第15話 俺は(偽)彼女さんのお願いを叶えたい

 テスト一日目を乗り切り、終わったぁ!と言う達成感と、明日もまたあるんだよな……という鬱さが混ざり合う時間帯、放課後。

俺は笹倉に襟首を掴まれて連行されていた。理由は俺にもわからない。もしかして、今日に限って遅刻してきたことを怒ってるんだろうか。

 俺はベッドに入った後、いくらか覚えたはずなのに思い出せない箇所があることに気付き、教科書を再確認することにしたのだ。1度始めるとなかなか終わり所がわからず、結局寝たのは2時を過ぎてからだった。

 そのせいか、早苗がインターホンを押してくれたり、電話をしてくれたにも関わらず、俺は寝坊した。テストまでにはギリギリ間に合ったが、登校時間としては大遅刻だ。

 おかげで俺は先生には怒られ、テストは思ったよりも手応えが感じられず、気分が急降下しているところだった。

 そして今は、空き教室に引きずり込まれ、椅子に座らせられ、彼女に見下ろされている状態だ。

「碧斗くん、私からのメッセージを未読無視するなんて、いい度胸ね」

 腕を組み、威圧的な声色で言う。

 メッセージ?あ、そう言えばベッドに入った後に来てたような……。寝坊して焦ってたから確認するの忘れてた。

 俺はポケットからスマホを取りだし、RINEを開く。笹倉とのメッセージ欄に『明日の朝、二人きりで話したいことがあるから空き教室に来て』というメッセージが届いていた。

「ごめん、全く気づかなかった……」

 俺が素直に頭を下げると、笹倉はひとつため息をついて「急ぎの用事じゃなかったから良かったものの……」と呟いた。

「そんなに大事な話だったのか?」

 俺が聞くと、彼女は首を横に振る。

「いいえ、話すだけなら放課後でも良かったのよ。私が怒ってるのは寝坊して来なかった上に、そもそもメッセージすら見ていなかったということよ」

「ほ、本当に悪かったって……」

「……まあいいわ。私も頼み事をするのだから、怒っていても仕方が無いもの」

「頼み事?」

 俺が聞き返すと、笹倉は小さく頷いた。頼み事って、一体どんなのだろう。彼女の様子からすると、それなりのものだとは思うけど。

「私達、偽の恋人を演じているでしょ?もう1ヶ月かしら」

「ああ、そうだな」

 そうか、もう1ヶ月になるのか。そんなに経ったのかと思うと、少し驚きだ。

「どこから漏れたのか分からないのだけれど、私の両親が知ってしまったらしいのよ。私に彼氏が出来たって」

「ほう、嘘をつく対象が増えてしまったと……」

「ええ、それでふたりは今、出張でベトナムに居るのだけれど、どんな彼氏なのかを見たいと言い出してしまって……」

「それで、俺は何をすればいいんだ?」

「それは……」

 まさか、ベトナムに行ってくれだなんて言わないよな?それだったらさすがに断るけど……。

 笹倉は俺の顔色を伺うようにチラチラと上目遣いでこちらを見ると、自分に何かを納得させるように頷いた。

「夏休みの間に、私と一緒に海に行って写真を撮って欲しいの」

 良かった、ベトナムじゃなかった。

 でも、海って言うとナイスバディなお姉さんとイケメンボーイ達がキャッキャ言いながら水をかけあったり、ビーチバレーをしたりしているというあの海だよな?

 それを目の当たりにすると、海賊王におらはなるべ!という有名なセリフを叫びたくなると言われているあの海だよな!

 そこに行こうと誘ってくれている……まあ、彼女の両親を騙すために行くのだが、それでも俺は大いに満足だ。なぜなら、海に行くということは、彼女の水着姿が見れるということ。想像しただけで鼻血が……出はしないけど、ウキウキしてしまう。

「ぜひ行こう」

 俺は笹倉の手を取り、その頼みを承諾した。

「あ、ありがとう。碧斗くん、なかなかに乗り気なのね。そんなに海が好きなのかしら」

 目的は海じゃなくて水着なんけどな。そんなことはっきりと言えるわけがないから、そういうことにしておこう。

「ちなみになんだが、それはふたりだけで行くのか?」

 俺は1番の疑問を投げかけた。夏休みに行くのだから、せっかくなら遠出して泊まりたい。だが、ふたりで同じ部屋に……というのは問題がある気がする。それなら、2部屋予約する代わりに、あと2人くらい連れていった方がいいんじゃないだろうか。

「そ、そんなわけないでしょう?もちろん他にも人を誘うわよ!」

 慌てたようにそう言った彼女の顔が、ほんのりと赤くなっている気がする。気のせいかもしれないけど。

「そうだよな!それなら早苗も連れて行ってやりたいし、誘ってもいいか?」

「こ、小森さんを……?」

「やっぱりダメか……?」

 せっかくの海なんだし、早苗にも夏休みの思い出を作ってやりたい。そんな気持ちから出た言葉だったが、笹倉がダメと言うなら諦めるしかないが……。

「……わかったわよ。あなたのことも考えて、女子2人男子2人くらいにしておきましょう。あと1人も勝手に決めてもらって結構よ」

 諦めかけていた俺に、笹倉は渋々という感じで言った。彼女の心が広くて良かった。

「そうか、助かる。じゃあ、予定はテストが終わってから決めるとするか。じゃあ、明日のテストも頑張ろうな!」

 俺の中では誘うもうひとりは既に決まっている。せっかく早苗を連れていくんだ。距離を縮めてもらうには絶好の機会じゃないか。

 俺は笹倉に「また明日な」と言って空き教室を出ると、すぐに『もうひとり』のいる教室へと向かった。



「という訳だ。もちろん来るよな?」

 俺は『もうひとり』である千鶴に海に行く話をした。早苗が来るんだ、来ない理由はないだろう。そんな俺の予想通り、彼はこの話に食いついてきた。

「もちろん行くに決まってる!小森と海かぁ……ふへへ……」

「よからぬ事を考えてるなら、幼馴染の安全を考えてお前は置いていくけど……どうする?」

「何も考えておりません!ええ、もちろんですとも!ぜひ行かせて頂きます!」

 気持ち悪い笑い方をする彼にカマをかけてやると、あっさりと土下座した。早苗のことをそこまで好きだと思っているのは幼馴染として嬉しいが、お前はそれでいいのか……。よからぬ事を考えてたってのがバレバレだし、プライドってもんは無いのか……。

「あおくん、やっと見つけた!」

 そんな彼を若干引いた目で見ていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、教室のドアのところに汗だくになっている早苗が立っていた。いや、一体何があったんだ?

 ちなみにだが、テスト期間中からは、それまで冬服だった俺たちの服装は夏服に変わっている。去年よりも移行の時期が少し遅かった気もするが、今年の春は冬の名残か、結構寒かったからな。それを考慮した結果だろう。

 そして、今の早苗は夏服というわけで半袖だ。さて、ここで問題だ。


 Q,彼女は今、尋常じゃない量の汗をかいている。その汗の染み込んだ制服はどうなるでしょう?


 ん?女の子のいい匂いがするようになる?……間違いではないが、正直、早苗は一年中いい匂いだから不正解だな。こんなことを言うと俺が気持ち悪いやつみたいになるけど……。

 まあ、大半の人が想像出来ているはずだ。正解は、


 A,制服が透ける


 もちろんこれだ。まるでプールにでも入ってきたかのように頬を伝う水滴。さすがにこれは直視できないな。

 俺は反射的に視線を背けていた。千鶴もまた然り。千鶴って、軽そうに見えてこういうところもしっかりしてるんだよな。いくら相手が好きな人とは言え、女子の透けた下着を見るのは紳士じゃない。まあ、俺も彼と同じ部類なのかもしれないけど。

「なんでぷいってするの?あおくん酷いよぉ!」

 どうやら早苗本人は気付いていないらしい。透けた下着を存分に晒し、俺に歩み寄ってくる。

「いや、そうじゃなくてな……」

 果たして、これは注意していいものか。『お前、制服透けてるぞ』だなんて軽く言える訳でもない。言い方によっては彼女の心に多大なダメージを与えることになるかもしれない。

 俺は千鶴に目配せをして頷き合う。恐らく彼も俺と同じ考えのはずだ。俺達は今から、さり気なく察してもらおう作戦を実行する。

「それにしても、暑いよな〜」

 俺はそう言いながら、第二ボタンを開けて手をパタパタとする。正直、そこまで暑くない。でも、これで彼女が胸元の透け具合に気付いてくれれば……。

「暑くないと思うけど……あおくん、お熱?」

 失敗したらしい。彼女は心配そうな顔でさらに近付いてくる。これ以上近付かれたら、せっかく意識しないようにしているそれに目がいってしまうじゃないか。俺は彼女の進行を止めるべく、慌てて言葉を絞り出した。

「お、お前だってそんなに汗だくになってるだろ?お前こそ熱があるんじゃないのか?」

 だが、彼女は首を傾げ、自らの体を確認すると、

「これ、汗じゃないよ?あおくんをさがしてるときに、花に水やりをやってるおばちゃんがいたの!私がついホースに躓いちゃって……」

 そう照れたように言った。躓いたせいで水が自分にかかってしまったのか。彼女らしいドジだ。

 ……って、今、自分の制服が透けてるの、確認したよな?もしかして気にしてないのか?

「なあ、早苗」

 俺は恐る恐る聞いてみることにした。

「制服、透けてるけど……」

「分かってるよ?でも、未来の旦那さんであるあおくんになら見せてもいいかなって♪どうせいつか、この下も……ね?」

「なんだ、この下って……絶対にJKが言っちゃいけないタイプのやつだろ!ていうか、誰がお前の旦那さんだ!」

 俺は彼女に認識を改めさせるつもりで、強めにデコピンをお見舞いしてやる。痛がる早苗、やった側の俺の指もちょっと痛い。

「そもそも、千鶴もいるんだぞ?いいのか?」

「……へ?」

 早苗の表情が一気に変わった。赤らめていた頬も一瞬で青ざめる。もしかしてこいつ……。

「ち、ち、ちちちち千鶴くん居たの!?」

 俺の斜め後ろに立つ彼を指差して、驚いた顔をする。そして胸の辺りを隠しつつ、猛ダッシュで教室を飛び出していった。

 やっぱりか……。早苗のやつ、そもそも千鶴の存在に気付いてなかったのかよ。こいつって、やっぱり抜けてるんだよな。

 早苗が居なくなって静かになった教室で、千鶴は唖然とした表情で立ち尽くしていた。

「俺って……そんなに存在感ないのか……?」

 好きな人に存在を認識されなかったことへのショックが、彼の心を抉っている。ついには1、2滴の涙を零す。

 俺はそんな彼の背中を擦りながら、「あいつはバカだから……」という慰めの言葉をかけることしか出来なかった。


 ていうか、早苗が俺のこと好きって、普通にバレたよな……?

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