人生初の女子会



 神楽の練習を終えた、夕方。咲乃たちは専用の控室でくつろいでいた。


 この例祭の舞う神楽は、一節が約十分だ。街中を回る以上その曲は当然長いものになるのだが、その一節を踊るだけでもこのようにヘロヘロになってしまうのである。

 比較的霊気や体力に余裕があるはずの咲乃や祭でも疲労を感じるほどと言えば、どれくらい大変かわかるだろうか。それをほぼ一日しなければならないのだから、もの凄く大変だと思う。

 その分、今食べている草団子はとても美味しい。


「んん~!」


 疲れた体に染みわたる甘みと程よい苦み、鼻を抜ける香りは自然の匂いがする。よほどのゲテモノでもない限りどんな団子でも愛する咲乃だが、メジャーな種類は抜群に好きなのだ。


 という訳で、護衛を部屋の外で控えさせて巫女五人で女子会中である。


「咲乃ちゃん、そんなにお団子好きなの?」

「好きー! ご飯三食ともこれでいいと思う!」


 一緒に食べていた祭が興味深げに聞いてきた。いつもトクさんの目の前でしているように素直にお団子好きを出すと、大抵こんな感じで驚かれる。というか、祭はまだましな方で、本来はその隣の叶のようにジトっとした目を向けてくるのだ。

 そういうわけで、好意的な反応をしてくれた祭を相手に咲乃のリミッターが外れた。


「串に刺さってて食べやすいし、ころころしてて可愛いし、何より美味しい! 種類も多いんだよー。シンプルなみたらしやきなこはもちろん美味しいし、醤油とノリで焼いたやつもいいよね。ずんだ餅は一回だけ食べたことあるけど、見た目と違って結構変な感じってしないんだよね。中に餡子を入れるか入れないかでも全然違うし、餡子の好みもあるから飽きることがなくて……ひゃっ!」

「うるさいです」


 ぴしゃり、と叶に膝を叩かれてしまった。

 私はあくまで聞かれたから答えただけなのに……あれ、お団子が好きなのって聞かれただけだっけ?


「叶ちゃんにだって好きな食べ物あるでしょ?」

「ありますけど、笹暮さんのように語ったりはしませんよ。教える気もありません」

「え、お揚げじゃないの? いなり寿司とか好きそうだよね」

「なんでわかったんですか!?」

「伏見稲荷大社出身でしょ?」

「……無性に怒りたくなってきました」


 呆れたらしい叶が一気にお団子を口に放り込んでいく。だが、その年なりの小ささの口内はあっさりとスペースが無くなってしまったらしい。むー、とこっちを睨んだうえで視線をそらされてしまった。

 その様子を微笑ましげに見ていた紫が、流れに便乗して叶をからかう。


「まあ、叶は髪の毛も寝起きはふわふわしていて狐みたいだものね。咲乃ちゃんは見る目があると思うわ」

「どういう意味ですかそれ。そんな事を思ってたんですか」

「可愛いって意味よ。というか、そこまで的外れな話でもないでしょう? 少なくとも叶ちゃんは神社と無関係じゃないわ」


 そこまで言うと、何故だか部屋の雰囲気がわずかに張り詰めた。祭は不自然なくらいに静かだし、さっきまで輪に参加していてもしゃべっていなかった霞までもが何かを言いたげに紫を見ていた。

 誰よりも反応が顕著だったのは叶だ。これまで何度も誰かに強い視線を向けていたが、今回の視線は格別に強い。


「……言うんですか」

「叶ちゃんが絶対に嫌なら言わないけど、どうする? 私は、これから一緒に動く咲乃ちゃんには知らせておいた方が良いと思うわ」


 勝手に全てを言う気はないわ、と紫が続ける。

 どうやら遠回しに紫が話した内容は、叶にとってはかなり重要な話らしい。しっかりと守られていたはずの芯が揺れたような、不安な視線が咲乃に向かう。言うか言わざるか、叶の中で激しい自問自答が行われているようだ。

 だが、咲乃からしてみれば言われるまでは何の話なのかさっぱりだ。何も考えていない顔で叶の視線を受け止めていると、諦めたようにため息を吐かれてしまった。


「……まあ、いいです。話しますよ。その代わり、他言は無用ですから」

「らじゃ!」


 もう一度少しだけ視線を強めると、重そうな口を開く。


「私は狐憑きなんです。それも、かなり重度の。……狐火」


 叶がつぶやくのに合わせて、彼女の手のひらの上に青白い炎が揺れる。そして、それに呼応したように狐耳と尻尾が現れた。髪色と同じ黒の髪と、黒白の大きな尻尾がゆらゆらと揺れている。


 狐憑き。

 霊の狐に取りつかれたような動きになってしまう病気、または本当に狐に憑かれた人の総称だ。叶の場合は当然後者の方だろう。

 この症状の扱いは、地域によってかなり差が出るのだ。重要な霊気向上の要素だということで、陰陽師に拾われて修行をしてもらえたのならかなり良い方だろう。土地の信仰によっては狐憑きと分かった時点で処理されることも珍しくないのだ。

 小さいころから悪夢や霊気の暴走に悩まされやすく、生まれつきや幼少期からの狐憑きの生存率は決して高くない。


「私は生まれつき、二匹の狐に憑かれていたんです。この耳があるだけでも驚かれたのに、尾の色が分かれていることでとても驚かれたそうです」


 できるだけ抑えめに言ってはいるが、彼女が覚えていないだけで周囲の反応は相当強かったに違いない。

 生まれた時から体毛と獣の耳や尾があるだけでも忌避する人がいるのに、憑き物が二匹いるとなれば暴力的な提案をする人がいてもおかしくないのだ。いるだけで扱いに困り、もし誤れば呪われる赤子など危険視しかされないだろう。


「私は生まれてすぐから頻繁に霊気の暴走をさせていたそうです。幸運だったのは、近くに伏見稲荷の末社があったことでしょうか。周囲の反応とかもあり、私のお母さんはその末社に私を預けました」

「それからも何回か霊気自体は暴走させちゃったらしいけど、すぐに総本社に移してもらったおかげであまり大事にはなってないんだってさ。おかげでこんなにキツキツの性格になっちゃったけどねー」

「なっちゃったとは何ですか。貴女みたいにフラフラしているよりはよっぽどいいと思いますけど」


 祭が軽くからかったものの、叶の表情が全く憂いから解放されたという訳ではない。出来るだけ普通の態度にしてはいるが、その視線は注意深く咲乃の様子を探っていた。

 その警戒に対する、咲乃の反応はと言うと。


「……耳と尻尾、可愛い!」

「え?」

「触っていい?」

「か、構いませんけど……嫌じゃないんですか?」

「なんで?」


 許可を貰ったのだから、と小さく揺れる耳に手を伸ばした。ふにふに、さわさわ、と好き勝手に毛並みを撫でてはその温かさを味わう。

 ふわぁ、柔らかい。ずっと触っていたい。


「二匹に憑かれるなんてとびっきりの厄ネタですよ。神事に関わっているのにどうして嫌がらないんですか」

「それを叶ちゃんが悪用しているなら話は別だけど、そんな事してないでしょ? それに、その神事に関わっているのは叶ちゃんも一緒じゃない?」


 厄ネタというのなら、交霊などをすることもあるのに固定の霊を封じた霊振器を使っている咲乃も立派な厄ネタなのだ。どんな例が封じられているのかも知らない、だけどなぜか強力な刀。そんな物を二本使っている時点で咲乃が他の巫女に言えることなんて何もない。


 そして、オカルトを扱う中でも陰陽師の世界では、体を欠損していたり呪われている方が力が強まるというものがある。もちろん巫女である以上呪いのような¨穢れ¨に類するものは完全にアウトだが、それ以外の物であれば歓迎すべきことでさえあるのだ。

 ただただ交霊や降霊が下手になったり難しくなる咲乃に比べたら、巫女という職にとって叶の悩みは比較的マシともいえるのだ。


「ねえ、私って巫女としてどう思う?」

「……実力はあっても、装いがおかしかったり出身の神社が分からない時点で不適格だと思います。少なくとも、私の中の狐は笹暮さんの赤い刀には物凄い嫌悪感を示していますし」

「でしょ。でも叶ちゃんから別に嫌な雰囲気を感じないよ。だったら、私は可愛くていい子とは仲良くしたいな」


 蒼愛は咲乃を護り、迦錺は立ちふさがる者を打ち砕く。咲乃が意図して動かさなくても、この二刀から溢れる霊気はそう動くのだ。そして、蒼愛はともかく、迦錺の放つ霊気は他の人にとっては不快に感じることがあるようなのだ。

 もちろん全員がそう感じるわけではない。だが、強い妖怪になればなるほど迦錺を恐れるし、叶の狐のように生理的な嫌悪を感じる傾向がある。


「その言葉を聞けて、少しだけ安心をしました」

「もし暴走しちゃっても大丈夫だからね! ちゃんと私が助けるから!」

「あら、それはダメよ。叶ちゃんを助ける人は決まっているもの。ね?」

「余計なことは言わなくてよいのですっ」


 そこで、部屋にいた全員が笑った。さすがにその辺りの機微に疎い咲乃でも、宗司とのことを揶揄されているのは分かったのだ。

 過去に叶と宗司の間で何かがあったのだろう。ただ、そのことはあまり良い思い出ではなさそうに感じた。だから、咲乃からは聞かないでおくことにした。もし何かあればできる範囲で行動をしたらいいし、困ったら宗司を頼れば良いとだけ知っていればいいと思う。

 少しだけ沈んだ空気を入れ替えるように、ほとんど初めて霞が咲乃に向けて口を開く。


「叶の事のように私たちはお互いが抱えてる事をよく知っているから、私は咲乃さんの事の方が気になるわ。確か旅をしていたのでしょう? 何か面白い話とかないかしら?」

「ありますよー。どんなのがいいですか?」


 霞たちに聞かれるがままに、次々と話をしていく。

 大きな宿に現れる謎の裂傷を生み出していたかまいたちの話。愛を護り、死後も彷徨う鎧武者の話。皿を数える幽霊と夜通し語り合った話。そのほとんどの話は当然四人は知らない話で、基本的に神社にいる彼女たちには経験のできないことばかりだった。

 そのせいか、話す勢いはとどまるところを知らない。


「それで、お花の冠の作り方を教えてあげたんですよ。そしたら作ってもいないのに成仏しかけちゃって、大変でした」

「成仏するのはいい事じゃない……」

「自分で作るのと、人が作ったのを見るのでは全然違いますからね! やっぱり自分の手で作ってみて欲しいなって」


 この中で最年長の紫でさえ十九歳らしい。そんな若い彼女たちが例祭の神楽を任されるようになるには、とても厳しい所業が必要だっただろう。叶は神社以外の世界をほとんど知らないだろうし、紫くらいの年齢になってしまうと年下の教育をしなければいけなくなるはずだ。

 そんな彼女たちは、どんな話にも大きな反応を示してくれた。歳が近い事もあって共感できることも多いというのもあるかもしれない。


 たくさん話している間にかなり時間が経ったのか、窓から見える光は夕焼けの色になっている。


「咲乃ちゃんは面白い体験をたくさんしているのね。とても楽しかったわ」

「旅をしていると大体こんな感じになると思いますよ。少し巻き込まれ過ぎかもですけど」

「そういえば、その旅の目的って決まっているの?」


 何気なくといった感じで発した祭の質問によって、咲乃の脳裏に一瞬だけ夢の光景がよぎる。

 だけど、その事は出来るだけ表に出さないようにして返答をした。


「まあ、簡単に言うと人探しです。ある二人を見つけるために旅をしているんですよ」


 ちゃんと何かは感じ取ったらしく、深くは触れないまま話は続く。


「人探しと言うなら、叶ちゃんと一緒ね」

「そうなんですか?」

「はい。私の目的も人探しです。とは言っても、手掛かりすらないんですが」


 少しだけ困ったように笑いながら、叶が話を受け継いだ。


「私には兄が一人いまして。松葉というのですが、数年前に行方不明になったのです」

「行方不明、ですか?」

「はい。霊気も生まれつき強く、鍛冶屋業をしながら多少霊なんかも扱っていたんです。その兄が突然雲隠れにあいまして……」


 どうやら、一般人でただの鍛冶屋ではあるものの、霊振器技師のようなこともしていたらしい。そんな松葉さんは地元では多少有名で、旅の人が持ち込んだ武器や霊振器、街の人たちの金属器を扱っていたようだ。

 だが、その彼が突然姿を消したことでその街では小さく話題になったらしい。


「工房には乱雑に荒らされた跡はあったそうなのですが、物取りとかではなかったらしいんです。ただ、兄の姿は忽然と消えていたそうでして。神社で籠って修行をしていた私がそのことを知れたのは、それから数日たってからでした」

「松葉さんを探すために、叶は宮司に無理を言ってその年で色々な儀式に送ってもらってるんだもんね~」


 思った以上に叶は努力家だったらしい。そのことで急に感情が高ぶった咲乃は、思わず叶に抱き着いてしまった。


「離れてください……というかいつまで耳を撫でているんですか!」

「叶ちゃん、一緒に頑張ろうね!」

「急に言われても意味不明なんですがっ……!」


 どさくさに紛れて尻尾を撫でると、驚いた声と共に距離を取られてしまった。同時に耳も尻尾も引っ込んでしまう。ああ、と悲しみの声を上げても戻してはくれなかった。


「笹暮さんは触るの、しばらく禁止です」

「えっひどい。あ、あと笹暮さんって呼ばなくていいよ。咲乃おねーちゃんでも、お姉様でもオッケー! お姉様だと少し遠い気がするから個人的にはおねーちゃんとかが良いな!」

「お姉ちゃんは別に欲していないので、咲乃さんって呼びます」


 もう一度軽く笑いが巻き起こると、外から控えめなノックが響いた。長めにとってもらえていたらしい休憩時間も、もう終わりらしい。多少気が緩んで崩れていた姿勢を正して、紫が代表して返事を返す。

 空いた扉から顔を出したのは宗司だった。


「しっかり休めたようですね。このまま夕餉に、と言いたいところではあるのですが、少々重要な話があります。最初に集まっていただいた大部屋にもう一度集まっていただいてもいいですか?」


 はい、と返事をしていそいそと片付けをしていく。湯飲みや皿をまとめて、宗司と一緒に来ていた近侍に渡して立ち上がった。ぞろぞろといる護衛がみるみる列を作っていくのを見ながら、流れに身を任せてついていく。


 廊下での並びで、叶が隣に並んでくれたのが嬉しくてまた抱きつきそうになるのを耐えるのが大変だったことは秘密だ。たぶん、緋凪にはバレていたけど。


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