第19話 (偽)彼女さんの友達は俺と(偽)彼女さんの幸せを応援したい

 かなり悩んだけど、やっぱり一番最初のやつがいいってこと、よくあるよな。

 俺も結局は1番初めに手に取った海中feat.イルカ柄の水着を購入することに決めた。あとはどこかに行ってしまった笹倉を待つのみ……というところで。

「あおっち〜!こっち来て〜!」

 唯奈さんに呼ばれ、声のする方へと向かう。

「どうかしたのか?」

「こっちこっち!ほら、そこに座って!」

 彼女に急かされて、近くにあった椅子に座らされた。目の前には白いカーテンの試着室がある。これってもしかして……。

 俺は心臓が跳ね上がるのを感じた。

 カーテンの横に立った唯奈さんが、寂しい胸を張りながら言う。

「レディースアンドジェントルメン!あおっちしかいないけど……水着ショーを開始いたしまーす!」

 予想通りではあったが、改めて聞くと鼓動が早くなる。つ、ついに笹倉の水着姿が見れるのか!いや、落ち着け!慌てるのは紳士じゃない。純粋な心で見るんだ。俺はジェントルメン、俺はジェントルメン……。

「では、どーぞ!」

 唯奈さんが紐を引っ張り、勢いよく開かれたカーテンから姿を現した笹倉に、俺は目も心も奪われた。

 それは真っ白なビキニタイプの水着で、シンプルではあるものの、それが素材の良さを活かしてくれている。

 何より、羞恥を堪えている笹倉の表情の破壊力が凄まじすぎて、俺は息をするのも忘れて見入ってしまっていた。

「あ、あまり見ないで……」

 そう言って胸を腕で隠そうとするが、その仕草がさらにその魅力を高めていて……。

「あおっちってば、そんなにコーフンしちゃった?」

 唯奈さんがティッシュを差し出してくれたことで、俺は鼻血が出ていることに気がついた。

 慌ててティッシュを話詰めて応急処置。唯奈さんが小声で、「鼻血とかその他の液体で汚したら、その水着は買い取りだからね〜?」と言ってきたが、その他の液体ってなんだよ。大体予想はつくけど。

 俺が顔を上げると、カーテンは既に閉じていて、笹倉はその向こうへと姿を隠してしまっていた。

 出来ればアンコールをお願いしたいところだが。

「そんなにがっかりした顔しないの〜!まだまだ続きがあるんだからさ♪」

 唯奈さんはそう言いながら、用意してあった水着をカーテンの中に放り込む。なるほど、ファッションショー形式なのか。舞台に立つのは笹倉だけだが、俺にとっては彼女以上のモデルはいない。

 次はどんな姿を見せてくれるのか、ワクワクしながら待つこと1分。

「準備が出来たようですね〜♪では、2着目行きまショー!」

 勢いよく開かれたカーテンから現れた笹倉は、今度は水色の水着を身につけていた。それも、先程とは違い、スカート付きだ。あどけなさを感じさせるそれを身にまとった彼女は、控えめに言って天使。スカートの裾を握るその仕草が俺の男心をくすぐる。

 俺は気がつくと、席から離れて笹倉に近付いていた。彼女の姿を、もっと近くで見たいと思ったから。

「お触りは禁止ですよ〜♪」

 唯奈さんがそう言うが、もちろん触ったりはしない。ただ、普段は見ることの無いお腹だったり、肩だったり、そういう部分が露になっていることに、俺の鼓動は早くなっていった。

「あ、碧斗くん……す、少し近すぎないかしら……」

 どうやら体が前のめりになりすぎていたらしい。もう少しで息がかかりそうなほど近くに、彼女のおへそがあった。

 あまりの加減の無さに、俺は唯奈さんに椅子に連れ戻され、「おすわり!」と言われてしまう。俺は犬かよ。


 その後、さらに何着かを披露された。

 胸が苦しそうなサイズのあってないものだったり、黒や赤の大人っぽいものだったり、何故かスクール水着というものもあった。この店の品揃えに驚きだ。胸の名札にちょっぴり下手な字で『あやは』と書かれてあったのには、なんとも言えない魅力があったな。

 そして最後に私服姿の笹倉が出てきて、俺の隣に座った。そして、今日の目的の本題に入る。

「どれが1番よかったかしら」

 まだ赤みがかった頬の彼女が、少しもじもじとしながら聞く。ここはもうひとつしかないだろ。

「スクールみず―――――じょ、冗談です!調子に乗りました!」

 顔を真っ赤にして凶器ハンガーを振り上げた彼女を何とか宥めて、それを取り上げる。危ない危ない、ハンガーと言っても木製のやつだからな。頭に当たったら結構痛い。

「あ、あれは唯奈に言われて着ただけだから……」

 そっぽを向きながら、つぶやくように言った彼女がとても愛らしかった。

「どれも似合ってたと思うけど、個人的にはこれがいいと思う」

 そう言って俺は、水着の山からひとつを取りだした。それは黒白の生地に、控えめなフリルのついた一品。

「笹倉は美人だからな。これくらいシンプルな方が、お前自身を活かせると思うんだ」

 笹倉は、俺の選んだ水着を少し見つめると、満足そうに頷いた。

「碧斗くんにしては、なかなかいいんじゃないかしら?理由にも満足よ」

「あ、あと……」

 言ってしまうべきかどうか迷ったが、言わないと心残りになりそうで、俺は流れに身を任せて伝えることにした。

「出来れば何か羽織ったりして欲しいかな……」

 言ってしまってから恥ずかしくなってきた。こんなお願いじみたことを言うなんて……。

「どうしてかしら?」

 笹倉が首を傾げて聞いてくる。その表情はからかったり、面白がったりしている風ではなく、純粋に気になっているという感じだった。

 こうなったら言い切ってしまえ!

 俺は心の中で踏みとどまっていた一歩を踏み出した。

「他の男にお前のその姿を見せたくないんだ」

 素直な気持ちだった。伝えてしまった方がいいと思って言ったけれど、俺の手は震えていた。

 それは恥ずかしさから来るものではなく、受け入れてもらえるかどうか、その心配からくるものだった。

 俺と彼女はあくまで偽の恋人。いきなりこんなことを言ったら、気持ち悪いと思われてしまうかもしれない。そう思ってしまったから。



 でも、彼女の表情はにこやかだった。

 気持ち悪がるどころか、頬をゆるめ、安心させてくれるかのように俺の手を握った。

「そうね、日焼けだって気になるもの。不本意だけど、あなたの言う通りにするとしましょうか」

「笹倉……」

 やっぱり俺は彼女が好きだ。クールでかっこよくて、だからこそ素直になれないところがある不器用な彼女が大好きだ。その気持ちが今にも溢れ出しそうになって……。

「笹倉、やっぱり俺――――――」

「お待たせ〜!お買い上げ商品はどれかな〜?」

 俺の言葉は、突然現れた唯奈さんによってかき消されてしまった。

「あ、私のはこれと……碧斗くんのはこの海柄のでいいかしら?」

 俺が持っていた男用水着と、彼女に選んだ水着とを唯奈さんに渡し、「じゃあお会計するからレジに来てね〜♪」 そう言って走っていく唯奈さんを見送ってから、笹倉は俺の方を振り返った。

「碧斗くん、何か言いかけてなかったかしら」

「…………」

 言えるはずがなかった。

『本当は偽じゃなくて本物になりたい』なんて。

 言ってしまったら、羽織ものをして欲しいなんて言うお願い程度の反応じゃ済まなくなる。きっと、俺たちの関係を変えてしまうこともありうる。

 俺はそれに怯えてしまっているんだ。

 好きだからこそ、伝えられないこともある。

 少なくとも、今は伝えるべき時じゃないから。

 逃げているだけと言われるかもしれないが、彼女と疎遠になるよりかはずっとマシだと思った。

「……いや、なんでもないんだ」

 誤魔化したつもりだったが、笹倉はその答えが不満だったらしい。

「なんでもないなんてことは無いでしょう?何か言いかけていたのだから」

「いや……それは……」

 関係は変えたい。でも、変わるのが怖い。

 早苗の告白が、どれだけの勇気を伴ったものだったのかを、俺は痛感していた。

「……仕方ないわね。言えないなら無理にとは言わないわ」

 困っている俺の姿を見兼ねたのか、笹倉はため息をつきながらそう言った。

「いいのか……?」

「ええ。言うべき時が来れば、教えてくれるのでしょう?」

 彼女の問いに、俺は力強く頷く。

「もちろんだ」

「それなら私は待つだけよ」

 俺の妄想かもしれないが、その言葉はどこか、俺のことを信頼していると言ってくれているような気がした。

「待つ……だけ……?」

「そうよ。彼氏を信じて待つ。それが出来ないなら、その女に彼女を名乗る資格はないわ」

 笹倉はそう言うと、俺の目を見る。じっと、真っ直ぐに。

「私には、その資格がある」

「……」

 やっぱり彼女はかっこいい。俺よりもずっとしっかりしていて、伝えるべきことを伝えることが出来る。そして何より、俺のことを受けいれてくれている。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 彼女はふふっと微笑むと、レジに向かって歩き出した。待ちくたびれたような表情で唯奈さんがこちらを見ている。

 俺も彼女の背中を追うように席を立った。



 店からの帰り際、唯奈さんに手招きをされた。なんの用かと彼女に近付く。

「あやっち、あおっちと付き合ってから私との関わり、減っちゃったんだよね〜」

 そう言われた。確かに、最近は俺といる時間が多くて、唯奈さんと一緒の時間はあまり見かけない。

 なんだか悪いことをした気分になる。

 だが、彼女は背伸びをして俺の耳に口を近づけると、囁くように言った。

「だからさ、その分以上に、あやっちのこと幸せにしてよね♪」

 やっぱり、ギャルっぽいのにいい人の噂は伊達じゃないな。俺が大きく頷くと、彼女も満足そうに頷いて親指を立てた。

 俺の中には、幸せにしないという選択肢はない。

「本気の恋だからな」

 そう呟いて、先に外で待っている笹倉の元へと急いだ。



 帰り道で、俺はふと浮かんだ疑問を口にした。

「一緒に来て欲しいって言ってたけど、俺が行った意味はあったのか?」

 確かに水着ショーは楽しかったけれど、あれは俺得な訳で、笹倉にとっては恥ずかしかっただけなんじゃないだろうか。

 俺はそう思っていたのだが、笹倉は違ったらしい。

「ええ、とっても有意義だったわよ」

 そう嬉しそうに言った彼女の笑顔は、写真に収めておきたいくらいに眩しかった。

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