第9話 (偽)彼女さんは俺からのイメージを壊したい

「ここ……なのか?」

 俺が笹倉に連れてこられた場所、それは――――――――。

「ええ、そうよ。碧斗くんも始めてかしら、メイド喫茶は」

 メイド喫茶。それはメイドの格好をした店員さんが、可愛らしく対応してくれると噂のあのメイド喫茶だ。『萌え萌えキュン♡』だとか『美味しくなぁれ♡』だとか、笹倉がやったら本当にハートを撃ち抜かれてしまいそうな言葉が想像出来てしまうが、俺はメイド喫茶はまだ未経験だ。故に本当はどんな場所なのか、よく知らない。

「ああ、初めてだ。来たかった場所って、ここのことか?」

「ええ、もちろん。1度来てみたかったのだけれど、女の子だけで入るのも不自然な感じがしたの。だから、カモフラージュとしてあなたを連れてきたのよ」

 つまり、俺は笹倉+αのαってことか。まあ、俺も1度は入ってみたかったしな。そのくらいは別にいいだろう。

「この店にいる間は、あなたには『メイド喫茶に来たかった彼氏』を演じてもらいたいの。私が来たがっていたというのも、変に見えるでしょう?」

「まあ、そうだな。でも、それを全部俺に押し付けるのかよ……」

「嫌なら別にいいのよ?他の場所に行けばいいだけだもの」

 そう言いつつも、視線を少し落として悲しそうな顔をする笹倉。そんな顔されたら断れないだろ。

「分かった……演じてやるから」

「さすがは私の彼氏ね、好きよ」

 感情のない好きでも、俺の心は十分に揺れた。危ない危ない、本心が顔に出るところだった……。彼女は、そんな俺の背中を押して店に入店させる。

 美少女っていうステータスは本当に厄介だな。



 カランコロン♪

 客が入ってきたことを知らせる音がなり、メイドさんたちが一斉にこちらを見る。

「お帰りなさいませ、ご主人様♪」

 そのうちの一人が俺の前に来て、綺麗なお辞儀をする。これだけでいい店だと分かるな。ちゃんと教育指導がされているらしい。それはいいんだが……。

「2名様ですか?」

 俺が「はい」と言うと、店員さんは二人席へと案内してくれた。俺達が席に着いたのを確認すると、メニューを持ってきた。この店、すごいな。ちゃんと迅速な接客ができるように心がけられているらしい。そこはすごく感心するところなのだが……。俺にはひとつ、気になることがあった。

「あの……店の中、暗くないですか?」

 店の中がとてつもなく暗い。外はピンクで可愛らしいお店だったのに、中に入ると小さい照明がいくつかついているだけだ。これがメイド喫茶なのか?それにしても、笹倉が妙にソワソワしている。

「これくらいの暗さがいいんですよ。だって、当店はただのメイド喫茶ではありませんから」

 店員さんはニコニコしながらそう言うと、ポケットから名刺を取り出して俺に渡す。

冥土めいど喫茶 エリカ』

 そこにはそう書かれていた。エリカというのは彼女のメイドネームだろう。

「当店は死後の世界をイメージして作られたメイド喫茶です。なので、暗くしてあるんですよ」

「なんだ、その余計な設定は……」

「あはは……店長の趣味でして……」

 店員さんもさすがに苦笑いを浮かべていた。

「なので、接客もそういう設定になるので、ご了承くださいね、ご主人様」

 エリカさんはそう言うと、深く頭を下げた。そして、次に頭を上げた時には、先程とは全く違った雰囲気をしていた。笹倉、来たかった場所に来れて嬉しいのはわかるが、さすがにソワソワしすぎだろう。

「ふふ……ようこそ、冥土喫茶へ。ご主人様は何をご所望ですかぁ〜?」

 ゆっくりとした話し方、語尾をゆるく伸ばす感じと半開きの目。これがこの店のお化けのイメージなのか?思ったよりも単純だな……。

「碧斗くん?分かってるわよね?」

 向かいに座る笹倉がジト目でこちらを見ている。店に入る前にした約束は守れという意味だろう。つまり、俺はこの店に来たがっていたふりをしなければならない。この冥土喫茶に……。

「えっと……」

 俺はメニューに目を落とす。

『冥土パフェ』に『死肉踊るケーキ』、『血のジュース』か。………………いや、食欲わかねぇ。だが、笹倉も見ている。エリカさんも見ている。俺は満面の笑みで、この店の看板商品であろう『幽霊アイス』を注文した。

「かしこましましたぁ〜。そちらのご主人様はいかがなさいますかぁ〜?」

 エリカさんは笹倉の方を見て言う。なんか、その語尾をずっと聞いているとイラッとするな。

「じゃあ、同じものをお願いしようかしら」

 笹倉も同じく幽霊アイスを注文し、エリカさんは頭を下げると、スタスタッと注文を伝えに行った。いや、そこは冥土要素ないんだな。お化けっぽかったし、ゆっくり行くのかと思っていたが……。

 まあそんなことはどうでもいい。今はそれよりも笹倉について考えたい。なぜ彼女はこんな店に来たかったのか。来たいと言ったからには、メイドじゃなくて冥土だってことは知ってたはずだろう。彼女にこんな趣味があったとは知らなかった。

「笹倉って、意外とオカルト好きなのか?」

「いいえ、むしろ苦手かもしれないわね」

「じゃあなんでこんな所に来たんだよ」

 俺がそう聞くと、笹倉は少し躊躇いつつ、視線を逸らしながら言った。

「こんな店だなんて知らなかったのよ……」

 小さな声だったが確かにそう言った。つまり、下調べ無しで、単純にメイド喫茶だと思って来たらこんな店だったということか。それはソワソワもするよな……。

「そ、それにしても、もう少し明るくならなかったのかしらね……」

 笹倉は周りをキョロキョロと見回しながら、不安そうな声色で言う。俺はそれで察してしまった。

「笹倉ってもしかして、暗いところが苦手だったりするのか?」

 クールな彼女が実は暗いのが苦手……なんて、普通に考えればありえないが、想像するとかなりグッとくる。ぜひ、そうであって欲しいと願ってしまう自分がいる。

「そ、そんなわけないでしょう。暗いとあなたが私に痴漢をするかもしれないと思っただけよ」

「どんな理由だよ、するわけないだろ?」

「どうかしらね?」

 笹倉はそう言って、水の入ったコップを口元に運んだ。だが、うっかりしていたのか服にこぼしてしまった。

「だ、大丈夫か!?」

 俺はおしぼりを手に取って、慌てて彼女に駆け寄る。そして水のかかった箇所にそれをポンポンと押し当てて水を拭いて――――――――。

「あ、碧斗くん……?」

 名前を呼ばれて見上げてみると、笹倉が真っ赤な顔をしていた。…………あ、そっか。俺、親切心で拭いてやったけど、水が零れた箇所がちょうど彼女の胸の辺りで――――――。

「やっぱり痴漢したじゃない!」

「こ、これは違うんだ!ついうっかりというか……」

「うっかりで胸を触る人がどこにいるって言うのよ!この変態!」

「ちょ、待ってくれ!暴力はよくな……ぶへっ!」

 結局、俺は顔に平手打ちを6回喰らうことになった。まあ、親切心であったとはいえ、触っちゃったのは俺だもんな。この罰はしっかりと重く受け止めようと思う。それにしても柔らかかったな(ボソッ。


 零したのが水だったこともあり、大事には至らなかった。アイスを持ってきたエリカさんも、俺の真っ赤になった頬を見るとかなり心配してくれて、氷まで持ってきてくれたし。さすがは接客のプロだよな、気遣いがよく出来ている。

 そしてそこからの帰り道。並んで歩く笹倉は少し気まずそうな顔をしていた。

「その……叩いたりしてごめんなさい」

 気にしてたんだな、そのこと。そう思うと胸が温かくなって、自然と笑顔が零れた。

「気にしてない、むしろ俺こそ悪かった。さすがに胸の上を拭くのはまずかったよな」

「あなたのは親切心だったはずだもの、気にしてないわ」

 笹倉はそう言ってふふっと笑うと、俺の手を握った。

「これは今日付き合ってくれたお礼。それから……」

 彼女は上目遣いで俺を見上げると、彼女の人差し指と中指を自身の唇に付け、それを俺の唇に押し付けた。

「これはさっきのお詫び、足りないかしら?」

「……え、あ、じゅ、十分だ」

 い、今のって間接キスだよな!?しかも、笹倉から意識的に……。俺の頭は突然の出来事への驚きと、嬉しさと恥ずかしさでかなり混乱していた。

「そんなに驚く必要あるのかしら?ふふっ」

 いつも通り、凛々しい横顔の彼女。クスリと笑うと、俺の手を先程までよりも強く握り、「帰りましょうか」と呟いた。

 俺はただ、この幸せな時間を大切にしたいという想いを込めて、その温かい手を握り返した。


 やっぱりこのままじゃダメだよな。いつかはちゃんと自分の気持ちを伝えないと。偽の彼氏じゃなくて、本当の彼氏になりたい。俺の心臓が、その気持ちの大きさを示すように、力強く脈打っていた。




 家に帰ると、俺はソファに寝転ぶ。笹倉と行ったメイド喫茶で、ひとつ思い出したことがあった。彼女は暗い場所が苦手らしかった。

 それで思い出したんだ。確か『さあや』も暗いところが苦手だったのだ。俺達は一度、公園の隅にある倉庫に閉じ込められたことがあった。その時の彼女は、いつもの元気さは失って、「暗いのこわいよぉ……」と泣いていたんだ。正直、外が暗くなって、真っ暗になった時には俺も怖かった。でも、泣いている彼女を見ると、どうしても助けてやりたくなって、怖いのを我慢して彼女にハグをしたんだったっけ。『大丈夫、怖くないよ。ぼくがついてるから』って。


 今思い返すとやっぱり懐かしいな……。どこの誰かも分からない彼女。俺はまた彼女に会いたいと願っていた。でも、きっと顔を合わせてもお互いにわからないんだろうけど。そう思うと少し笑えてきた。


 俺はただただ、さあやが今も幸せに暮らしてくれていることを願った。


 だって彼女は、俺の初恋の人だから。

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