第6話 沢山のウソ
「姉さん。生きることが好きな奴は、金で仕事を選ばん。やりたい事をする。面白くてたまらん事をやっている人間は、鼻毛が出ていようが気にする事無い。他人の評価なんてその日の天気みたいなもんや。コロコロ変わる。それだけのもんや。そう思わん?」
「…」
「普通な、好きな事をやりつづけていれば、『馬鹿にされた』なんて思わない。芸人が笑われて『馬鹿にすんな!』なんて思うか?馬鹿にされてますます輝くモンなんや。そう思わん?」
「あたしの『馬鹿にされた』はそれと少し意味が違うの。あたし自身を卑下されたとか、そんな感じの意味」
「つまりは他人からの評価やな。だから、それは天気と同じや」
「…」
「姉さん。誰の為、生きてんのや?」
「?」
「これが自分の人生や!自分の生き方や!って考えたことある?」
「あるよ。だから成り上がりたいって思っているんじゃん」
あたしはエビスに言った。しかし、アタシの夢は成り上がる事。それって何?お金持ちのなること?人より偉くなること?人に『すごいね』って褒めてもらう事?アタシは何になりたいのだろう。
「“成り上がる”か。姉さんの場合、それはちと違うなあ。他人の洗濯物の為に、今日の天気を気にしているようなもんやなあ。親の為、会社の為、上司の為、友人の為、会った事も無い男の為。忙しいこっちゃ。糞する暇もあらへん」
エビスに痛いところを突かれた。
「でも、お金は必要じゃん。だから、お金は沢山あった方がいいに決まっているよ」
「そうやな。でもな、生きるためだけに必要な金って、そんなに多くはないな。見栄張って、焼肉食ったり、泡風呂行ったりせいへん限りな」
エビスは淡々と話す。
「たまには焼肉だって食べたいじゃん。自分へのご褒美とか、スタミナつけるとかでさ。毎日、頑張っているんだもん」
「訳わからんな。ご褒美貰えるほどの何かしたん?焼肉食わんとスタミナつかんか?それに、何に頑張っている?」
「毎日、悪いことしないでアルバイトをして、夢に向かって頑張っています」
アタシはちょっと弱気に呟いた。
「悪いことなんて、たくさんやっとるやんけ。気づかんだけや。“生きる為に犠牲は止むえん”などと勝手な理屈いってな。踏みつぶしたアリんこは、生きる為の犠牲になったんか?無意味な殺生は一番、悪いことや。姉さんは法律を違反せんだけや。会った事も無い男たちが作った、狭い島国でしか通用せんルールを守っているだけや。そやろ?」
「そう…かも」
アタシは淡々と耳を傾けるだけ。
「ずっとこの世界を見てきたが、ウソツキは昔からいるな。世の中は小奇麗になったが、人間の本質的なもんは何も変わらん。まるで原始的や」
そう言って、アタシを見た。眼鏡の奥に黒い瞳がある。
「けどな、ウソに振り回され、迷子になった姉さんみたいな美少女には、必ず助けが来るんや。ホンマやで」
「!」
アタシはスグルとの出会いを思い出す。生き先すら無く、迷い、疲れ果てたアタシの前に偶然、現れたマッチョなボディのオカマ。アタシもエビスを見る。危なそうなイメージからは想像できない話が聞けた。
「ねえ、『エブリバディ・ハッピー・プレゼント・サービス』って何なの?」
「うん?そうか、BGから聞いてへんかったな」
エビスはそう言って、目をそらした。
「まあ、『宝船』やな。俺ら神さんに雇われてん」
「ふーん」
「こう云う言葉知らんか?『望む前に与える』まあ、異国の神さんの言葉だが、そういうこっちゃ」
「よくわらないけど」
「解らんでもいい。めちゃくちゃな世の中だけど、心配しないで、夢を描けってことだな。その為に俺らがいるんやないか」
「俺ら?」
「俺とBGとその他、数人」
「ホントなのかわからないよ。信じられないというか、分から無いなァ」
「そうか」
「ねえ、?」
「うん?」
「ほら、『生きるのに、頑張る必要はないって』言ったじゃない」
「おお、その件な」
「教えて」
「そうやな…姉さん達の『夢』とか『目標』とか言うもんは、今の自分にないモノ、備わっていない物を求めることがほとんどや。分るか?」
「うん」
「今の自分にないって、どうやって知った?」
「うーん。誰かと比較したり、自分を客観的にみてかな」
「姉さん。自分の体毛の数や、黒子が体中にいくつあるか知ってるか?」
「知らない」
「そやろ、これと同じや。ほとんどの物が、自分に備わっていることを知らんのや。もし、自分に備わっている物を、姉さんたちが全て知ったら、たいていの夢や目標はなくなるなあ。頑張る前に信じることや。『自分の神さんのコピーだ。必要な物はすべて備わってる』ってな」
「それでも、自分に無いものってあるでしょ」
「殆ど無いな」
「じゃあ、なんで知らないのよ?」
「姉さんも自分の事を忘れとるんや」
「何それ?」
「ここが神さんのニクイ所や。人生楽しんでや」
「意地悪しないで、お願い、教えて!」
「姉さん。欲張りやなー。」
そうして、エビスはアタシをやさしく見つめた。
「自分を思い出す事も人生や。その為に頑張る。けどな、険しい崖を登るとか、壁を超えるって事とちゃうで」
冷たい外観やコーヒーとは違う優しさがアタシの胸に広がった。
「崖は山登りが大好きな奴の目標到着までの、イベントの一つでしかない。つまり、楽しみのイベントなんや。壁は邪魔するウソツキが作った障害物でしかない。そんなの、真面目に相手するほどの物でない。梯子で越えても構わんし、グルーッと迂回しても構わん。万里の長城かて限界はあるんや」
エビスは続ける。
「ホンマの『夢』『目標』ってそんなもんや。『自分の持っている物を思い出して、知る』っていうゴールを目指す。つまりな、ゴールは約束されていて、心配はいらない。だから、頑張る必要は無い。むしろ過程を楽しむ事が大切なんや。自分を発見していく過程をな」
そう言って、エビスは大きく伸びをする。
「それとな…」
そうして再びアタシを見つめる。
「『夢』って奴を壊さなければならない時があるかもな。この場合、枕で見る物と同じレベルの夢だけどな。これも考えてみれば当然や。寝ている頭で正露丸とBB弾の区別がつくなんて気持ち悪いわ。そんな『夢』にむかって生きているとな、『これじゃあアカン』て思う時が来る。その時は躊躇わずにぶっ壊す事。一度ぶっ壊し、悶々としていると中からまた『夢』って物が出てくる。これや、これで本物の姉さんたちの人生が始まるんや」
「それって、挫折って事?」
「そんな大層な物じゃあない。ただ、寝ぼけていたのが半分、目覚めただけや。そんだけの事や」
そう言ってエビスは二ヤリとした。アタシも二ヤリ。なんだか嬉しくなった。
「さあ、長々としたがBGを捕まえに行くか。姉さん、いいやろ」
「うん。でも、虐待はしないで」
「何の事や?」
「BGが言ってた。捕まると虐待されるって」
「アホなことを」
「違うの?」
「虐待とちゃう。『送窮の儀式』や」
「ああ、そうか。で、何?それ?」
「まあ、今度な」
そう言ってエビスは歩き出す。アタシもそのあとに続いた。途中、エビスはコンビニに立ち寄り、お弁当を人数分とカップのみそ汁を買った。
「これ、奴の好物やったな」
エビスが示したのはなめこの味噌汁。昨夜のBGが目に浮かび、思わず笑ってしまった。
階段をカンカンと上り、ドアを開ける。見なれた部屋に転がる物体が一つだけ。狭いダイニングにBGの姿は無く、スグルがそのまんまの状態で寝ていた。
「スグル、起きて」
ビンタをかまし、スグルを揺さぶる。
「うーん。おはようBEN。いい朝ね」
「そうね」
気分よく朝の挨拶を交わすアタシ達。
「ねえ、BGは?」
「知らない。その辺にいるでしょ」
「逃げたな。さすがや」
エビスの声に振り替えるスグル。素早くアタシが止めに入る。
「スグル、待ってよ」
「兄さん、ナイスなラリアットやった。骨の髄までしびれたで。これ食って、励んでや」
コンビニ袋をスグルに預け、外へ向かうエビス。
「まって、エビス」
アタシは呼び止めた。
「BGって何なの?」
「奴はな、貧乏神や。不思議なもんやな。人様の『幸せ』ってな」
そういって、カンカンとエビスは消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます