第10話 幼馴染ちゃんは今より少しだけ背伸びしたい

「昨日はありがとう」

 笹倉がそう言って頭を下げた。昨日というと冥土喫茶のことだよな。もう十二分にお礼は受けとったし、それでもお礼をしてくれるなんて、律儀な奴だ……と、普通なら思うんだろうけど、俺はそれ以外の考えが浮かんでいた。なぜなら、俺の横には早苗がいるから。

「ああ、どういたしまして」

 早苗は今、猛烈に嫉妬している。頬を膨らませ、肩をわなわなと震わせて笹倉を睨んでいる。故に、俺がこれ以上刺激するようなことを口にすれば、彼女は大爆発。俺もろとも、良くない方向へ転がるのは目に見えている。だからこそ、俺は素っ気なく返事をした。だというのに……。

「あーあ、本当に良かったわね〜。スイーツも美味しかったものね。幽霊アイスなんて名前だったから変だとは思ったけれど、口入れた瞬間に溶けてなくなるそれは、まさに幽霊だったわね」

 こいつ、すごい饒舌だな。確かにあれは美味しかったが、まさに同じ感想を思い浮かべてはいたが、何も早苗の前で自慢気に語らなくても……。

「そ、そんなこと……ジュル……言われへも……ジュル……うらやまひくなんへ……ないれふから!ジュル」

 早苗、ヨダレ垂らしながら言われても説得力皆無だ……。すごい羨ましがってるじゃねぇか。むしろ羨ましさ純度100%じゃねぇか。早苗は文字通り唾を飲み込むと、ゴホッゴホッと咳払いをして、汗をぬぐい、俺に向かって言った。いや、こいつ忙しなさすぎる……!

「あおくん!私もデートしたい!」

 キラキラと輝く瞳。これは完全に期待してるな。だが、笹倉の手前、そう簡単には進まない。

「小森さん、彼女の前で彼氏をデートに誘うなんて、いい度胸ね」

「す、好きなんだから仕方ないもん!」

「つまり、私の彼氏を奪おうとしてるってことよね?それでいいのよね?」

 あれ……笹倉さんがなんだか怖い顔をしているような……。

「好きだから、奪うもん!」

 早苗もかなり頑張ったらしい。震えながらもそう言いきった。笹倉はそんな彼女の姿を少しの間見つめると、ふぅーとため息をついた。

「あなたの気持ちの強さに免じて、一日だけ貸してあげるわ。ただし、友達以上のことはしないこと。いいわね?」

「貸すって、俺はものじゃないんだから……」

「お借りさせていただきます!」

「お前も乗り気だな!?」

「傷をつけた場合や、修理不可能な状態になった場合は問答無用でそちら側の全額弁償となりますので、ご注意ください」

「はーい!キズものにはしませーん♪」

「お前ら、本当は仲良いだろ……」

 ていうか、キズものって意味違うくないか?

「碧斗くん、浮気したら……分かってるわよね?」

 笹倉が俺の肩を掴みながら言う。その笑顔がどことなく恐ろしく感じて、俺はぎこちなく首を縦に振った。



 というわけで、駅前のカフェに来た。冥土喫茶はここからは少し遠い。早苗はメイドにも冥土にも興味が無いと言うし、放課後ということもあって、学校最寄りの駅前のカフェに決めたのだ。

 最近できたばかりと聞いたが、レトロな雰囲気とモダンな雰囲気が相まって、この空間だけが日本じゃないみたいだ。まあ、レトロもモダンも、意味知らないんだけど。


「ご注文は?」

 色っぽい女性店員さんが注文を聞きに来てくれた。俺と早苗はメニューを覗き込んで唸る。今は少し遅いが、スイーツタイムだろうか。

「じゃあ、俺はチョコクリームのマフィンとカフェオレを」

「わ、私はアップルパイと……ぶ、ブラックのコーヒーを!」

「かしこまりました、少々お待ちください」

 店員さんが頭を下げて帰っていく。俺は正直、早苗の注文に驚いていた。

「お前、ブラックなんて飲めたのか?去年、飲めなかった記憶があるんだが……」

「の、飲めるもん!私、もう大人だし……」

 そう言いつつ、視線を背ける彼女。まあ、もしかしたら舌が大人になってるかもしれないしな。無理だと決めつけるのも良くないか。


 数分後、運ばれてきたコーヒーを震える手で口に運んだ彼女の反応は、俺の想像と全く同じだった。

「に、にがい……うぅ……」

「やっぱりな……。ほら、カフェオレと交換してやるから、泣くなって」

 俺は涙目になっている彼女の頭を撫でてやる。彼女も彼女なりに背伸びしたい時期なんだろう。いつまでも甘えてばかりじゃダメだと、自分で気付いてくれたんだろうな。少し微笑ましく思えてくる。

「カフェオレ、おいしい……!」

「だろ?お前はそれでいいんだよ」

「うん!えへへ♪」

 そうやってころころと笑う彼女を眺めながら、俺はコーヒーの入ったカップを口に運ぶ。

…………にがっ。



 一方その頃、笹倉は。

「碧斗くんがカップを入れ替えて……そしてそれを飲んだ……録画完了ね」

 碧斗達から少し離れた席に座り、スマホの録画停止ボタンを押して、ポケットにしまう。

「彼女がいながら、他の女の子と間接キス。しかも、私とした翌日に……ね」

 ストーカーじみた行為だということは承知の上。それでも、自分にとって偽彼氏である彼を失うということは、少なからず不利益で……あれ?

 そこでふと首を傾げる。

 彼を失うことは不利益。それは間違いない。でも、その理由が偽彼氏というのは、どうも自分の中で納得出来ていなかった。かといって、その理由がわかる訳でも無い。自分がどうしてここまで彼に執着しているのか、それすらも分からない。

 ただ一心に、彼を奪われたくない。そう思っていることだけは確かだった。

「まあ、なんでもいいわ。明日にでもこれを証拠に尋問しましょうか」

 そう独り言を呟いて、ちょうどいい温度になったブラックコーヒーに、角砂糖を4つ放り込んでから口元に運んだ。

「…………あまっ」

 さすがに入れすぎたらしい。



「ねえ、あおくん」

 カフェからの帰り道、もう少しで家に着くというところで、早苗が俺の顔を覗き込んでくる。

「なんだ?」

 俺がちらりと彼女と視線を合わせると、体勢を戻し、呟くように言った。

「今日、久しぶりに一緒に夜更かししない?」

「明日は火曜だぞ?金曜か土曜なら次の日が休みだからいいが……」

「今日がいいの、どうしてもだめ?」

「わがままな奴だな……」

 そう言いつつも、俺は幼馴染に甘いらしい。

「分かった、でも日が変わる頃には寝るからな」

「はぁーい♪朝まで一緒にゲームしよっか♪」

「話聞けよ」

 朝までゲームなんてしたら、明日の授業は爆睡確定だ。テストも近いんだし、それだけは許されない。まあ、言うことを聞かなければ無理矢理にでもシャットダウンさせるか、ゲームも意識も。

「ふふふ♪」

 やけに上機嫌な彼女を横目に、俺は心の中でそう呟いていた。



「碧斗くん、こんな娘とずっと仲良くしてくれてありがとうね?どう?学校は楽しい?」

「はい、早苗も同じクラスですし、毎日楽しいですよ」

「それはよかった♪じゃあ、ごゆっくり〜♪」

 お茶を運んできてくれた早苗のお母さんが部屋から出ていくと、早苗はふぅーとため息をついた。

「お母さん、ずっと過保護だから……そんなに心配なのかな?」

「まあ、早苗みたいなのが娘だと、心配もするかもな」

「なにそれ!あおくん、ひどーい!」

「悪い悪い、ちょっとからかっただけだ。お前がいて楽しいのは本心だから」

「そ、そう?ありがとう……えへへ♪」

 彼女はそうやって照れたように笑うと、ずっと立ち上がって、机の引き出しからとあるものを取り出した。四角くて薄い何かだ。

「今日はこのゲームをクリアしよっか!」

「そ、それは……」

 俺はそれに見覚えがあった。あの箱の中にはゲームのカセットが入っている。タイトルは『高校性日記』、右下にはR18と記されている。つまり、かなりえっちなゲームということだ。

「待て、それをどこから持ち出した」

 確か、あれは少し前に俺のベッドの下から消えたものだ。ちょうど早苗が俺の家に泊まった日辺りだったはず。まさか、こいつが持ち出していたとは……。

「そんなのをプレイできるわけないだろ!そもそも、お前のお母さんが入ってきたらどうするんだよ!」

「それは大丈夫だもん!音はなるべく小さくするし……」

 そう言いながらドアの方へと歩いていく。そして鍵のつまみに手をかけると、カチャリと音を立てて鍵が閉められた。

「入ってこれないようにするから……ね?」

 可愛らしく頼まれても、こればかりは容認できない。幼馴染と二人きりでエロゲーだぞ?悪い予感しかしない。

「ダメだ、違うのにするぞ」

「あおくん、こんなの買ってたなんてお母さんに知られたら……困るよね?」

「っ!?」ギクッ

 痛いところをついてきやがる。自分の望みを叶えるためなら、脅しでもなんでもするってことか。

「買ったくらいだから、興味はあるんだよね?でも、まだ未プレイなんだよね?なら、私と一緒にしよ?」

 中身まで確認したのか……?いや、パッケージが空いていなかったからか。どちらだとしても、ここまで言われてしまえば、俺はもう断ることも逃げることも出来ない。親バレはかなりやばいしな。

「……わかった。少しだけだぞ?」

 そういうシーンが来たら、俺は悟りを開こう。目を閉じて、外界の音を遮断する。そして頭の中で数学の公式を覚えている限り唱え続けよう。そうすれば変な空気になることもないだろうし、俺と彼女の関係は保たれる。なに、早苗が襲ってきたところで、座っている状態なら簡単にガードできる。だから大丈夫、そう思ってたんだけどな……。


 次話へつづく。

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