第12話 幼馴染ちゃんは俺のテスト勉強を邪魔したい

 みんなはテスト勉強は好きだろうか。俺は嫌いだ。必要なことと言えども、やっぱり面倒だと感じてしまうからな。それは俺の向かい側にいる彼女も同じらしく……。

「あーもぉ!わかんないよぉ……」

 ペンを放り投げて仰向けに床に倒れる早苗。期末テスト一週間前になったこともあり、俺が勉強をすると言うと自分も一緒にしたいと言ってきたのだ。勉強嫌いの彼女にしては……と関心したのも束の間、思った通り開始30分も持たずに不満を漏らした。

「勉強するって言ったのはお前だろ?」

「そーだけどぉ……やっぱりめんどくさいって言うか……」

 口を尖らせながら文句を言う早苗。

「じゃあ、あおくんのお嫁さんにしてよ♪そしたら勉強なんていらないでしょ?」

「そんな理由での嫁入りは受け入れないからな?」

「ちゃんと気持ちはあるもん!あおくんだいすき!えへへ♪」

「ちょ、離れろって!ほら、ペン握って問題と向き合え!」

 じゃれついてくる彼女を引き剥がし、先程飛んできたペンを再度握らせる。

「ぶーぶー、勉強嫌いだもん!」

「俺は勉強をしないお前は嫌いだぞ?」

 少しからかうつもりでそう言ってやると、早苗は絶望したような表情で机に頭をぶつけた。いや、結構痛そうな音したぞ……。

「私はもう生きる希望を失った……」

「嫌われないために勉強するっていう選択肢はないのかよ」

「ない!」ドヤッ

「ドヤるな」

 なんか、こいつのドヤ顔腹立つな。

「私の青春は、あおくんへの恋心に全振りしたから」

「自分の将来へも振ってやれよ。そのままじゃお先真っ暗だぞ?」

「大丈夫!あおくんという光がある限り、私は迷わない!」

「その時点で人生血迷ってんだよな……。そもそも俺は笹倉が好きなんだから」

「じゃあどうして今日、笹倉さんの誘いを断ったんですか〜?」

 早苗がニヤニヤしながら聞いてくる。そう、俺は今日、笹倉からも勉強しようと誘われていたのだ。だが、それよりも先に早苗の方から頼まれていたこともあり、断ってしまった。

一応3人でどうかと聞いたのだが、彼女も俺か早苗の家に来ることには抵抗があったらしく、それなら1人ですると言われてしまった訳だ。3人でやった方が効率は上がると思うんだけどな……。

「それは早苗が先に誘ってきたから……」

「でも、私とあおくんの仲だよ?私の方をやめるってことも出来たはずだもんね?それなのに彼女より幼馴染を取ったってことは……」

 早苗は「ふっふっふ……」と怪しく笑う。人差し指を唇に触れさせる仕草が妙に色っぽい。

「私にもまだチャンスがあるってことだよね?」

 ね?と言いながら詰め寄ってくる彼女。確かに可能性がゼロというわけでもないため、俺は首を横には振れなかった。その気持ちを知ってか知らずか、彼女は満足そうに頷くと、元の位置に座り直す。

「勉強勉強〜♪」

 鼻歌を歌いながら、ページをめくる。ようやくやる気を出してくれたらしい。

「あ、ここ分からないんだけど……」

 早苗はそう言って教科書を指差す。

「ん?どこが―――――――って」

 俺はそのページを見て言葉を止める。どうやら、彼女にはまだ説教がいるらしいな。

「そんな所、教えられるか!」

 俺はその教科書を強制的に閉じる。だって、彼女が開いていたのは保健体育の教科書、しかも性行為のページだ。健全な男子高校生が真面目に教えられるような範囲じゃない。そもそも、ここは次のテスト範囲でもないしな。どうやら、彼女が出したのはやる気ではなく、ヤる気だったらしい。詳しくは言わないが。


 まあ、こんな感じでことある事に早苗がじゃれついてきたため、俺もろとも全く勉強がはかどらなかった。こんなことなら笹倉と勉強すれば良かったと、今更後悔している。期末テスト、心配になってきたぞ……。




 翌日の放課後。

 俺は図書室で笹倉と一緒に1時間勉強した。早苗には文句を言われたが先に帰ってもらった。早苗との勉強は、昨日とは違い、手間取っていた数学の宿題も片付き、テスト勉強もかなりはかどった。さすがは成績がトップレベルの笹倉だ。教え方もすごく分かりやすい。とても有意義な時間だったな。


 その帰り道、俺は笹倉を駅まで送ることにした。ほとんど俺のために付き合ってくれていたようなものだったし、お礼としては足りないだろうが、彼氏としての役目を果たそうとした結果だ。

 特に話すこともなかったため、適当に昨日の早苗の話をした。

「最近の小森さん、積極的になったわよね」

「そうだな、今までなら笹倉にだって突っかかることは無かっただろうし」

 俺がそう言うと、彼女は「そうね」とだけ返した。

「でも、所詮は幼馴染キャラよね。恋人キャラである私には勝てないわよ」

「なんだよそれ、アニメじゃ定番だけどさ」

 アニメだと、やっぱり幼馴染よりも偽恋人キャラが勝ったり、際立っていたりすることが多い。そういうことを言っているんだろうか。

「私、こう見えて負けず嫌いなのよ?」

 笹倉はただただ、進行方向を見つめながら言った。俺はその一言に何か意味があるような気がして、首を傾げる。

「……だから、負けたくないのよ。例え偽恋人関係だとしても、小森さんには負けない」

 俺にはその言葉が妙に重く感じた。もしかして笹倉って……。

「まあ、それは相手があなたでなくても同じなわけだけれど。だから、勘違いするのだけはやめてちょうだいね」

「あ、ああ、わかってる」

 そうだよな……。笹倉が俺のことを好きなんじゃ?なんて思ったが、そんなわけないよな。偶然捕まえた俺を偽彼氏に選んだだけ。そう、この状況は偶然から来たものなんだ。そこに期待なんて抱いてはいけない。俺は自分に喝を入れて、落ち込んだ心を立て直す。

 だが、笹倉は一瞬だけ俺の方を見ると、どこか控えめな声で。

「でも、今に至った以上は偽彼氏はあなた以外には務まらないのだから……」

 そう言って左手を差し出した。

「これからも、よろしく頼むわね。ダーリン」

 どこか照れるように、それでも真っ直ぐに、俺を見つめる彼女。その気持ちに応えるように俺は差し出された手を握り返した。

「ああ、もちろんだ。末永く、な。ハニー」

 まさか、この前のダーリン呼びが復活すると思っていなかった俺は、心の中で動揺しつつも、同じノリを返す。それくらい出来なきゃ、彼女と学校中の生徒を騙す嘘を突き通すなんてこと、できるはずがない。俺は改めてその意志を心に刻んだ。


 ちなみに、通りかかった主婦であろう女性に、ダーリン&ハニー呼びを聞かれ、互いに赤面したということをここに記しておこうと思う。今までの人生で1番恥ずかしかった瞬間だった。


 その日の夜、俺はベッドに寝転びながら考えていた。笹倉と偽恋人になったあの日のことだ。俺は走ってきた彼女とぶつかり、追ってくる親衛隊を鎮めるために今の関係になった。俺が選ばれたことに関しては、あの状況だったのだからと説明できる。でも、違和感があるのだ。

 親衛隊に入るまでに笹倉という人間を信仰している彼らが、彼女の『彼氏なんて居ない』という言葉を信用しないなんてことがあるんだろうか。確たる証拠があるならまだしも、そんな話は聞いていない。つまり、どうしても信じられない理由があった、もしくは笹倉自身がこうなることを望んでいた……?

 考えれば考えるほど分からなくなってくる。

「テスト勉強で疲れてるのかもな」

 自分に言い聞かせるように呟いて、俺は目を閉じた。偽恋人関係という不安定な状況は、深くまで踏み込んでしまえばあっさりと壊れてしまうだろう。この関係で満足なわけじゃない。今は現状維持をするために、何もわからないふりをしよう。きっと、知るべき時が来たら分かるはずだ。

 どこかのゲームのセリフに似た言葉を思い浮かべつつ、俺は一日の疲労に誘われて、眠りに落ちていった。

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