第13話 幼馴染ちゃんのお母さんは(偽)彼女さんを邪魔したい

 ついに明日から期末テストだ。これを無事に乗り切れば、楽しい夏休みが待っている!なんて浮かれている奴らもいたが、赤点をとったりなんてしたら、しばらくは補習漬け。赤点の個数によっては、夏休み中も延々と学校に通い続けることになるかもしれない。いつも平均点は取れている俺は心配には及ばないし、笹倉だって、「大事なのは赤点を取らない事じゃなくて、平均点を下回らないことよ」と言っていたくらいだ。心配なのは他の誰でもない、早苗だ。

 彼女は前日になってようやく焦りだしたらしく、今日は真っ先に家に帰って勉強している。メッセージでいくらか分からないという問題が送られてきていたから、その答えと解説を送ってやった。結構スラスラと解けたし、この調子なら俺の方は大丈夫そうだ。今日の勉強は明日の教科の最終確認程度で行けるだろう。

 それにしても、早苗も分からないところがあるなら隣なんだし呼べば……と思ったが、早苗母がいるから俺的には無理か。あんなこと言われたばかりだもんな。早苗のハジメテを……って。思い出しただけで顔が熱くなってくる。仕方ない、メッセージで援護してやるとするか。

『大丈夫そうか?分からないところが見つかったらすぐに聞いてくれよ?』

 彼女の夏休みが悲しみにくれたりなんてしたら、俺まで責任を感じてしまうだろうからな。これは自分のためでもある。返信はすぐに返ってきた。

『もうダメかもしれない……あおくん、こっちに来て教えてよぉ!』

 俺はメッセージを見てため息をつくと、『悪い、それは無理だ』と送った。するとすぐに、柴犬が怒っている風のスタンプが返ってくる。なぜ俺が怒られてるんだ?俺からすれば、前もって勉強しておかなかった早苗の自己責任だと思うんだが……。

まあ、そんなことを言っても後の祭り、彼女が助かるにはもう、誰かが手を差し伸べるしかない。

「そうだ、あいつに頼もう」

 絶対とまでは言わないが、出来ればしばらくは早苗母と顔を合わせたくない。あのことを思い出してしまうからな。俺は別の人物とのメッセージ画面を開き、通話ボタンを押した。スマホを耳に当てると、プルルルル♪という音が聞こえてくる。そう待たずに、スマホから声が聞こえてくる。

『何かしら?』

 通話の相手は笹倉だ。

「笹倉、早苗に勉強を教えてやってくれないか?得意だろ?」

 俺がそう言うと、彼女は大袈裟にため息をつく。

『テスト前日よ?私も最後の仕上げがしたいのだけれど?』

「それはわかってる。でも、お前にしか頼めないんだ」

『小森さん相手なら、碧斗くんが教えればいいじゃない』

「そ、それは……できない事情があってだな……」

 さすがに内容までは話せない。だが、それが逆に彼女の不満に繋がったらしく……。

『面倒だから断らせてもらうわ、自力でなんとかしてちょうだい』

「そ、そんな……なんでもするから頼む!」

 見えてもいないのに、俺は彼女に対して頭を下げていた。彼女は『ふーん……』と少しの間考えると、『なんでもって言ったわよね?』と、からかうような口調で言った。

「え、あ、それは……善処します……」

 つい熱がこもって、勢いで言ってしまった。俺が焦っていると、スマホの向こうから笑い声が聞こえてきた。

『冗談よ。今から行ってあげるから、小森さんに伝えておいて』

 彼女はそう言って電話を切った。正直ダメ元でのお願いだったが、彼女の優しさには感謝しないとだな。これで早苗の夏休みは、一応守られそうだ。

 俺は自分のことのように、胸をなで下ろしていた。




「ここが小森さんの家ね」

 私は表札を確認しながら呟いた。碧斗くんと小森さんさんが隣同士だとは知っていたけれど、彼女の家が彼の家の右隣だということは初めて知ったわね。それにしても、家が隣で幼馴染だなんてアニメみたいな展開。少し前に見たアニメがそんな設定だったなと思いつつ、私はインターホンを押した。少し待っていると、女の人の返事が聞こえてくる。

 玄関のドアが開くと、小森さんによく似た女の人が出てきた。彼女のお母さんかしら。

「あら、もしかして早苗のお友達?」

 お友達という言葉には少し引っかかったけれど、一応首を縦に振る。

「はい、一緒に勉強しようと思ったので……」

「ふふふ、わざわざありがとうね。ささ、上がって上がって!」

 彼女手招きされて、私は玄関に入る。誰かの家に来るのは久しぶりだからか、少し緊張する。

 靴を脱ごうと体勢を低くすると、小森母にやたらと見られていることに気がついた。

「えっと……何か?」

「うふふ、美人さんが来ちゃったから見蕩れちゃってたのよ〜、ごめんなさいね?」

「いえ、構いませんよ」

 褒められて悪い気はしない。けれど、彼女のよそよそしさが違和感でしかなかった。彼女に向けていた視線をずらすと、靴箱の上に写真立てが置いてあるのが見えた。

「これは……」

 そこには幼少の碧斗くん、それと彼と手を繋いでいる幼い女の子が写っている。

「あなた、笹倉さんでしょ?」

 突然名前を呼ばれて、反射的に背筋が伸びる。

「碧斗くんと付き合ってるのよね。確かに、早苗から聞いていた通りの美人さんだわ」

 小森さん、学校のことをよく親に話すタイプなのね。好きな人に彼女が出来た、なんてことまで話すくらいに。

 小森母は私を足元から頭にかけて、観察するような目で見ると、小さく頷いた。

「その写真、小さい頃の早苗と碧斗くんよ。早苗がまだ彼を信頼できていなかった頃に撮ったものなの」

「そうなんですか……」

 よく見てみると、小森さんと碧斗くんとの間に少しだけ距離がある。それに表情は暗い。彼と一緒にいるというのにだ。今の彼女からは想像できない姿だ。

「私は早苗には碧斗くんと結婚してもらいたいと思ってるの」

 小森母はそう言うと、私にグイッと詰め寄ってきた。

「でも、あなたという障害がある限り、それは無理そうね。碧斗くんも一途みたいだし……」

 碧斗くんが一途……。いいえ、私と彼は偽の恋人。私は彼を偽彼氏として利用し、彼もまた、ホモ疑惑を晴らすために私を利用した。ただそれだけの関係よ。彼女は「でも……」と続ける。

「幼い頃から一緒にいる二人は、今に至るまでに強い信頼関係を作ってきているの。出会って間もないあなたとよりも、ずっと強いものをね」

「……何が言いたいんですか?」

 私は少し、強めの口調で言った。だって、お前はあいつに負けている。そう言われているみたいに感じたから。小森母は一度深呼吸をすると、真っ直ぐに私を見る。

「母親として、あの子には好きな人と幸せになってもらいたいの。だから、そのためには私もあなたを邪魔しようと思うわ」

「そう、ですか……」

 何が言いたいのか、イマイチ分からないけれど、要するに娘に幸せになってもらいたいから、邪魔者である私を排除する手助けを母もしますよってことよね。碧斗くんが言っていた『できない事情』って言うのは、小森母の事なんじゃないかしら。私にはそんな気がしてならなかった。

 しかし、彼女は私から離れると、すぐに笑顔に戻る。

「でも、早苗と一緒に勉強してくれるなら、それは喜んで受け入れるわよ♪あの子、成績が心配だもの……」

 そう言って、私を小森さんの部屋まで案内してくれた。親っていうのは、子の色々なことを心配しないといけない大変な役割なのね……。小森母が過保護すぎるだけなのかもしれないけれど。

 私を部屋まで案内すると、小森母はごゆっくりと言って階段を降りていった。

「小森さん、笹倉よ。入っていいかしら」

 ドアの向こうに向かって声をかけると、すぐに返事が返ってきた。

「うん、入っていいよ」

 それを聞いた私は、一度深呼吸をしてからドアノブをひねった。

「失礼するわね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る