挨拶回り



 案内された部屋の先には、少し機嫌の悪そうな源治と他数人がいた。彼らが脇に退くのに合わせて、最初に座ったように並んで座っていく。

 重要な話と言われていたからか、全員の表情は硬いものになっている。さっきまでの女子会で見せていたような笑みは全くない。咲乃も、それに合わせてできる限り硬い顔をしながら正座をした。


「さて、こうして集まっていただいたわけなんですけども。実はつい数日前、猿投山からこのようなものが届きました」


 昨日咲乃たちに見せた矢文を、同じように広げて見せてくる。護衛の中には知っている人もいるはずだが、猿投山には鬼の集団がいること、巫女狩りをしていること、そして二日後に宣戦布告のための襲撃をすることなどを丁寧に説明していく。

 当然この部屋の中にいる人たちの大半はそんなことは知らない人ばかりだ。護衛の面々は特に、巫女狩りという言葉には強い反応を示している。


「その先触れと言いますか、そこの咲乃さんがつい数日前に鬼の棟梁の呼び出した牛鬼と戦っています」

「牛鬼だと!?」


 祭の護衛の列にいた一人が大きな声を上げた。その反応は決して大げさなものではなく、術に関わっていたり知っていそうな人ほど表情を歪めている。

 巨体と異形、そして強い再生力を持ち合わせていることが多い牛鬼は火ノ国ではかなり有名な妖怪だ。源頼光の土蜘蛛退治と同じくらい、牛鬼退治は一般的にも知られている。それほどの妖怪を呼び出せる鬼というだけで、大体の格が分かるというものである。

 一気に向けられた視線に対して、咲乃は慌てながら弁明を始めた。


「い、いや倒せたのは生み出されたばっかりで不安定だったからですから! 緋凪いなかったら勝ててませんし!」

「……最近の巫女は武闘派なのか? それとも、牛鬼くらい倒せないといけないような危険な職だったのか?」

「そこの巫女さんがおかしいだけです。一緒にしないでください」

「叶ちゃん!?」


 ある程度場が落ち着くのを待って、話の主導権が宗司に戻る。


「とにかく、そういうわけでこれから例祭が終わるまでの間は厳戒態勢でいて欲しいのです。咲乃さんは足りていないのでこちらからある程度融通しますね。他の方は、城の中ではともかく城から出たら必ず団体で行動してください」

「挨拶回りも簡単にはいかないかもしれんな……」

「そうですね。既に例祭関連で決まっている幼児の時はこちらから追加の護衛も派遣します。また、それ以外の時に外出をする場合は私に一声かけてからにしてください。よっぽど何もないとは思いますが、どこに行くかと何時頃帰るかくらいは知らないとどうしようもありませんから」


 そこまで宗司が話したところで、壁際に控えていた源治と他数名が咲乃の側に来た。そして、緋凪と同じように護衛の列に並ぶ。


「源治は警吏数名と共に咲乃さんの護衛につきます。咲乃さんや緋凪さんが戦えること、他にも人員を回さなくてはならないので総人数は少なめですが、源治は常につくので安心してください」

「それと、外部の腕利きが後日到着する。二日後に間に合うかわからんが、後からそいつもこの護衛メンバーに入る予定だ。それまでは可能な限り出歩くな」


 武官の訓練とかをしている源治が専門で護衛になってくれるのなら、とても心強い。外部の腕利きがどれほどの実力かは不明だが、この二日間を乗り切るくらいなら問題ないだろう。

 源治の隣の二人は人懐っこそうな笑みを見せてはいるが、体はとてもがっちりしている。


「そういうわけでして、普段より挨拶回りなどは厳重警戒の強行軍となります。霊気はできるだけ温存、体長を崩さないように努めてください」

「霊気を温存ですか?」

「はい。挨拶回りと言ってはいますが、内容は霊気の奉納なのです。例祭をする間は、圏内の寺社には多少ですが参拝者が減少しますし、どうしても鳴りを潜めてもらわねばなりません。そのために事前に挨拶をすること、そして例祭の期間の間も力を減衰することなく保てるように霊気を奉納するのですよ」

「例年は一日に回るのはせいぜい三ヶ所だった。だが、今回は急を要するために最低でもいつつてゃ巡ってもらうことになる。そういうわけで、しばらくの間は温存が必要だ」


 間違っても無駄使いするなよ、という視線が源治と緋凪から突き刺さる。

 でも、護衛を含めても私の近辺にいる人で妖怪とかに対応できる人って私しかいなくないかな? 源治と他二人は明らかに対人特化みたいだし、緋凪は多少は戦えるだろうけど知識量と相性次第ではだいぶ難しいような気がする。

 そんな思考を見透かしたのか、源治がさらに口を開いた。


「余計なことを考えているみたいだが、対妖怪用の武装も当然持っていくから余計なことを考えるな」

「わかりましたっ!」


 ビシ、と敬礼を返したのに緋凪にため息を吐かれてしまった。なぜだ。

 話の流れが再び、宗司の下に戻る。


「とりあえず、今日はその挨拶回りの一つとして鍛冶屋にでも行ってもらいましょうか。わりと近場ですし、霊気奉納の練習としてはちょうど良いと思いますので」

「鍛冶屋にも霊気を奉納するんですか?」

「はい。彼らの中に霊振器技師がいるのは知っていると思いますが、例祭中の土地の霊気が変化しやすいときは彼らの仕事がしにくいのです。なのでその期間の分も彼らは今仕事をしているのですが、職人の中には一般人も多く、単純に霊気が不足しがちなのです」


 例祭は、効果も影響もかなり大きい祭りのようだ、オカルトや信仰が現実のものとなってからかなりの年月が経っているせいか、今では完全に術などに頼っているものも数多くある。そんな中で大規模な術を使おうというのだから、影響が出るのは仕方のないことなのだろう。

 その整備や遣り繰りも含めて祭りの準備であり、城の文官や巫女たちの仕事なのだ。


 という事情を理解すると同時に、咲乃の中では喜びが溢れていた。行くとは知らされていたものの、何時行くのか自体は決まっていなかった鍛冶屋への挨拶回り。それはすなわち、数日ぶりのトクさんとしっかり話せる時間ということでもあるのだ。

 勉強会の期間や今日は、顔を合わせることはあってもしっかりと話す時間は無かった。桔梗に呼び出された時とかに顔を合わせることはあっても、お互い用事や仕事があってまともにコミュニケーションは取れていなかったのだ。

 挨拶回りというくらいだし、向こうの人たちと話す時間はそれなりにあるのだろう。そうしたらしっかり話せると思うし、久しぶりにトクさんがお仕事をしているところを見れるかもしれない。


「鬼のことなどで分からないことがあれば、遠慮せずに聞いてください。また、何か変わったことや分かったことがあれば教えてください。……それでは、行きましょうか」

「挨拶回り専用の移動手段があるんでしたっけ?」

「そうです。初めて乗る人は驚かれることが多いですよ」


 全員で一礼をして、宗司についていく。長い廊下をぞろぞろと歩き、山車を見に行った時のように順番にエレベーターに乗り、上の階へ向かった。

 なんで上に行くんだろう、と思いつつ黙って誘導されること数分。今までみてきた城の階とは明らかに雰囲気が違う階にたどり着いた。


「だいぶ広いですね。しかも、作務衣でもない人がちらほら」

「この階は完全に他の階と用途が違いますからね。雲を挟んで同じ用途の階がありますが、その他には無いでしょう」


 今までの襖や壁で仕切られた部屋がたくさんある階とは違い、整備工場のような武骨で広い部屋がそこにはあった。柱は金属でコーティングされており、床も石でできた頑丈仕様になっている。そこで作業をしている人の大半が、手足の先まですっぽりと覆う服を着ているのも他の階とは違う点だろうか。

 そして何より変なのは、これほどの高層階にがいることだ。


「なんでこんな高層階に馬車があるんですか?」

「もちろん乗るためですよ。咲乃さんたちはあの前から二番目の馬車です」


 混乱している咲乃を尻目に、四人の巫女たちは慣れたように馬車に乗り込んでいく。慌てて後に続いて乗り込んで行きはするものの、未だに理解ができない。

 意外と広かった中に設置されている椅子に座り、その座り心地のよさにさらに驚いていると、紫が横の簾を巻き上げて外を見えるようにしてくれた。


「咲乃ちゃん、咲乃ちゃん。あれ、見てごらん?」

「どれですか?」


 紫が指で示した先には、すでに並んでいた一番目の馬車があった。既に御者が座っており、後は動くだけになっている。他にいる作業員が中に確認の声掛けをしてから離れていき、その馬車に近づいている人は誰もいなくなった。

 御者がはそれを確認した後、鞭で軽く馬の腹を叩く。


「わぁ……! 足元から雲が出て、浮いてます!」

「あれは式神の一種で、繋がれた馬車を浮かべて運ぶ馬なのよ。綺麗でしょ?」


 金色の霊気が淡く散る中で、次々と小さな雲が馬の足元から生み出されては後ろに流れて消えていく。それに合わせるように馬が駆けると、浮かんだ馬車と馬は優雅に空を移動し始めた。

 それと同時に部屋の壁が動き、外に繋がる窓を開けた。すぐ上には雲があり、咲乃の所からでは見えないがきっと、下には尾張の街並みが広がっているに違いない。


 その馬車が見えなくなったころ。気が付くと護衛たちの乗り込んだ五台の馬車が周囲を囲んでおり、出発準備が整ったらしい。

 恐らく何もないと思うが、それでも一応ということで一番大切な巫女たちを中心に囲っているのだろう。万が一この移動が鬼にバレていて狙い撃ちされた場合、馬車一台では何もできない。猿投山から矢を飛ばせる敵を相手に無抵抗な箱で移動なんてしたらいい的である。

 という訳で、五台の護衛馬車に乗り込んだ陰陽師がそれぞれで結界を展開し、全体を包み込むことで対応するのだとか。それ以外のメンバーは目視と物理で対応……厳しい。


「準備は良さそうですね。鍛冶屋の方には既に話を通してあります。では、行ってらっしゃいませ」


 宗司がそう言うと共に、総計六台の馬車がふわりと浮き上がる。さっき出ていった馬車のように綺麗な光と雲を纏い、空を漂う。


「わ、わ」

「落ち着きなさい。座っていれば大丈夫よ」

「は、はいっ!」


 霞に座らされ、カチカチになって膝の上で拳を握りしめながら外を見る。その時がちょうど、御者が馬に鞭を打つところだった。

 ゆっくりと馬車が前に進み、何もない空へと向かって動き出す。

 滑るように前進した馬車は、あっさりと地面を手放した。


「どう?」

「凄いです! こんなの、見たことない……!」


 トクさんと通り抜けた道が、緋凪と歩いた通りが、牛鬼と戦った戦場が、指ででつまめそうなほど小さい。団子屋はどこだろう? 見つけられないけど、きっとどこかにあるはず。


 身を乗り出して眼下を除く咲乃の肩を紫がそっと抑えた。いくら窓があるとはいえ、あんまり下を見すぎるのは良くない。なにより、これから挨拶に行くのに額を赤くしてしまったら大変だ。窓から頭を離されて、手早く乱れてしまった髪を直される。

 咲乃も自分の身だしなみを確認し、紫にお礼を言って今度こそちゃんと座り直す。


「やってしまいました……」

「気持ちはわかるから大丈夫よ。叶ちゃん以外はみんな、差はあるけど同じことしたもの。霞ちゃんなんか、珍しくはしゃぐから……」

「紫さんっ!」


 紫はこの中でも最年長と言うのもあって、皆のお姉さんな感じの立ち位置だ。困っていれば助けてくれるし、間違えばしっかり正してくれる。その反面、全員の小さいころをよく知っているから誰もかなわないのだ。

 霞が珍しく声を大きくして紫に文句を言っても、あらあらうふふと受け流すだけで全く効いた様子がない。


「まったくもう……!」

「怒ったらかわいい顔が台無しよ?」

「誰のせいですかっ」


 もう、と怒る霞をわざとらしく真似して、紫が几帳面に座る。普段は淑やかでゆったり座る紫が、そうやって進んで遊ぶから皆も便乗して背筋を伸ばした。

 それにキッと睨みつける霞がおかしくて、全員から笑い声が漏れる。


 鍛冶屋まで、あと少し。


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