夏休み編
第18話 (偽)彼女さんの友達は俺の願望を邪魔したい
女装バレ事件から2日後の今日。ついに待ちに待った夏休みが始まった。
夏休み初めの1週間、補習を命じられた早苗は今日も学校に行っている。昨日も今日も、千鶴については全く話さず、彼女がどう思っているのかは分かっていない。
そんな彼女に、いつもの癖からか、早朝からインターホンを鳴らされたのには、ちょっとキレてしまった。我ながら大人気ないというか、幼いというか……。
ただ、笹倉とイチャイチャできる夢を見ていたのに、それを邪魔されたのだから無理もない。あと少しでマルゲリータを『あーん♡』してもらえる所だったってのに。
そんなことを思いながら、二度寝から目覚めた体を起こす。時計に目をやると、既に10時を回っていた。
「さすがに寝すぎたか」という独り言を呟いてベッドから降りると、スマホを手に取ってロックを開く。
笹倉からメッセージが来ていた。もしかしてマルゲリータを食べに行こうというお誘いでは?
そんな淡い期待を抱きつつ、RINEを開く。
『海の件、何日にする?』
マルゲリータではなかったが、こっちもかなり大事な話だ。俺は少し考えると、『夏休みの後ろの方でいいと思うぞ』と送った。
特に何か予定がある訳でもないが、学生の夏休みには宿題というものがある。そんなものが残った状態で、本当の意味で海を満喫できるかと言われれば、答えは否だ。
夏休み前半で宿題を片付けて、後半を楽しい思い出で埋める。これこそが真に夏休みを楽しむ方法だ。
笹倉もそれをわかってくれているらしく、『了解』という返信が来た。そして、それに続くようにもう1件メッセージが。
『水着を買いに行きたいのだけれど、着いてきてくれないかしら』
そうか、水着が必要だよな。プールも海もあまり行かない俺は、水着なんてかなり昔のものしか持っていない。学校の水着で行くわけにも行かないし、買いに行くか。
『俺も買いたいから一緒に行く』
そう送って画面を切った。
待ち合わせ場所は前に冥土カフェに行った時と同じ広場。相変わらず遅刻してきた笹倉がこちらに走ってくるのを見つけて手を振る。
「遅れてしまってごめんなさい」
15分の遅刻だったが、見たところ急いで来てくれたらしい。何より、素直に謝ってくれたこともあって、怒ったり文句を言う気は起きなかった。
というか笹倉、前と違って化粧してるよな。薄メイクって言うのか?不快に感じるどころか、むしろ好印象なくらいの塩梅だ。もしかして俺と会うからか?俺のために?という煩悩は捨てておこう。勘違い、ダメゼッタイだ。
「俺も今来たところだ。それより、どこに買いに行くんだ?」
俺のセリフにどこか感心したような目を向けつつ、笹倉はスマホを取り出して、地図アプリを開く。
「ここよ。ここからだと歩いてもそんなにかからないはず」
アプリの示すのは有名な大型ショッピングモール。確かに、ここからなら歩いて10分もかからないはずだ。
「そうか、じゃあ行くか」
俺は微笑みながら頷いた彼女と並んで、広場の出口へと向かった。
ショッピングモールに着くと、笹倉は見慣れているかのようにスタスタと歩いていった。俺もそれを追いかけて早足でついていく。
何度かエスカレーターに乗り、少し歩くと、他と比べて3倍ほどの広さのある店の前で足を止めた。
「ここね」
入口の上には『mizuki』という店名らしきものが書かれている。水着と掛けているんだろうか。この店の主はなかなかにいいセンスをしているらしい。
俺と笹倉は、ガラス戸を押して店へと入った。
「いらっしゃいませ〜」
奥の方から店員さんの声が聞こえてくる。
この店では、服屋のように水着が所狭しと並んでいて、水着を着たマネキンも何体か置いてある。どれも異常に胸が大きいのは気のせいだろう。
さて、どこから探そうかとキョロキョロしていると、早足で店員さんがやってきた。店員さんのこういう対応、俺はあんまり好きじゃないんだよな。親切心なのかもしれないが、俺はゆっくりと選びたいタイプだから、店員さんが近くにいると急かされているような気持ちになる。
「なにかお探しで…………って、あやっちじゃん!」
声をかけてきた店員さんは、堅苦しかった話し方を突然フラットなものに変えた。あれ、この声……聞き覚えがあるぞ。
陳列された水着へ向けていた視線を店員さんの方へと移動させる。
まず目に映るのは、この店の制服的なものなんだろう。緑色のエプロンのようなものを身につけていた。その下からは、馴染みのある制服のスカートが覗いていて、そこから視線を上げると、膨らみの控えめな胸が見える。け、決して笹倉のと比べたりなんてしていないぞ?
さらに上を見ると、色白の肌とぱっちりとした茶色っぽい瞳、そしてどこに居ても目立ちそうな金髪が目を引く。
あ、この人は確か同じクラスの……。
「唯奈!?どうしてこんな所にいるの?それにその格好って……」
そうだ、ギャルっぽいのにいい人ということで有名な
「この店、私のお母さんが経営してるんだよね〜。ほら、店の名前も瑞樹だからmizukiって。本当に単純だよね〜」
ケラケラと笑いながら説明してくれる彼女。つまり、母親の手伝いをしに来ているという訳か。
「と・こ・ろ・で〜♪」
唯奈さんは「ぬふっ♪」と意地悪そうな笑みを浮かべると、俺に詰め寄ってきた。
「この人があやっちのカレシ?確か、同じクラスだっけ?」
「あ、えっと……」
「そうだ!関ヶ谷 碧斗くんだ!」
突然のことに俺が戸惑っていると、彼女は俺を指差しながら言う。
「私のポッキーをバキバキにしたこと、忘れてないからね〜!」
あ、そう言えばそんなこともあったな……。
あれは4月の終わり頃の話。
極細ポッキーを持ってきた唯奈さんは、笹倉に声をかけてポッキーゲームなるものをしようと誘っていた。教科書を片付けようと席を立っていた俺は、その単語が聞こえた瞬間、彼女達の方に釘付けになってしまう。
照れつつも要望を聞いてあげている笹倉に見蕩れているうちに、2人は両側を咥えてスタンバイ。
なかなか進めない笹倉とは正反対に、唯奈さんは反応を見て楽しんでいるかのように、にんまりとしながら食べ進めていた。そして2人の距離がほんの2、3cm!というところでそれはやってきた。
「あおくーん!」
そう言いながら俺へと突進してきたのは早苗。ぼーっとしていた俺はその衝撃に耐えられず、唯奈さんと笹倉が間に挟んでいる机へと突っ込んだ。
結果、彼女らが咥えていたポッキーは折れた。おまけに机に置いていた袋の中にあったものも、俺がその上に手をついたことで全てバキバキに……。
俺は慌てて平謝り。唯奈さんは口を尖らせて文句を言ってきたが、どこかほっとしたような表情をしていた笹倉が印象的だった。
「そ、その件は悪かったって……」
笹倉も覚えているのか、クスクスと笑っている。なんかすごい恥ずかしい。
俺のその様子を見て満足したのか、唯奈さんはケラケラと笑うと「マイケルマイケル♪ジョーダンだよ〜♪」と言って俺の肩を叩いた。
「太いポッキー奢ってくれたら許してあげるからさ♪」
「いや、それなりに高いやつじゃねえか」
「ぷっ!さすがあやっちのカレシ!面白いね〜♪」
褒められているのかバカにされているのか、よく分からないが、いいように捉えさせてもらおう。
まあ、太いポッキーくらいなら奢らないこともないけどさ。
「ねえ、唯奈」
笹倉が唯奈さんの肩を叩いて振り向かせる。
耳元で何かを囁くと、唯奈さんは「りょーかい!」と言って、笹倉の手を握った。
「じゃあ、あおっちはそこらで気に入る水着を探しててね〜♪」
あおっち?あ、俺のことか……と思っているうちに、唯奈さんは笹倉の手を引いて、店の奥へと行ってしまった。2人で来たのに、結局一人で探すことになるとは……。
どこか寂しさを感じつつ、手ごろな位置にあった水着に手を伸ばす。
「お、海中デザインか。イルカも描いてあるし、なかなかいいんじゃないか?」
そんな独り言を呟きながら、心の中では全く別のことを考えていた。
笹倉の水着姿、見てぇなぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます