巨大な山車、の模型




 エレベーターを降りてから少し歩いてから案内された部屋は、ずいぶんと綺麗な装飾を施された舞台部屋だった。

 舞台装飾や各種小物、椅子から用途の分からない大仕掛けが壁際にずらりと並べられている。どうやら色々な形に変更や設定ができる、練習用の施設らしい。


「管理人に基本的にまかせっきりですが、ここがこの城の舞台部屋です。裏手にも色々操作できる物や操作盤があって、色々な催しができるのです。皆様にはここで舞いの練習をしていただきたい」


 宗司に話を振られた管理人が軽く会釈をして、裏に指示を出した。どうやら裏から何かを引っ張ってくるようだ。

 何が来るんだろう、と待っていると、大きなゴロゴロという音が床を伝って響いてくる。

 そして現れたのは。


「わあ……大きい……!」

「これが、皆さんに乗ってもらう予定の山車だしの模型です。本物はこれに沢山の装飾が付いて、大勢の人々によって運ばれることになります。さすがにこのサイズだと、術の助けもしていますけどね」


 全長が約十五メートル、幅が約四メートル程の、超大型と言っても差し支えない山車が運ばれていた。

 全体的に木製で、大きな車輪が一つと小さな車輪が六つ。先頭には大きな牽引用のひもが付いている。確かに、この大きさだとこの模型でも押すのは大変なはずだ。これに装飾や人が乗ることを考えると、術の補助は必要かもしれない。

 縦は三階建てで、一階から順に控え室・楽士階・舞台階になっている。今は何もしていないせいで丸見えだが、一階に見えている出入り口は本来術と飾りで見えなくなるらしい。頂上には草薙剣と龍を模した装飾をするのだとか。

 草薙剣は熱田神宮の祭典だからで、龍は桔梗様の関連だろう。山車の屋根には熱田神宮の神紋である五七桐竹門も彫られるらしい。


 今は木組みだけの裸舞台の山車だが、今でも威容は素直に伝わってくる。これを派手に飾り付けた上に楽士が囃した状態で街を移動するのだ。見ごたえは抜群だろう。


「いつまでも下から見てても仕方ないですね。一度舞台に上がってみましょうか」


 宗司に促されて、巫女の五人がぞろぞろと開けられた山車に入っていく。中はエレベーターの時と同じように光源の分からない淡い光で満たされており、二階への階段がある以外は待機用の椅子と物置、そして他に三部屋あるだけだった。

 二部屋は着替えなどの作業をする場所で、一部屋は管理部屋らしい。


「外から見た時も思いましたけど、だいぶ大きいですね」

「ええ。他にも飾り山車や楽士山車、からくり山車なんかもありますがこの山車が一番大きいです」


 山車には色々な意味や形がある。人力で動く四輪の物があれば、からくり劇場や能楽劇場を兼ねたものまで、種類が様々だ。

 その中でも大抵の物で意味しているのが、何かの化身としての効果である。魚や稲の形をとることで五穀豊穣を願うこともあれば、ねぶた祭りのように人型を作って神や物語の一部分を演出することもあるのだ。そうした山車が街を練り歩くことで街全体に効果をいきわたらせたり、病魔を集めて終点の神社に奉納するのだ。


 巫女五人が神懸りをしながら舞いをすることになる山車はきっと、熱田神宮そのものとしての意味さえあるのではないだろうか。

 そう思うと、咲乃はがぜん緊張してきた。


「宗司さん、本当に私が花形でいいんですか? 少しだけ怖くなってきました」

「まあ、叶の反応が普通の反応ですし、この大きさの山車を見るとそう思っても仕方ないかもしれませんね」


 そこで、宗司が咲乃の二刀に視線を向ける。そして叶を呼んだ。


「叶、熱田神宮の御神体は何でしたか?」

「草薙剣ですね」

「はい、その通り。では、今集まっていただいてる五人の巫女の中で、一番刀に縁がありそうな人は誰ですか?」

「その質問で言うのなら間違いなく笹暮さんでしょうね。でも、刀と剣は違いますよ」

「でもまあ、今回の儀式で花形にするには適任でしょう? 少なくとも剣を持っていただく役としては充分です」


 山車の役目が熱田神宮の代わりであるならば、そこにはやはり御神体である草薙剣の代わりも必要になる。その代わりを務めるのが花形だ。これだけは誰かが担当しなくてはならない。


 神社には必須の物がたくさんあるが、極論を言ってしまえば、本当に必要なのは祀られている神の御神体とその社だけだ。手水舎や賽銭箱はあくまで人が参るためのものだし、鳥居は山車の飾りでどうにでもなる。

 だが、例祭という儀式が意味を持つように山車が熱田神宮の代わりであるということにするには、剣を持って神降ろしをする人が必要なのだ。


「本来であればその花形は、熱田神宮の巫女の紫が担当するはずでした。ただ、事情で一人が来られなくなったこと、思わぬ伝手からその穴が埋まったこと、そしてその巫女が刀剣に縁があるとなれば起用しないわけにいかないでしょう」

「宗司さん、回りくどく言うのは止めてあげてください。信頼と期待は口にしなければ上手く伝わらないものですよ。……笹暮さん、宗司さんは貴女なら任せられると思っているようです。突飛な計画ばかりする人ですが、頑張って付き合ってあげてください」


 叶にそう言われて、宗司は視線をそらした。どうやら言葉足らずだった自覚はあるらしい。

 その後も話を聞いていくと、紫や霞たちも特に不満はないそうだ。去年まではやっていたことだからこれといって得られる名声とかもなく、それ以外は元々の神社の格式で決まるから宮司たちもそこまで気にはしないだろう、ということらしい。

 どちらかというと、練習が大変なことや本番で間違えないように気を付けてね、と心配されてしまった。


「もう知ってるかもだけど、宗司さんはスパルタなんだよなー。嫌になっちゃうよ」

「おや、祭さんはどうやら今年も厳しい指導が望みのようですね。これは腕が鳴ります」

「違うちがーう! ヤメテー!」


 みんなで笑いながら次は二階へ。

 エレベーターの時と同じ順番で登っていく間、気になった事を宗司に小声で質問する。


「あの、本番の事は間違えないように気を付けてしか皆さんに言われなかったんですけど……もしかして鬼の事は伝えてないんですか?」


 二日後には宣戦布告のための襲撃、そしてその後には本襲撃があるだろう。¨巫女狩り¨などというものをしている鬼の事は紫たちに伝えるべき案件のはずだ。

 咲乃としては、当然例祭本番に鬼の襲撃があると思っている。その時でなければ霊気の強い巫女が集まっていないし、例祭が街を護っている術の張り直しを兼ねた儀式である以上、その時が狙い時であるのは間違いない。

 鬼たちがしたい内容こそ分からないが、宗司たちの見解も似たようなものだろう。


「この後で話しますよ。ただ、新規の人が入るのと同時に混乱しやすい情報を言うのはどうか、と思ったのです。山車の紹介を終えたころなら源治の手も空くでしょうし、そうなれば咲乃さんたちに付ける警吏の用意も済むでしょうから」

「ちゃんと予定があるならよかったです」


 ほっと胸を撫でおろす。

 いくら警吏が付いているとはいえ、彼らのメインの仕事は対人の用心棒だ。怪異への備えもしてはいるだろうが、まさか真鬼に対して有効なほどの装備は持っていないだろう。

 もしそんな状態で何かがあった場合、咲乃と緋凪だけで皆を護らないといけないかも、と覚悟していたのだ。


「ほら、二階の次は三階にも行かなければいけないのです。登ってください」

「はーい」


 割と急な階段を上り、簡素な扉を開けると、垂れ幕をかけられるスペースを挟んで外に出た。

 手すりには豪華な彫刻や擬宝珠ぎぼしがあり、床もしっかりとした木張りだからとても偉い人になった気分だ。

 この練習用の模型だからむき出しだが、本物の擬宝珠は金色らしいし、手すりは朱塗りなのだとか。それをさらに飾りや音楽で飾るとなると、とても豪華に違いない。

 だが、ここはあくまで楽士階。本命は三階の舞台階だ。一旦扉の中に戻り、三階への階段を上がっていく。


「高い……!」

「ひゃっほー!」


 咲乃が驚き、祭が楽しそうに声を張り上げる。祭は腕まで突き上げているのだからよっぽど楽しいのだろう。まあ、毎年しているらしく紫たちには綺麗にスルーされていたが。

 その意外なまでの高さに驚いた咲乃は、何となく慣れてきてからようやく舞台が意外と広い事に気が付いた。


「五人で舞うにしても、かなり広いんですね。もう少し余裕が無いものと思っていました」

「まあ、ここのスペースを用意するために山車が巨大になったと言っても過言ではないですから。これなら五人で舞っても問題無さそうでしょう?」


 真ん中の太い柱を入れても、だいぶ余裕がある。高いから、怖いままではあるのだが。咲乃以外の四人は慣れたもので、簡単に間隔を見直した後はほとんど動かずにその場にいた。


「では、早速軽く舞ってみましょうか」

「もうやるんですか!?」

「はい。色々なことの兼ね合いで、実はあんまり練習時間も無かったりするのです」

「笹暮さんも含めたみんなで熱田神宮へのお参り、そして関係各所への顔出しとかもしないといけませんからね」


 舞いを練習して、本番で舞って、ハイ終わりとはいかないらしい。

 本番までにしなければいけないメインの事はいくつかあるが、その中でも一番重労働なのは関係各所への見回りだろう。尾張の国には熱田神宮しかないわけじゃない。各寺社への定例報告を兼ねた参拝から支援をしてくれている場所への挨拶回りなどもあるのだ。

 まあ、流石に護衛まで引き連れてぞろぞろと行くわけにはいかないらしく、専用の車で移動するらしい。


「関係各所というと、結構多そうですね」

「もちろん多いですよ。飾りをしている場所や、舞いのための剣を用意してくれている鍛冶屋とかも回るので。……さあ、練習を始めますよ」


 気が付けば、咲乃以外の四人は既に配置についていた。

 着る専用の巫女服や当日持たされる飾りは今は無いから、持っている体で踊らなければならない。咲乃も急いで腰に佩いている二刀を宗司に預けて、自分の位置に着く。勉強会の時に散々練習させられた舞いの、初期の姿勢をとって動きを止めた。

 下にいた管理人が手元の機器を操作して、ゆっくりと雅楽が流れ始めた。


 ……鍛冶屋に行くなら、トクさんにも会えるかな。


 そう考えながら、ゆっくりと舞いを始めるのだった。



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