第4話 勝者?敗者?
夕方近くになってスグルが起きてきた。あの後、いつものコースを行ってから寝たようだ。
「BEN、久しぶりに行く?」
ぴちぴちのTシャツに熱い胸板と乳首を浮き上がらせて、スグルが尋ねる。
「そうね」
アタシはスグルがその気なのに気がついた。アタシ達は貧しい。その為、様々な物を利用し、生きていかなくてはならない。
「じゃあ、着替えるから待っていて」
数分後、いつもより寄せて上げて目立ったアタシと、ぴちぴちのスグルは、ある場所へ向かった。
パーラーちんじゃら会館。
駅前のパチンコ店だ。アタシ達はたまにこうして生活の糧を得る。庶民の娯楽の王様パチンコは歴史は古く、売れない時分に厄介になった作家、芸能人も多い。ちんじゃら会館はこのあたりの超老舗で、老朽化した建物が過ぎた時代の面影を残していた。
アタシ達はドアを手で押し、店内に入った。未だ自動ドアで無いパチンコ店は全国で此処ぐらいだろう。時代のある外観と違い、店内はエアコンが利いていて涼しかった。しかし、充満するタバコの煙とこびりついたヤニの匂い、激しく、自己陶酔でしかない訳のわからんマイクパフォーマンスと様々な電子音。そして、何よりも響く銀玉のジャラジャラ音。これらは面影と同様で変わる事は無いだろう。
「BEN、あたしはあっちに行くわ」
「うん。後でね」
スグルはアタシと反対のコーナーへ向かった。アタシはきょろきょろと周囲を見渡し、カモを探す。
―今日は、あのオヤジかな。
アタシはマリンちゃんコーナーの角台に座ったオヤジを見た。オヤジは背後に10箱ほどドル箱を積んでいる。今もフィーバー中で、沖縄風電子音がけたたましい。
タバコを咥え、ニタニタしたオヤジが見つめているアタシに気がついた。アタシはスススと男の隣の台に座った。普通、大勝している台の隣には座らない。座るなら、大負けしている台の隣だ。オカルト的だがこの選び方はよく当たった。この方法で危機を逃れたパチンコファンは多いはずだ。でも、今日のアタシはここに座る。そこに、アタシだけの必勝法があるのだ。
「あーん。この台、打ち方分からなーい」
アタシはワザとらしく声を出す。ニタニタおやじはすぐ釣れた。残の有るレジャーカードをアタシにくれ、周囲に見られないようにジャラジャラとアタシの上皿に球を盛る。こうしてアタシは谷間を見せるだけで、一円も使わずにフィーバーを当てた。これがアタシだけの必勝方だ。こうなれば鼻息の荒いオヤジには用はない。無視を決め込み、確率変動が終了と同時にジェットカウンターへ向かった。ドル箱3個で6000発ちょっと。換金すれば1万円以上にはなる。
―まだ早いけど、こんなもんでいいや。
アタシは数量計から吐き出されたレシートと残の有るレジャーカードを手に、スグルを探した。シマをぐるっと回ると、店内の一番奥の不人気台のシマに人だかりが出来ている。
アタシは近づいてみた。そこにスグルがいた。後ろには恐ろしいほどのドル箱を積み上げている。しかも、隣にはBGがいる。BGの後ろはすでに壁だ。重量感のある壁際で、店長が「止めろ止めろ」と叫んでいる。その叫びを無視し、打ち続けるBGとスグル。突然、店内放送が入った。
「ピンポーン。エー本日はご来店まことにありがとうございます。エー、本日、当ちんじゃら会館はただいまをもちまして、閉店させていただきます。ご来店ありがとうございました…」
蛍の光があわただしく流れ、店員がお客を追い出しにかかった。すさまじいブーイングと怒声。危険を感じ、いち早くカウンターで換金したアタシが振り返ったとき、壁の陰に崩れ落ちる店長を見た。
それから2時間程して、スグルとBGが出てきた。アタシはその間、ずーっと外で待っていた。残暑が厳しい熱帯夜だったので、アタシの谷間は汗まみれだった。
「結構、良心的な対応だったな」
「そうね」
そんな二人の会話に汗まみれで不快なアタシは、かなりイラついていた。
「何やってたの?ずいぶん待たせるじゃない!」
アタシはずいずいと二人に詰め寄った。
「ごめーんBEN。でも、見てみて。今夜はごちそうよ」
そういうスグルの手には諭吉の札束。今まで見たことのない枚数だ。
「すっげーっつ。すっげーっつ」
声もかすれる驚きの金額だ。
「でも、BGはもっとすごいの!250万円よ。諭吉がぎっしりなの!このかばんの中!」
「…」
擦れた言葉も出ない。今朝までは王子でも金持でもなかったが、今夜はちと違う。
「パチンコで250万円。しかも、一日で…。BGあんた何者?」
「おう、俺はBGだ。飯おごってやる!」
ピンクのジャージがこんなに鮮やかに見えたことはない。まるで、みんなで追いかける夕日の様。アタシ達は目の色を変え、ピンク色に向かって駆けた。
その夜、アタシ達の前には冷たい生ビール、夢にも現れなくなった徳上カルビがずらずら並んだ。アタシは久しぶりの焼き肉に狂喜し、汗ばんだ不快さも消えた。
焼肉屋は夜が華。アタシは店内の喧騒を無視し、ビールやカルビ、ロースで膨れた腹を杏仁豆腐で冷ましながら、ぼんやりと外を眺める。日付が変わり、商店街は寝静まり、キャバクラも終わったこの時間に、お嬢が独りでぽくぽくと歩いているのが見えた。
そのお嬢を見て、BGに出会った夜を思い出した。昨夜の事なのにとても昔のように思える。お嬢が何の仕事をしているかはわからない。ただ、今風の化粧をして、ぽくぽく歩いている姿に自分の姿が重なって見えた。
「何処に向かって、歩いているのかな?」
お嬢が向かう先が何処なのか。そんな事、アタシには解るはずが無い。
「アタシが知っているはず、無いよね…」
ふと、呟いた言葉で昔を思い出す。
ある日を境に、いきなり大人の世界に放り出されたアタシ。アタシは想像もしていない世界に投げ出された魚で、口をパクパクする事しかできなかった。ひょいとドラ猫が現れたら、パクリとされて、ゴックン。それで御仕舞いー。
ブルブルっと、向かいのBGを見る。BGは老酒を煽りながら、ロレツの回らない舌で同じ注文を繰り返している。ちなみにそのメニューは焼肉屋にはない。隣のスグルはお酒に弱いので、寝てしまったようだ。デカイ体がソファーにのびている。
「いい加減にして下さい!」
ついにBGに絡まれていた店員がキレた。
「味噌汁定食なんて、当店にはありません!」
「何だと!」
BGも逆ギレした。
「無ければ作れ!いいか、ご飯とみそ汁とシャケだ!納豆をねぎ入りでだぞ!味噌汁はなめこだ。なめこ汁しか認めんからな!」
「お客様…」
店の奥から責任者と思われる男が現れた。刃物を持たせれば、三国時代に活躍した豪傑をイメージさせるに十分なゴツサで顔も厳つい。
「他のお客様のご迷惑になりますので、これ以上、御騒ぎになりますと、警察を呼ぶことになりますが…」
丁寧に腰を低くして対応する姿が、逆に凄味がでて怖い。この男とも互角に勝負できると思われる相棒は、現在、役に立たない。状況は完全に不利だし、非はこっちにある。
「BG。お腹いっぱいだし、スグルも寝ちゃったから、もう帰ろうよ」
―今夜はここまで。お金はまだ沢山あるし…。
アタシが綺麗にまとめようとしたその時、叫び声がした。
「おったでー。見つけたどー」
突然の怒声に振り返る店員と厳つい顔。アタシは聞いたことのある声に唖然とした。酔っ払ったBGもそっちを向いた瞬間、顔色が変わる。
「エビスだ!」
BGの叫びと同時にアタシは行動を開始した。スグルのほっぺに得意のビンタをかまし、揺さぶる。
「スグル、スグル、起きて!逃げるよ!」
BGは逃避に入り、「静かに、黙って!」ってぶるぶるしている。店員と厳つい顔は固まったままだ。
「アチョーチョー、アチョー!」
撮影の途中で死んでしまった達人的な奇声を発し、迫りくるエビス。その背後に、閉まりつつある自動ドアが見えた。エビスがドラ猫と重なる。閉まるドアがアタシの人生の扉に思えた。
―まだ、何もやっていないのに!
その時、突然、スグルが目を覚ました。
「ケンカぱーんち!」
ソファーのクッション性を生かし、上体を跳ね上がらせ、鍛えた腹筋で加速をつける。勢いよく伸ばしたダイヤモンドの右拳が火を噴いた。
「ピー」
ダイヤモンドの拳は焼肉屋の厳つい顔の頬を捉えた。激しく吹っ飛ぶ厳つい顔。何が起きたか意味不明の店員達は未だ動けない。この時、エビスにも動揺が見えた。
「チャンス!」
デカイ声を出し、駆け出すBG。つられてアタシ達も飛び出した。
「待ちやがれ~。うおー」
叫び声に振り向いたアタシが見たものは、自動ドアの向こうに抑えつけられたエビスの姿だった。エビスを抑えつける店員の陰にはクタリと転がった厳つい顔が見えた。
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