第7話 (男)友達は幼馴染ちゃんの誤解を解きたい

「さ、早苗!待ってくれって!」

「あおくんなんて知らないもん!この浮気者!」

 俺の制止も聞かずに、早苗はどんどんと歩いていく。俺もそれに合わせて歩くスピードをあげるが、彼女は逃げるように早足になる。

 なぜ彼女の機嫌が悪いのか。それは昨日のことが原因だ。女装した千鶴をパッと見で女子と勘違いした彼女は、俺と彼が手を握りあっているのを見て、妬いたらしい。まあ、あのルックスだと仕方ないよな……。

 千鶴の女装癖をバラすわけにもいかず、俺はなんと言えばいいかを必死に考えていた。千鶴の正体がバレたわけじゃないのはまだ救いだったが、このままだとバレるのも時間の問題かもしれない。

 何とかしてブロンドちゃんを別の人物として思い込ませなければ……。

「さ、早苗!」

 こうなれば、もうこの手を使うしかないだろう。後で千鶴には事情を説明することにして、俺は少し無理のある王手を狙いに行った。

「あの女の子は千鶴の彼女なんだよ!」

 彼女という言葉を聞いて、早苗は足を止める。

「笹倉さんがいながら、別の女の子、しかも友達の彼女さんと手を繋いだんだ?それっておかしくないの?」

「て、手くらい繋ぐだろ?それに、あれは色々あっての成り行きでだな……」

「ふーん……そっか……」

 彼女の表情はまだ信用していないという感じだ。彼女の心を弄ぶみたいで、この手は使いたくなかったが、こうなれば仕方ない。

 俺は心を鬼にして言った。

「じゃあ、早苗はもう俺と手、繋がないんだな?」

「えっ……」

 彼女の顔色が変わるのが分かった。

「だって彼女じゃない女の子と手を繋ぐのはんだろ?じゃあお前とも繋げないよなぁ〜」

 みるみるうちに青ざめていく彼女の顔は直視出来なかった。なんだこれ、すごい心が痛い。

「…………め」

 彼女が何か言っているが、よく聞き取れない。

「ん?」

 そう聞き返した瞬間、俺は右腕をグイッと引っ張られる。

「……だめっ!繋ぐの!」

 そう言って腕に体をくっつけて涙目で見上げてくる早苗。

 な、なんだこれ……すげぇかわいい……。

 またもや直視できない彼女の表情から視線を背けながら、何とか照れ隠しをする。平常心を装った声で「じゃあ、さっきの話は信じてくれるか?」と聞くと、「うん!」即答だった。

 純粋というか、ちょろいと言うか……。

「あら?朝から楽しそうね、浮気者さん」

「いてててて!ギブ!ギブ!」

 思いっきりほっぺたをつねられて思わずギブを連呼してしまう。つねってきたのはもちろん笹倉だ。

 偽物と言えど、彼女である笹倉からすれば、彼氏が他の女の子とイチャついてる現場というわけだし、止めるのは当たり前か。

 それがこんな痛い方法であっても、俺は文句を言える立場じゃないな。だから、ここは素直に謝っておく。

「朝から幼馴染とイチャついて申し訳ありませんでした!」

「喧嘩を売っているのかしら?」

 笹倉さんは拳を握りしめながら頬をひくつかせている。あれ、正直に謝ったつもりなんだけど……何か間違えたらしい。

 ていうか、笹倉が普通に怖い!その腕の振りかぶり方は本気で殴ろうとしてないか?

「い、いくら彼氏だからって暴力は良くないと思うぞ!?」

「浮気者は何を言っても世間では悪なのよ?つまり私が正義。悪は叩きのめす必要があるわ」

「ま、待て!せめておしりにしてくれないか?お尻ならそんなに痛くないはず……か、顔はやめてくれ!」

「なら反省する?」

「するする!めっちゃする!ほんとうに申し訳ない!改心するから!」

 いや、まあ……抱きついてきたのは早苗なんだけどな。でも、いい思いをしたでしょ?と言われてしまえば頷くしかないわけで……。

俺は必死に頭を下げた。それでも足りず、コンクリートの地面におでこを付けて土下座までする。さすがの笹倉も、これにはまいったらしい。

「……よろしい。今日は許してあげるわよ」

「ありがたき幸せ……」

 俺が立ち上がると、笹倉は膝についた砂を払ったり、歪んだネクタイを治してくれたりした。その直前までとのギャップに、この優しい一面も大好きです!と叫びたいくらいだった。

 砂を払い終えると、彼女はふぅとため息をついて、早苗の方を見た。

「大切な碧斗くんが傷つけられたくなかったら、小森さんも気を付ける事ね。あなたが原因で彼が泣くわよ?」

 こいつ、悪役みたいだな。つまり、『早苗が俺に近づきすぎたら、俺をぶん殴るよ』ってことだろ?あれ、俺不幸すぎないか?

 ただ、早苗には効果抜群だったらしく、内股になりながら体を震わせて、「ひゃ、ひゃい!」と情けない返事をしていた。

 笹倉の奴、そもそも手を上げる気なんてなかったんだろうな。俺の直感がそう言っていた。

 おそらく、俺の危ないシーンを見せつけることで、早苗の行動を牽制しようとしたんだろう。その結果、上手くいっている。

 さすがは笹倉だ、(偽)彼氏の幼馴染排除計画に余念が無い。この2人は和解した訳でもないし、当たり前と言えば当たり前なんだけどな。

 笹倉は怯えている早苗を俺から引き剥がすと、入れ替わるように俺の腕に抱きついてきた。

「ちょ、ここだと他の生徒もいるかもしれないだろ?」

「だからこそよ。その方が付き合っているように見えるもの」

 彼女が早苗にも聞こえないような小さな声で呟いたその言葉は、地味に俺の心をチクチクと攻撃していた。

 彼女の中では完全に偽物の彼氏なんだもんな、俺。俺が実は好いているなんて、これっぽっちも思っていないんだろう。

 俺は偽物の彼氏。彼女の気持ちも偽物。

 ただ、この手の温もりだけは本物だと、俺は無意識のうちに少しだけ強く握っていた。

 早苗、頼むからそんな怖い顔しないでくれ……。


 とりあえず、朝のうちに早苗の勘違いはいい方に転がせた。そんな訳で、彼女の前で話を合わせるために、俺は千鶴を人気の無い場所に連れ出し、全てを話した。

 もちろんだが、彼は今は男の格好をしている。学校ではブロンドちゃんになる時以外の彼は、普通のイケメンにしか見えない。本当に羨ましいぜ。

 なんて妬んでいる場合ではない。話をしている途中から、彼の様子がおかしくなったのだ。特に、早苗に伝えたという所からだ。

「小森に言ったのか!?俺に彼女がいるって!」

 彼の焦りようは普通ではなかった。多分、俺が彼の女装癖を知った瞬間よりも焦っていると思う。

「ああ、そうでもしないと、俺がブロンドちゃんと浮気してるみたいになってたからな。仕方なくだ」

「まじかよ……それだけは絶対にダメだったのに……」

「なんでそんなに慌ててるんだ?だって―――――」

 早苗にバレなかったからいいんじゃないか?そう言おうとしたが、それよりも先に彼が口を開いた。

「俺、小森のことが好きなんだよ」

「…………え?」

 衝撃的だった。もちろん応援はしてやりたい。友達だからな。……でも、ひとつ疑問がある。

「お前、ホモじゃなかったのか?」

「ちげぇよ!お前と一緒にするなって!」

「俺もホモじゃねぇよ!勝手な噂を立てられただけだ!」

 ほぼ自業自得なんだけどな。でも、女装なんてしているから、男が好きなんだとばかり思っていたが、趣味の範疇だったらしい。どこか、安心している自分がいるのは何故だろう。

「俺、彼女に告白したいんだ。いけると思うか?」

「ああ、もちろんお前程の男なら――――――あっ」

 そこまで言って、俺は思い出した。

 俺、早苗に告白されてるんだよな……。

 つまり、あいつは俺のことが好きで……。だから、千鶴の気持ちに応えるなんてこと、まずありえないわけで……。

「あ、いや、そ、ソウダナァ〜。イマハヤメトイタホウガイーヨ」

「なんでカタコトなんだよ」

「あ、いや、ちょっと噛んだだけだ。そ、そうだ!あいつ、好きな人がいるって言ってたぞ!だから今はやめといた方が……」

「上等だ、俺が奪ってやる。小森の心を」

「は、はあ……」

 ダメだ、もう止められない。こいつ、女装してる割にセリフがイケメンすぎるんだよ。

「でも、ブロンドちゃんはどうするんだよ。別れた設定にするのか?」

「いや、それだと俺の印象が悪くなるだろ?俺に彼女なんて居なかったって、それとなくお前から伝えてくれよ」

「そんなので上手くいくのか?」

「上手くいかないと困る。上手くできたら、女装してパンツ見せてやるから、な?」

「な?じゃねえよ!男のパンツ見ても楽しくねえし」

「安心しろ、パンツも女ものだ」

「余計なカミングアウトはやめろ!」

 俺はこれ以上聞きたくないと、耳を塞いでその場から逃げ出した。千鶴のやつ、そんなものをどこで仕入れてるんだよ……。下着コーナーに行って買ってるなんてこと……無いよな?それだとさすがに捕まるだろ……。あいつのタンスの中にあったお巡りさんコスみたいに、逮捕しちゃうぞ♪になるからな。

 せめて、アマソンでポチっていると信じたい。


 というか、それとなく彼女なんて居なかったって伝えないとなんだよな……。

 朝言ったばかりのことを弁解するって、何気に結構難しくないか?まあ、自分で蒔いた種だもんな。なんとかタイミングを見つけて話すか。

 ポケットからロッカーの鍵を取り出しながら、俺はぽつりと呟いた。

「まったく、学生って大変だよな」

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