第16話 俺は(男)友達の恋路を邪魔しない

 土日を挟んでやっとテストが終わり、解放された気分になりつつも、数日後にはテスト返しという地獄がやってきた。私はね、それはもう絶望しましたよ。うんうん。


 生気を失った表情でそう語っていた早苗と別れて十数分後、俺は千鶴を呼んで家でゲームをしていた。

 結局、早苗のテストは散々だった。初日に行われた2教科分と副教科は赤点を回避していたものの、ほかは全てアウト。故に、今頃、進路指導の先生から夏休み中の補習についてみっちりと説明されているところだと思う。

 そんな彼女に対して悪いなとは微塵も思っていない俺は、千鶴と並んで座り、コントローラーをカチャカチャしている。

 いつもは俺が彼の家に行く側だったが、今日は、俺が新しいゲームを買ったこともあり、彼を招く側になった。ゲーム機さえあれば行ってもよかったのだが、このゲームの対応機種を彼は持っていない。だから、自然と俺の家に招く形になったのだが……。

 画面に1P(俺)Winと表示される。俺は小さくガッツポーズをすると同時に、ため息をついた。

「なあ、千鶴」

「ん?なに?」

 首を傾げながらこちらを向く彼。ブロンドの髪が揺れる。

「確かに呼んだのは俺だ。だから、来てくれてありがたい。でもな……その格好は無いだろ?」

「何かダメだった?普通だと思うんだけど……」

 彼は立ち上がり、体をひねりったりしながら自身の姿を確認する。黄色いスカートがヒラヒラと揺れる。

 いや、この時点でもうおかしい。俺が呼んだのは(男)友達のはずなんだけどなぁ……。

「なんで女装してくるんだよ」

 俺はストレートにつっこむ。これ以外に言うべきことが思いつかなかったし。

 だが、彼もそう言われることは薄々感じていたらしく、右手を軽く握って、それを自分の頭にコツンと……。

「てへっ♡間違えちゃった♡」

「んなわけあるかい!」

 俺は床に落ちていた輪ゴムを拾い、彼の額に撃ち込む。輪ゴムは見事にクリティカルヒット。

「冗談だって……うぅ……結構痛い……」

 かなり効いたのか、額を押えて涙目でしゃがみこんでしまう。

「自業自得だ。なんで平気で女装してんだよ。そういうのってできるだけ隠すものじゃないのか?」

「いやぁ、それがさ……碧斗にバレてからというものの、見られたい欲みたいなのが芽生えちゃって……」

 若干照れながらそう言う彼。確かに今日の格好なんて超似合ってるし、さっきの『てへっ♡』はちょっとだけグッと来ちゃってたけどさ。その格好で道を歩いてきたってことだろ?なんかすげぇな……。

「それに、前に約束したし……」

「約束?なんの事だ?」

 千鶴と約束なんてした記憶はない。忘れてるだけかもしれないけど。

 彼は「それはな……」と言うと、自分のスカートの裾をぎゅっと握りしめる。そして少しずつ上に……。

「小森の誤解を解いてくれたら『女装してパンツ見せる』って言ったでしょ?」

「それだけはやめろっ!」

 女装男子のパンツなんて見たくない!その一心で俺は、彼を止めるべく飛び込んだ。だが―――――。


「あ、えっと……これは……」

 勢いよく飛びすぎた俺は、それに耐えきれなかった千鶴を押し倒す形で床に倒れ込み、なんだか襲いかかったみたいになってしまった。

 綺麗な顔がすぐ近くにあることで、無意識に鼓動が早くなる。

 相手は男だ、ドキドキするなんてありえないだろ……!

 心の中でそう繰り返し、なんとか落ち着かせようとするも、効果はない。押し倒された千鶴はというと。

「えっと……お、俺も男だからな。お前の気持ちはよくわかる。だから……い、1回だけなら……いいぞ?」

 顔を真っ赤にして、上目遣いでそんなことを言ってくる。いや、待て。完全に勘違いされてないか?

「ち、違うんだ!俺はお前の奇行を止めようとしてだな……押し倒すつもりはなかったんだ!」

「俺……いや、私じゃ不満?」

 一人称が俺から私に変わった彼は、どこからどう見ても完全に美少女。赤く高揚した頬と、聞こえてくる息遣いが俺の心を揺さぶってくる。

「……って、不満しかないわぁ!」

 正気に戻った俺は、慌てて彼から離れる。

 危ない危ない、もう少しでそっちの世界に連れていかれるところだった。俺には笹倉がいるんだ、浮気はダメゼッタイだ。

「ふふふ、キュンってした?」

 ニヤニヤしながらそう聞いてくる千鶴。こいつ、俺で遊んでやがったな……。でも、正直なところ、キュンとしてしまった。

「んぁぁぁぁぁ!俺の馬鹿野郎っ!」

(男)友達にキュンとするなんて、一生の不覚だ。確実に黒歴史になる。その根源である千鶴は大笑いしてるし。

「この格好でからかうの、面白すぎ!癖になりそう……♪」

「癖にするな。こんなこと、続けられたらたまったもんじゃない。これ、絶対誰にも言うなよ?」

「大丈夫大丈夫、誰に言わないし。ていうか、そもそも女装してるのバレるから言えないし。それに、俺の好きな人は小森だけだから、いくら女装してても男は好きにならないぞ?」

「わ、わかってるわ!お前、本当いい性格してるよな……」

 安心したような、ガッカリしたような。なんで俺がフラれたみたいになってるんだよ。

 まあ、とりあえず、パンツを見せつけられなくて済んだのと、千鶴が早苗に対して一途なのが分かっただけでも良しとするか。


 早苗というワードに、俺はふと思い出す。

 そう言えば、早苗が俺のことを好きだって、千鶴にバレたんだったよな。あれから何も言ってこないから、すっかり忘れてたけど。一応確認してみるべきなんだろうか。

 しかし、俺がそれを言葉にするより先に、千鶴が口を開いた。

「俺、気付いてたよ。小森が碧斗のこと好きなこと」

「……そうか」

 ちゃんと隠してきたつもりだったが、ダメだったらしい。俺は少し気まずくなって、鼻の頭をかく。

「碧斗は小森のこと、好きなのか?」

 いつの間にやらベッドに腰掛けている彼は、不安そうな目で俺を見る。その感情を少しでも紛らわせたいのか、抱きしめるように枕を抱えている姿が微笑ましい。

 一瞬考えたが、ここで嘘をつく理由も見当らない。俺は、今の感情を素直に伝えることにした。

「もちろん好きだ」

「っ……!」

 彼の視線が、俺の顔から胸あたりまで落ちた。予想通りの反応だ。

「俺たちはずっと一緒にいたからな。俺以上にあいつを理解しているやつは居ないし、逆もまた然りだ」

「……」

 言葉を続ける度に、少しずつ彼の視線は落ちていく。罪悪感はあるが、気持ちははっきり打ち明けなければ意味が無い。

 彼を、山猫 千鶴を最信の友と見込んでいるからこそ、全てを打ち明けられる。そう信じている。

「初めはなんてことない出会いだったってのに、気がつけばあいつがいない方がおかしくなってる。俺の人生は、あいつ無しじゃ成り立たないんだよ、もう」

 だからこそ、俺は落ちていく彼の視線を受け止めて、強制的に俺のものと交わらせる。真っ直ぐにこの言葉を受け取って欲しいから。

「だからこそ、俺の大好きな幼馴染は、本当に大切に思ってくれているお前に幸せにしてもらって欲しいんだよ」

「……え?」

 少し潤んだ瞳の中で瞳孔が揺れる。

「何驚いてるんだよ。俺の早苗への好きはLOVEじゃなくてLIKEだぞ?なにせ、俺は笹倉LOVEだからな」

 かっこいいことを言うつもりが、言い終わってから恥ずかしくなってきた。俺が恥ずかしさを表情に出さないように堪えていると、千鶴が我慢の限界だと言わんばかりに吹き出した。

「ぶっ!あははほ!さ、さすが碧斗!一途でかっこい……ぷっ!あははは!」

「そんなに笑うなよ……」

 笑われるとさすがに我慢できない。自分でも顔が熱くなるのがわかった。穴があったら入りたいって、こういうことを言うんだな……。

 でも、おかげで吹っ切れた。これなら伝えるべきことは全部伝えられそうだ。俺は彼の頬に添えていた手を、今度は肩に置く。

「早苗のことが本気で好きなら、俺よりもあいつを分かってあげられる存在になれ」

 全部受けいれてやれとは言わない。分かっているだけでいい。それだけでも人ってのは救われるものだから。自分が彼女の気持ちに応えてあげられない分、彼女と、彼女に真っ直ぐな千鶴のために努力してやろう。そう思うからこそ、俺は(男)友達の恋路を邪魔しない。むしろサポートする。

 俺の言葉に、千鶴は純粋に表情を綻ばせた。

 ブロンドの髪がさらりと揺れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る