第20.5話 やっぱり残念美少女な早苗ちゃん

 夏休み八日目を迎え、俺が宿題の後半部分に手を付け始めた頃。1週間の補習を終えた早苗は、昼間から我が物顔で俺の部屋に居座っていた。

 一応客人ということもあって、母親から送られてきたバームクーヘンを、ちょうどいい大きさに切って振舞ってやったのだが、宿題をしている目の前で食べられると、ちょっと邪魔だな……。

 彼女が言うには、俺と少しでも近くにいたいからということらしいが、甘い匂いが俺の集中を妨げてくるし、出来れば今はもう少し離れてもらいたい。

 まあ、補習を頑張ったわけだし、少しは甘く見てやるか。俺はそんな気持ちで、ノートの上にシャーペンを滑らせていた。

 早苗が受けた補習というのが、聞いたところによると相当厳しかったらしい。この一週間で、欠点をとった科目を初めから全部教え直されたんだとか。

「そんなので本当に頭に入ってるのか?」

 俺が半信半疑で聞くと、早苗は胸を張って言う。

「あたりまえだよ!えっへん!」

 そのドヤ顔に少しイラッとしたが、その成果を確かめるべく、日本史の問題集を手に取った。

「じゃあ、1192年、何があった?」

「ええ……365日もあったら色々と……」

「誰がそんな細かいことを答えろって言ったんだよ。もっと有名なやつがあるだろ」

 早苗は少しの間考えると、思い出したように「はっ!」と声を上げた。

「バームクーヘン!」

「…………は?」

 こいつは一体何を言っているんだ?お代わりの要求か?まだ皿に残ってるって言うのに、図々しい奴だな……。

「……じゃなくて、幕府ができた年!」

 幕府とバームクーヘン、似てそうで似てないだろ。

「なんの幕府だ?」

「えっと……か、カマクーラ?」

「なんでカタコトなんだよ。それに不正解な」

 俺は「えぇ……」と不満そうな顔をする彼女に問題集を見せてやる。

「まあ、いい国つくろうの1192年でも間違ってはないがそれは古い方の説で、鎌倉幕府が出来たのは正確には1185年だ。1192年は源頼朝が征夷大将軍に任命された年だ」

 難しいことを言ったつもりは無いが、早苗はショートしたロボットのように、俺の顔を見つめてぼーっとしている。そして、突然顔をしかめると。

「あの社会教師め……騙しおって……」

「お前が話聞いてないだけだろうが」

 他人のせいにしたがる典型的なダメ人間である彼女にデコピンをくらわせて大人しくさせる。

 授業中にちゃんとその話もしてたし、板書もしてたはずだ。あの先生、メンタル弱いらしいからあんまり恨んでやるなよな……。

 俺は心の中でため息をつく。

 早苗の勉強への意識の低さには頭を悩まされ続けているが、優秀な千鶴とくっついてくれれば、その悩みも解消されるわけだ。

 俺自身のためにそうなって欲しいわけじゃない。早苗の幸せも考えた上での最善がそれなのだ。大切な幼馴染には、ぜひとも幸せになってもらいたい。悲しんでいる顔や、辛そうな顔は見たくないんだ。

「でも、俺の部屋に居座っているうちは、まだまだ難しそうだよな……」

 その独り言を聞いて、頭の上に『?』を浮かべていそうな顔で首を傾げる彼女に、思わず頬を緩めてしまった俺であった。



 その日の夜、笹倉からRINEのメッセージが届いた。

『海の予定、まだ決めてなかったわよね』

『そうだな、俺と早苗はいつでも大丈夫だと思うぞ』

『もう1人は確か……山猫くん、だったかしら?』

『そうだ。あいつにも聞いてみるけど、大体の日程は決めておいた方がいいんじゃないか?』

『そうね』

 俺はカレンダーで予定を確認する。今のところ予定の書き込まれた欄はひとつもない。べ、別に寂しくなんてないんだからね!

 俺が目から出た汗を拭っていると、またメッセージ受信音が鳴った。

『夏休み最後の週なんでどうかしら、2泊3日くらいの予定なのだけれど』

『そんなにギリギリに行くのか?』

『ええ、その時期だと混んでいるなんてことも無いでしょうし。それに、夏休みの終わりをいい思い出で締めくくりたいもの』

 なるほど、笹倉らしい考え方だ。

 というか、俺達との海旅行を『いい思い出』になると思ってくれている、それをはっきりと伝えてくれたことに心が弾んでしまう。

『了解だ。正確な日程はまた後で決めるとして、早苗と千鶴にも話しておくよ』

『ええ、頼むわね。私はもう寝るから』

 時計を見てみると、もう12時を回っていた。夏休みは時間が過ぎるのが早く感じるんだよな。

 俺が『おやすみ』と送ると、『おやすみなさい』と返ってきた。それと一緒に、猫のキャラクターのおやすみなさいスタンプも届いた。

 なんか癒されるな……。


 俺は早苗と千鶴に笹倉と話したことを書いて送り、布団に入った。海、今からでも楽しみだ。

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