血華



 この城は、何階まであるんだろうな。

 咲乃がそう思ってからさらに三階登った先でもまだ、城は続いていた。当然のごとく立ちふさがる妖怪や空間の歪みはとっくに見慣れている。時たま見える城の外の光景が高くなってきていることと、階段を降りてはいても登ってはいないということだけが咲乃たちを支えていた。


「長いです……」

「目標までどれくらいかわからないから余計そう感じるな……」


 緋凪の返答にすべてがあると言ってもいいほどに、この城は長かった。

 ただでさえ一つ踏み間違えたら地下まで真っ逆さまに落ちていきそうな穴や身の丈を平気で超える妖怪が、無軌道に配置されては闊歩しているのである。気を抜ける場所なんて一つもない。

 既に先行用のデコイとして放った式神の数は二十を超えている。出来るだけ咲乃の負担を減らすために壊れてから継ぎ足していてこの数なのだ。どれほど危険な場所で神経を使うかわかるというものである。


 そして、少なからず時間も過ぎていた。常識的に考えるのなら回復にはまだ時間がかかるはずだが、こんな城を作り上げる輩を常識の枠で考えていいはずがない。あっても四半刻三十分の猶予。そう考えるべきだろう。

 窓というには粗末な格子の外に式神を飛ばして確認した限りでは、城の上部には突入している。このままのペースでいければ間に合う……というには、かなり厳しいのだが。


「次は?」

「右行ってから直線、そして……たぶん戦闘です」

「また大型か。厄介だな」


 基本的に、この城の妨害手段は厄介ではあっても種類はない。

 妖気で強化されている妖怪や鬼火の散発的な襲撃。

 歪んだ空間による進路妨害と即死級の罠。

 そして、うんざりするほど大きな部屋の主のような妖怪の退治。


 常に集中力を必要とされるから厄介なだけで、もしこれが一階だけならこれほどの疲労感は感じなかったに違いない。だが、式神二十体が壊され、大型の妖怪との戦いは既に数えられていない。

 端的に言うのなら、この城の内装の機能は終始時間稼ぎのみを目的としているのだ。真っ向から対峙して任してくるのではなく、磨り潰すように削ってくる。それが、とことん厄介だった。


 これまでの部屋の主の大妖怪も化け狐や白蛇といった厄介なものばかり。桂木のようにため息をつきたくなるというものである。


「そこに空間の欠損です」

「……とことん厄介を極めてやがる」


 咲乃たちもただただその面倒くささを受け止めているわけじゃない。

 逐次式神を飛ばして宗司たちに現状を伝えるのは忘れていないし、もし援軍が来てもいいようにと細工を施している。これまでの道の各所に術や霊振器の針を打ち込んでいるのだ。

 あわよくば城が崩壊しないだろうか。そうでなくとも術式の阻害ができないか、外から攻め込む基点にならないだろうか。非常脱出には役立つだろうし、その他の効果も狙えるものを、いくつも。


 そうやって進んでいると、式神が何度目かの危険を知らせてくる。


「この先ですね。戦闘準備お願いします!」


 目の前の襖を開ければそこには、先が見えない大部屋と無数の青白い鬼火がある。

 その部屋に踏み入れた途端にその鬼火たちは渦を巻いて集まり始め、一つの形を取り始めた。明確な核を持ち、そこを中心に広がるようにして実体を持っていく。

 下駄を履き、山伏のような服を着た大型の怪異。頭襟をかぶり大きな団扇を持っている姿まで見えたらもう誰でも何の妖怪かわかるだろう。


「大天狗です! 風と幻惑に気を付けてください!」

「先手必勝、いくぞ!」


 言うが早いか、既に駆け出した桂木と緋凪が拳と刀を振り下ろす。実体を持つと同時に攻撃された大天狗はその一撃をもろに食らい、鈍い音を響かせながら部屋の奥へと吹き飛ばされていった。


「手ごたえは?」

「微妙! 上手く受け流された!」


 音に聞こえた鞍馬天狗ほどではないはずだが、この大天狗も例に漏れず身体能力が高いらしい。咄嗟に二人の攻撃を受け流したうえで羽も使って姿勢を制御、持った団扇から怪風を生み出して迎撃をできる時点でただの妖怪とは格が違う。

 流石、日本三大妖怪に名を連ねるだけはある。


「火行、金行、木行、連環! 破っ!」

「制限限定解除──」


 咲乃は後衛から術を放ち、怪風に吹き飛ばされた二人の代わりにトクさんが己の大棍で殴り掛かる。天狗は大棍を左手の腕で受け止め、離された所に降り注ぐ火炎は両腕で打ち潰すようにして強引に鎮火された。金属粉の混ざった攻撃力の強いものだったがこの程度では大差ないらしい。

 再び前衛に出た緋凪と桂木がそれぞれの構えをとって迎撃の態勢を整える。


「Aaaaaaaa──」


 口から溢れた金気の風は、咲乃と緋凪の炎で無効化した。間髪入れず団扇を扇いで放たれた火球を避け、近接戦に持ち込む。

 技術や体格で勝っていても数の差はどうしようもないからだ。

 前衛の二人はあえて突進をそのまま流し、即座に反転することで天狗を囲い込む。四方から攻めて速攻で終わらそうという魂胆だ。


「これ以上無駄時間を使う気はない。一気に終わらせるぞ」

「はいっ」


 どうやら巫女の雰囲気は好まないらしく、本能的に咲乃を避けるように動いている。だがそれならそれでやりようがあるというものだ。

 咲乃と真反対の位置で天狗を囲っている緋凪がどうに一発叩き込んで咲乃の方に押し出してきた。体勢の崩れた天狗に咲乃が飛び掛かればそれを全力で避けようとするから、その間にトクさんと桂木で重い一撃を叩き込めばいい。

 作戦通りに咲乃の一撃は防がれたものの両腕を塞ぐことに成功。両脇の二人が致命の一撃を繰り出す。


「いい加減、なげぇんだよー!」


 緋凪による怒りの一撃も追い打ちではいった。基本的に武闘派の彼女は、口にこそ出していないだけでこの城に鬱憤を溜めていたに違いない。その苛烈な一撃は天狗の核を砕き、燃やし尽くして消滅させた。

 こうなればどれほどの妖怪であっても生き残れない。


 妖気の靄になり空気に還元されていく天狗の姿を最後までみることもなく、四人は進行を再開する。

 これまでの部屋では、その部屋の主を倒せばどれほど大きな部屋でも常識的なサイズに縮んだ。ここでも同じように壁が急激に狭まり、この城の中にしては珍しく感覚通りの小部屋に戻る。


「進みましょう。本格的に時間がありません」


 無言で頷き、占い通りの道へと歩みを進めた。襖を開けた先にある階段を登っていく。


 頂上まで、もう少し。



◇ ◇ ◇



 天狗を倒してからさらに三体の大妖怪を倒した辺りで、代わり映えしなかった城の内装が変わってきた。

 無限に廊下と襖と扉と部屋がループしているんじゃないかという状態から、そこかしこに意匠と意思を感じるようになったのだ。随所に飾りが彫られ、何のためか分からない管がいくつも通っている。

 和風な中に潜む武骨な金属部分が絶妙にかみ合い、言いようのない不快感と納得を感じさせるのだ。


「そろそろ、か?」

「はい。きっと、あといくつか部屋を超えたら……」


 ここに至ってようやく、異様なほどに妖怪の姿が減っている。漏れ出た妖気が時たま青白い火花を散らせたり管を通る様はあっても敵意をほとんど感じないのだ。

 いや、本当に居ないのだろう。その部屋が利用するためものであるという意匠がようやく見えるようになってきている以上、そこは妖怪の居場所ではないから。

 部屋の中には何もいない。細い火が儚く部屋を照らすだけで、何も存在していないのだ。


 例えるなら、そう。死人の部屋のような──


「咲乃、どうした?」

「ううん、何でもない。行こう」


 何度か部屋を通り抜けて、最上階最奥の部屋を目指す。進むたびに重く、厚くなっていく妖気を自分の霊気を練ることで対応しながら、次へ次へと進んでいく。

 もはや空間の歪みさえない。不気味な薄暗い城の中はなぜだか夢の景色のように見えた。


 ふと、襖の絵に視線を向ける。特に何か思い浮かんだわけじゃない。ただ、その風景が気になったのだ。

 咲乃の知らない建築様式の街並みがそこには描かれている。今より建物の背がずっと低くて、今では貴族でさえ着ないような重そうな服を着ている人が歩いていた。その服を少し進化させると今自分たちが来ているのと似たものになるから、きっとこれは昔の火ノ国の景色なのかもしれない。

 酒を掲げる誰か、同じように杯を掲げて囃している誰か。それを呆れた目で見ている誰か。鳥の肉を食む誰かに、それを幸せそうに見やる麗人。そして、その輪から一つ離れた場所で一際大きな杯を呷っている誰か──。

 その額にある人ならざる証さえ無ければ誰の絵なのか分からないほどには幸せな一瞬が、そこにはあった。


 どこかでその様子を見ていたのか、最後の襖を開けてすぐに声がかかる。


「──いい絵であろう? 我が夢幻、いつかの記憶だ。もっとも、これより配下はいた……絵にするとなると、悔しながら省かねばならぬかったがな」

「……その姿は?」

「答える必要がなかろう」


 突き放すような返答が来ることは聞かなくても分かっていた。でも、聞かずにいられなかったのだ。

 最後の部屋の最奥で待ち構えている茨木童子の右腕から先は常に血が流れ続けている。そして、腕ほどの流血はしていないものの、全身が血色になっていた。

 戦闘の結果、ということは無いだろう。咲乃たちより速く城を踏破したうえで茨木童子にここまでの痛手を負わせられる存在がいるはずがない。

 身構えつつも困惑する咲乃たちには構わず、茨木童子は言葉を零し続ける。


「皮肉な話よな。我らはお主らのために生み出され、そしてお主らのために消えるが定めなのだから。そしてそれに抗おうと思えば消えるほどの覚悟を持たねばならん。……強靭な体など、ほとんど意味を持たぬのだから」

「それはどういう……」

「それこそ答える意味を持たん。知りたければこの場から生還でもしてみせよ。そうしてから識者にでも聞けばよい……そうであろ?」


 傍目に見ても茨木童子の体は限界を迎えている。

 妖気は回復したからとか、核が傷ついていないことなど関係ないのだ。鬼の体は本来術を使えるようになんかなっていない。できない事を無理矢理した……否、できることにして押し通した結果である。通した無理の分だけの反動が返ってきているだけだ。

 そして、その状態でありながら茨木童子の戦意は少しだって衰えていない。


「やるのだろう? お主らの信念のために、そして平和のために戦いに来たのだろう。生憎とお主らが来るまでに準備を終えることは出来なかったのでな。不本意ながら、お主らを倒してからじっくりと取り組むことにさせてもらう」

「負けません。たとえ貴女が伝説の鬼であっても、そこにどんな事情があろうとも!」


 その咲乃の一喝に、茨木童子も獰猛な笑みを向ける。血を使って一振りの流麗な刀を生み出していきながら、妖気を練り始めた。


「よく吠えた。三度目となるお主らには私と戦う資格をくれてやろう」


 二人。つまり、私と緋凪だろう。

 じゃあ、あとの二人は……と、考える間もなく。


「見ぬ顔の方はまあ、一考の余地ありだが……もう片方は生かしておけぬ故な。消えよ」


 トクさんの胸を背後から、いつの間にか回り込んでいた血色の刀が貫いた。

 的確に心臓の位置を貫いている切っ先は、その場で一回転してから引き抜けていく。その直後、まるで標本が針から外されたかのように崩れ落ちていく。


「――――」


 声も出せないまま咄嗟に駆け寄ることしか、咲乃にはできなかった。


 最愛の家族の下に血の花が咲く――



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