第8話 幼馴染ちゃんは俺の苦心を無駄にしたい
結局、俺は昼休みまでタイミングを見つけられず、まだ言えていない状態だ。
原因は笹倉。彼女がやたら俺にまとわりついてくるため、余計な人をこの話に巻き込みたくない俺は、言い出すことが出来なかった。
だが、その笹倉は今、
「なあ、早苗」
「なぁに?あおくん♪」
満面の笑みで振り返る彼女。そんな顔されたら、言い出しづらい……。
「あ、あのな、昨日の事なんだが……」
「……うん」
俺の言葉を聞いて、彼女の表情が暗くなった。彼女にとっては嫌なことだろうから仕方ないんだろうけど、そんな顔されると言葉を続けられなくなりそうだ。
でも、笹倉が帰ってきてしまえば、今日はもう言えなくなるかもしれない。遅くなればなるほど、こういうのは悪化していくだろうし。
俺は決心をして口を開いた。
「実はな、あの子が千鶴の彼女だって言うのは俺の勘違いだったみたいだ。それだけわかっておいて欲しくてな」
言えた。言ってしまえばそんなに悩むほどではなかった気がする。肩の荷が降りた感じだ。だが、それに反して早苗は何故かきょとんとしている。
「あおくん」
「なんだ?」
「千鶴くんの彼女って、何の話?」
「……は?」
思わず声を漏らした。早苗は怒られたと思ったのか、俺の声に肩をびくりとさせる。
「あ、えっと……昨日って、金髪の女の子とあおくんが手を握ってたって話だよね?今朝、あおくんが浮気してたわけじゃないって言うのはわかったけど……」
彼女は必死に弁解しようと、少し早口で話していた。まあ、要するに『忘れた』ってことだろう。
「彼女がどうのこうのって言うのは、聞いた記憶はあるんだけど……千鶴くんのって言うのは……」
「聞いてなかったんだな。まあ、それならそれでいいんだけどな。とりあえず、それが間違いで、千鶴はまだフリーだってことを伝えておこうと思ってな」
これで俺の伝えるべきことは全て言えた。俺は心の中で胸をなで下ろし、安堵の溜息を零す。
そもそも、覚えていないくらいだったら言わなくてもよかったんだよな。タイミングを見つけるのに必死になっていた自分が笑えてくる。
「ねえ、あおくん。ひとつ聞きたいことがあるんだけど……」
「ん?なんだ?」
「千鶴くんの彼女じゃないなら、あの人は誰なのかなって思って……」
「あ、ああ……それはだな……」
もちろん、そんな設定は用意していない。確かに、彼女でないなら誰になるんだ?焦った俺は、思いついた言葉をとっさに口走っていた。
「千鶴の妹だ」
あいつに妹なんていない。姉もいなければ、兄弟もいない。完全に一人っ子だ。だが、妹がいれば、部屋に女ものの服があっても不自然ではないだろう。その時の俺はそう思っていた。
この選択が千鶴だけでなく、自分の首を絞めることに繋がるだなんて、考えもしていなかった。
次の日曜日。
俺は最寄り駅から電車で数駅のターミナル駅で下車し、駅を出てすぐの場所にあるペンギン広場と呼ばれる待ち合わせスポットに立っていた。名前の通り、ペンギンの像が置かれている広場なのだが、なぜペンギンの像にしたのかは謎だ。
ペンギンって、どちらかと言うとマイナーな動物だろ?俺は結構好きだが、生で見る機会が少ない分、犬の像でよかったんじゃないかと思ってしまう。
まあ、今の俺にはそんな像のことを気にするよりも、もっと大事なことがある。俺がここに来ているのは、ただ暇だったからだとか、1人でぶらりしてるとかではない。
(偽)彼女を、笹倉を待っているのだ。
そう、つまりはデート!しかも誘ってきたのは彼女だ!これはもう、断る理由なんてないと言わんばかりのスピードでOKした。受信から送信までの時間、わずか15秒。
楽しみすぎて昨日はあんまり寝れなかったぜ。久しぶりに小学生の時の遠足前日のことを思い出した。確か、栗拾いに行く予定だったんだ。でも、夢の中で栗を拾おうとして山から転げ落ちる夢を見てな……。怖すぎて眠れず、結局休んだんだっけ。あの頃の俺は、幼かったな。
栗拾いの時は悪い思い出になってしまったが、今日は好きな人と2人でデートだ。いい思い出になるに決まっている。俺は胸を躍らせながらしばらくの間、笹倉の到着を待っていた。
「お待たせ、待った?」
そう言いながら笹倉が現れた。こういう時って「待ってないよ」って言うもんだよな。
「ああ、すげぇ待った」
自然とそう口にしていた。彼女を待つ男として失格だとは思うが、仕方ないと思う。だって――――。
「お前、1時間も遅刻しといて待った?はないだろ!」
そう、俺はここで1時間も待たされていたのだ。女の準備は長いとは言うが、さすがに待ちくたびれた。おまけに――――――――。
「実は30分前からあなたのこと見てたのよね。向こうの木の影から」
「は!?」
「あなたが私のためにどれくらい我慢できるのかしらってね」
そう言ってニヤリと笑う彼女。そんな遊び心のために俺は1時間も待たされていたのか……。なんか、悲しくなってきた。
「そういうのは勘弁してくれよ……」
「そうね、私のことを好きではないあなたにとっては、ただただ苦痛なだけの時間だったのでしょうね」
俺が嘆くように言ったのに対して、彼女は軽く頭を下げた。まあ、謝ってくれるならいいんだけど。
「わかった、このことは水に流そう。それより、どこか行きたいところがあるんだろ?」
俺が話題を変えてやると、笹倉は頭を上げて頷いた。
「私ひとりじゃ少し行きずらくて……。どうせなら彼氏面させてあげようと思ったのよ」
「俺も酷い言われようだな。まあ、それならお言葉に甘えさせてもらって、彼氏面するぞ」
「ええ、構わないわ。むしろ好都合よ」
彼女はそう言うと、すっと近づいてきて俺の右腕に抱きついた。そして、上目遣いに俺を見上げると、口元を緩ませて。
「さあ、恋人風に行きましょうか」
その姿に思わずドキッとした俺は、ニヤけてしまいそうな顔を反射的に背ける。だめだ、直視できない。
俺のそんな気持ちも知らずに彼女はグイグイと俺を引っ張っていく。店の立ち並ぶ通りに出ると、5分ほど歩いたところで足を止めた。
「こ、ここ……なのか?」
俺はその店の看板を見上げて、目を見開く。まさか、笹倉がこんな場所に来たいと言うなんて……。俺の中で、彼女のイメージが少しだけ壊れかけている音がした。
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