第17話 俺は(男)友達と遊びたい

「画面でのゲームもいいけどさ、たまにはカードゲームみたいなのもやりたいよな」

 千鶴はコントローラーを置くと、ため息混じりにそう呟く。実のところ、俺も同じようなことを思っていたところだった。

「そうだなぁ。テレビ画面を見続けるのって、何気に疲れるからな」

「そうそう、結構目も痛いし」

 俺もコントローラーを置いて立ち上がると、机の引き出しを開けて漁る。あれ、結構奥にあるらしいな。横から悪い顔で覗こうとしてくる千鶴のことは気にしない。見られて悪いものなんて、こんな場所に入れるわけないだろ……とは思うが、口に出すと他の場所を探されそうだから言わないでおく。

 俺は上の方にあるものを持ち上げて、ソレを引っ張り出す。

「UN〇でもやるか」

「いや、二人でやっても楽しくないだろ……」

「そ、そうか?」

 千鶴の純粋なツッコミに首をかしげながらも、せっかく取り出したカード入れを元の位置に戻す。

「トランプとか無いのか?」

「どこに置いてるか忘れたな」

 トランプなんて、もうかなりの間やってない。見つかったところで1枚欠けてたりするし、探すのも面倒だ。そんな俺の気持ちを察したのか、千鶴はとある提案をした。

「じゃあ、アプリでやるか」

 そう言ってスマホを取り出す。

 確かに、それなら楽でいいけど……本当にそれでいいのか?画面の見すぎで目が疲れたからカードゲームをしようってことだったのでは……?

 まあ、彼もトランプがしたくてうずうずしてるみたいだし、ここでそんなことを聞くのは野暮だろう。

 俺は頷くと、机の上に置いていたスマホを手に取り、彼の近くに座る。

「どのアプリにするんだ?」

 俺はメープルストア(アプリを入れるためのアプリ)を開いて、『トランプゲーム』と検索しながら聞く。

 一言にトランプゲームと言っても、種類は沢山ある。シンプルなババ抜きに、反射神経の要求されるスピード、運も必要な7並べもあれば、ちょっぴり大人なポーカーもある。

 こうやって見てみると、アプリの多さに改めて驚かされるな。画面に表示されていく様々なアプリを下から上にスライドしつつ、俺は心の中で関心していた。

「そうだな……これがいいんじゃないか?」

 そう言って千鶴が見せてきた画面には、『大富豪special』というアプリが映っていた。そう言えば、クラスメイトの誰かがやってると言ってたような……。アプリランキングの上位に食い込んだこともある良ゲーなんだとか。

「大富豪か、いいな」

 俺はすぐに了承し、インストールボタンを押した。


 インストール完了とほぼ同時にアプリを開く。名前は適当に決めて、早速部屋を作るというボタンを押す。入室パスワードは特に付けなくていいだう。

 俺が千鶴に、部屋主である俺の名前を伝えると、数秒後、プレイヤーが入室してきた。

『『チヅル』さんが入室しました』という通知が画面左上に出る。

「よし、じゃあルールはどうするんだ?」

 部屋のルール設定は部屋主のみが行える。俺は初期設定になっているルール画面を見ながら彼に問う。

「そうだな……って、このアプリすごいな。ルール設定が36個もある……」

「確かにな。知らないルールばっかりだ……」

「久しぶりだし、初めは初期でいいんじゃないか?」

「そうするか」

 千鶴の提案に頷き、設定完了ボタンを押す。そのままスタートボタンを押すと、俺と千鶴、あとNPCの2人を合わせた4人それぞれにカードが配られた。


 結果は俺の勝利。

 初めの手札がよかったこともあり、順調に手札を減らし、最後に2を2枚出しで勝利した。

 ちなみに千鶴はNPC1人に先に上がられ、もう1人と接戦を繰り広げるも、惜しくも大貧民という結果だ。かなり悔しそうな顔をしている。

「今のは手札が悪かっただけだ!もう1回だ、もう1回!」

 そう言って千鶴は、人差し指を立てた右手をブンブンと振る。

「わかったわかった。でも、ルールはちょっと変えてみないか?」

 ルールを見たところ、12ボンバーだとか、99車だとか、色々と面白そうなものが並んでいる。

「どうせなら全部のルールを有効にしてやってみるか?」

 俺の提案に彼はうーんと唸るも、首を縦に振った。

「よし、決まりだな」

 俺は36個のルールを全て有効にし、ゲームを開始した。



 出だしは上々、手札も悪くない。今度も順調に枚数を減らし、最後にとっておいた2を出して勝利!……と思っていたのだが。

『禁止あがり』

 画面にはそう表示されて俺は大貧民になった。


 次のゲームは、大貧民ということもあり、1番目と2番目に強いカードを交換されるルールになっている。俺はせっかく持っていた2とジョーカーを失い、負けを確信していた……が。

「これでどうだ?」

 千鶴がそう言って出したのは♠の10。

 画面には『10捨て』と表示され、俺と千鶴はなんだそれと言わんばかりにきょとんとする。

「カード捨てればいいのか?」

 千鶴はそう言いながら、最後の1枚を捨てた。

 しかし、画面に表示されたのは『禁止あがり』の文字。千鶴は勝てると喜んでいた分の反動もあり、がくりと肩を落としていた。

 どうやら、このルールにはいくつか、してはいけないあがり方があるらしい。ルールを全く確認しなかった俺たちは、見事それに引っかかり、NPCに勝利を奪われていると。そう思うと、なんだか悔しく感じてくる。

 その後、俺も12ボンバーでの禁止あがりをしたとして、貧民に落とされた。



「そろそろ帰るか」

 千鶴がそう言ったのは、大富豪を初めてから2、3時間が経った頃。俺たちは、新鮮なルール設定に、すっかりとどハマりしてしまっていた。

 だが、もうそろそろ暗くなってくる時間帯だ。彼はスマホを机に置くと、乱れたスカートをパンパンと叩いて整える。

「そう言えば、そろそろ早苗が帰ってくるくらいじゃないか?帰りにその格好で会うのも危険だし、着替えていくか?」

 俺がそう言うと、千鶴は「それもそうだな」と言ってシャツを脱いだ。そこで気付いたのだが、胸にも女性用の下着、付けてるんだな。こいつの女装熱に驚きだ。

 ていうか、女装してるんだし、もう少し見られていることを気にした方がいいと思う。

 目のやりどころに困りつつ、ふと窓の外を眺める。そこからは早苗の家が見えていて、すぐ近くにあるのが早苗の部屋のベランダだ。頑張って飛べば届きそうなくらい近い―――――――って……「おい!」

 俺は思わず窓に駆け寄った。だって、早苗がベランダの縁に乗って、こちらに向かってジャンプしようとしていたから。

 急いで止めさせようとしたが、時すでにおすし。勢いよく腕を振り、膝を伸ばした彼女の体は滑らかな曲線を描きながらこちらへと飛んできて……。

「ちょぉぉぉぉぉぉ!」

 ドサッ……と。

 慌ててドアを開け、何とか受け止めた俺を押し倒す形で部屋にやってきた。

 今のでわかったことがある。

 いつかの早苗による寝込み襲い事件の侵入経路はここだったんだな。そういえば、朝に確認したらここの窓だけ空いてたもんな……。なんだかすっきりしたような、モヤモヤが増えたような……。

「あおくん♪ただい――――――あれ?」

 彼女は俺の顔を見ると満面の笑みを浮かべたが、すぐになにかの気配を感じて顔を上げた。そして固まる。

 彼女が見たのはもちろん女装した千鶴だ。それも、上半身は下着のみ、ちょうどスカートを脱ごうとしているところだった。

 彼がまだブロンドのウィッグを外していなかったことは幸か不幸か。その正体が千鶴だとバレはしないものの、その姿を見て早苗は呟いた。

「な、なんで千鶴くんの妹さんがそんな格好であおくんの部屋にいるの……?」

 そうだ、俺は前のブロンドちゃん姿の千鶴を、千鶴の妹だと思わせることにしていたんだった……。

「あ、これはだな……その……」

「やっぱり浮気してたの……?笹倉さんがいるのに……?」

 早苗は虚ろな目で俺と千鶴を交互に見ると、2、3歩後ずさる。

 俺の部屋とベランダとには少しだけ段差がある。そう気付いた時には彼女の左足は段差の上を踏み、足首が嫌な方向に曲がっていた。

「きゃっ!」

「危な…………い……」

 俺が彼女の腕を掴もうと手を伸ばすも、その手は虚空を掴む。このままでは手すりに頭をぶつけてしまう!そう思ったが――――――――。

 ひとつの影が俺の横を走り抜けた。その影は早苗と手すりの隙間に滑り込むように入り、その頭と背中を支えた。

「大丈夫か?」

 何が起きたのか理解出来ていない早苗はただただ口をパクパクさせている。さすがは千鶴。反射神経もスピードも、俺とは桁違いだ。

 彼は早苗を立たせると、安堵の笑みを浮かべた。

「足、痛いか?」

「ちょっと痛いけど……大丈夫……」

 どこか不思議そうな顔をする早苗。そりゃあ、この展開は誰であっても思考停止するだろうな。俺は早苗が大事に至らなくて良かったとほっとしていた。

 やっぱり早苗を幸せにするのはこの男だ。

 心の中で再確信する。

「小森が無事でよかった……」

 千鶴は、ふぅ……と溜息をつきながらベランダの手すりにもたれる。

 だが、次の瞬間。

 バキッ!という音と共に、彼の姿が消えた。

「ち、千鶴!?」

 俺は慌ててベランダに飛び出た。

 どうやら、もたれた部分の手すりが壊れて、下に落ちたらしい。ベランダの下に比較的柔らかい枝葉の植木があったおかげでケロッとしているが、落ち方が悪ければ、命さえも危うかった。

 それに、落ちた衝撃でウィッグが外れてしまい、見下ろしている早苗が「え……?え……?」という声を漏らしている。


 こうして、千鶴の女装癖が早苗にバレたのであった。


 この後、千鶴は俺が付き添って病院に連れていった。少しの切り傷で済んで本当によかった。

 彼にとってはそれよりも、趣味がバレたことの心の傷の方が大きいらしい。

 まあ、そっち自分でなんとかしてもらうしかないよな。早苗を助けてくれたお礼として、話くらいは聞いてやるとするか……。


 ああ、手すりの修理費、どうしよう……。

 父さんと母さん、出してくれるだろうか。

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