとだろうな」

 あれ、俺、普通に願望を口にしちゃってるんじゃ……?ずっとこのままがいいという願望。俺が伝えたくても伝えられていない想い。

 彼女の質問は、まるでそれを探っているかのように感じた。

 もしかして、本当の気持ちがバレてるんじゃないか?

 そうも思ったが、彼女の表情を見て安心する。彼女は俺を見ながら、微笑んでいた。どうやらその類ではなさそうだ。

 ピコン♪

 ふいに、ポケットからメッセージ受信音が聞こえる。

 俺は彼女に向けていた顔を取り出したスマホの画面へと向ける。発信者は…………笹倉?

 俺は疑問に思いつつ、メッセージの内容を読む。


『なら、私に他に好きな人ができるまで、ずっと偽彼氏でいてちょうだいね』


 メッセージを読み終わった瞬間、頬になにか柔らかいものが触れる。

「えっ……?」

 視線だけを動かしてそちらを見ると、すぐ近くに笹倉の顔があった。そして、頬に触れているのは彼女の…………。

 顔を離すと、彼女は照れたように口元を隠す。そして、振り絞るように言った。

「約束……守ってくれた時のお礼の……前借り、だからっ……」

 状況がうまく飲み込めていなかったが、その姿があまりにも愛おしくて、俺は「絶対に守るから」と口にしていた。二つの意味を込めて。



 その直後、エレベーターが到着し、ちょっと恥ずかしくなったことは俺だけの秘密だ。

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