突入、大江天城



 爆発的に膨れ上がった妖気に呑まれた山が爆発した。


 いや、正しくは爆発したように見えただけだ。

 おかしな方向に急速で伸び始めた草木が複雑に絡み合い、根元の土も巻き上げて山の表面を取り巻いていく。呪印のない草木や建物はすべてなぎ倒され、反対に呪印の施された木々や建造物は粉塵を巻き上げながら山の様相を一変させていった。


 まるで境界線でもあるかのように、咲乃たちの立っている場所では何も起こらない。ただただ目の前であらがえない天変地異が起こっている。

 成長する木々に乗ってどこかへ去った茨木童子は、既にこの場にはいない。奴の狙いが儀式である以上、あの場で咲乃たちと戦う意味はないということなのだろう。

 目の前で唸りを上げて形を変えていく猿投山に、四人は何をすることもできない。トクさんの作った短刀を投げたところで何もできないだろう。


 今は、ただただ目の前の変化が止まるのを待つしかない。


「……咲乃、この城が完成した瞬間に術は発動しそうか?」

「わかんない、です。でも、普通に考えるなら土地に少しは定着させないと儀式系の術は使えないはずです!」


 少なくとも、大江天城が出来上がってすぐに取り返しのつかない事態にはならない。それだけは確かだった。

 平気な風に装ってはいたが、これほどの妖気を使ったうえで儀式を敢行し、さらに二つも術を使うというのは現実的じゃない。鬼としての生来の強靭な体とため込んだ妖気、そしてできる限り施した準備あっての城建造である。

 そこからさらに別の術を行使するには少なくない時間が必要なはずだ。


「なら、城が出来上がり次第……いや、完成の兆しが見えた時点で侵入するしかない。そして、この感じからして流石に茨木童子一人ということもなさそうだ。いつでも戦えるようにしておけ」


 一番不慮の戦闘に慣れている桂木が指示を出し、全員がそれに従う。

 咲乃は蒼愛を抜き、緋凪は身体強化の術をさらに強化していく。トクさんと桂木も同じようにそれぞれの準備を進めてその時に備えていた。


 そして、その時はあまり待つこともなく訪れる。


「動きが鈍く……」

「突撃用意!」


 まさしく城というにふさわしい形の、そして名護城とは違って妖気を常に発する城が目の前に聳え立った。放たれ続ける妖気はそのまま空気に解けていき、瘴気となって周囲を取り巻き始める。その空気から新たに妖怪が生み出されるほどの、濃密な物だ。

 だが、それで臆するようならいまここに来ていない。邪魔するなら蹴散らす。それを確認するようにお互いの顔を見合って、同時に城への突貫を始めた。


「露払いは俺達がする! お前ら二人は出来るだけ体力を温存しろ!」

「了解です!」


 猿投山の範囲に乗り込んだとたんに生み出された妖怪たちが我先にと攻撃をし始めた。

 見える範囲で妖怪がいないところが存在しない。絵巻物から飛び出したような多種多様の妖怪が思い思いに攻撃を仕掛けてはトクさんと桂木に蹴散らされ、その体を妖気へと還らせていく。

 目の前に巨大な火車が立ちふさがった。猫又と狐を混ぜたような妖怪だ。普通の人なら、その爪で襲われようが火にあたろうが当然のように殺してしまうだろう。

 だが、そんな妖怪でさえも四人の手にかかれば一殴りで退けられる程度の相手でしかない。邪魔、の一言で桂木によって退けられる。


「見えました! 入口です!」


 名護城のように立派な城門などありはしない。儀式の媒介、祭壇としての役割しかない城に城門など本来は必要ないということだろう。朽ちかけた木製の扉があるだけだ。

 あれなら誰でも蹴破れるだろう。このまま突っ込んで問題ないはずだ。

 立ちふさがる妖怪の数も減ってきている。城に近づくに従って妖気が強くなっているせいで近寄れないのだろう。そのおかげで面倒が減って好都合だ。


「突撃します!」


 扉に緋凪と二人がかりで扉を蹴破って中に突入する。

 外壁すらない大江天城は、扉を破ればすぐに城内だった。そして、さっきまでの勢いが嘘だったかのように咲乃たちの足が止まる。


『ほう、もう来たか。意外と早かったな』

「茨木童子……!」

『私の所まで来るのは良いが、その前に我が配下と遊んでいってくれ。せいぜい間に合えばよいな?』


 大江天城は、猿投山をほとんど丸ごと作り替えてできているだけあってかなり大きい。ただただ一直線に登るだけでも時間を取られるだろう。だからといって必要以上に焦ったりはしない。

 その台詞で見せている余裕が決してその通りでないことを、咲乃は見抜いている。

 霊気の喪失というのは人間には耐えがたいダメージとして返ってくる。これほどの城を作り上げた茨木童子の妖気はほとんど枯渇状態に違いない。もちろん攫った巫女たちやため込んだモノで回復はしているだろうが、すぐに元のパフォーマンスが出せるようになることだけは絶対にない。

 ましてや鬼というのは、伝承を核に霊気や妖気で構成されているのだ。生来の強靭さと鬼としての矜持で余裕ぶってはいるものの本当は疲労困憊に違いない。


「大丈夫です。臆さず進み続けましょう!」

『……つまらぬ。まあよい、せいぜい足掻いてみせよ』


 そして、茨木童子の言うことが全くのブラフかと言われればそうでもないのだ。


「さて、どうしたもんか……」

「どうなってやがるんだ、これは」


 城内は、外とは違うベクトルで地獄のような様相を示していた。

 襖の先にまた襖があり、部屋があったかと思えばその横には突然廊下が現れる。青白い炎が常に舞っているし、そもそもの構造があまりにもめちゃくちゃだった。

 名護城はそこで働いている人や利用者がいる。だから当然のごとく内装も至極分かりやすく作られていた。だが、この大江天城はそんな利用者がいることを全く想定していない。だからこそ、見ているだけで頭がおかしくなりそうな意味不明な形になっているのだろう。


「そっちの部屋はどうだ?」

「ダメですね。小部屋がある感覚なのに、端が見えないくらいの大部屋です」


 妖気で構成されているからか朧気に構造が感じられるのだが、それが全くあてになっていないのだ。

 咲乃たちの感覚や霊視で見えた妖気は目の前にあるのは小部屋だと言っている。なのに、実際に開けてみると廊下や先が見えない大部屋が広がっているのだ。こうなってしまうと、所々に感じる大きな妖気の持ち主だって本当に居るのか疑わしくなってくる。そして、感じてない部屋で突然現れた強敵に不意打ちを受けてしまう可能性もあるということだ。

 これでは全くまともに進めない。


「仕方ないな。本格的に温存とか言ってられねぇ……咲乃、結界破りだ。失敗したら占いで進むぞ」

「分かりました!」


 この歪みきった空間は茨木童子によって作られている可能性が高い。大江天城の防衛機能の一種の可能性も高いが、どちらにせよその本質は結界に類する物だろう。となれば結界破りが効くはずなのだ。

 そしてそれが無理なら占いで行く道を決める。普通なら有り得ないと一笑される選択肢だが、感覚も実力行使も効かないのなら比較的でも指針のある選択を取るしかない。歪んでいるのが空間だというのなら、その空間に関係のない要素を信用するしかないからだ。


 指示を出された咲乃はすぐに蒼愛の代わりに迦錺を抜刀して、霊気を添わせていく。不浄の妖気で出来上がった空間に、巫女の霊気と神気を宿した一撃を打ち込むためだ。


「破っ!」


 逆手に持ち替えた迦錺をそのまま足元の畳に突き刺して一気に霊気を押し込んでいく。力押し以外の何物でもないが、その力の相性上これが一番効果的なのだ。

 だが、その効果的なはずの一撃は特に結界を破るどころか揺らがせることすらできなかった。


「……ダメみたいですね。間違いなく結界ではあるんですけど、何と言うか……石畳に木の枝で穴をあけようとしている感じです。性質も方法も間違っているから崩せないって感じでした。本格的に結界破りで突破するなら全く違うやり方じゃないと無理ですね」

「俺も咲乃と同時に大部屋の奥と壁に攻撃してみたが、全く手ごたえ無しだ」


 部屋の奥へと放った攻撃はどこにもぶつかることなく通り抜け、壁は簡単に攻撃こそできたが見る間に修復されていっている。結界を破るほどの攻撃を繰り出すのは不可能だろう。

 つまり現状取れる手段は一つだ。


「一応のために式神を先行させて、あとは占い頼りで進むしかないな……」

「あ、なら一つだけやりたいことがあるんです」


 そう言って咲乃は懐から一つの糸玉を取り出した。山車での舞いが終わった後に紫に手渡され、何となく持ってきたものだ。


「そんなものをどうするんだ?」

「旅をしているときに、こうしたら必ず出口に戻れるっていうお話を聞いたことがあるんです。意味があるかは分からないですけど、できることはしておきたいので」


 いつだったか港街に立ち寄った時に聞いたのではなかっただろうか。

 迷路や抜けられなさそうな道に入る時にこうして出入り口から糸玉を転がすと、出口に迷わないで済むらしい。単純ながら合理的なその話を、咲乃はよく覚えていた。その話に出てくる牛の怪物は好きになれそうになかったけど。

 桂木たちもその程度なら、と思ったようですぐに出入り口に糸玉の端を結び付けてきてくれた。


「それじゃあ、行きましょうか」


 一番霊気の消耗が少ないヒトガタの式神を用意して先行させる。簡単に確認した異常以外は無いことを確認して、占いで選んだ道を歩き始めた。

 すぐに部屋の中を漂っていた妖怪たちが咲乃たちへの攻撃を始める。それに最低限の労力で対応しては見えない壁を迂回し、見えているのに無い足場を飛び越えてはさらに現れた妖怪や鬼火を滅する。


 きっと、こんなことをしたことがあるのは後にも先にも咲乃たちだけだろう。

 ある世界ならダンジョンとも形容されるかもしれない、世界初の城塞踏破を──彼女たちは始めた。



 その先に待つ運命が何かも知らずに。



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